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2006/02/08

皇室典範改正?

syotoku ニッポンでは望むべくも無いが、議論においてはできるだけ論点を1文1件とし、前提条件を明らかにし、確認したいものだ。皇室典範改正論議も正にこの典型。それぞれが全く違う論点と前提条件のもと、単語だけ皇室典範改正を掲げ、かみ合わない議論をしている。

実に奇妙だ。一応皆さん、皇室の伝統を守るとか皇室への敬意とかをと前振りしているが、岡目八目で聞いているとチャンチャラおかしい。もし前提として、皇室への敬意を払うのなら、大きなお世話だ。女系だろうが男系だろうが、誰が次ぎの天皇になるかなんて天皇に任せておけばよい。総理大臣だろうが、偉い学者だろうが、国民の象徴に下々が指示をするなんて、それこそ不敬と言うものだろう。

或いは伝統を守る為の論議が前提なら、やはり伝統の主体である天皇及び皇族の問題であり、下々の他人がとやかく言う問題ではないだろう。少なくとも国政に関する権能を有しない(憲法4条)国民の象徴に過ぎないのだから、誰にもほとんど何の影響ももたらさず、利害とかで結びつかない。よって、党利党略の対象にならないから、永久に意見の一致など起こりようが無い。

憲法1条には「この地位は主権の存する国民の総意に基づく」とあり、第2条に「世襲と皇室典範による」とあるから、言い切ってしまう以外「総意」などまとまるはずも無く、よって「総意」の結果を方法論として規定する「皇室典範」など、強権発動以外改正できっこないだろう。

どの道、本当はどうでもよいことを、さもタイヘンなこと、天皇の為、伝統の為と言いながら、その実、自己PRの道具としている心根が見え隠れしてしまい、アホくさくなる。こう言うと文を理解せず、単語に反応するニホンジンは、不敬だと、歯をむき出しにするだろうが、単に皇室の権威を利用して鬱憤晴らしをしてるに過ぎず、なんともさもしい根性だと言っておこう。事あるごとに不敬を叫ぶものこそ不敬なのだ。

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