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2007/04/09

痴呆選挙とエクソダス?

悲喜こもごもの統一地方選、負けた側はこの国に正義派無いのかと思っているのではないだろうか。いや、正確に言うと邪心の無い者は選挙に勝てなかった、だ。全くの主観だが、知事選のように強大な選挙を除き、県議会や市町村議会といった身近な議員選挙では、そんな気がする。

私はそれほど政治に関わりが無いし、少例を持って全体を断定は出来ないが、自分の知る範囲では、邪心の無い善人は皆落選する。ここに言う善人とは主観的評価だが、少なくとも「民のために」との心根が見え、明確に「利権」や「不正」を忌み嫌う人々のことだ。人の心の内は計り知れないが、少なくともそういったことを前面に打ち出している人々だ。これをとりあえず「善人」と呼ぼう。

対して「悪徳」とは、その反対だ。「利権」や「不正」の匂いがする言動の者を言う。だから匂いどころか、「利権」や「不正」を堂々と公言してはばからない人物は間違いなく「悪徳」だ。

普通?と思うだろう。「利権」や「不正」を堂々と公言してはばからない?と。ましてそんな人物が政治家?となるだろう。ところが、地方都市では案外、コンナことがまかり通る。私の知人が住む或るベッドタウンでは、例えば、「談合は必要だ」と講演し、(←誤字では無い)住民もフムフムと聞いているのだ。これ何十年の前の話では無い、談合で知事や市長が逮捕されている今現在の話だ。

だからそういう街では、談合をしない者は村八分だが、そこだけ聞くとトンデモナイ田舎と思うだろう。だが、子供達は先端のファッションに身を包み六本木のクラブに出かけ、大人たちはけっこうな高学歴と年収で丸の内に通勤している首都近郊ベッドタウンの話だ。

別に高学歴がどうと言うことも無いが、一つの面白い現象として、東大卒なんてゴロゴロしていて、子供達もけっこうな率で東大に合格している。そこだけ見れば、けっこうなレベルにありそうだ、予備校や塾も繁盛している。その一方で、何故か議員たちはほとんどが高卒、それも○○農校といった類だ。

高卒がダメで、東大が良いというわけでは無い。だが、同じようにその逆が良いわけでもなかろう。なのに、かなりの率で○○農校卒なのだ。もっとはっきり言えば○○農校閥という学閥(?)がその地方政治を牛耳っているのだ。

初め聞いた時は、聞き間違いだと思った、東大閥が政治を牛耳ると言う話なら聞くが、農業高校閥?ナンじゃそりゃ。じゃ農業高校から余程の大学に行ったのだろうと思いきや、そのまんまの所謂高卒だ。大学に行ったから良いって事は無いが、世間の標準とはかけ離れていることを言いたい。

ではその都市では、大卒が忌み嫌われるのだろうか。結論を言えばその通り、そして知的な会話や公正な話をする人は忌み嫌われ議員にはなれない。議員になるには、地縁血縁が第一なのだ。何十年にも渡る選挙結果がそれを証明している。先に述べた「善人」にはこれが無い。

何よりインターネットで公開されている議会議事録を、知人に見せられると、思わず我目(耳)を疑うような馬鹿げた意見や、嘘八百にそんなのアリかとぶった曲げ、その知的水準の低さに絶句してしまうのだ。

では、その都市つまりベッドタウンとして発展した都市住民のメンタリティがそれかと言えば、これまた違う。決して市民は土着の利権構造を欲しているわけでもアホでもない。では何故そんな現象つまり地縁血縁のバカ議会となるのか。それは、有権者のうち都市型住民は地元を見ず、東京を向いているからだ。地元に全く関心が無い。

自分の街でどんな政治が行われようとも関心が無い、夜遅く寝に帰ってくるだけだ、飲むのも仕事するのも東京だから、東京の方がはるかに関心があるし、影響も実感できる。彼らにとってみれば、安全一つとってみても我街の安全よりも、渋谷や六本木を安心して歩ける方が重要なのだろう。

だから、選挙にも当然に関心が無く、誰が立候補しようと、どんなマニュフェストを書こうと関心外。関心が無いから、候補者の区別も付かないし判断も出来ない。談合は必要ですと平然と講演している悪徳候補者が、「改革を断行します」と言っても、命がけで談合と戦おうとする善人候補者が「改革を断行します」と言うことと区別が付かないのだ。

要するに味噌もクソも一緒なのである。結局、万遍無く票が割れてしまう。すると、利権に絡んだ地縁血縁の候補者達は確実にその浮動票に上乗せされるから、毎回確実に当選する。

だから信じられないことに、地方政治はほんの一握りの人々が牛耳っている。正に痴呆政治なのだ。都市型住民が、地元に関心が無い限り、こういった現象は続くだろう。正に地縁血縁・利権政治のやり放題。

だが、そのツケは、少子高齢化・人口減少を迎え、人が資源の我が国は国力が衰退し住民に跳ね帰ってくる。それがそんなに遠い話では無い事は、夕張の例を見るまでも無い。

ここで一つの光明は、彼ら都市型住民もまもなく大量に定年を迎え、毎日が日曜日となる。否が応でも地域を知ることになるだろう。ひょっとしたら地方が変わるのはそれからかもしれない。

それでも変わらなかったら・・・やっぱりエクソダス?

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