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2007/09/11

憲法と法と政治

これはある著名な国会議員から聞いた話。伝聞ゆえに正確さに自信が無いので、本人の名は伏せるが、弁護士でもある。目からウロコなところがあったので、自分の不明を晒すけれど、ちょいと忘れないうちに書いておこう。

■政治とは

政治とはナンだと聞かれてしまうと、凡人の私は、えっ・そんなの常識ジャンと思いつつ答えに窮してしまう。件の議員氏を仮に師としよう、師曰く、政治とは国民生活がどうなるかを決めるもの、だ。

例えば、給料を例に取ろう。給料はどのように決定され支払われるか、先ずは決まった給料やボーナスをどう払うか、会社の決定があるわけだが、それには先ず利益がある。そこから株主への配当やら諸々あってボーナスとか給料が決められる。これは会社の役員とか労働組合とかが協議したりして決める。要するにその会社の勝手だ。

ところが、この給料から天引きされる税金や保険料などは、会社が勝手に決められない。国会で決めて、そのルールで徴収される。こういう個人や会社では決められない国民生活をどうするかという諸々の施策を決めるのが政治という訳だ。年金とか保険料、交通安全等々だ。確かに個人では決められない。

■権力とは

で、それを行使するのが権力であり、命令権が付随する、これも当然だ。個人で勝手に決められないから決めた事決める事には、人を従わせるルールとして権力がある。となると次なる問題として、この権力は誰のものかが浮かび上がる。

■多数派の権力

民主主義だから、当然個人の自由にはならない。ではどうやって?それが多数派だ。少数派に権力が集中したなら独裁である。よって多数派に権力がもたらされる。これまで政府自民党が多数派だったから権力の座にいたわけだ。(←これは私の意見、と言うより客観的事実だな)

■多数派を形成する力とは

では、民主主義において多数派を形成するチカラとは何ぞやとなる。これには大きく2つの要素が有るという。

■コトバの説得力

一つは、言葉による説得だ。これは間接直接、或いは発声や文字を問わない。アナタの発言の一部を切り取った伝聞であろうと、直接の演説だろうと、論文或いはブログ記事だろうと、アナタの意見として流布されたものから、人々がどう受け止めるか、どう感じるか、そこが問題という。

①「安倍内閣は短命に終るだろう」

②「安倍内閣は短命に終るだろう、しかし、強行採決の内容は国益にはプラスになった」

③「安倍内閣は短命に終るだろう、と言う疑問が残るが私は良く分からない」

この①~③の発言をいづれも「安倍内閣は短命に終るだろう」と発言したと第三者が伝えてもウソではない。だから、政治家はそこまで考えて、時には短い時間でデフォルメした発言が必要になるというわけだ。

■人柄の説得力

二つ目は、人柄という。当然過ぎて意外というか、う~んとうならされる。実は、政治家なんて魑魅魍魎だろうとの先入観で代議士に会うと、その人間的魅力にコロリとなる事がほとんどだ。いかにも権謀術数の世界とも思えるのに、これは不思議なことなんだが、実際そのとーりだと思う。

人柄とは、信用とか、この人なら国政を預けてもタイジョーブと思わせる安心感や信頼感だ。必ずしも知識ではない、知識は勉強すればよいし、知恵者に教えてもらえば良い。まあ、この辺は政治家に限らず世間一般でも同じことだ。

■憲法とは?

で、ついでに言うと、これらを全部ひっくるめて規定している憲法とは何ぞやとなる。私は、今まで国家の最高規範で法の最上位に位置するものと認識していたが、よく考えたら、これは説明になってないかも知れない。

■法とは

憲法を語る前に先ず、法だが、師曰く、法とは政治家・為政者が作成し運用するもの、それに対して憲法とは、権力や命令権の所在を明らかにしたものである。だから、日本国憲法には国民の権利ばかりで義務が抜けているなどと言うのはトンでもない認識不足なのだ、と。

■憲法とは公権力の義務

つまり、憲法とは権利ではなく、全て公権力の義務を規定したものと言う。言い換えれば、書いてない義務を主権者である国民に課す事は出来ないのだ。主権者たる国民が為政者に対して権力行使を規定したもの。これを近代立憲主義と言うのだそうだ。

■民主主義の誤作動チェック

これは民主主義の誤作動をチェックする機能となる。さて、ここまで記憶を頼りに書いてきて、フト心配になってウィキペディアを確認したが、どうもよく分からない。解釈の視点と表現に違いがあるのかも知れない。

学術的な事を学術的ではないコトバで書いてきたが、当らずとも遠からずではないかと思う。要するに憲法とはアブナイ権力者を規制するというわけだ。だから当然と言えば当然ナンだが、憲法改正は国民からの発意となる。と、ここまでは師の意見を拝聴した事を、記憶を頼りに書いた。

■独裁者は民主主義から

ここからはそー言えばという私見だ。そー言えば独裁者って民主主義からしか生まれないなあ。以前、コンドルセのパラドックスやアローの定理として民主主義(多数決)のパラドックスについて書いたので、説明は省略するが、多数決には欠陥がある。

■ファシズムの武装蜂起失敗

例せば、万人を幸せにするはずの民主主義がファシズムを生み出したと言う事実だ。実はヒトラーは当初、武力で政権を取ろうとしていた。1923年ミュンヘンで武装蜂起を企てたのだ。これに失敗して彼は投獄された。

■選挙は民意?

力で抑えるのは手っ取り早いが、それは北朝のような既定事実やある程度限られた範囲のこと、国民は心服しないので成功しない。ところが、ミンナが選挙で選んだ代表と思うと、人は従うのだ。ヒトラーのナチスは1933年、第一党となり、民主的に議会を廃止、ここにファシズムが出現した。何の事はない民主主義がヒトラー独裁をつくり上げたのだ。

実際、フランス革命以前にはファシズムは生まれてない。ファシズムは正に民主主義の落とし子なのである。この民主主義のパラドックスについては、また後日お話しよう。

と言う訳で、本日これまで。

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コメント

丸井様、コメント有難うございます。

>ブログ復活されて、ほっと致しました。

いや~、有難うございます。
私自身、復活には気が付きませんでした。
丸井様のコメント投稿連絡で、もしやと思い、気が付いた次第。

すげークールなプロバイダに、感心したものか、呆れたものか、よく分かりませんが、先ずはめでたし。


ですが、既にランキング外に。皆様、クリックよろしく!

投稿: ベンダソン | 2007/09/19 15:46

ブログ復活されて、ほっと致しました。
今後の執筆に益々のご期待を申し上げます。

投稿: 丸井太輔 | 2007/09/19 14:07

民主主義を理解してない人と民主主義を理解させないようにしている人が過半を占めているのでしょう

投稿: hoge | 2007/09/11 22:08

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