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2005/10/11

サルには分からない憲法改正

またもや東シナ海が騒がしくなってきました。ついに中国はガス田生産に入り、このため、問題の海域には中国の軍艦がすでに遊弋(ゆうよく)しており、日本と不測の衝突が発生する可能性も指摘されています、そうなれば深刻な外交問題を招き、すでに両国内で高まっているナショナリズムの感情を煽ることにもなりかねないでしょう。

それにしても、ここで不思議なのは、全く日本国民が一向に、この問題に関心を示さないことです。マスコミも取り上げてはいるが、国家の一大事と言うほどではない。イスラエルでは毎日が戦争状態、領土が侵されようものなら総攻撃するし、そんなこと世界中の常識、どこの国だって領土・領海が侵犯されたなら、即戦争になります。

国境付近にトンネルを掘り、隣国の石油を掘ったらイスラエルやアラブに限らず戦争は必至です。なのに東シナ海では、堂々と日本側の資源が盗掘されようとしている。国家国民の最優先事項は普通、領土問題ですから。ために古今東西戦争が起こって来たのです。ところが、この国ではアメリカのイラク攻撃や自衛隊のイラク派遣ではデモが起きるのに、自国が侵犯されようというのに、全く無関心だ。一体どうなっているのだろう?

イラク戦争反対デモでは、人々は兎に角戦争に反対だと言っていましたが、自国が侵略されることには無関心らしい。私は日本人を愛する故に、サルと呼び、怒らせて警鐘を鳴らそうとしてきましたが、どうやら日本人は全てサルらしい。目の前で、自分を叩く棒が準備され、オリが用意されていても、叩かれるまで気が付かないし、叩かれても、叩いた人間より、叩かれた棒に怒りをぶつけるから、実際に侵略されても、それを許してしまう国家システム、即ち憲法には考えが行き着かないのでしょう。

結局、この期に及んでも、或いは日本が目に見える形で侵略されても、ただただ、バカの一つ覚えで「戦争反対」「平和憲法を守ろう」と言いつづけるのでしょうか。「戦争反対、平和憲法を守ろう」は間違いではありませんが、コレは目標であって方法ではない。相手がいることなのだから、どうやったら戦争が無く、平和を保てるか、その方法を考えなければ、タダのヒステリーです。

憲法9条は武力と平和がトレードオフであるかの前提のようですが、もしそうなら警察官が何故銃を持っているか、これを考えれば直ぐ間違いに気付くはずです。加えて9条2項で交戦権を自ら放棄しておいて、自衛隊武力を備えても、意味不明といわざるを得ない。だって、警官が発砲していけないと規定されていたら、犯罪者は屁とも思わないでしょう、それと同じです。問題は武力(の行使)即ち戦争がいけないのではなく、し方の問題なんです。

だから、以前にも書いたように、本当に平和憲法とするなら、戦争や軍隊を放棄するのではなく、侵略即ち領土拡大を放棄すべきなのです。勿論コレで平和が絶対とはいえないが、少なくとも相手があることなのだから、絶対戦いませんと言うより、絶対攻めないが、やられたらやり返すぞと言う方が平和である事は間違いありません。現に、国民が自国で他国に拉致されたり、竹島問題やかつての金大中事件など、全く日本は舐められっぱなしではありませんか。

だから、今日本がなすべき優先順位は、第一に憲法改正しかない。国がなくなってからでは、体制も経済も無いのです。ユダヤ人は長いこと国を持たず、やっと大戦後のドサクサで建国したけれど、今日に至るまで常に血を流しつづけてきました。日本は有史以来島国故に、外敵から守られ、ほとんど戦うことなく国家を維持してきたので、島国根性ばかりが発達し、仲間内の足の引っ張り合いばかりで、国家の維持に全く無頓着なんでしょうが、ユダヤの民から見れば、羨ましいかぎりではあるものの、こいつら先が無いなと思ってしまうのです。

追記:念の為本稿の主旨を整理しておきます

          本稿では戦争をすべきとは言っていません。戦争反対平和賛成、但しそのためには憲法改正が最優先事項と言っています。

          改正では、「戦争放棄ではなく侵略放棄とし、自衛のための武力行使はするが侵略すなわち領土拡大をしない」が私の主張。

          本稿では春曉ガス田問題を例に挙げて憲法問題を論じてますが、春曉ガス田で強行姿勢をとれという意味ではなく、協働開発がベストなのは言うまでもありません。

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コメント

匿名さん、投稿ありがとうございます。
おっしゃることは、その通りですし、「戦争時など集団でまとまる時に牙をむき、一度悪い方向にむかうと歯止めがききません」とのご意見、私も同じように危惧します。事実先の戦争がそうでしたから。

ただ、そのことと、本稿で述べている国防とがトレードオフの関係でしょうか。武力が危険なことは事実ですが、警官の銃を考えればヒントになります。すなわち問題は武力が無ければ平和を維持できないとの前提に立った場合、どうそれをコントロールするかが論点となります。

軍国主義化を防止し国防を成し遂げるには、国防に焦点をあて、軍国主義化の根を絶ってこれを憲法に明文化することが必要です。今のように軍隊の位置づけが無いまま、事実上の軍備を持ち、海外派遣までしている現状を認めてしまうことの方が、匿名さんがおっしゃる「歯止めが利かない」事になりはしないでしょうか。

尚、武力無くして平和が維持できるなら、もともとこの議論は不要です。

投稿: ベンダソン | 2005/10/20 11:39

私は憲法改正反対です。理由は簡単です。何故なら日本はあなたがここのブログでおっしゃっているとうり、すべてにおいて

>発言内容ではなく発言者の上下関係や地位で議論は決まってしまうからです。

であるからです。これに「数の多さ」も付け加えといて下さい。
日本人は民主主義を、長い物にまかれろと言わんばかりに数さえ多ければ中身はどうだっていいと思っている人が大勢います。どうしてそれが正しいかと人に意見を求めた時に、「世の中はそういうもんだ」「みんながそういってるから」「しょうがない」と言う奴の多いこと、、、
中身よりも、数や権力に従わないことに腹を立て「素直じゃない」というのが日本人です。幼稚園の子供でさえその傾向があります。これは私の経験ですが幼稚園小中学生のころよく意見の対立で自分一人と大勢で意見の対立をしましたが、どれだけ真理や真実を追求しようが、中身そっちのけで数や権力に揉み消されてしまいます。これが日本の恐ろしいところだと子供のころから肌で感じてきました。よく昔の戦争の時の話で「昔は戦争を反対したくても反対できなかった」と言う人がいますが、私は違うと思います。それは反対する人と賛成する人の決定的な違いがあります。反対する人の場合は反対する理由や意見や信念というものがありましたが、それに対し賛成する人は理由はなく、ただみんながそうだから従うだけでした。昔のひとの話しや、戦争時代の漫画を読むと、戦争賛成して突き進んだ理由にこれといった理由や信念、真理はなく「お国のためだと信じていた」の一言です。問題なのは、なぜ国の為になるのかという「なぜ」のところが欠落したまま盲目的に「国の為」という思考になり行動に移すところです。私は自らの経験からこういった部分は今の日本人も変ってないと言い切ります。日本人は「なぜ」の部分を追求する人間より、「なぜ」とか疑問を持たずに行動してくれる人を好みます。
この考えは、日常生活では波風が立たなくて日本人にとって居心地がいかもしれませんが、戦争時など集団でまとまる時に牙を向きます。一度悪い方向にむかうと歯止めがききませんし、風向きを変えようとする人間を徹底的に叩き潰します。防御の為の戦争であっても「力」です。力を使う為には知恵がないと危険です。少なくとも数や権力に頼るような思考の人間達が武力を持つのは恐ろしいことです。


投稿: 匿名希望 | 2005/10/20 09:34

「戦争放棄ではなく侵略放棄とし、自衛のための武力行使はするが侵略すなわち領土拡大をしない」

これは改憲論の意見の一つとして存在しますが、自分もこうした形での改憲はありだと思います。
ただ、この場合竹島問題であれこれ言われそうなので、事前に予防線を張っておきたいところですね。
もっとも、竹島領有権については韓国側の主張が認められることはないとは思いますけど。

それと、勝手ながらうちのブログからTBさせていただきました。良かったら読んでみてください。

投稿: 紫電 | 2005/10/12 04:23

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以前から議論が平行線を辿り……というよりは議論が成立せず、先日ついに中国側が勝手 [続きを読む]

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