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2006/08/03

痴呆議員不要論(3)

ネットを検索していくと土着の妙に生々しい情報にブチ当たる事がある。で、その地域の情報をさらに検索するとトンデモ情報がザクザクあって、論理的につなぎ合わせると、どう見ても不正じゃないかと思わせる事件に遭遇したりする。

○○市民とか○○協議会なんていうのを検索すると、結構その地元の生生しい情報が見えてくるのだ。一例を挙げると↓これなんかそう。

http://blog.livedoor.jp/clickchamp/?blog_id=1174197

http://6253.teacup.com/ohayasi/bbs

サービスエリアを検索していて偶然ヒットしたのがきっかけで、この街がどういう街でどこにあるかも知らなかったが、住民同士の議論や議員に対する疑問が公開されていて、それでいて議員は公の発言では一切反論しない(出来ない?)様子が伺え、実に興味深い。

たとえば、埼玉県蓮田市では、住民協働により総合振興計画を策定したところ、議会が一切の理由も明らかにせず否決してしまったそうな。総合振興計画とは自治法2条に規定する自治体の基本構想であり、いわば自治体の経営計画である。

蓮田市では、これをアンケート調査を行った上民参加で策定し、その案をパブリックコメントで全市民に開示し意見を募集した。さらには議会代表を含む審議会で審議し策定したのだから、議員に不満があれば、審議会でも、パブリックコメントでも意見は言えたはずだが、議論すらせず、一刀両断に議会で否決してしまったのだそうだ。こう言ってはナンだが、ここまで民意を無視出来るとは時代が100年ずれている。市民レベルが高いとされる鎌倉市あたりならたちまちリコール騒ぎだろう。

だから市民が怒るのも当然だろう。自治連合会などは、何故否決したのかその理由を教えて欲しいと公開質問をしたところ、逆に議会側に自治連合会代表が呼び出され罵倒される始末だとか。

そこで議員たちの言っていることは何の根拠も無く支離滅裂、たとえば基本計画が無いからイカンとか、これでは県がOKしないとか、挙句に何故質問などするのかと恫喝まがいだったのだ。

ちなみに基本計画が無ければならないとはどこにも規定されていし、ましてや地方分権一括法以来、県には承認も報告も必要ないのだ。いったいどこで聞きかじった知識なのかあきれてしまうが、それを堂々と議員が放言し、市民を罵倒するというのだから、もう無茶苦茶、痴呆議員ここに極まれりだが、そう言われて黙っている市民も相当にレベルが低いといわざるを得ない。やはり田舎なんだろうか。

田舎の特徴として議員たちは特権意識を持っており、民意など無関係、有力支持者しか見ていないのだろう。さらにこの街の議会のスゴイ所は、延々と百条委員会をやっているらしいのだが、その目的が不明ということ。

聞けば、保育園を埋め立てした土からフッ素が検出されたので「近隣住民と園児の安全のための調査特別委員会」という。ところが、工事中出てきたゴミにバッテリーが有ったとか無かったとか、それが産廃じゃないかとか中身は全く関係ないことばかりで、傍聴した市民から嘲笑されながらというお粗末さ。

百条委員会とは本来不正を糾弾し真相解明のために議会に与えられた特権的な調査権なんだが、この街ではそれを乱用する百条委員会が最も怪しい。だから皮肉にも市民の間からは、百条委員会を調査する百条委員会が必要との声も上がってきている。

それ以前にそもそも、何故ここ掘れワンワンなのか、このメンタリティーの低さに呆れてしまう。この街の住民には申し訳ないが、まるで座頭市映画で田舎ヤクザが支配する街のようだ。こういう街では、ほじくり返すとヤバイ話がゴマンと出てきそうである。

それにしても、蓮田市は新宿や丸の内から4~50分のベッドタウンであり、決して田舎ではない、相当に優秀な市民も少なからずいるはずなのに実に不可解だ。

市民レベルが低いと言えばその通りだが、要は、地域に関心が無いのだろう。市民の無関心が議員の横暴を許し、街に魅力が無くなりさらに無関心になるという負のスパイラルに陥っているのだろうか。

この関心の無さが実は、蓮田市に限らず今日、日本の地方議会をダメにしている。市民は無関心故に、主体的な投票行動を取らず、人から頼まれたり知名度で投票するから、地縁血縁や組織票に牛耳られてしまうのだ。挙句に、これといった人物がいないから投票棄権が意思表明だという。主張する権利の行使を否定していったい何を主張するというのか理解に苦しむところだ。

その結果、ビジョンも何も無い利権志向だけの輩が地方政治を牛耳ることになってしまい、箱物だらけ。気が付いたら夕張の二の舞になりかねない。夕張の借金は100年かかっても返せないというが、何も夕張に限った事ではあるまい。アナタの街の財政状況を正確に調べてみたらゾッとするはず。その証拠に、複雑怪奇な項目立てでほとんど解明不可能な決算書になっているはずだ。それに肝心なところ、例えば特別会計の詳細などは絶対に情報開示しないだろう。

だから地方政治のオソマツさは必ずしも痴呆議員の所為とは言い切れない、自治体職員にも問題がある。が、残念ながら市民は彼らを選べないし首にも出来ない。何より役所の人事権は首長にあるから、結局市民の責任ということになる。

やはり選挙が全てなのだが、一方地縁血縁で機能せず真の民主主義には程遠いのも事実。ならば、強引に直接民主主義に近づけてしまうのも手だろう。その2で述べたようにいっその事選挙など止めてしまって、自治会単位で独自に代表を決め、それを議員としてしまうのだ。正に住民の代表であり地縁血縁も知名度も関係ない、利権に結び付こうにも数が多すぎて不可能だろう。

この蓮田市を例に取れば、約100の自治会があるから100議席だ。利権派がどんな工作をしようと100人を抱きこむには費用対効果が失われ不可能だろう。また100人もの議会ともなれば、公開討論のようになり密室性は失われるから、ウソを平気で言ったり、バカ化た議論もそうそう出来なくなり自浄作用が働く。

この国の民主主義は民衆が勝ち取ったものではないから、制度の一部である選挙を輸入しただけで、地方政治の中身は未だに「へへー、おでゃーかん様」なのだ。ならば、無理やり強引にでも民主主義を創るしかない。つまり強引に直接民主主義に持っていってしまうのだ。

市政に文句があれば、町内会の会長に文句言えばよい。町内会の会長がろくでもなければ代えればよいし、周りが問題ないといえばアナタが間違っているのだ。ひょっとしたらなり手の無い会長に、名乗り上げる人も出てくるかもしれない。

地方議員とは本来そういうもののはずだ、一家を養う程の報酬でもなく、年に4回の議会でオラが街の規則や予算を監視するだけの仕事なのに、必死に名前を連呼して議員になりたがること自体怪しいのだ。

もし600万円程度の議員報酬を本気で生活の糧とし夢中になるとすれば、世間的に相当能力が低いと言わざるを得ず、そんな人物にはとてもではないが政治を任せるわけにはいくまい。10人の痴呆に600万円払うより、100人の住民代表に60万円払った方が効果的だと思うのだがいかがだろうか。あるいはその逆で少数精鋭にして議員専任で十分に生活できるように、報酬を市長と同等にする手もあるかもしれない。

いづれにせよ、今のような選挙制度や痴呆議員は不要である。

PS:余談だが、この蓮田市の総合振興計画策定審議会会長はあの大森わたる東大名誉教授(自治の権威)だそうだ。失礼ながら地方都市にしては過分な豪華メンバーと言えるだろう。しかしその大森教授に説教をたれた議員がいると聞いて絶句した。バカに付ける薬はないと言うが、この痴呆議員、中田に対してもドリブルの仕方を説教するのだろうか。

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