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2007/01/17

原発は究極のクリーンエネルギー

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■京都議定書

Top1photo2 京都議定書とは、対90年比で、二酸化炭素等の温室効果ガスを2008年~2012年の間に、日本―6%、アメリカ-7%、EU―8%排出削減するというもの。2004年に、ロシア連邦が批准したことにより、2005年2月16日に発効した。まもなく2年になる。だが、アメリカ合衆国は依然批准していない。(2006年12月29日現在)

■8%増で実際は絶望的な14%削減

ところが、日本より高い削減目標を掲げた EUなどの西欧諸国が抑制に努めているのに対し、日本ではプラスマイナス・ゼロどころかこの間に+8% と増加しており、この状況になっても政府当局は効果的な対策を実施できずにいることから、目標の達成はすでに絶望視されている。

工場等からの排出量は割り当てられた目標を達成し斬減傾向にあるものの、運輸・業務(事業所等)・民生部門の増加が目立ち、特に自動車の氾濫により自家用乗用車については 2004年現在で +52.6% もの激増を見せているのだ。

■果たして政府は無策か

こういった場合、政府の無策に批判が集中しがちだが、果たしてそうだろうか。政府当局は効果的な対策を実施できずにいると述べたが、十分と言えないまでも中央省庁は対策を一応検討提案している。だがそれらの対策は、国→地方→事業者→個人のレベルに行くに従ってことごとく粉砕され、形骸化されてしまうのだ。

■地方環境行政の問題点

何所の市町村にも、環境基本計画が策定されているが、まずはアナタの街の環境基本計画をご覧いただきたい。この中身、まず間違いなく言葉遊びであり、理念と中身が繋がっていないものがほとんどだろう。

中にはマチガイでは無いが、いったい環境と同繋がるのだろうかというような街づくりや人づくりの話が出ていたりする。根本的にはそういった点も勿論関ってくるが、そもそもは地球環境特に温暖化の危機があっての環境問題なのだが、そこが分らず、環境という単語に反応してしまっている。

■市民活動の問題点

もう一つ問題なのは、環境に関る人々、特に市民活動家が余りにも素人過ぎることだ。環境問題に関しては必ずしも全体観を持つ必要はなく、夫々の分野で対応して行けば、全体で改善される。だがそれにしても視野や知識が狭すぎて、その狭い知識で世に君臨する大王のように他を断じてしまうことが少なからずあるのは事実。

例えば、愛鳥家はトリさんが全て、レッドデータブックに無いものまで最上級に位置づけかねない。或いは、水辺環境に注目する人は、地域の潜在的な生態系を無視してハウツー的な自然回復措置を施して喜んでいたりする。

埼玉県のある街には○○川の自然を守る会と言うのが在るが、川は上流から下流まで繋がっていて、その街だけの問題ではないのだが、他都市と連携を図るわけでもなく、さりとて地域レベルで浄化策を考えるわけでもない、せいぜい何かのフェアでこんな魚がいると発表する程度だ。勿論悪いことではないが、害が無いといった程度でマスターベーションの域を出ていない。

■笛吹けど踊らない痴呆自治

要するに、私的関心事のレベルなのだ。では行政はどうか、やはりコレも似たようなもの。地球環境など全くの関心外だ。例えば、なかなかCO2削減に至らない運輸関係を例に取れば、業を煮やした国は1昨年10月に物流効率化新法を施行した。

これは今まで特権を付与していた運輸業者以外にも、インターチェンジ付近にいてのトラックターミナルやサードパーティロジスティックスの開発を認めるなどして、運輸の効率化を図りCO2削減に寄与しようと言うもの。京都議定書発効を受けての施策だ。

ところが、コレが実際に土地利用政策を運用する地方自治に行くと、全くこの法を理解しようともせず、あたかも今までの縄張りを荒らされるかのように、都市計画部門の拒否反応が起こり機能しなくなる。地方分権の世では国はキツイ事がいえないのだが、もっとも国も本気ならば強権発動できるはず、その程度でお茶を濁しているとも言える。

では都市サイドから農政に目を向けたらどうだろうか、平成16年8月末に農水省はじめ7省庁合同プロジェクトとしてバイオマスタウン構想が発表された。向こう5年間で500のバイオマス利活用プロジェクトを市町村から募集すると言うもの。

今まで未利用だった地域に広く腑存するバイオマスエネルギー、例えば、畜糞、食品廃棄物、廃材、剪定枝などの利活用を推進しエネルギー消費の効率化とCO2削減に寄与しようと言うもの。残念ながら、コレも笛吹けど踊らず、行儀の悪い産廃業者がいたり、地方自治のノリが今一つだ。

■全体観の欠落

いづれも共通する問題点は、全体観の欠落だ。対象となる環境が余りにも広い範囲なのではじめから部分観をよしとするところが有るようだ。だが地球全体を考えろと言うのではない、せめて地域レベルでの視点と施策や議論の優先順位を持てないものだろうか。

■非現実的環境論

何よりも環境問題を語るとき、人々は自分が関心のある事や専門とする領域を絶対視し、ほとんど議論が出来ない事が問題だと思う。例えば、かくも絶望的な京都議定書の実現だが、今もって、原始時代の生活を強いるような理想論を述べていったい何の意味があるのだろう。

車を使わないようにしよう、暖房は控えめにと言っても限界がある。頑張れば出来るレベルではないのだ。スローガンとしては良いが施策の展開としては、文明的な生活習慣を否定するようなものは非現実的だ。

■現実的環境対策とは

そうなると、文明的なエネルギー消費を容認した上でのCO2削減策しか人類の生き残る道は無いではないか。とすれば、エネルギー供給の優先順位は、①太陽エネルギー等自然エネルギー、②バイオマス等の再利用エネルギー、③原子力だろう。

■原子力は究極のクリーンエネルギー

太陽エネルギー等は言うまでもなく、地球に蓄積されたエネルギーではないから、有用性は説明不要だろう。再利用エネルギーも効率化の点で有効だ。だがこれらは絶対量が少なく、とても文明的生活は維持できない。となると究極のクリーンエネルギーは原子力だと思う。

要は安全性とのバランスの問題だ。ガソリンだって爆発するが、だから自動車禁止とはならない、利便性と危険度を測って利便性を取った結果だ。原子力もその事故被害の大きさを考えたなら、使わないに越したことは無いが、このまま行けば、人類滅亡にも繋がりかけないのでそうも言ってられない。

仮に原発一基の事故で日本全部が吹っ飛ぶならば、究極の選択だがそんなことはなく、事実今や電力エネルギーの主役だ。危険だからダメではなく、その利便性を考えたなら如何すればより安全になるのか、何がどれだけ危険なのかをキッチリ議論して前向きに考えるべきだろう。

■選ばざるを得ない原子力

原発反対を唱える人々に対して、コレまでは異論なかったが、地球温暖化防止という人類全体に突きつけられた命題解決のためには、全く温室効果ガスを排出しない原子力の有用性を無視できなくなってきた。

原子力の有用性に目をつぶり、危険性だけを唱える時代は過ぎたと思う。そしてヒステリックな原発事故の報道も止めてもらいたい。メルトダウンに繋がる事故も、単なるタービン関係の事故も一緒くたでは、何がどれだけ危険か分らなくなってしまう。

恐らく、集中的に管理することで原発事故は限りなく危険度を下げられるだろう。それよりも原発の電気エネルギーで造る水素などの2次エネルギーの危険性の方が、個人が管理するだけに高いだろう。こういった点も重要だ。

毒と薬は使い方の問題だ、同じように原発と原子爆弾は違う。原発と聞いただけでヒステリーを起こし、タダ反対を唱えていれば良い時代ではなくなった。原発は現状では最も現実的なクリーンエネルギーだと思う。

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コメント

返信ありがとうございます。日本の発電をまかなうのに太陽光エネルギーで充分足りるとの研究成果があると聞き、たいへん安心しました。今日のNHKのニュースで、環境省が温室効果ガス25%削減を撤回するかもしれない、と言っていました。たしかに現在予定されている原子力発電の増設がなくなれば、スケジュールは大幅にずれるかもしれません。しかし、日本の技術力をもってすれば、原子力がなくても温室効果ガス25%削減は達成できるものと確信しています。

投稿: はるお | 2011/04/04 11:01

はるお様、コメントありがとうございます。

かくも古い記事へのコメント故、状況が少し変わってきています。

この記事を書いた後、今日まで私は大学院で地球温暖化と地域づくりについて研究をしております。最新記事にも少し書きましたが、腑存エネルギー量としては、太陽光は充分なエネルギー量が有り、実生活の全てを充分まかなえるポテンシャルが有ります。

私は、研究してみてこの事が分かり、自分でもびっくりしています。今や原子力は「必要悪」ではなく、太陽エネルギー導入までの暫定エネルギーでしかありません。

投稿: ベンダソン | 2011/03/20 19:09

現在の日本の原子力発電の発電量は全体の30%。海流発電や太陽光発電に相応の研究開発費を充て、より大きなエネルギーが得られるようになれば、原子力発電の発電量を凌駕することができるのではないでしょうか。そうなることに期待します。

投稿: はるお | 2011/03/20 17:41

ゲゲゲのイチロー様、
貴兄と私は同じことを言っており使う単語が違うだけな気がします。
貴兄の言う「容認」は「歓迎」或いは「望む」、「好ましい」と言ったような意味でしょうか。ならば、私も原発を容認できません。だからエネルギー源の優先順位を代替エネルギーの下に置いているのです。コレを貴兄の言葉に直すと「必要悪」となります。

私は原発を望んでもいないし、好ましいとも思わないし歓迎もしません。ただ、他にCO2削減に効果的手段が無い以上、選択せざるを得ないのです。論点はここであって、単独に取り出した原発の是非では有りません。

エネルギー源の安全性を論点とするなら、原子力の優先順位は最下位ですが、CO2削減つまり人類の生存を論点とするなら最上位に来ます。コレは現実に代案が無い限りは事実であり、賛成・反対に関りなく存在する現実です。つまりどんなに反対してもこの事実は変わらないということ。そして問題(=CO2削減)も解決しない。

CO2が増え続け、地球温暖化が臨界点を超えた時は、原発の安全性もヘッタクレもありません。菜食主義だからと、食べ物が肉しかないのに死を選ぶか、健康か命かどちらが大事と言うことです。

故に論点の優先順位は「安全性」より「人類の生存」としました。それ故原発(原子力)の是非を論じても単なる好き嫌いの話に過ぎず、CO2削減つまり人類生存には何のかかわりも無いのです。勿論安全なくして人類生存は有りませんが、ここで言う安全とは原発の安全であって地球全体の安全ではありませんので念の為述べます。

尚、貴兄は原潜・空母を「クリーンさや低コスト」の点で反論されておりますが、何かの勘違いかと思います、私は、原潜・空母をエネルギー効率化の論点でしか論じておりません、長期運行可能なエネルギーであって、おっしゃる通り、コストや安全性はその次でしょう。

ついでに言えば、この上なく危険なものだから仮にコストが安くともタンカー等に利用できないはずです。原子力タンカーなんて、事故が起きたら船上での対応は限られるので原爆を積んで航行するようなもの、何所の港からも入港拒否されるでしょう。原発はこの上なく危険なものゆえ、地上に固定化し厳重な管理が必要だからです。ただし、尚からここまでの文は本筋に関係無く議論の対象外ですので、気に触るようでしたら読み飛ばしてください。

いづれにしても、私は原発を歓迎していません。イヤです、大っ嫌いです。でも、人類が滅亡するのはもっとイヤです。だから現状では、究極の選択でしょうか。おっしゃるように、代替エネルギー開発が一刻もはやく実現することを望みます。それまでは、嫌でも危険でも原発に頼らざるを得ないことを、冷静に受け止めたいと思います。

と言うことで、議論はここまでとしましょう。
取り急ぎ
よろしくお願いいたします。

投稿: ベンダソン | 2007/01/19 11:45

外出前にコメントしましたので返答が遅くなりました。
現状の化石燃料に頼ることは温暖化を食い止めることにならないのは事実ですが、それと原発利用の是非を同一レベルで論じるのは誤解が生じます。
まず、原潜、原子力空母の例を挙げられていらっっしゃいますが、これは軍事利用という特殊な条件下におかれていることで成り立っている事実があります。
これらは戦略的にコストや環境破壊などより優先出来るメリットがあるが故に利用していると思われます(全てを無視できます)。もしクリーンさや低コストだと言われるのなら、航続距離の長いタンカー、外洋旅客船舶等に何故原子力を使わないのでしょう。近年、ヨーロッパでは原発を廃止していく方向に向かっています。
これらも目先のコストよりも長期における展望において、環境破壊や総合コストを考えれば当然の流れだと思われます。最近ニュースでとりあげられているアルコール利用の自動車燃料の話題がありますが、原油の高騰が固定化すれば十分にコスト面で採算があう(ガソリンと軽油の中間位のコストです)可能性も出てきました。
それと原発建設が盛んに行われた経緯には第一次オイルショックが起因しますが、その裏に別の思惑もあって国内では建設が進みました。それらを事細かく説明するには紙面が足りませんので割愛させていただきます。
いずれにしても代替えのエネルギー開発が一刻もはやく実現することを望みます。

投稿: ゲゲゲのイチロー | 2007/01/18 06:41

Helmer様コメントありがとうございます。

>チェルノブイリ以上の事故が起きない、と断言なさるのですね。

いえいえ、まさか、そんなこと断言しておりません。もしそう思われたなら訂正します。
どちらにしても、代案があればご教授ください。
こんな危険なもの無いに越したことはありません。それに一歩間違えれば、原子爆弾に転用できてしまいますからね。ただ、残念ながら私のオツムではこれ以外に、CO2削減策が思い浮かばないのです。

投稿: イザヨ・ベンダソン | 2007/01/18 00:01

>仮に原発一基の事故で日本全部が吹っ飛ぶならば、究極の選択だがそんなことはなく
チェルノブイリ以上の事故が起きない、と断言なさるのですね。世界各国で、しかも原発がこれからどんどん作られる状況で、しかも今後数十年(?)の間に。
私は原発は必要悪だと思いますが、私には肯定できません。難しい問題ですよね。
もっと科学・技術が進歩することを祈るばかりです。(宇宙空間での太陽電池とか、宇宙空間での原子力とか。およびそのエネルギーの地上への伝播とか。さらに地表の熱を逃がすための方策(?)が必要なのか、オゾンをつくる技術が必要なのか、わかりませんが...。それまでの間の必要悪だと感じています。でも肯定できません。)

投稿: helmer | 2007/01/17 22:48

ゲゲゲのイチロー様、貴重なコメントありがとうございます。
先にもコメントしましたように、ココでの論点はまず、温室効果ガス減少をどうやって実現するかであることをご理解ください。コストではありません。但しコストはエネルギーと結果的に同義ですからこれを無視した論議は意味がありません。水の消費が環境負荷を生む道理です。

原子力以外に、温室効果ガスを排出しないでエネルギーを得る方法があれば、是非とも具体的にご教授ください。勿論原子力以上に高いプライオリティーを申し上げました①太陽光等の自然エネルギー(風力、波力、地熱etc)、②再利用エネルギー以外でです。

例えば、メタンハイドレート等が浮かぶかもしれませんが、採取にコストが掛かり過ぎ、結果的にCO2削減には至らないでしょう。原子力が効率が悪いのなら、原潜や原子力空母は何故存在するのでしょうか。CO2削減に本気で取り組むにはどうしても原子力以外には考えつかないのですが、他に手があればなあと願うばかりです。

投稿: イザヨ・ベンダソン | 2007/01/17 22:29

こんばんは
総論はおおいに同意ですが、それはあくまでもコストという観点から捉えた現実論の場合のみで、環境問題に取り組むことが人類のこれからのテーマとして考えると、原発を含む現在のエネルギー利用がベストというのは上記のコメントを寄せられた他の方たちと同様、疑問に思います。
コスト面も、目先の広報ではその機関(企業を含む)がその特典を強調していますが、もっと長いスパーンで捉えると決して有利な位置しているとはいえません。(わたしはその機関に近い位置に知人が多く、内部的な情報は他の方より多く入手出来るので)
携わっている人たちは口にチャックですが、これを車に例えるとただ単に燃費の良さを強調する自動車メーカーに似ています。その裏に膨大な開発費、設備投資、安全管理、そして終了廃棄にあたってのコスト。
これらを全てトータルで試算すると決して効率のよいエネルギー供給でないことはこの業界のものなら皆知っています。その辺を伏せての機関の広報なのでそのまま、鵜呑みされることには一抹の不安を感じざるをえません。

投稿: ゲゲゲのイチロー | 2007/01/17 22:04

こま様、コメント有難うございます。また、お気遣い感謝いたします。

まず、ここでの論点は、温室効果ガス減少をどうやって実現するかであることをご理解ください。この論点においては原発の大気放出物はクリーンですが、廃棄物はこの上なく危険です。ただし管理すれば問題ありません。変な例えですが、クソは不潔ですが、する人を不潔とは言いませんね。でも漏らす人は不潔です。それと同じです、クソを放射性廃棄物、人を原発と置き換えて考えてください。クソをしないで済むならそれに越した事は有りませんが、しなければならないならどう始末するかが問題なのです。

>私は、原発はその操業のエネルギーを石油燃料に拠っており、
>その使用量も化石燃料に劣らず相当に上ると、

もしそうなら、電力会社は随分無駄なことをするものですね。原子力空母も潜水艦も、ものすごい燃料を積まなければならなくなります。

>また、「クリーンエネルギー」と評するからには、
>そのエネルギーの製造から最終過程まで、
>いかなる「非クリーン」の要素が
>あってはならないのではないでしょうか。

いいえ、あくまで相対論です。本論は現実の文明生活を維持しながら自然エネルギーや再利用を補完し、温室効果ガスを排出しない方法は、消去法で原子力しか無いのではと言っています。

もし「非クリーン」の要素があってはならないと定義されるなら、原子力はクリーンエネルギーではないでしょうね、別の適当な言い方にすれば良いと思います。


>しかし現実には「核廃棄物」という危険な物質を同時に生産しています。

その通りです、核廃棄物の危険性と引き換えに温室効果ガス削減を取るというのが本論です。他に方法があれば、それに越したことは無いと思います。

>地球温暖化は、人間の使用するエネルギーの総量に関わるということです。
>ですから、エネルギーを「文明的・快適な生活のため」という理由で無駄にじゃんじゃん使用していれば製造過程でいくら効率が良い燃料を使用しても、温暖化は必然化するということです。

その通りです。しかしエネルギーの総量が同じならそれを原子力で供給すれば、少なくとも温室効果ガスは減少します。従来の燃焼エネルギーではCO2が増えさらに温室効果が高まります。原子力でも温暖化は進行するかも知れませんが、他のどの方法よりもその程度は少ないのです。故に相対論なのです。またじゃんじゃんエネルギーを使う我々の生活を改められるならそれがベストなのは言うまでも有りません。でも、そんなこと不可能ですよね?

>更新を続けて下さいね!

ギクッ!はい、努力しますので、よろしくお願いいたします。

投稿: ベンダソン | 2007/01/17 19:58

こんにちは!はじめまして。
いつも楽しく拝見しております。

今日は少し質問があります。
それは、「原発はクリーンエネルギー」と仰られる
根拠はどこにあるのかお尋ねしたいと思います。

私は、原発はその操業のエネルギーを
石油燃料に拠っており、
その使用量も化石燃料に劣らず相当に上ると、
日本原子力学会の発行する本『原子力がひらく世紀』で
知りました。

また、「クリーンエネルギー」と評するからには、
そのエネルギーの製造から最終過程まで、
いかなる「非クリーン」の要素が
あってはならないのではないでしょうか。
しかし現実には「核廃棄物」という
危険な物質を同時に生産しています。

さらに、物理学者の桜井邦明氏の著書
『宇宙の発見』によりますと、
地球温暖化は、人間の使用するエネルギーの総量に
関わるということです。

ですから、エネルギーを「文明的・快適な生活のため」という理由で
無駄にじゃんじゃん使用していれば
製造過程でいくら効率が良い燃料を使用しても、
温暖化は必然化するということです。

ですので、地球温暖化には「原発を!」
という結論にはどうも納得がいきません。

好き勝手に申し上げてすみません。
今後も楽しみにしていますので、
更新を続けて下さいね!

投稿: こま | 2007/01/17 18:07

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