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2005/12/17

日本語の怪

昔から日本を指して、東洋の神秘なんて言われているが、ホント日本は不思議だ。

先ず、単語として全く違う意味を、同じ言語体系で持ってたり、意味不明の言葉って、日本語ぐらいじゃないだろうか。例えば、・・・・

緑の黒髪:これを聞いたとき、は?でしたね。ミドリイロノクロってどんな色?ニホンジンふつーに使っているが、やっぱり変だ。そういえば、信号機も緑なのに青と言ってるな。青は実は緑で、緑も実は黒?ふーむ分からん。もしかしたらミドリちゃんの黒髪? なんて考えると妙にうきうきするが・・・、やっぱり分からんナ。

走って歩く:この言葉は、埼玉県の旧岩槻市(今のさいたま市岩槻区)あたりの方言かもしれない。最初聞いたときはギョッとなったが、要するにせわしなく走り回っている様子を言うらしい。が、同時には成立し得ない相反する行動を一つの熟語にしちゃうところは、緑の黒髪以上にスゲーというかテキトーだ。「走って泳ぐ」とか「泳いで歩く」なんてのもあるのだろうか、もしかしたら「立って座る」とか?ニホンジンてスゴイと思った。

きっと:この言葉、本来は「確かに」と言う意味なんだろうが、実際は「タブン」の意味で「メイビー」とか「パハップス」だ。言葉としてはほとんど反対の意味を持ってるところがすごい。「彼はきっと約束を守ります」と言ったら、「守らないだろう」とも、「守るだろう」とも受け取れるのだ。頼むよ。

ケッコウ:これもそう。OKNO、両方の意味だ、たまらんなー、もう。「埴輪の2006年モデルいかがでしょうか」「ケッコウ」「お買い上げありがとうございます、消費税込みいちまんごひゃくえんデス」「なに!要らんといっただろ」こういうバトルは日本だけ。

意味不明な言葉:その他意味不明な言葉がいっぱい。凛とかケレンという言葉も良く分からない、あと、前にも書いたが、日本語の「数」って全く意味が無いようだ。数人とか、数時間と言うアレです。ついでに言うとこのアレもよく分からないな。「数」を辞書で引くと、「2・3、3・4或いは5・6若しくは7・8かそれ以上」なんて書いてあって、もう無茶苦茶。「数ヶ月以内にはきっと約束を果たします」なんていわれてもなあ。「9ヶ月以内のいつか、ひょっとしたら約束を実行しましょ」ってか

よく事件がある度聞くのが、道義的、これもよく分からない、「道義的責任を・・・」とか言って、TVでエライ人がよく御免なさいしてるけど、実際のところ何人の日本人が分かっているのだろう。

他にもいっぱい分からない言葉や意味不明な言葉があるが、言葉とは本来意思伝達を目的とするコミュニケーションツールなのに、何故に日本語はこんなに曖昧で、本来の目的に反しているのだろうか。それどころか言葉の意味が誰にも分かると、差別用語となって、意味は全く同じなのに別の分かりにくい言い方に変えられたりする。

どうやら、日本語は分かりにくくなければいけないらしい。ではどうやって日本人はコミュニケーションをとるのだろう、テレパシーなんだろうか。それとももともとそんな事を必要としていないのかもしれない。

そう言えば、一連の構造計算書偽造事件では、「鉄筋本数減らせ」イコール「偽造しろ」か「経済設計」なのか、全く定義付けしないで、鉄筋本数がどうたらこうたら言っているが、議論の対象をはっきりさせると、日本人には面白くないのかもしれない。お互いが同じ言葉を使っているが、実は正反対の事を主張しあっていて、「走って歩いた」り、「きっと」、「けっこう」な議論をしているのだろう。

だからそのうち、何を言ってるのかお互い分かんなくなっちゃって、飽きてしまい、嵐が去っていくのだろう。残された人は、たいへんだけど・・・・。

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2005/12/16

反証性と魔女狩り

サンタさんなる方からコメントをいただいた。一部引用すると、

何かに対して批判する場合、目的が改善にある場合、おっしゃるとおり指標を提示することになりますが、目的が罵倒、挑発にある場合行動そのものが不条理なので、逆に指標をぼやかすことが「普通」かと思います。そして、最近の批判は後者で行われることが多いかと思います。(良い悪いは別ですが)」

うーん、ナルホドと思った。私はこのブログでニホンジンの悪口を言っているが、出来るだけ論理的に必ずアーギュメントの形式で言っているつもりだ。勿論罵倒が目的では無く、日本民族の優秀性を鼓舞するためなのは言うまでも無い。

ニホンジンの非論理性を批判するとき、当然に、その非論理性を論理的に指摘していたつもりなのだが、この行為自体が既に自己矛盾だったとは気付かなかった、理屈の通らん相手に理屈を言っていたのだ。目から鱗です。そう考えてハタと気が付いたのが、この一連の耐震構造計算書偽造事件は、もともと誰も改善などを考えていなくて、罵倒・挑発を目的に考えていたのだということ。

そう考えれば、ン・ナルホドと理解しやすい。「安かろう悪かろうが動機と言いながら何故具体的な安さを誰も検証しないのか」「検証すればウソかホントか直ぐ分かる事を何故検証しないのか」「過失を責めておきながら、何故過失の内容を具体的に指摘しないのか」等々、ズーッと、疑問に思っていたことも、元々目的が罵倒・挑発なら説明がつく。要は何だって良いのだ。アホクサ。

とまあ謎が解けたのだけれども、そんな不条理がマスコミ・政治始め、日本社会を席巻していて誰も何とも思わないとすれば、巻き込まれたらなすすべが無いということか、実際、被害者である住民がバッシングされているしなあ、などと思ってしまう。

「今そこにある危機」という映画があったが、日本は理不尽さにおいて、世界一ヤバイ国かもしれない。ある日突然罪人にされたり、公開リンチされたりする危険があって、フツーの法治国家なら考えられないけど、そういう危険の中で我々は暮らしているのだ。地震なら逃げられるが、コイツからは逃げられない、巻き込まれたらアウトだ。

「科学的」の定義に反証可能性がある。簡単に言えば化学的とは反証できる余地があること、反証できないものは非科学的という考え方だ。例えば「明日は雨が降るか降らないかのどちらかだろう」という仮説は反証することができないのでペケ。

で、日本の社会ではこういう反証できないことが実に多い。「責任を感じるなら黙ってろ」とか「弁解するとは全然反省がない証拠」では、どうにも反証できない。そういえば、何世紀も前のヨーロッパ魔女狩り裁判で、袋詰めした被告を井戸に沈め、浮いてきたら魔女だとして火あぶりにしたとか。21世紀の日本、未だやってることはたいして変わらんか。

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2005/12/14

ところで何を議論してるの?

一連の姉歯事件だが、相変わらず本質を外した「鶏を指して犬を罵る」話ばかりで、アホらしくなってくる。例えば「姉歯のインチキ構造設計はコストダウン圧力のせい」とされているが、具体的にどれくらいコストダウンになったか一切論じられないまま、今に至っている。

これってスゲーって思いません?だってアナタ、何か批判するとき、フツー指標があって批判するでしょ。例えばアイツはバカだといえば、自分より成績が悪いとか、平均点以下とか、なんかあるでしょう?なのに、そういう具体的事実が一切不明で日本中が騒いでいる。ダイジョウブカ・ニッポンジン。

強度偽装でいくら躯体工事費がコストダウンされ、ソレが全体事業費の何パーセントコストダウンに繋がったのか、実際検証してみたら「えっ、その程度?」であったら、今まで世間が大騒ぎしていた根拠が消えてしまう。或いは「やっぱりなあ」となるかも知れない、何故肝心なことを明らかにしないのだろう。

「安物買い」説も同じ。恐れていた被害者バッシングが起こりつつあり、安いことに疑問を持つべきだったと非難されるが、それは同じレベルの比較論であって絶対金額ではないはず。問題物件は広告や営業経費を抑え、集会場や内装・間取りを省略したり、土地が安いとか、そういう理由で安いとの説明。

つまり、見た目や広さはクラウンですが、実はタクシーですと。これでどれくらいコストが安くなるのか、明らかにその限度を越えていたなら確かに怪しいが、そこを明らかにしないで買主を批判するのは見当違いもいいとこだろう。

或いは、今ラジオから姉歯証人喚問が放送されているが、「・・・についてどう思うか」ばかりを聞いている。客観的事実を聞けよ、だ。姉歯がトンデモナイ嘘つきなことは客観的事実、その「嘘つき」に「思うこと」を聞いていては、「不確か」の2乗ではないか。バッカじゃねーの。

修学旅行の代休中の高2の息子が「とうちゃん、国会議員てスゲー、バカじゃないか。関係ないことばっかり聞いてるよ」と私の事務所に電話してきた。Oh I think soこれについては、また明日。

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2005/12/09

世界一優秀な民族

ikari このブログのテーマである「日本人の悪口」に反して、実は日本人は世界一優秀な民族だと思う。優秀過ぎるから、優秀な人間がうじゃうじゃいて、自分が優秀だと思っているから、特に優秀な 人間に驚きもしなければ認めもしないで、足の引っ張り合いに陥るのかもしれない。島国根性を好意的に見るとこういうことかなとも思う。(何処が好意的なんだ?)

で、何をもって優秀かと言うと、総じてと言っておこう。人に得て不得手があるように、評価は様々だけど、とにかく器用。この器用と言うのは手先のことではなくて、物真似上手で、何でも直ぐマスターしてしまうことなのだ。

これは、科学技術に限らず、努力ではどうにもならない本来才能で決まるはずの芸術分野でもそうだ。例えば、30年前の日本の音楽シーンにおける技術水準は、相当に低かった。いや、ホント。楽器か演奏できるだけでプロと称し、音符が読め多少の音感があるだけで作曲家を名乗ったりできた。だから、当時の映画やドラマでは、ほとんどまともなBGMが無い。アメリカのTVドラマでは各シーンにオリジナルのBGMが入っていたけれど、日本のドラマでは既存の音楽を取ってつけたように流していてチープそのものだった。

ソレが今や、当時であれば超一流クラスの演奏者はうじゃうじゃいるし、TVドラマでは、明らかにオリジナルに作曲し、独自に演奏したものを惜しげもなく流している。身近なところでは昨日もロータリーの忘年会に、聞いたことも無い奏者たちが来ていたが、レフト・アローンなんか鳥肌が立つほどウマイし、プッチーニを披露したオバサンは超絶の声量と美声でオッタマゲタ。たった30年で民族が替わったのかと思うくらいの進歩なのだ。

要するにだから、特別な天才はいないが、何をやってもそつなくこなす、平均値を取れば際立って優秀な民族と言えよう。ところが、この優秀な民族は性格が悪い。全部ではないが一部に、際立って根性の悪い人たちがいて、大多数が付和雷同型。で、この両者が「嫉妬」で一体となって見た目の世論を形成するが、実態は、少数派の悪い根性の人々が牛耳っているということを、このブログのスタート(4月)で書いた。

ここのところ話題となっている姉歯問題などはその典型で、日本中がヒステリーを起し、心ある人がいくら冷静に考え、訴えても、嫉妬に狂ってしまった人々は、完全に思考を停止し、そこに付け込んだマスコミや議員などの人気商売(敢て政治家とは言うまい)がこれを煽り立てている。

で、不思議なことは、では誰がこういった風潮をコントロールしているのかだ、この異常さは、誰かが火をつけ煽ったからなのは状況から見れば明らかなんだけれども、どうもハッキリしない。で、それを考えていくと日本人に普遍的に共通する「やっかみ」が源なんだろうと思っちゃうわけ。

だって、そうでしょう。国会議員や評論家が堂々と、安いからには問題が有るみたいなことを平然と言うんだから。責任追及の論理としては何の根拠にもならないが、嫉妬心を煽って人を陥れるためには有効な手段ではある、こういう発言がまかり通るという事は、大多数の同意が得られることが、極自然現象のような当たり前のこととして予測できるから、言うんだろう。ひょっとしたら、いやタブン、当人達は無意識かも。オソロシヤだ。

TVタックルで、三宅ナントカという評論家が、あんな安いもの、おかしいと思わなかったのか、そんな被害者を救済するのに国の金使うのは反対だと、放言していたが、ナントモハヤ、個々の物件の品質に国が関与し、お墨付きを与えた事と、天災や詐欺等の単なる被害を区別せず、「救済」という言葉だけに反応してはばからない点がスゲー。

もっとスゲーのは、「安い」ものを買ったことに責任があると言い切ってしまうことだ。デベロッパーが「破格のお値段」とか「格安物件」と言って売り出したら逮捕されなきゃならんナ。

何にしても、こういう事がまかり通るのは事実なんだから、このあたりを学問として「日本人学」とかナンとか研究したら、いとも簡単に日本を支配できるかもしれない。おおっそうだ、いや、待てよ既に誰かやってるのかな?なんて妄想膨らませても仕方ないか。

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2005/12/05

棒に怒らない日本人

人間、人のことは言いやすい。かく言う私もそうなんです。このブログでは一連の構造計算書偽造事件に対し、客観的に冷静になって、マスコミに踊らされるなと言い続けてきたが、正直なところ所詮他人事。もし自分がその被害者だったら、いったいどれほど冷静にモノを見られるか自信が無い。

ヒューザーには今もって何一つ、偽造関与の証拠もなければ、対応についてもアレ以上の誠意ある対応は無いだろうと思いつつ、実際に当事者として説明会に出れば、バカヤロー、社長呼んで来いと怒鳴るかもしれない。

そんな中、一週間程前gskayさんから「はじめて、自分と似た論調のblogにあたりました。あとは、爆笑問題の大田光さんくらいです。」とのコメントとTBをいただいた。このときは、そのTBを斜め読みして、うかつにも自分とほとんど同じ見解をお持ちの当事者とは気付無かったが、改めて、彼のブログ<「揺れるマンション」顛末記>の全てを読んでオッタマゲタ。例えば・・・

もし、資金が多少でもあるなら、それを瑕疵担保責任の履行のために使うのではなく、国家賠償や、イーホームズ、設計事務所に対する賠償請求の元手に使うべきだと思います。ヒューザーが、無い袖は振れないのは承知済みです。でも、ヒューザーには、生き残ってもらわねばなりません。瑕疵担保責任の請求の相手が消えてもらっては困るからです。(2005/11/29)

なんともハヤ、冷静で、まるで他人事のように客観的、そして推論が論理的なのだ。だから一つ一つが、物凄く説得力あり、無責任に扇動するマスコミや、これに踊らされた感情的な意見には無い鋭さと凄みがある。

ブロガーの皆さん、一度、ご覧あれ。アナタにこの冷静さが保てますか。あっ、また自分のことを棚に上げてしもた。

http://gskay.exblog.jp/

どうやら、ひっ叩かれたら、棒にではなく、叩いた人に怒る日本人もいるらしい。

ならば、我々は被害者を叩かない日本人でありたいもの。私は、公的資金が導入されたら、被害者バッシングが始まることを恐れる。そんな事態になってしまったら、本当にこの国は良い国か、息子達に説明がつかない。溺れる犬に石を投げるのは、日本でしょ、と。

しかし、残念ながらやっかみ即ち嫉妬に狂った人々は歯をむき出して襲い掛かってくるだろう。ヒステリーを起こしたお猿さん達だから彼らには理屈は通らない。政治家や役人がどんなに税金を無駄使いしようが関心が無くても、自分と同じ庶民が救済されることにはガマンがならず、嫉妬に身を苛まれ、今度は誰を血祭りに挙げるか、必死だろう。

先ず手始めに、拙ブログ辺りが狙われ、感情的書き込み増えていくことだろう。ま、超マイナーなブログゆえ、賑やかになってケッコウ、大歓迎だ。何より、今までも靖国問題で何回か同じ現象を証明したが、今回も、ちょっと論破したりすれば、ヒステリーとなって、罵倒の嵐だろう。それこそが、このブログのテーマ「サル棒ニッポンジン」の証明実験なのだ。

12/8追記:このエントリーの後、拙ブログが狙われるかと思いきや、上に紹介した「揺れるマンション」顛末記が狙われ、一斉に被害者バッシングが始まった。理屈も何も無く、ただただ嫉妬に身悶えして、被害者バッシングするさまは、何ともおぞましい。

拙ブログにそんな影響力があるとも思えないが、御紹介したとたんにバッシングの嵐となってしまったことに申し訳なく思う。が、見事に「サル棒ニッポンジン」の証明実験は成功してしまった。

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2005/12/04

民族ヒステリーの恐ろしさ

チトくどいが、ヒューザー・バッシングから見えることを言っておきたい。

【罪と義務の混同】

やってはいけないことをやったり、やらなければいけないこと、つまり義務を果たさないのが罪であって、義務は罪ではない。そも、この事件は、この【義務】と【罪】を混同し、犯人探しに夢中になって、【対処の優先順位】を誰も考えないところに問題があるのだ。

ヒューザーを例にとれば、今の所、瑕疵担保義務を果たすと言っており、計算書偽造への故意・過失の証拠が無いから、何を根拠に罪を問われ、攻撃されているのか分からないのだ。その根拠は、「ヤツに違いない」と言う思い込みが全てではないだろうか。

その思い込みを除いたとき、何一つ根拠が無いことに気付くはずである。別に、小生、ヒューザーをシロと言っているのではない、黒と断定できないと言っているだけで、結論に至るロジックを問題にしている。だから、ヒューザーが、クロでもシロでも、どうでも良い。

国民の関心は、被害者の救済でも、原因究明や再発防止でもなく、ひたすら誰を犯人とするかであり、その根拠は、実際の犯行よりも「どれだけ得をしたか」ではないだろうか。だから「得をしたヤツが悪い」→「儲けているのは売主」→「一番売っているヒューザーが悪い」となるのだ。

【やっかみが人心を狂わせる】

こんなだから、今回の騒動ではプライオリティが問題解決よりも犯人探しにあって、11/27エントリーで述べたように、人命第一と言いながら、実際には被害者や周辺住民への対応が後回しなのだ。そして、この根底にあるのは、「やっかみ」だろう。

被害者に対して、人々は内心、「格安」という「利益」にやっかみ、安物買いの銭失いという「罰」を期待し、「あんな格安マンション、おかしいに決まっている、そら見たことか」と、詐欺商法の被害者と同じ見方をしていまいか。

だから、今のところ被害者への非難は出ていないが、やがて救済されようものなら、被害者への風当たりは強くなり、少なくとも同情はされないだろう。

【民族ヒステリーの恐ろしさ】

これほどの大事件にも関わらず、どこまで行っても、事の本質や対処のプライオリティーよりも、「やっかみ」を満足させるための「リンチ」が大衆の最大関心事なのだ。だから、誰も論理的に推論したりしないで、「(こんな悪いヤツなのに)すげー儲けて、いい家に住んで、態度がデカイ。(ケシカラン、とっちめよう)」となってしまうのだ。

皆が一斉に同じ方向を向いて、それと違うものは排除してしまい、思考停止状態。冷静に考えようと言うだけで、「何、コイツおかしいんじゃないか」となってしまう。完全な民族ヒステリーだ

結局、先の大戦に突入していった状態と同じなのだ。敗戦を迎え、あの戦争は何だったんだろうと振り返ったとき、何故開戦したか、誰も明確に答えられないと言う。

確信があるわけではないが、この民族ヒステリーの要因は、根底に島国根性があり、そこから統一概念として「結果平等主義」、「秩序第一」が生まれ、「集団」となって、それを支える人々の行動原理は「やっかみ」や「憎しみ」が支配し、その裏返しに「特権」への憧れがあるのではないかと思う。

一度、民族ヒステリーが起こると、もうどうにも止まらない。一見、この事件と無関係に見えるが、団塊の世代が演じた、安保反対もこれに通じる。先の福知山線脱線事故でも同じだった。

1億からの民がいて、一斉に歯を剥き出し、事の真理などより憎しみややっかみが感情を支配して誰かを槍玉に挙げる。60年前は鬼畜米英、30年前は政府と安保条約、今は得をしてそうなヤツを槍玉に挙げる。懲りないというか、精神的には全く進歩しない民族なのだ。

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果てしなき民族ヒステリーと公開リンチ(2)

続き。ヒューザー追求には見当違いのほか、矛盾や疑問点も多い。これを整理してみた。

     【テープが無い】

【天災地震にて倒壊したときに調査し発覚したことにしたい=小嶋社長発言?】

そこまで克明なメモなら録音テープがあるだろう。何故出さない。仮に言ったとして、発覚後の事であり、偽造関与には繋がらない。小嶋社長に脅されて公表を見送ったのが事実なら、イーホームズや国土交通省にはコンプライアンスが無いということじゃないか?コッチのほうが問題だ。この論理矛盾に気が付かないのか?大丈夫かオイ。

【鉄筋を減らせ】

これも言った言わないの類、というか、発言の「真意」を当人達に聞いてどうする。

【内部告発が無い】

具体的内部告発がない。不思議だ。

【共通項を何故見逃す?】

どの物件にもほぼ共通しているのは、姉歯と木村建設、イーホームズ。状況証拠が示す事件の中心はこの3者だろう。遂にはこんなことまで出てきた。

http://www.asahi.com/special/051118/TKY200511300415.html

     【何故イカレポンチの話を何故信じる?】

国会承認質疑では、イカレポンチの発言を何故証拠として取り上げ、未だ犯行や過失が証明されていないヒューザーの言い分を否定するのか、矛盾している。

     【ヒューザーの主張を何故検証しない】

ヒューザーは、偽造関与を否定する根拠として、①社員が問題のマンションに住んでいること、②かなりの工事発注が設計前、③偽造物件の建設費がむしろ正常より高い。などを上げているが、ヒューザーを問い詰めるなら、ここを検証すべき。何故誰もやらないのか。何故、鶏を指して犬を罵るばかりなのか。

【結論】 

さてそろそろ、結論を述べよう。

先に述べたように最終(総合)責任は、建築確認制度を創り、頂点の権限を持つ国に有るのは明らか。「許可」ではなく「確認」というロジックは屁理屈だ。

これが総論。次に、各論として、

直接は姉歯及び関与した者の犯行であり、国は罰を与え再販防止に努める義務がある

②これを見逃した検査機関は、過失がある。但し誰もが防ぎ得ない。

③売主は法に基づき、瑕疵に対する担保の義務がある。

④瑕疵の原因は設計にあり、設計の監視と指導は国(に委託された業者)の業務であるから、チェックできなかった国は、建築主に対してその被害を補償する義務がある。

このように夫々の義務を果たすべき責任があるが、夫々果たしえない部分は国が監督し責任を持つべきは言うまでも無いだろう。天災被害と違い、被害の原因に国が関与しているからだ。

次に、事件関係者内部の問題として「リスク対策」が有る。
リスク対策には保有、削減、回避、移転があるが、本件は不測の事態だから、移転がその対象になる。つまり保険を掛けなかったことが、内部のミスとして上げられるのだ。したがって、売主が責められるべきは、保険未加入若しくは財力不足が理由で瑕疵を担保できない場合となる。

【指摘】 

最後に、私の指摘・提案を述べておこう。

     ヒューザーに対して 

無過失に自信があるなら、国を始めてあたり次第に告訴し、早く司直の手に委ねるべき。この国では何だかんだ言っても、一番公平で理屈が通る。

公的資金でも何でも借りて、売主の瑕疵担保責任をいったん果たした上で、無過失なら、その原因者に費用を請求すべき。そのため一貫したこれまでの主張を自社ホームページで繰り返すべき。偽造関与の証拠が出てこなければ、いくらなんでも民が気付く。(タブン?)

     住民に対して 

戦略がなさ過ぎる。ヒューザーが潰れて困るのは住民。ただ助けてではなく、ヒューザーと一致団結し直接国を相手にすべき。国は潰れないし、この被害は建築確認制度の欠陥が、ヒューザー住民に被害を与えた人災だからだ。

買戻しの代金では、絶対同じモノは買えない。これだけ注目される中、今度は無茶苦茶頑丈にするはず、それが追加料金無しで手に入るから、正真正銘の超お買い得。マスコミに乗せられて、買戻しを要求するなどアホのすることだ。

マスコミや大衆は安物買いの銭失いとして、住民の破綻を期待している。住民が救済されると、やっかまれ被害者バッシングが始まるから、一致団結して被害を訴え続けること。

     木村建設、設計事務所、検査機関に対して 

どんな理屈を言おうと、検査機関でありながら見落としていたのは事実。木村建設は、全てに関わっているのだからこれもクロ。売主が無過失と分かれば、次はおたく達が槍玉に上がる、時間が経てば経つほど、不利になるので、今のうちに謝っておいた方が得ではないか。或いは逃亡するか?

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