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2005/09/30

首相の靖国参拝は違憲

yasukuni 小泉首相の靖国神社参拝を巡り、台湾人や日本人の戦没者遺族ら188人が「政教分離原則を定めた憲法に違反し、信教の自由などを侵害され、精神的苦痛を受けた」として、国と小泉首相、靖国神社を相手に、損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が30日、大阪高裁であった。

判決は、慰謝料を求めた損害賠償について「原告らの法的利益が侵害されたとはいえない」として、訴えを退けた昨年5月の1審・大阪地裁判決を支持、原告側の控訴を棄却したものの首相の靖国参拝は違憲と判断。勝訴した国や小泉首相側は上告できないため、原告が上告しなければ判決は確定する。

<以上http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050930-00000004-yom-soci より抜粋。>

まあ、当然でしょう。やっと当たり前の解釈がなされたと言う感じがしますよ。それにしても国が上告出来ないあたり、見事な判決というべきでしょう。勿論、靖国派の人々は歯軋りして悔しがり、この裁判長を襲ってやろうとさえ思っているかも知れません。別に靖国が否定されたわけじゃないんですけどね、でもたぶんヒステリー起すだろうなあ。

ところで、靖国参拝訴訟の大阪高裁判決の骨子は以下のようです。
①小泉首相の参拝の動機は政治的なもの

②参拝は内閣総理大臣としての職務行為

③参拝は憲法20条3項の禁止する宗教的活動にあたる

国内外の強い批判にもかかわらず実行される小泉首相の参拝は、国が靖国神社を特別に支援しているとの印象を与えている

⑤内閣総理大臣は、参拝が私的行為か公的行為かを明確にすべきだ

少なくとも、靖国神社に言及していませんね。つまり、「靖国神社」が「本願寺」だろうが「明治神宮」だろうが「○○教会」だろうが同じなんです。ここで言っているのは「憲法20条3項の禁止する宗教的活動」だと言うこと。

だから別に靖国神社が否定された訳でもない。国家が肩入れしてはならないと言っているだけ。だって憲法でそうなってるんですから。そういう当たり前のことを、「戦没者慰霊の心」とか「A級戦犯合祀」さらには勝手に「日本人の心」とか決めつけ、一緒くたにして分からなくしてきたこれまでがどうかしている。

まあ、やっと論理的に筋の通った判断がなされたなあと言うのが正直な感想です。

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2005/09/29

分からない差別用語

差別用語というのがありますね。メクラとかチンバとは言ってはならない、差別用語だと言うアレです。確かに差別というか蔑視はいけません。ただ、どこからが差別かが難しいし、そもそも、差別自体悪いことのような言いかたも疑問です。

だって言葉自体が物事を区別するものであり、区別と差別の違いはそこに優劣判定が入っているか否かなんです。でも実際は何に対して優劣をつけているのか分からなくて、単なる区別に過ぎない差別用語も多いから、だったら差別などと言うより蔑視といったほうが分かりやすい。

例えば百姓、キチガイ、ツンボの類。百姓は職業を表しているだけ、キチガイ・ツンボも身体機能の一部に障害があることを表しているだけで、いづれも蔑称ではありません。ただ、言われた方はいい気持ちがしないというのも分かります。でも、それはその言葉自体ではなく、意味に不快感を持っているのではないでしょうか。

百姓を農家といっても、キチガイ、ツンボを精神障害、聴覚障害といっても言い方をかえただけで意味は何一つ変わりません。言い方を変えた当初は馴染んだ言い方ではないから、直ぐに意味が理解できず頭の中で翻訳作業がワンクッション入り、ソフトな印象を受けるかもしれませんが、馴染んでくれば同じです。

やがて、後何十年かして、意味が定着すると、「障害者」が差別用語になることは明らかです。そのときはなんと言うのでしょうか。朝鮮をチョンといったり、先生を先コウと言うような蔑称と、キチガイ、ツンボのような区分用語を一緒くたに論ずること自体がオカシイのです。

ずいぶん前のことですが、タクシーに乗った時「この辺は朝鮮人が多く朝鮮学校がある」といったところ、運転手が朝鮮人という言葉に反応して怒り出しました。朝鮮人を朝鮮人と言っていけないなら何と言えばよいのか分からず聞いた所、ますます怒り出す始末で途方にくれました。

おそらく件の運転手は朝鮮人で、かつてそのことで散々バカにされたのでしょう。彼の頭では朝鮮人=チョンとなり、蔑称に聞こえたことは想像に難くないのですが、こうなってしまうと、もうどうにもなりません。区別自体がいけないことになるので、日本人を日本人と言うだけで怒られるようなものです。どういう言い方をしようと解決しないでしょう。

メクラを盲目と言ってもやがては怒られるし、そうなると「眼球若しくは視覚神経に障害を持った方」となり、それでも「障害」とはナンだケシカランとなって、「正常な機能を発揮できない」というと、正常ではないとはケシカラン・・・と延々とつづくのです。

少数派を異常と決め付け、差別する気持ちを変えない限り同じなんであって、小手先の言葉でオブラートに包んでもお互いがメンドクサイだけで何の解決にもなっていないことをお分かりいただければと思うのです。

また、我愚息が小さい頃、我母に対しバサマと言うので、バカモンと怒ったところ、キョトンとして、お婆ちゃんに様を付けて丁寧に言ったのがいけないのと聞かれ、思わず絶句したことがありました。人それぞれ、自分自身の受け取り方にも問題があると言えましょう。

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2005/09/23

理解できない日本人

26sugimura 先の選挙で自民が圧勝し、比例でスーパー店主や26歳の若者までが自民党議員として国会に登庁しました。TVでは、コレに賛否両論あり、スーパーのおっさんはともかく、26歳のワカゾーに注目しているようです。で、私はどうかというと、コレが理解できないのです。

理解できないというと、何か反感を持っているように思われるかもしれませんが、そうではなくて、本当に単純に理解出来ないので。では、何が理解できないかと言えば、一連の事象全てが想定外、理解の範囲を超えてしまっているのです。つまり、ようワカランのです。

特にこのワカゾー、発言の一つ一つが間抜けで、こういう人物に国政を託せるのかと言う気がする一方、良く考えると具体的には何も害が無く、何の失敗もしていないのです。問題があるとすれば、彼の表現力や語彙力で、BMWが買えるという発言も、彼の語彙力では国会議員てこんなに給料もらえるんだと言う驚きの表現なのでしょう。

兎に角、まだおこちゃまで正直、おっちょこちょいではあるけれども、すくなくとも悪党には見えない。では好意的に見れるかと言うと、そうでもない。あんな軽さで憲法論議されてはたまらん、せめても少し勉強してから出直して欲しいというのが、正直なところです。

じゃあ、どうすれば良い?罷免するかと言えば、害が無いだけ、怪しい古狸より余程良いからそうはならず、ここは暖かく見守るしかないかなあと言う気になるのです。が、何かおかしい。だって見守るったって、見守ることのレベルが違う。既に彼は国会議員ですからね。

と言うわけで、本当に分からない。良いも悪いも全く理解できないのです。

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2005/09/14

意思表示できないニホンジン

wakaran 前から薄々感じてはいましたが、このごろとみに意思表示が出来ないニホンジンが多い。

このごろと言いながらケッコウ前の出来事ですが、車に乗っていて追突されたことがあります。で、その追突した相手は100パーセント悪いんだよと、お巡りさんにも諭されていたのですが、その後幾ら待っても何の連絡もありません。

不審に思い、電話すると保険会社にも連絡していなくて、言われて初めて自分が当事者であることに気付いたかのようでした。結局最後まで、スミマセンも無ければどうすると言う意思表示も無く、私の方から保険会社に連絡して、保険会社とのやり取りだけに終始した次第。全くの他人事だったのが非常に印象的でした。

これが6・7年前のことだったでしょうか、気のせいか、以来、貝のように閉ざして無反応なニホンジンが多い事に気付きました。あるとき満員電車の中でヘッドホンステレオをガンガン鳴らす若者に注意したところ、全く無視されました。カチンと来た私は、彼の耳からヘッドホンを外し、うるさいと注意しました。さて、この後どうなったでしょうか?

答えは、何も変わりませんでした。件の若者はキョトンとした顔をして、私を無視したのです。オイオイ、スミマセンとか、おっさん上等だ次の駅で降りろ、くらい言ってくれよ、無視はないだろ、無視は、どっちでもいいから意思表示しろよと思いましたね。

で、これがビジネスではどうかといえば、やはり同じなんですね。私はコンサルタントを業としていますが、クライアントが何を求めているのか要求定義を明らかにすることが一苦労です。中には、何が目的で何を頼んでいるのか、さっぱり分からない方がいます。

ご要望に応えて、問題を解決していくと、次々新たな要求が出てきて、最後は最初と反対だったり、クライアント自らが妨害する事が少なくありません、で、いったい何が目的かと問うと、貝のように無反応になるのです。

日常の地域社会においても、何かを要求しているらしいのですが、なにが望みなのかさっぱり分からないニホンジンを少なからず見ます。例えば、何かの集まりなどで議題が出されると、必ず反対する人がいますが、明確な根拠と代案があってのことなら良いのですが、どうも聞くとそうでもなくて、ではどうすれば良いのか、どうしたいのかを問うと、やはり押し黙ってしまうのです。

これは、どうしてなのでしょうか。全く不可解で理解できません。意見らしき言葉は発するけれど、実は何も意見がなく、何の意思表もないのです。やはり東洋の神秘なのでしょうか。それともニホンジンには言葉が必要なくて、テレパシーで意思の疎通をはかるのでしょうか・・・ウ~ム謎です。

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