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2006/12/24

日曜版エッセイ/年末になると思い出す友人の話

私は、自分で思うのですが、天性の怠け者、グータラなのです。面白いことや、楽しいことがあると、直ぐそちらに走ってしまいます。勉強なんてだいっきらいでした。(でも成績はトップでした、アタマいいんですね。性格悪いけど)、本は嫌いじゃなかったけど、いわゆる名作と呼ばれるものは興味がなく、ハウツー本とか、岩波新書みたいな実用的・現実的なもの、あと大半はマンガでした。



で、ある時期、このままじゃイカン。イカンと思っても、天性の怠け者なので、何もしたくない、働きたくない、勉強もしたくない。で、働きもせず、金が無いから遊ぶ事もないグータラな生活をしておりました。

そんな生活をしてますと、類は友を呼ぶではありませんが、そういう人間が自然と集まるのです。

最初はS君でした、といっても彼とは幼なじみみたいなもんで、小高と一緒でしたが、改めて、グータラ仲間になったとき、こいつがこんなにグータラとは思わなかったと驚かされたものです。
後になって彼も同じことを言ってました。

お互い一応名門校に進学したライバルであったためか、大変に驚くと同時に妙に安心してしまい、グータラが二人で、グータラの二乗になってしまい、夜な夜な酒をくらい、出来もしない夢ばかり大言壮語していたのです。

そのうち、S君の友人T.H君が私たちの住む街に越してきました。私とS君、T.H君に共通していたのは、絵がスキもしくは絵を描いてるということでしたので、絵描き仲間みたいなサークルができあがり、ここから様々な人々との交流の輪が広がっていったのですが・・・・・、

そのことはいずれお話しするとしてだね、このT.H君というのが、これまた天性の怠け者だったのです。私なんぞカワイイもんです。

T.H君をS君から紹介されて、しばらくたったある日、私は公園をガールフレンドと散歩していました(これが一番お金のかからないデートだったから。日中人気もないし。)。
すると、向こうから、時折路傍の草を取りながら、ぼおっとした男が二人歩いてくるのです。

やあねえ、あれホモじゃない、とは彼女の弁。
やがて、それがT.H君と彼のところに2.3日遊びに来たK君であることがわかり、声をかけると、二人ともボーっとしたままなのです。

いやあ、君のところに遊びに行こうかと思ってたんだけど、ちょうど良かった、と言うと、彼は、ウンそれはかまわないけど、何にもないよ。
と言うのです。
お茶を出せと言うわけじゃないよ、彼女が絵を見たいというので紹介したいだけだよ。彼女が卒業記念に自分の肖像がを描いて欲しいというので。

あ、そう。それはありがたいなあ、ボク今お金がないから、3万円で描いて上げるよ。なにしろ、今日でまる2日なにも食ってないんだ。

聞けば、2日前になにも食うものが無くなってしまい、二人とも金が無いので、出来るだけ体力を消耗しないようフトンにくるまっていたそうだ。そのうち、このままでは、ホントにやばい、幸いK君は植物に詳しい、というので、二人して、公園に食料採取に来ていたというのである。


彼らが手にしていたタンポポは食料だったのだ!彼のアパートに行くと怪しげな雑草で入れたお茶らしきものを出されたが、私たちは遠慮した。

その後も彼とのつきあいはずっと続くのでしたが、彼の怠け者ぶりは他を圧倒するもので、彼を見ていると妙に自分はまともなんだなあと安心してしまうので、お互い忘れた頃会うようにしています。

最後に会ったのは5年前。なんでも国際美術コンクールで大賞を取ったとかで、パトロンがつき、しばらくスペインで遊んでいたとか。

彼の怠け者ぶりは、絵が好きなので、それ以外はやりたくないけど、絵を描くのもメンドクサイのでめったに描かない、というほどのすごさです。ほとんど首をかしげる理屈です。

こんな調子ですから、先ほどの話に戻りますが、私のガールフレンドは、なけなしのアルバイト代3万円を、T.H君の救命も兼ねて先払いしたのですが、一向に絵を描く気配がなく、そのうち、肖像画よりこっちの方がイイヨと言って1枚の幻想的な絵をくれました。

実はこの絵は前からあった彼の作品中唯一の完成品だったのです。

この他にも、T.H君はお金が無くなると、よく絵を売りに歩いてました。

いよいよ切羽詰まると、バラの絵とかを描いて医者とか商売をやってる人達に売り歩くのです。なぜバラの絵かというと2・3時間で描けるので怠け者の彼にも描けるのだそうです。

何枚か見せてもらうと、おおっと思う程できが良いのと、いくら食うためとはいえこれはなあ、というようなものがごちゃ混ぜなのです。
君には芸術家の良心は無いのかといえば、ウーンそんなもんないね。で、肩すかしを食います。

ここには彼一流の哲学が潜んでいるのですが、話が長くなるので省きます。私の目から見て食うために売るにしては明らかに出来の良い作品があるのです。はっきり言えば一律3万円では安すぎるものがあるのです。

そのことを彼に言うと、あっそう、じゃ君が買えば、と言うので、何点かは買ったものですが、同じように怠け者だったため貧乏な私はそう多く買えませんでした。中には私のオーディオアンプやスピーカーと物々交換したものもあります。

今や彼は現代美術の旗手として今もっとも日本で注目される若手芸術家であると、ある美術評論家が言ってました。


不景気とは言え、今ウチにある彼T.H君の作品を売ったらベンツくらいは買えそうです。ま、それは置いといて。

彼に、大賞もらって今やリッチだろうと言うと、ウン、大賞でもらった300万円で1年以上何もしないで毎日ラーメンも食えるリッチな生活できたし、パトロンだまして3年もスペインで遊べたよ、と。

どうして、日本に戻ってきたのか聞くと、・・・・・・・イヤー3年間何もしなかったら、パトロンが怒っちゃてさ。今?、東京は家賃高いしさ、山梨の旧家で空き家をただで貸してくれるところがあって、結構広いし、制作にもってこいだよ。食い物も近所の人が色々新鮮な物を持ってきてくれるからまあ、何とかやってるよ。だだ、冬が寒いね。

どうやら、彼流のリッチな生活を送っているようです。

ただ、年末年始になると、孤独な新進芸術家の凍死などという記事が無いか気掛かりです。今のところそんな記事もないので、ああ、偉大な芸術家は元気でやってるんだろうと、当時のガールフレンドであった妻と話ながら除夜の鐘を聞くことが我が家の恒例となっています。

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