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2007/10/13

脱・脱ダム宣言

何となく、ごく自然に納得してしまう意見とか世論ってあって、話の流れが自然な故に、実は納得した根拠をあまり考えてなくて、ふと視点を変えたとき何でだろうと考えると、あれれと思う事がある。そんな中の一つにダムがある。

田中康夫氏が、長野県知事になったとき、脱ダム宣言をした。無駄な公共工事を押えるという点で、何となく説得力があった。何よりダム推進派が利権構造ドップリというイメージで、この対極に位置するからクリーンなイメージが有ったように思う。

また、それに先立ち長良川河口堰など、ダムは一度計画されたら絶対に中止されることはないというような神話化されたイメージとこれに伴う土建利権のイメージ、環境破壊といった兎に角悪い負のイメージが大きかったようだ。

だから、単純に(ダム=悪)⇒(中止=善)という図式が出来上がっているのではないだろうか。特に環境団体などの反発が多いように思う。だが、ちょい考えてみると、何かヘンだ。

ダム工事は、国及び流域自治体の税金で賄われるから、結果的に県民の負担だ。だから、予算の使い道として、他にもっと効果的なものがあれば当然に県民は反対するだろう。もっともだ。でも環境の視点ではどうなんだろう。或いは国土保全や治水・ライフライン確保の観点から、長期的視点で考えた時はどうなんだろう。

ダムは環境破壊だという意見がある。当たり前だ、ダムを造るんだから巨大な土木工事だ、環境を破壊しないなんて事があるはずが無い。だがそれは範囲と質の程度問題、自然破壊イコール悪ではないのだ。

例えば、あなたの自宅を建てたとしよう、敷地に咲いていた雑草やミミズたちは、家の下敷きになって死滅してしまうから、これも環境破壊だ。だが誰もこれを環境破壊とは言わない。破壊する範囲と質の程度問題と誰もが知っているからだ。

環境問題を論じる時、その視点のプライオリティは、人の命が頂点に来るはずだ。地球温暖化をストップさせ地球環境を守るのも、絶滅種を守り生態系を維持するのも、人類が生存する環境を維持せんがための方法論だ。だから環境問題は目的ではなく、方法なのだ。

人類生存の方法論を地球規模で考えれば、地球温暖化対策であり、国家規模で考えればこれに自国民の生命・財産の保全や次に快適性等も評価軸に加わり、これとのバランスで施策が決まるだろう。いくら地球温暖化ストップと言っても、すべてカーボンニュートラルを徹底すれば、経済は疲弊し国家が滅亡してしまうからだ。

さて、この人類の生命維持を国家レベルで考えると、考えるべき優先順位はどうなるだろうか。国防>治水等の国土保全>灌漑・上水等のライフライン確保の順だろう。国家無くして国民死活は無いから国防は当然として、昔から水を治めるもの国を治めるというように、治水は国土政策の最上位に位置する。

これは単に防災という観点だけではなく、灌漑や飲料水確保という側面も持っている。環境問題は、こう言った最上位に来る国家や国民の生命財産を守る施策があってのことであるから、環境問題がこれらの上位に来ては手段が目的化してしまい、具合が悪いと思う。これをやりすぎると、病気は治ったが患者が死んだと成りかねないからだ。

で、こうした国民の生命財産を守る為には、ダムは必要不可欠なものだ。問題はどれだけ必要かであり、必要量を満たした後に初めて費用対効果といった議論が有るべきではないだろうか。じゃあ、何を持って必要量というかだが、ココを定量的に検証し始めると隘路にはまってしまいそうだ。

でも、一つ分りやすいのは、真夏の渇水期によく、ダムが干上がり取水制限が行われるという話。何なんだ、全然文明国じゃないじゃないかと思う。ダムが充分なら、取水制限なんて起こる筈が無い。どんな理屈こねたって、最低限、絶対に水道が涸れなくなるまで、ダムは必要なのだ。

さて、その上で環境問題を考えよう。今度は自分たちの生活だけではない、ちゃんと地球環境を考えなければならない。目下の緊急課題は何と言っても地球温暖化防止だ。そのためには、カーボンニュートラルと省エネだ。

但し、エネルギーの消費つまり生活レベルを下げる省エネは現実問題不可能だから、供給側をクリーンにするか、自然エネルギーやカーボンニュートラルにするしかない。だから、現実路線としては、緊急避難的に原子力に頼らざるを得ないというのが拙ブログの主張だ。

但し、これはあくまでも緊急避難策だ。原子力で造り出す電力はクリーンだが、原子力自体はこの上なく危険で環境を直接破壊してしまう。だから密閉が破れたら、その汚染は時空を飛び越えて、取り返しがつかないほどの被害をもたらす。

だから、あくまで緊急避難なのだ。これに代わる自然エネルギーの利用が次の課題の最優先事項だろう。目の前に見え易い生態系といった自然環境は、これらの全体的な課題がクリアされた上での局地的な問題なのだ。

例えば、ダムを例に取ろう。先ずダム建設によって建設地の自然が破壊され、様々な形で流域全体に及び、河口付近の海岸や海水に影響を及ぼす。だが、この影響は流域全体の自然や生態系を狂わせる程ではないし、国土全体に及ぼすものでもない。(先に述べた、あなたの家の新築を思い起こしていただきたい。レベルの問題なのだ。)

ところが、ダムが無い事の影響はもっと広範囲で深刻だ。直接的には、治水・灌漑・飲料水確保だが、仮にこれらが満たされたとしても、自然エネルギーの利用としては、我が国の国土の特性上、もっとも有効と思えるからだ。

確かに、ダム建設は膨大な費用が掛かるが、一度造ってしまえば未来永劫とまではいかないまでも社会資本として残り、しかもエネルギーを生み出す。雨が多く、山間地がほとんどを占める国土の特性に、これほどマッチしたエネルギー政策、社会資本整備があるだろうか。

いったい、ドコが悪いのか分らない道路を剥がしては舗装しても、社会資本は変わらず、ただ金が動いただけだ。或いは函モノ行政で、利用されもしない公共建築を増やしても、維持管理コストが嵩み、そのライフサイクルコストは膨大で、無駄そのものだ。

勿論、ダムの維持管理にもコストは掛かるが、基本的には躯対と発電設備だ、市民ホールのようにジュータンや座席、内装補修なんて必要ないし、それ自体が、発電による収益を生むから、よほど発電量に対して維持管理費が上回らない限り、どこかで建設費を回収できる。

と、まあ、そんな訳で。脱ダム宣言や、各地で繰り広げられているダム反対運動は局地的な問題であって、総論的にはダムが必要だと思った次第。費用対効果にしても、持ち出しオンリーの他の公共施設整備に比べて、独占的収益事業で、且つ原料の仕入れ原価はタダなんだからB/Cを論じる事自体無意味だと思う。

ところで、ダムの必要量だが、最終的には国内電力需要を賄えるまで造りつづけてよいと思う。実際には電力需要を水力だけでは賄い切れないだろうから限界はないかもしれない。当然にイニシャルコストが膨大だから、電力の調達コストは原子力の比ではないのだろう。だが、先にも述べたように、建設コストは、どこかで回収できる。20年でムリなら50100年とそれにあわせて財政シュミレーションを立てれば良いと思うが、乱暴かしら。

でもな、いったい何に使われたのか、幾ら使われたのかも良く分からん年金に比べりゃ、どんなデタラメな収支計算したって、遥かに効果的だと思うが。考えても見なさいな。不明年金が分ってるだけでも2兆円だ。

これってダム1基500億円として、40基だ。関連周辺整備に500億円投資しても、20基分だ。どうってことなかろう。しかも、繰り返すが、こちらはかなり長期に使える収益性のある社会資本整備なのだ。

あと、環境破壊だとする方々には、再三言ってるように、程度問題である点と、あなたのプライオリティは何かと聞きたい。ココは敢えて自然保護団体から叩かれる事を覚悟の上で問題提起しよう。

生物相の上位に来る絶滅危惧種が、当該ダムの建設によって、この地球上から、完全に抹殺されるならともかく、大鷹の一羽や2羽いたからといってダムを中止する理由にはならないだろう。

本日、これにて。

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コメント

珍県民様、再コメントありがとうございます。

貴兄の説、再三申し上げるようにごもっともと思います。
ですが、使われている単語がダムと言うだけで、内容には説ブログ記事の論点とは何ら接点がありませんので、コメントできかねます。

これにて了としましょう。
よろしくお願いいたします。

投稿: ベンダソン | 2007/10/16 15:06

 現に、現在あるダムの水が干上がってしまうのですから、これ以上ダムを増やしたところで、雨が降らなければ、必ず渇水してしまいます。
 利水用ダムは、雨が降らないときのために水を貯えているわけではなく、例年程度には雨が降るという前提で造られています。
 防災用ダムではないので、○○年に一度の渇水に備えて造るわけではありません。それでは普段は全く必要のないダムになってしまいます。
 それでもいいから造ろうと思っても、もう東京周辺には造れる場所はないし、とんでもない遠くから水を引かなくてはなりません。それも必要なのは○○年に一回です。

 四国の場合は、近年とにかく雨が降らないので、ダムを造る場所はないし、本州から送水するわけにも行かないでしょう。本州といっても瀬戸内海地方はもともと雨が少ないし。 
 森林を復活して保水力を高めるにも手遅れだし、土地も狭いし、蒸発しないように地下に水を貯めておくにしても、莫大な費用がかかり、四国では採算が取れないでしょう。
 もし、都市の地下に水が貯められるなら、利水用よりは、防災用であり、東京の地下には巨大な空洞(調整池)がいくつもできていますが、大雨が止んだらすぐに排水されます。

 あとは海水を真水に換えるとか、方法がないわけはありませんが、やはり採算面で不可能でしょう。

 防災用と利水用を兼ねたダムというのは、矛と盾のようなもので、絶対に成り立ちません。
 調整池も同じことです。 
 雨が降らなければ調整池も空になるのも同じことです。
 100年に一度の大雨に備えたダムや調整池は、200年に一度の大雨が降った場合、決壊してもっと危険になる可能性があります。

 ダムとしての条件がよいところには、既にほとんどダムが造られており、現在計画されているのは、浅川ダムのように活断層の上の軟弱地盤、とか、まともな条件のところはあまりありません。
 だからどこでも反対が多く、脱ダム知事がいなくても、ほとんど着工されません。

投稿: 珍県民 | 2007/10/15 15:57

珍県民様、ganbarefujita様、コメント有難うございます。

お二人のご意見、ごもっともと、思います。

ただ、本記事との関係性はあまり無いような気がします。
私の理解力不足でしょうか。

あっ、1点だけ、珍県民様のご意見で理解出来なかった部分があります。

> 利水用ダムに水が溜まらないのは、雨が降らないためで、ダムが足りないのが原因と考えている自治体はまずないと思います。

とのこと。これ、何かの表記間違いだと思うのですが・・・、本当にこのような説があるのでしょうか。文章が正しいとするなら、「利水用ダム」とは「雨が降らない時のため」のものですから、物凄い自己矛盾を表記しています。

蛇足ながら、この文章は、「利水用ダム」を「調整池」又は「調節池」と置き換え、一般論として述べるならば意味が通ると思います。但し一般に言うダムとは全く別の論議ですが。これ、余計な話ですね。

よろしくお願いしたします。

投稿: イザヨ・ベンダソン | 2007/10/14 20:21

現在、コンビニで働く人を確保するのが困難になってきていると聞きます。
確かに、家の近所だけでも数件のコンビニがあり便利でがあるが、はたして、こんなに必要なのか?と考えてしまう。
これはジュース類の自販機についても言えることです。
石油の利権なので戦争が繰り返される世の中なわけで、エネルギー政策は重要なことかもしれません。テロや日米安保やら・・つきつめればエネルギー利権と切り離せない部分ですよね。
「エコ」と一言で言えば聞こえはいいかもしれないのですが、あまり具体的にわかりづらいキーワードです。
「日本中のコンビニと自販機に営業時間制限を設けて、エネルギーの無駄を減らします!!」なんて公約があってもわかりやすくていいような気がしますが???
単純に言うと、こんなことこそが本来の「政治」じゃないかな?と思ったりします。
官僚の考えることは年金にしろ、何にしろ多くの国民にわかりづらくしてるだけじゃないかな??と思います。

身近なところじゃ携帯電話の電話代・・・・こんなわかりづらい価格体系必要あるのかな?と思います。
もっと単純簡単にした方が管理コストも下がるはずですよね・・・

投稿: ganbarefujita | 2007/10/13 23:28

 その長野県で造られようとしている「浅川ダム」が、「穴あきダム」であることはご存知ですか?
 利水、つまり、灌漑、発電、水道、などの需要は全くなく、「防災専用」のダムという建前です。
 穴を開けざるを得なかったのは、砂の堆積による浚渫の必要が、わずか20年程度で起こる上に、砂をせき止めることによる下流への環境被害が歴然としているからです。
 さらに、建設予定地は、地附山地滑り災害という、多くの死者を出した場所の近所であり、同様に崩れやすい地盤の地区と考えられています。
 地盤について、学者の見解は分かれていますが、柏崎原発が、新潟地震で実証済みの、液状化しやすい砂地の上に、活断層の真上という、素晴らしいロケーションを、安全と判定した学者がいる国で、見解が分かれたらどちらを信用するのでしょうか?
 穴あきですから、大雨でダムに水が溜まり、洪水を防ぐのは、数十年に一度の大雨の時に限られます。もし、そのときに、水圧に耐えられず、地滑りが起きたら、どうなってしまうのでしょう?
 ダムの半額程度の費用があれば、遊水池や拡幅などによって、防災効果は充分なのに、ダムでないと予算が付かないことは知っていますか?
 田中知事時代に、浅川の改修はかなり進んでおり、百年に一度の大雨以外なら、概ね耐えられる状態になっていることもご存知なのでしょうか?
 さらに、ダム工事の落札額が、予定価格の90%以上で、談合の疑いがあったこともご存知ですか?
 談合の疑いのないダム工事の例を知っていますか?(落札率80%以下など)
 利水用ダムに水が溜まらないのは、雨が降らないためで、ダムが足りないのが原因と考えている自治体はまずないと思います。

投稿: 珍県民 | 2007/10/13 21:29

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