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2008/02/02

中国製ギョーザ事件の不思議

中国製の冷凍ギョーザを食べた人に中毒症状が相次いでいる事件では、原因が残留農薬とか、工場の消毒薬説が騒がれているけれど、アアまたかという感じがする。このああまたかには2つ意味があって、「アアまた中国か」と「アアまた日本のマスコミが」の両面だ。

「アアまた中国か」については、皆さん同じ思いだろう。この事件がマスコミの報道するとおりの事実かどうかではなく、そういう印象を持ってしまうのは事実ということ。ま、これは、多くの説明は不要だろう。

で、「アアまた日本のマスコミが」なんだが、ミナサン本気で野菜の残留農薬が原因と思うのだろうか。事を面白おかしく報道するのがマスコミの使命と思っているのだろうが、チト考えれば分かるだろうよと思う。

仮に畑で取ってきた農薬まみれの野菜を、洗いも何もしないで食ったとして、はたしていきなり人がぶっ倒れるかね。そんな強力な農薬なら、そもそも野菜そのものに影響があるだろう。仮にそんなに農薬を使っていたとしてだ、だったらどの製品からも同じように農薬が検出され、同じように、食った人がぶっ倒れるはず。

報道を聞いてから、名乗り出るなんて事は無いはずだ。たかが餃子10個や20個分の野菜で、人がぶっ倒れるなら、こんな分かり易いことはない、それ以前にトンデモナイ被害が出ているはず。

中国野菜の農薬使用のヤバさは、皆が知っていることだけど、それは検査して初めて分かる事。だからヤバイのであって、食っていきなりアウトになるなら、こんな分かりやすいことはない。お分かりだろうか。

原因が農薬⇒農薬を使うのは農家⇒野菜の残留農薬。こういう思考システムなんだろうが、このマスコミ報道の低脳ぶりには思わず噴出してしまう。では、論理的に考えるとどうだろうか。まず、原因の毒物とその被害が一定ではなく(皆がぶっ倒れて白目剥いた訳ではなさそう)、且つ大きく無い(限定的)ことを考えると、原材料が原因とは考えにくい。

また、件の工場の様子をTVで流していたが、綺麗に帽子をかぶってマスクをしていても、素手で食品をいじっている様子を嘲笑していた。ま、私も思わず噴出したけれど、そういう衛生管理とこの事件は、あまり関係ないように思う。だって、食中毒事件ではないのだから。

確かに餃子を食って、人がぶっ倒れたけれど、原因はメタ何とかという農薬と分かっているのだから、食材の衛生管理とは何の関係も無い。どんなに新鮮できっちり衛生管理されていたって、農薬が入っていればアウトだ。だから、問題あるとすれば、製造過程の管理である。相変わらず、日本のマスコミは味噌とクソの区別が付いてないのだ。

製造過程で毒物が混入するとすれば、労働争議があったとか、と言う点を考えれば、何者かが毒物を混入したことも考えられる。また、工場の消毒薬が混入したのではないかと言う話も、リアリティがある。

実際のところ何が原因で、犯人は誰かなんて、これ以上は単なる憶測に過ぎないし、それ以上の情報もないから、考えても仕方ないけれど、あたかも中国野菜を食ったら、即ぶっ倒れるかのような報道の仕方には首を傾げざるを得ない。

こういうヒステリックな報道は、人心をあおって面白おかしく気持ち良いのかも知れないが、肝心の中国野菜の危険性がかえって分からなくなってしまう。強烈な残留農薬があっても、食ったからと言って直ぐに人体に影響が出るはずも無い。

何度もいうように、食って直ぐ人がぶっ倒れるなら、こんな分かり易いことは無いけれど、体内に蓄積されていくからヤバイのだ。自分で買い物するときは、絶対に中国野菜は買わないけれど、外食するときはコントロール不可能だ。こういったことのヤバさの具体性や客観性がヒステリー報道されると、すべてがタイヘンダ・タイヘンだとなって何だか分からなくなってしまう。

結局のところ、毒入りかどうかじゃなくて、中国産食材に不信感があるから、いつしか我が家では加工した冷凍食品を買わなくなった。でも、多少の農薬なんてヘッチャラ、安いほうが良いと言う人も居るだろうから、買うか買わないかは個人の勝手。輸入を禁止することもあるまい。

困るのは、その選択の自由を奪われることだ。だからレストランでは、食材の原産地を明示するよう義務付けてもらいたいものだ。今回の事件で、危惧されるのは、こういった本来の議論が出来なくなって感情論に走ってしまい、中国産食材の輸入禁止などとなってしまうこと。

そうなれば、国際問題となって、報復措置がとられるだろうし、そうなれば利害の対立・損得の見積もりで全てが決まってしまい、ことの本質なんてどこかへ飛んでしまうのだ。

さて、ここでチョット余談をひとつ。食の安全と旨い物について。

実は筆者、ケッコウ食いしん坊だ。旨い物=安全であれば何の問題も無いが、必ずしもそうではない。と言うかほとんど無関係なんじゃなかろか。関係するのは値段だ。食材の安全性とお値段は当たり前だが比例する。

で、とどのつまり、食の安全は出せる金とのバランスの問題となる。あと、こういったこととは全然別に商品価値の無い毒素たっぷりの食材にうまいものがあったりする。聞いただけでウゲっとなるだろうが、これも程度問題。

たとえば、アサリだ、最近スーパーなんかで売っているアサリは旨くない。では潮干狩りではどうかといえば、これがやせ細っていて、もっと旨くない。実は極上のアサリ東京でザクザク取れるところがある。

それは、お台場。筆者はお台場が、今のように整備される以前から、あそこでウインドサーフィンに明け暮れていた。20年位前は、砂浜も無くて岩しかなく、岸から海に漬かると、いきなり水没した。それがバブルのころだったろうか、岩が取り除かれ砂浜が整備された。(ただし沖はいきなり深くなる)

で、大潮のとき干潮になると、足の裏にゴツゴツと砂利のようなものが当たる。なんだろうと見ると、アサリなのだ。お台場の海水は、海水と言うより汚水そのもの、沈して鼻から海水が入ると、胃が痙攣してゲーっとなるくらいだから、とても食う気にはなれない。

ところが、この重金属と汚水をたらふく食って育ったお台場のアサリは、とんでもなく旨いのだ。勿論知ってて食ったわけではない。知り合いの銀座の板前オタクでのパーティで食わされ、あまりの旨さにぶっ飛んだ。

こんな旨いアサリは初めて、いったいドコ産?と聞くと、うふふベンダソンさん、あんたがいつも遊んでるとこだよ、と。思わず戻しそうになったけれど、なぜかお代わりしてしまった。この時点で、私は、重金属と汚物まみれのアサリを承知の上で食っているのである。

アホかと思う無かれ、江戸前のハゼといい、東京湾のヘドロに生息する魚介類の旨いこと。河豚の毒のように食って直ぐぶっ倒れるならともかく、食われるほうも現に生きているのだから、それを食っていきなり、ぶっ倒れることは無い。毎日毎日、江戸前のハゼとコノシロ(=コハダのこと)とアサリを食っていたら、いつか何がしかの影響は出るだろうが、そんなもんだ。

要は、分かっているから、自己責任。多少の汚染があったとしても、旨さか値段か、選択肢はあるのであって、その判断材料が示されているかどうか、わかるかどうかが問題だと思う。いたずらに感情に走り、その自分の判断を、あたかも客観的・絶対的に正しいかの様に思い、報道したり、人に押し付けるのは、軽薄であり、傲慢でもあると思った次第。

本日これにて。

 

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コメント

ベンダソンさま
R134は、我が家のそばを通る「国道134号」からとったのですが、別の意味があったとですか?。知りませんでした。詳しく教えてください。

投稿: R134 | 2008/02/06 00:25

おやまあ、ヒロさん、お久しぶり。
R134とは、またディープな・・・、あれれ、でも車とか環境問題それもかなりエキセントリックなR134に関心があったとは。
ヒロさん、方向転換?

投稿: ベンダソン | 2008/02/05 16:34

ベンダソンさま
たいへんご無沙汰しております。「ヒロ@カイロスの前髪」改め「R134」です。ほぼ一年ぶりでブログ界に帰ってまいりました。またこれからときどき書き込みさせていただきますので、よろしく。取り急ぎごあいさつまで。

投稿: R134 | 2008/02/05 00:59

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