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2005/06/02

■山口判事・餓死事件

その昔、終戦間もない昭和22年頃、山口判事と言う方がいた。時の政府は「食糧統制法」の下、殆どの食糧の徹底的な管理をしていたが、食糧難で国民全体が餓えていて、国からの配給では満足に食べられず、都会の人達は東京近郊や郊外の農家に食糧を買出しに押しかけていた。

この法律、一体何のためだったのだろうか、飢えた国民が折角、農家から米(ヤミ米)を入手しても、列車や道路で警察官に発見されると没収されるのだった。そのような時代にあって、山口判事は「自らヤミ食糧を取り締まる立場であり、自分がヤミ食糧を購入し食することは許されることではない」と一切のヤミ食糧を拒否したのだ。

昭和22年10月11日東京地方裁判所の経済統制担当・山口良忠判事(当時34歳)が、ヤミ食糧を拒絶して餓死したことは、死後20日余りたった11月4日、朝日新聞が「食糧不足が生んだ英雄」とスクープ記事を掲載した。「今こそ、判検事は法の威信に徹しなければならぬと、ギリギリの薄給から、一切のヤミ(食糧)を拒否して配給生活を守った」という。

山口判事は妻の矩子さんに「経済犯を裁くには、その人達が罪に落ちる直前の苦しみ、立場に立たないと正しい裁きはできない・・・これから僕の食事は必ず配給だけで賄ってくれ」と話したそうだ。

以降、同僚判事達が密かにヤミ食糧を食していることも無視して、ひたすら配給生活を続けた。この頃の配給米は1日・二合五勺であったが、遅配も10日前後は当たり前であった。この間、妻の実家から食糧の差し入れも一切拒否し裁判所での勤務を続けた。

だがこの当時、ヤミ食糧買いの検挙者は増える一方で、山口判事は1日で100件を超える審理と処理に追われていた。山口判事の栄養失調は危険な状態となり同年8月27日東京地裁の階段で倒れた。その後、病状を回復させるだけの体力は無く、10月11日息を引き取った。判事の立場であれば、いかようにも食糧を買えたはずだが、山口判事は自らの職業的倫理観に従って餓死を選んだのだ。

男の中の男とはこういう人を言うのだろう、正に英雄だ。さもしたり顔で死んでは元も子もないなどと言う無かれ。誰からも強制も責められてもいないのに、自らの倫理観に照らして、自らを律する、しかも自決などと言う派手さでも一過性の苦しみでもなく、死ぬまでじわじわと苦しみながら職務をまっとうするのである。繰り返すがそれを自らの職業倫理観で律するのだ。

さて、昨今の談合取締りはどうだ、談合を容認と言う形で仕組んだ真犯人は役所の中で天下り先に更なる権勢を振るい、これを本来取り締まるべき公取りは見て見ぬふりだ。結局この国の節操の無さは一向に変わっていない。だが、少なくとも60年前には堂々たる職業倫理観を持ち、死をもって国家に抗議した漢が一人はいた。

山口判事の前には、どんなたいそうな理屈も霞んでしまう。彼の銅像がどこかに立っているのだろうか。最高裁とか検察庁や警視庁の入り口にでもデンと置いて欲しいものだが、恥ずかしくて出来まい。少なくとも日本国民は山口判事を誇りに思って欲しいものだ。

私は彼こそ、近代日本が世界に誇れる人物だと思う。それにしても日本はこういう正義に対してホントに冷淡だ。ほとんどの日本人が山口判事を知らない。余りに潔癖過ぎて自分と比較するのが恥ずかしいからだろうか、うーむニホンジンよく分からない。

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コメント

十月は山口判事の命日月です。
私は78才です。 中学生の時山口判事の事を知り、美しい人間の生き方を知り、心の隅に残っていました。
現在経済=金=神のような政界、経済界の言動が目立ちます。
残り少ない人生を襟を正して生きていきたいとおもいます。

投稿: 田代 治義 | 2012/10/07 10:34

コメントありがとうございます。
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/4205913にも書きましたが、「悪には寛大で、善意や正義には異常に厳格な日本」にあっては、このような話は闇に葬り去れるのではとの危機感から書きました。

ちなみに、この話は横井様と同世代の母から聞きました。

投稿: jzayoe/bendson | 2005/07/03 10:47

小生当時新制中学一年生。心に深く刻み込まれた。
それから幾年後、就職試験学内選考、面接の就職部長、書類と顔を見比べながら曰く 「フン、 尊敬する人、--阿部判事-だって―あ〃-あの闇米、--で死んだ奴か--」 。あの口調、あの顔付き、思い出すだに何とも形容しがたい寒々とした気持ちになる。
人間いろいろ居る。
70歳の今、はっとつい昨日のような日々を思い出し人、人生を想う。
貴兄(失礼!)のこの記事に感謝。

投稿: 横井 勲 | 2005/07/02 18:51

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