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2007/04/13

代理出産の何がいけない?

Photo_21 タレントの向井亜紀・高田延彦夫妻は、代理出産の出生届を受理するよう求めていたが、先月23日の最高裁決定で申し立てを退けられた。この問題、現行法規を厳密に解釈すれば手続き上そうならざるを得ないんだろうが、一方では中絶やり放題だ。

中絶は殺人だと思うが、それを形式的法解釈で殺人とは言わない。どうも日本の法曹界は個人の幸せとかに関しては極端に厳格になるような気がする。

<引用開始>

代理出産 向井さん夫妻、子供の受け入れで法整備求める

4月12日10時20分配信 毎日新聞

代理出産でもうけた双子の男児(3)の出生届を受理するよう東京都品川区に求め、先月23日の最高裁決定で申し立てを退けられたタレントの向井亜紀さん(42)と元プロレスラーのさん(45)夫妻が11日、東京都内で記者会見した。向井さんは「海外での代理出産を日本の法律で縛ることはできない。経験者の声を聞いて、生まれた子供をどう受け入れるか早く決めてほしい」と早急な法整備を求めた。
 高田さんは最高裁決定を「受け入れられるものではない」と批判。向井さんも「がっかりしたし怒りも覚えた。国内で代理出産が認められるには、とても時間がかかると思う」と語った。
 会見では、法務省から高田さんを父、代理母を母とする出生届を2週間以内に出せば双子に日本国籍を付与すると連絡を受けたことも明かした。夫妻は「代理母との契約に反する」などとして期限(11日)までに提出しなかったという。双子の生活に「今のところ大きな問題はない」が、将来的にはアメリカ移住も検討するという。実の親子関係に近い特別養子縁組については「ハードルが高く、できるかどうか分からない」と述べた。【木戸哲】最終更新:4月12日10時20分

<引用終わり>

■もっともな向井さん夫妻の主張

向井さん夫妻の主張、もっともだと思う。しかし法律論としてダメよというなら、これはもうなすすべが無い。いくら100年前の法で想定の範囲外のことだと言ってみた所で法は法だから、立法府でもない最高裁の判断を非難するには当たらない。となればこの法の是非を考え、是なら継続、非なら改正すべきだろう。

余談だが、この国では自衛隊を法律上軍隊とは言わない。こういうことに、つまり最高規範である憲法にはスゲー柔軟な解釈をするのに、その下位にある個別法のしかも、ちょっとした手続き論には異常に厳格になる。この辺の法曹界のメンタリティがどうもよくわからん。だって、後にも言うけれど、代理出産自体は違法では無いのだから、大きく見れば論理的に繋がっていないのだよ。

「借り腹」の是非を考えよう

代理出産は体外受精で作った夫婦の受精卵を別の女性の子宮で育てる「借り腹」と、卵子も第三者から提供してもらう「代理母」の二通りがある。向井さん夫妻は前者にあたる。話が拡散してしまうので、ココでは向井さん夫妻の例、つまり「借り腹」に話を限定する。

また、念の為いうと厳密には向井さん夫妻の訴えは、「借り腹」の是非ではなく出生届の制度上の問題であり、「借り腹」の是非ではないが、これは表向きの話であって本質は「借り腹」の是非にあるので、話のきっかけとして引用した。

さて、本題に戻って、「借り腹」自体は法で禁止していない(と言うか想定の範囲外)ので、この場合の法の是非とは借り腹による代理出産を実子として認めるか否かであり、その基となっている「借り腹」が想定外である事が問題なのだ

だから、法整備の前にその根拠なるべき「借り腹」を考えようというわけだ。この問題、結論を言うと、何がいけないのかが分からない。

その根拠は①人に迷惑をかけない限り、②誰もが幸せになる権利がある、と考えるからだ。後者については誰しも異論ないと思うので、もっぱらこの問題は、「人に迷惑をかけない」かどうかだろう。基本はこれだと思うが、そこに「倫理観」という獏とした概念を持ち出し話をややこしくする人々がいる。

だが「倫理観」とはもともと社会の秩序を維持するところから来る規範だろう、つまり誰もが幸せになる権利があり、それが他人を犠牲にしてまではイカンよということから来ているはず。

だから、代理出産の是非を議論すると言うことは、医学が発達した現代における倫理観のあり方を議論する訳で、そこに過去もしくは過去から続く倫理観を持ち出すのは、法の是非をその法を根拠に論ずるようなもので自己言及の論理矛盾だ。つまりルール違反。そのことを頭に入れた上でお考えいただきたい。

さて、代理出産反対の理由はなんだろうかと探していたら、こんなサイトがあった。他にもいろいろな主張はあるだろうが、大方こんなところだろう。

小学館oyakoほっとネットの「子育て医学情報」

http://www.oyako-net.com/medicine_info/20061025_0610244242/

ここに挙げられている代理出産反対(と思われる?)の理由を例にとり、それに対する疑問点を考えてみたい。

■出産する女性を生殖の手段として扱う?

代理出産反対の理由その1は、「出産する女性を生殖の手段として扱う」と言うもの。一見もっともかなと一瞬思ったが、考えたらよくわからん。Hしてないから?まさか。恐らく出産する女性と子供に何ら血縁関係が無く貸し腹で出産だけを請け負うから生殖の手段と言うのだろう。

これはダンナA妻Bさん夫婦がいて、Cさんが代理出産するのは生殖の手段だからダメということだ。ではAさんとCさんが浮気するとか、イヤイヤながらもエッチするならどうだろうか。決して褒められはしないが、3者が了解していれば法的には認知すればOKだ。ン?なんかヘンだ。

と言うことは、この夫婦の子供をCさんに生んでもらう場合、夫婦の実子はダメだけど、ダンナとCさんがエッチすればOKということだ。だがこれは言い換えると売春じゃないか。売春じゃないとすると愛人の子だ。売春の結果生まれた子供や愛人の子ならOK?そんなアホな。倫理と言いながら明らかな倫理違反、木を見て森を見てないのでは?と思う。

■妊娠や出産に伴う危険を代理母に負わせる?

次が、妊娠や出産に伴う危険を代理母に負わせるから反対というもの。だがこの「負わせる」と言うのが分からない。一体誰が負わせるというのか。法律や権力がCさんにAさん夫婦の子を生みなさいと強制しているわけではない。

だから、金の問題なんだろう。金のために出産の危険を冒す人が出てくることを危惧しているということだろう。フムフム、そう考えれば一理ある。だが待てよ、消防士は身の危険を顧みず火中の人を救出に向かうが、ボランティアではない、ちゃんと給料を貰っているぞ。

じゃ消防士は金のためか?そんな失礼な事言ったら非難の嵐だろう。では代理出産は?こちらも人助けではないか。消防士は人を死から救うが、代理出産は新たな生命を誕生させる、つまり1個の命を守るか産みだすかであって、命を守ることにおいては同じではないか。

代理出産は金のためで、消防士は金のためではないとするならその根拠は一体何だろうか?金を介在させずにストレートに考えてもおかしい。Cさんが身の危険を冒してでも善意でAB夫婦を助けたいと願っても危険だからNGで、消防士が危険なのはOK?

プロだからなんていわないで欲しい、だったら貸し腹もプロにすれば良いではないか。そんな議論は際限が無い。何故か、要するに本質に関係がない上に根拠が無く「ダメだからダメ」という論法に、あれこれ場当たり的に理屈をつけているからなのだ。

■責任問題?

次に「高齢の女性が代理出産を行う場合には、ホルモン剤を大量に投与したりといった無理を強いることにもなります。そうした処置によって代理母の健康被害が発生した場合、その責任問題はどうなるかも難しい問題です。」という反対理由。

これは、昨年話題になった、実の娘の母親が代理出産した場合のことだろう。よくあるのが、こういった例が出てくると、娘に障害が有った場合、母親にプレシャーがかかり、断りきれないのではとの危惧だ。

確かに一理有る。ならばその危険度をキチンと議論しガイドラインの議論をすべきだろう。気の弱い人が身の危険を断りきれない可能性があるから、そこに全てを合わせろと言うのはいかにも乱暴な理屈だ。

こういう理屈立て、つまり自己の意思表示が出来ない人のために、意思表示の対象自体を禁じようという論法は、何もこの代理出産に限らず議論の放棄でありルール違反だと思う。こういうことを言う人々は、戦前の特攻隊志願のような有無を言わせない状況を想定しているのだろうが、そういう状況は、他人の代理出産を禁じるから生ずるのであって、これまたトンデモナイ論理矛盾だ。

大体、腎不全になったら家族がドナーになるのと同じではないか。家族が腎臓を提供する例は多いが、家族の腎臓提供を禁止してはいない。この手のロジックは、だから反対のための屁理屈で、普遍性が無い。

営利目的?

「逆に営利目的の代理出産は、すでに国内でも行われているという報告もあります。医学的に可能なのですから、代理母になって大金を手にすることを望む女性がたくさん出てきても不思議はありません。法的な整備が遅れれば、腎臓移植と同様に「闇」の代理出産が横行することも予測できます。」

こういう理屈もカンベンして欲しい。「営利目的」とか「闇」という単語に拒否反応を誘ういかにも日本的な論法だ。だがよく読むと意見として明確な意思表明が無い印象操作だけのステイメントだ。その印象操作の狙いとするところはダメだからダメ式の非論理的主張に過ぎない。

恐らくダメの根拠は「代理母になって大金を手にすることを望む女性がたくさん出てくる。」なんだろう、だから代理出産はイカンか?だが大金を手にする事は悪い事では無い。

全ての医者とは言わないが、かなりの医者は大金を稼いでいる。これをイケナイとは言わないだろう。大体「営利目的」とはなんだろうか。ボランティア以外はフツー、代金とか賃金、給料その他言い方の問題で皆「営利目的」だろう。ボランティアだって謝礼という形で報酬があったりする。

だから「営利目的」か否かは、その人の思い込みではないのか。さらに言えば、人の活動を非難する時、「営利目的」は何ら非難する根拠には成り得ない。

諦めた夫婦に動揺と混乱を与える

「「子宮を失っても子どもを得られる」ということ自体は多くの夫婦に希望を与える事実ですが、すでに「子どもを授かることを諦めた」夫婦に動揺と混乱を与える。」

何をどうすればこういう理屈が成り立つのか首を傾げてしまう。本末転倒じゃないかと思うが、そう思わない人も多いらしい。今朝のTV番組で確か大谷某なるコメンテーターも同じ様なことを言っていた。つまり「子どもを授かることを諦めた」夫婦に、代理出産で生めという回りからのプレッシャーが危惧されるというもの。

これも、先に雄述べた「母親へのプレッシャー」と同じだ。小さな親切大きなオセワというか、一見他人を心配しているようで実に無責任なおせっかいだ。プレッシャーがあるかもしれないと心配するのはいいが、そんな実態がハッキリしない可能性論議で実子を持つ希望を砕かれた人には一体どう責任を取るのだろうか。

少なくとも、他人から行動の自由と可能性を奪う限りは、保障や代案の提案くらいはするべき、それをせずして他人の行動に制約を加えるのは無責任極まる言動だ。

厳しい条件が規定されるべき?

で、最後にこう締めくくられる、「代理出産を全面的に禁止することが実質的に不可能な現状では、合法的な代理出産とは何かをしっかり明示する必要があります。そして、その法律では、かなりの厳しい条件が規定されなければならないでしょう。」と。

ここだけは全くその通り。だがこれは代理出産問題の結論ではない、スタート地点だ。代理出産問題を良く考えようと言いながら、結論は「良く考えましょう」と言っているに過ぎない。

事は人命の誕生に関する問題だから、よーく考え、議論し、法律では、かなりの厳しい条件が規定されなければならないのは当たり前。そのための議論では無いのか、散々代理出産はイカンと言っておいて、それは無いだろう。

■重要なのは、本人の意思と責任

ではどういう規制をすべきか。ここまで、代理出産反対論に対して反論をしてきた、つまり賛成意見を述べてきたが、ではこれで私は代理出産賛成!と言うか。イヤイヤ、そんな単純な問題ではない。

ここまでの私の主張は、タレントの向井亜紀・高田延彦夫妻のようなケースを前提条件として論じてきた。だが、健康的理由で子供を生めない状況とは、肉体的障害とは限らない。例えば高齢出産はどうだ。健康体であっても高齢で結婚した場合、いくら毎日エッチしてもなかなか妊娠には至らないし、高齢出産自体危険が伴う。離婚率が高まり晩婚化が進む中、こういう例は多いはず。

ではこういう人々は出産を諦めるべきか?結論を言えば諦めるべきだ。晩婚は自らの意思で行ったことだからだ。自らの意思に反して運命により妊娠する機能を失った人とは状況が根本的に異なる。ここをキッチリと線引きしなければ歯止めが利かなくなって、出産が怖いから「金で借り腹を」となってしまう。

代理出産で肉体を貸す側は、営利目的であろうがボランティアであろうが人助けに変わりが無い。貸す側ではなく借りる側の事情が問題なのだ。そこをしっかり認識せずに議論すると、目的不明の枝葉の議論になったり感情論に陥ってしまう。

不思議なことに、代理出産問題を反対する人々は、腹を貸す側に関心を持つようだが、論点は借りる側の事情なのだ。貸す側の事情にあれこれ思いを巡らせても、代理出産の個別的検討事項に過ぎず、代理出産の是非とは関係がない。

この議論、まだまだ尽きないが、先ず今日のところの結論として

     代理出産の是非は倫理を再考し、これに見合った法整備の再検討が必要。

     よって論議する場合、論議の対象である倫理や法を根拠にしてはならない。

     論点は、腹を貸す側ではなく借りる側の事情だ。

     その事情酌量の基準は本人の意思で事態がドコまで回避できたか、本人に責任の無い障害ならば救済すべき。

とだけ言っておこう。

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コメント

とし様、コメント有難うございます。

ノーベル賞受賞の利根川進博士と立花隆の対談を納めた「精神と物質」のなかで、立花隆が、「・・・精神現象というものは重さもない、形もない、物質としての実体がないんだから、物質レベルで説明を付ける意義があまりないと思いますが・・・」と言うと、根川進博士が、「そういう訳の分からないものを持ち出されるとぼくは理解できなくなっちゃう。」と言う下りがあります。

この前提として、博士は精神活動を脳のなかで起こっている現象として、自然科学の方法論で解明しようとしているのに、分からないと言う結論(予断)をもって、これを議論しようとする立花隆に反論するシーンです。

立花隆ほどの大ジャーナリストが、非論理的な議論をするおかしさと、困惑する学者の心情がよく現れていて、私はこのセリフが好きです。

で、この代理出産問題のように倫理が絡んだ問題になると、ニホンジンはとかく予断を持った精神世界の話を持ち出し、議論にならなくなりますね。倫理の良し悪しを議論するのに、既存倫理を根拠にするのは論理が循環してしまい、永遠に答えが出なくなるのですが、こういう主張をする人々には、それすら気付きません。

立花隆ほどの大ジャーナリストでさえ、時に非論理的な議論をするのですから、ま仕方ないのかもしれませんね。

投稿: ベンダソン | 2007/04/17 10:05

いつもながら、するどいご指摘です。

まあ、私は男ですので、女性の苦しみというのが、どれだけわかっているつもりでもせいぜい女性の悩みの半分くらいしかわからないと思います。

もちろん、代理母という制度についても、インターネット同様、便利と言うと語弊があるかもしれませんが、妊娠ができない女性にとっての救いになるのも事実です。

ただ、その細かいことは議論をすべきことがたくさんあると言うものの、私から言わせれば、アメリカはともかく、少子化を国の問題にしている日本が、代理母をダメと言い切ってしまえば、余計に少子化をあおる結果になってしまいます。

さらに、自分たちのやっていることを棚に上げて「危険性がある」という発想がでてくることに関しては論外ですね。

まるで、政治家・官僚等は、自分はやってしまっているから危険ではないと言っているようなものです。

代理母そのものは、まだ議論すべきことが多いですが、ただ、日本のやっていることは明らかに矛盾するというのは許せませんね。

投稿: とし | 2007/04/14 19:27

代理母出産や赤ちゃんポストなど、子ども中心に考えているのだろうかと疑問を持ちます。

投稿: toshiki | 2007/04/13 21:16

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