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2007/07/26

原発反対は本当に環境問題?

7/23の記事では、話が対テロ危機管理→テロの事例から原発に移ってきた。話の展開が流動的なのは拙ブログの特長、あれれ?と思いながらも、ついでだ、も少しお付き合いくださいな。いづれにしても、日本でなにかの是非を議論する時、是非の評価軸が、その事象直接のことから離れ、無関係の判断基準が取り入れられやすいと言う事を言いたいのだ。

■原発の是非

例えば原発の是非を論ずる時、その論点と評価軸は、①必要性、②安全性、③利便性だろう。この3つの評価軸にはそれぞれの優先順位と評価基準があり、ここを明らかにしなければ、議論は永久に噛み合わない。

■議論の優先順位

私が考える優先順位は、この番号順だ。①の必要性は、②安全性や③利便性では置き換えられないからトップに来る。次に人命は地球より重い?のだから当然に、②安全性が重視され、その上での③利便性となる。

こう言うとタブン、いくら必要性が高かろうが安全じゃないなら意味が無いと言う方がおられよう。ここで言う優先順位とは、その絶対値の比較を言っているのだ。必要性と安全性が二者択一の関係にあるなら、どちらを優先するべきかである。

例えば、密閉された空間では酸素を供給しなければ人は窒息死する。この場合酸素の必要性は絶対だ。ところがその空間に水素が充満していたなら、うっかり酸素を供給すると爆発の危険性が高い。だが、絶対に爆発するとは限らないから、必要性即ち酸素供給が優先されるだろう。

では、その密室にはあちこちに高圧電流がスパークしていて、酸素を供給したとたんに100パーセント爆発するとしたら?つまり酸素の必要性100パーセントだが安全性ゼロの場合だ。この場合初めて、必要性を安全性に優先する理由が無くなるが、どっちを優先しても結果はゼロと言うだけで、安全性が必要性を超えたわけではない。

即ち、必要性自体を否定する代替案を出さない限り、安全性(危険度)をもって、必要性を否定する根拠には成りえないのだ。

■地球環境あっての人類

では、次に、それぞれの評価基準は?だ。先ず、何をもって「必要性」を論ずるかだが、それは人命以上に大事なものを守るということだろう。へっ?人命以上に大事なもの?となれば、人命の集合体全体に関る事となる、つまり地球環境だ。地球環境が破壊されてしまえば、人命もヘッタクレも無い、人類があっての人命だからだ。

必要性とは人類全体の存続に不可欠な事が最高位に来て、ゆえに環境問題となり、目下のところそれは地球温暖化対策ということになる。これが人類共通の最優先課題、申し訳ないが、あなたや私の命や考えよりはるかに重要なのだ。

■温暖化対策とはCO2削減

温暖化対策とは、温室効果ガス対策を意味する。今のところそれはCO2削減とされている。イヤイヤそうでは無いとするならば、そこを明らかにしなければ、議論にならない。例えば飢餓を救う話をしている時に、人はパンのみで生きるのでは無いと言われても困るだろう。

CO2削減とは基本的にエネルギーの供給と消費のことだ。様々な手法が考えられる。最も理想的な事は、CO2が削減できて、人体に無害なエネルギーの供給である。これは実に簡単なことだ。循環型社会にすればよい即ち、産業革命以前の生活に戻れば良い。

■原始生活を説く愚

人は日の出とともに起きて、日没とともに寝る、電気もガソリンも使わなければ、きれいな空気と健康的な生活が出来て一石二鳥だ。だが、コンナ生活できないから、世界中が地球温暖化を騒いでいるのだ。こういう省エネ生活を口で言うには実に簡単なことだが、自分にも出来ない事を世界中でやれと言うのは、ただのワガママ放言に過ぎない。

■論点

となれば、残るはエネルギー供給手段からCO2を削減することしかない。現在の生活水準を維持しながら循環型にするか、さもなくばCO2排出を抑えたエネルギー供給かのどちらかだ。前者ならば、バイオマスの利活用となろう。後者なら太陽光、風・水力、地熱だろうか。これらは、いずれも安全性が高い自然エネルギーなので理想的である。

だから、これらで人類が必要とするエネルギーが賄えれば、何も問題は無い。しかし、それは不可能だ。不可能である事が分かっていて、求めるのは駄々っ子に過ぎない。となれば、これら自然エネルギーでカバーしきれない分の必要エネルギーをどう調達するかが、論点となる。勿論その条件はCO2を排出しないことである。

■無駄な議論の排除

さて、ここで無駄な議論を防止するため、ただ今論点と前提を明確にした。これをご理解出来ない方は、これ以降読んでいただいてもムダであるから、ここでご退場いただきたい。更に念のため言えば、以下に例示するような反論は、この論点や前提からずれている事を明らかにしておきたい。

それでも、このような意見を言うならば、申し訳ないが相当のバカと言わざるを得ない。何故に、このような読者を不快にさせるような言い方をするのかと言えば、上記のように無駄な議論を防止するため。何故か、靖国問題とか憲法問題や原発問題になると、右も左も全く理屈が全く通らない事が多いからだ。少々しつこいが、本論に対して以下のような反論をしようと思う方は、論点が違うので、即刻ご退場いただき別のところで議論されたい。

例1:CO2は温室効果ガスではない、或いはその主役ではない→ならば、その点を明らかにし世界を納得させていただきたい。その上で対策を論じましょう。ここではCO2削減について論じている。

例2:原発は危険である→それは当然のこと。自然エネルギーでカバーしきれない分の必要エネルギーを調達できる代替案があればそれに越した事はない。ゆえに危険をどう回避するか、絶対に回避できないかどうかを議論すれば良い。くれぐれも、前提である、「自然エネルギーでカバーしきれない分」「CO2削減」をお忘れなきよう。

例3:代替案なき原発反対→論点は「自然エネルギーでカバーしきれない分の必要エネルギーを調達」であって、原発礼賛でも忌避でもない。より安全な代替エネルギーの提案なき否定は、論点を理解しない不毛の議論。

■原発イコール原爆?

前置きが長くなってしまったが、本題に入ろう。このたびの地震で、柏崎原発の被害と安全管理が問題となっている。相変わらずの隠蔽体質が、問題を更に大きくし不安を煽っているようだ。

活断層の上にあったり、震度の設計条件を上回ったといった事は、聴けば聴くほどゾッとする。汚染した廃水が漏れただけで、海水浴客が消えた。いくら風評被害といっても、相手は解毒できない放射能だ、誰だって怖い。何より、メルトダウンしたら原発イコール原爆だ、怖いじゃ済まされない。

■原発事故と原発の是非

で、こういう事故や恐怖が明らかになったとき、どう反応するかだ。反対派の人々は、小躍りして喜んだ事だろう、そら見ろコンナに原発は危険なんだ、と。その通りだと思う。原発は危険だ、しかも、コンナいいかげんな管理や、設計では安心出来ない。

問題はその先だ。だから原発には反対となるのか、安全性を高めようとなるのか、だ。反対派は当然に、これを格好の宣伝材料にするだろう、それは反対運動展開の方法論としてはありだろうが、ダイナマイトは危険だから禁止しろと言うのと同じで、論理としては弱い。

■問題は安全管理

ここで、議論すべきは、日本の原発の危険性についてであるべきだ。日本の原発が震度6で壊れると言う事は、様々なブログで指摘され続けてきた。これが事実ならば、不発弾が埋まって生活しているようなもの。原発必要論以前の安全管理の問題だ。

■原発必要論と危険性議論

http://yahhoo.cocolog-tcom.com/goodwill/2007/02/post_4599.html

拙ブログの原発必要論については過去ログに書いたが、必要性の是非は代替案が無い限り、選択の余地が無く、危険を承知で原発に頼らざるを得ない。だから、原発の安全性を不明確にしたままでは、論点がボケてしまい、原発必要論者にとっても具合が悪い。

どうも上手く、伝えられないが、要は①「原発必要論」と②「危険性に対する安全確保」は必要十分条件としてセットであるけれど、トレードオフの関係には無いということ。つまり、「危険だから原発はダメ」とか「必要だから少々の危険は認めろ」という事は根本からあり得なくて、「絶対に必要だが危険なので、絶対に安全にすべき」を考えるべきなのだ。

■求められる安全性とは?

もっと言えば、「絶対に安全にすべき」の「絶対」の見積もりの話だと思う。「絶対」を絶対視すると訳が分からなくなるが、地球の構造上日本であり得る震度ということだろうか。この辺を本来十分に議論し、基準として定めてしかるべきで、少なくとも有史以来起こりえた地震や、実際に起こっている地震に対応できないようでは話にならない。

温暖化防止のためといいながら、取り返しのつかない環境汚染を招いてしまっては、病気を治すために患者を殺すようなものだからだ。また、これは国防の観点からも問題ある。

■どうやって原発の安全性を高める?

もし、どうやっても原発の安全確保が出来ずに、それが理由で原発を廃止する事は、冒頭述べたように、代替エネルギーの提案が無い限り、「必要性」を「危険性」が超える事はないので、論理的にはあり得ない。だから、重要な事は、どうやって原発の安全性を高めるかと言う事なのだ。

地球温暖化防止において、現状では原発以外に選択肢が思い浮かばない中で、その欠点をあげて反対する事は、患者を救える唯一の薬を副作用があるからと反対するようなもの。命と副作用の優先順位を理解しない、ただの自己顕示に過ぎない。

最も優先すべき事は、人類を救う副作用の少ない薬の開発だ。それが開発されるまでは、副作用があっても、原発に頼らざるを得ないではないか。

■もうそろそろマジメに温暖化防止を考えたら?

原発が危険なのは良く分かっているから、危険だ、ダメだというのは間違いではないから実に楽だ。だが、もういいかげんに、そういう分かりきった「ダメ」ではなく、どうしたら温暖化問題を解決できるのかを、議論したいもの。

とりあえず、今日のところはここまで。

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コメント

充分な安全性を確保しようとしたらコストに見合わない。だからうやむや

投稿: | 2007/07/26 15:03

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