« 靖国派と日本人のズルさ | トップページ | 環境運動 »

2005/10/05

日本のタブー

日本人のダブルスタンダード、ご都合主義は、既に何度か述べました。この摩訶不思議な現象は、山本七平著「空気の研究」に詳しいが、読んで尚分かりにくい点もあります。そこで、今日は分かりやすく日本のタブーについて書きましょう。そこから日本を支配する空気が見えてくると思うのです。

タブーその1:天皇の位置付けと責任

右翼は天皇陛下を絶対視します。山本七平言うところの、相対或いは対立する概念不在の、絶対的臨在観です。絶対的存在ですから、尊敬以外の会話はありえず、それ以外は全て不敬となります。理屈は全く入る余地が無く、神そのものです。

しかし、この根底にあるのは、天皇に対する絶対的尊敬の念ではなく、トラの威を借るところにあるように思います。少しでも天皇批判に結びつきそうなことがあれば、目を三角にして、襲い掛かりますが、その根底にあるのは、皇室に対する敬意と言うより、権威に同化し、コレ幸いに他人をやっつけているに過ぎません。

右翼に好かれても、当の天皇陛下は迷惑なだけなんじゃないんでしょうか。子供の頃から不思議だったのですが、日本では何か事件が起こると、何でもかんでも長の責任になります。運転手がミスを怒られるのが怖くてスピードを出しすぎて大列車事故を起こしても、当の運転手よりも、実際どうにも出来得ない社長の責任を追及します。

社長が就任する以前のことでも、結果が今なら今の社長の責任を追及します。これは実際の責任の所在など実は、どうでも良くて誰かを血祭りに上げれば満足だからです。或いは長がタダのお飾りでも、責任を追及します。

ところが、大日本帝国憲法の下では陸海全ての軍の最高責任者であった天皇の戦争責任は追及されません。実際問題、天皇に責任があったとは思いにくいのですが、しかし何故ここだけ急に現実的で物分りがよくなるのでしょうか。

あなたがもし業務上不祥事を起こしたならば、上司はおろか、あなたのことをどこのどなたかも知らない社長の責任になるでしょう?なのに何故、天皇の戦争責任となるとこうなんでしょう。よく言われるのが、天皇に戦争責任を負わせてしまうと日本人に求心力が無くなってしまうというもの。

しかし、私の見る限り、実生活において日本人がそれほど皇室に敬意を払っているようには見えません。右翼がどこにいるか分からないので、不特定多数の前では皆さん敬意を払ったかのような発言をしますが、一度仲間内の会話になると必ずしもそうではないようです。

そして、極稀に天皇陛下にたいして敬意が足りないと怒り出す人がいますが、尊敬する人への気持ちの表れと言うよりも、先に述べたようにトラの威を借りるがごとく、権威の威光をかさにうっぷん晴らしをしているに過ぎません。もしマッカーサーの占領政策が継続していたなら、占領軍の威光をかさにきて傍若無人に振舞うのではないでしょうか。そう思えてならないのです

|

« 靖国派と日本人のズルさ | トップページ | 環境運動 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101905/6270370

この記事へのトラックバック一覧です: 日本のタブー:

« 靖国派と日本人のズルさ | トップページ | 環境運動 »