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2005/06/01

■その3:靖国は日本人の心?

靖国を他の宗教施設と一緒にするとはなにごとか、と怒る人々がいる。そりゃ、自分が信じるものが一番だろう、否定はしない。どうぞご自由にだ。何を信じようとその人の勝手だからだ、だから信じないのも勝手なのだ。

大事なことは、他人の考えを尊重し、決して自分の考えを押し付けないこと。非常に滑稽な事に、こういうオレが靖国を信じるからお前も信じて当たり前と考える人間に限って、他人への思いやりが大切と言う。

そして、靖国参拝を拒否する者に、この「他人への思いやりの心」が無いと非難するのだ。これでは完全な思考停止状態であり、論理的な話など出来ない。靖国派は「前も信じろ」と言うが、反靖国派は「あなたが信じるように、私も他を信じる」と言っているだけで、他人の心の領域には干渉していないのだ。

ここが重要だ。今一度整理しよう。

     靖国派=他人干渉・支配派。その理由は①戦没者全てを靖国に祀れ、②靖国は一宗教法人、③思想信条・信教の自由、つまり①の主張に対し②③前提条件から、靖国派は他人に自己の考えを強制しているから。

     反靖国派=他人不干渉・自由派。その理由は靖国を否定しないが、強制はされたくないから。

つまり反靖国派は靖国派を許容するが、靖国派は他を許容しない。だから、靖国は靖国として、これとは別に無宗派の追悼施設を設けようと言っても、靖国派は全くこれを認めないのだ。

彼らは、靖国は日本人の心だと信じて、全ての発想をここからスタートさせているから、他人に干渉したり強制しているとの認識が無い。天皇に関しても同じだ、天皇陛下=神なのだ。だから靖国や天皇のことを少しでも非難しようものなら、完全にプッツンし、アラブのジハードよろしく、命さえ危なくなる。

今世界各地で起こっている宗教戦争を見るまでも無く、身近なところにその同じ原理が働いている点に気をつけなければならない。かくも宗教とは恐ろしいものなのだ。だからこそ他人の考えを尊重するルールが必要であり、故には憲法に思想信条・集会結社・信教の自由、平等が謳われ保証されているのだ。

別稿に日本人は自分に都合の悪い約束やルールを守らない民族だと書いたが、正に靖国問題を議論する時にそれが現れている。

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コメント

私は靖国を、否定していません。どうぞお好きに。
国立追悼施設はそれとは別です。

靖国が寛容なら、スバラシイことです。
当然に、神道以外は、出て行くことは自由ですよね。アナタの論理ではそういうことでは?
分祀できないと、閉じ込めるのは寛容とは言わないいでしょう?違いますか。

無宗派の追悼施設に無理に靖国が好きだと言う方は入る必要も無く、入りたい人だけが入ればよい。それをダメと言う論拠は?

そもそも靖国が習慣だなんて、ちゃんと法律上宗教団体となっているのに? どういうロジックなんでしょうか、まともに話しても仕方ないのは分っていますが、それにしてもねえ。

念の為言えば、靖国神社が法的に習慣であり、宗教ではないと定義されるなら、当然に無宗派の追悼施設は不要です。

投稿: ベンダソン | 2006/12/18 11:26

>反靖国派は靖国派を許容するが、靖国派は他を許容しない。
これ逆なんじゃない?
反靖国派(と、あなたが言ってるんだけど)の人たちは、とにかく靖国だけは除外しようとしてるようにしか見えないもん。
>これとは別に無宗派の追悼施設を設けよう
靖国では亡くなった人の宗教には関係なく祀ってあるんだけど、例えばキリスト教徒だったら、その中のキリスト教徒にだけ祈りを捧げたいの?具体的にどうしたいの?
神道ってさ、宗教というよりは日本人の文化なんだよね。
靖国に兵隊さんたちの遺体があるわけでもないしさ。
それとも今後死ぬ人が対象なの?
だいたい最初っから言いがかりなんだから、それに迎合する方がおかしいよ。

投稿: J | 2006/12/17 17:20

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