2016/11/03

◆揺れる都政ショーはいつまで続くか

一月前に、築地市場豊洲移転問題では、相対的に責任が重そうな人がスケープゴートにされないことを祈るばかり、環境問題を言いながら築地や他の都心部との比較がされていないと書いたが、今も同じ気持ちだ。

 

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2016/04/09

◆指標無き批判は独裁や未開社会の証

【結論】一連の政治資金収支報告書のガソリン代の多寡を問題にした批判は、元々いくら以下でなければならないという基準がないのだから領収書と金額が合っていれば問題ないはず。もし問題にするならばガソリン代の上限規定がないことであり、いくらならば妥当かを議論すべきであって、誰それがいくら使ったとか怪しいとかは、明らかなルール違反でない限り問題にすること自体が、恣意的であり後進国丸出しだと思う。

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2016/01/10

たぶん何も変わらない

従軍慰安婦問題で日韓合意がなされたが、たぶん何も変わらないだろう、むしろ日本は政府としてこの事実を認めてしまったので、国内ではああだこうだ従軍慰安婦の強制はなかったと騒いでも、外から見れば往生際の悪さと映るだろう。以下雑感・・・

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2015/12/20

◆メクソ・ハナクソの韓国大統領への名誉毀損裁判

産経新聞の前ソウル支局長に対する、韓国大統領への名誉毀損裁判は、ま、どっちもどっち、メクソ・ハナクソの次元の低~い騒動で、韓国も日本も心ある国民は恥ずかしいと思ってるんじゃないか?

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2015/11/22

◆日本はロボット兵器大国になるべきでは?

反戦運動は必要だし立派な行為だと思っているけれど、一方では現実の話、いくら戦争反対を叫んだところで、戦争は無くならないし、相手から宣戦布告されたら防ぎようがないのも事実。それゆえ私は9条信者にはなれない。ただし9条を頭から否定しているわけではなく、理想ではあると思っているけれど上記の通り世界の現実はそこに程遠いからだ。

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2015/11/15

◆テロに屈した国家

パリでの同時多発テロは実に痛ましい事件だ、テロに国家が屈するなんて有り得ないのに後を立たないのは腹立たしい限りだ。

 

ところでテロに屈した国家は、洋の東西、過去から現在まで原則存在しないはずだが、私の知る限り1国だけ存在する、それが我が日本国だ。日本赤軍が起こした75年のクアラルンプール事件77年のダッカ日航機ハイジャック事件がそれ、超法規的措置と称して、テロリストの要求に全面的に応じ、世界中から非難された。

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2015/09/26

■常に火種を残すのは国民性?

憲法9条のめぐる解釈論議は、自衛隊の合憲論から始まり、ついには集団的自衛権行使容認にまで行き着いて、昔も今もかまびすしい。

 

だけどあらゆる法の頂点に位置する憲法の解釈が、そんなコロコロ変わっていいもんだろうか、ならばこの先どんな風に解釈が変わるのだろうか。フツーに憲法9条を読んで、それが意味していることは何なのか知りたいもんだ。

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思い込み

ちょっと前まで、車のハンドルの遊びはリム上1~2センチは必要だとされていた。理由はうっかりハンドルを切ってしまった時危険だから、この遊びで不用意なハンドル操作を吸収するのだと、自動車教習所始め極普通にどなたも真面目に言っていた。

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2015/06/27

アメリカから押し付けられた憲法って、それが何か?

昔から気になってたんだけど、憲法がアメリカから押し付けられたものだから云々という論調があるが、アメリカから押し付けられたものであろうとなかろうと、憲法の価値判断にいったい何の関係があるというのだろうか。

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2015/05/04

護憲だからと国民投票に反対するのはファッショと同じ

憲法改正論議や国民投票に反対する人がいるが、それは自分が憲法改正したくないからといってそれを人に押し付けているからその人の我が儘だ。賛成の人も反対の人も自分の意見を人に押し付ける権利はないからだ。そして国民投票を改憲と同義語に捉えている風潮があるがそれも間違い。憲法改正の国民投票の結果改憲否定となるかもしれないし賛成となるかもしれない、やってみなければわからないのだから、アーダコーダ言わず国民の意思を確かめるべきなのだ。以上が結論。以下補足説明。

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