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2005/05/20

■安楽死事件に見る日本人の正義感~悪には寛大だが、善意や正義には異常に厳格な日本人

日本には、先進国では犯罪であったり、倫理的には許されないことが、ケッコウまかり通っている。それを日本人は悪習と蔑みながらも、自ら必要悪と呼んで正当化しているようだ。

例えば、談合とか暴力団が良い例だろう。談合は日本全国あらゆる分野にはびこっていて、公器を標榜するマスコミも例外ではないから、誰も本気では糾弾などしない。また暴力団は一目でそれとわかるが、アウトローが堂々とそれとわかる格好をしている国なんて、日本以外には無い。

このように日本では、悪が必要悪として堂々とまかり通り、アウトローたちには警察も甘く、誰も関わりたがらないので、交番に助けを求めた人が殺されたり、警察にストーカー被害を訴えても、無残に殺されたりする。さらには犯人よりも被害者が人々から憎まれる事が多く、被害者への誹謗中傷は後を絶たない。被害者の人権より加害者のそれが優先されたり、騙されるほうが悪いと言われるのは日本だけだろう。

日本人は悪には寛大だが、善意や正義には異常に厳格だ。悪が怖いのか好きなのか、善意を信用しないのか、どう考えても理由が良くわからないが、そこで気になったのがこの事件。http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news_i/20050519so13.htm

患者の家族から頼まれて、90歳の植物人間の人工呼吸器を止めたことが、殺人罪という。この医者はむしろ自分の地位や名誉よりも患者とその家族の苦しみを救った英雄(女医さんだが)ではないか。

確かに、治療とはいえ尊厳死を簡単に認めてしまっては、歯止めが利かなくなる恐れがあり、事が人の生命に関することだから厳格にならざるを得ないのだが、その一方で無限の未来を秘めた胎児を、親の都合で抹殺しても罪にはならないのだ。

法律がそうなっているからだが、何故日本のジャーナリズムはこれを黙っているのだろう。本当に不可解だ。それでいて要望した家族が罪に問われないことや、いったいどうしてこのことが分かったのかも不思議だ。

この場合、この医者はどうすればよかったのだろうか。そう、知らん顔すれば良かったのだ。患者や家族が苦しもうと、医者の知ったことではない。横並び思想のこの国では、本当に相手のことを思う善意は、何故か忌み嫌われるのだ。

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