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2008/07/25

短期連載プロット「終わりの始まり」~滅亡のシナリオ(1)

さて、序章のあとここからは、20××年の未来からの回想である。

京都議定書が発効したのは2005であったが、その目標期間がはじまる2008年が近づくと不思議な現象が起き出した。まず穀物相場が世界中で高騰した。その理由は、サブプライムローン問題で行き場を失った投機マネーや、バイオエタノールの原料としてトウモロコシなどが利用され品薄になったからというもの。

投機筋が原因というのはすんなり分かるが、バイオエタノールの原料へ回すからというのは今ひとつ?だ。この理屈のマカ不思議なところは、製品としてのトウモロコシとエタノール燃料の価格を比較したときに沸きあがる。トウモロコシの小売価格は1本150円大安売りで100円前後だから、概ねトウモロコシ1本とガソリン1リットルはほぼ同じ価格だろう。

では、トウモロコシ1本でエタノールが1リットル作れるか?ネットでいくら検索してもそんなデータにヒットしないが、原材料以上の質量を持った製品はできっこないので、コレはいくらなんでも考えがたい。

ネット上で、アメリカのトウモロコシをエタノール生産に回す量とエタノール生産量を示すグラフがあったので、そこから類推すると、トウモロコシ100gで3.6リットルのエタノール生産となった。この計算が正しいとすれば、バイオエタノールはトウモロコシだけが原料ではなく、他のバイオマスも使われているという事だろう。

http://www.maff.go.jp/j/biomass/b_energy/pdf/bea_05.pdf

どちらにしても、直感的にはどう考えても、原料のトウモロコシをそのまま市場に出すのと、エタノールに加工するのとでは、原料のままの方が高いように思えるので、エタノール生産に回ったから品薄になって価格が高騰したというのは腑に落ちない。

たぶん、コレはスーパーで買うトウモロコシの値段で考えるからで、実際のトウモロコシの価格は飼料等が主で、その価格はバイオエタノールに回しても充分ペイするくらい安いのだろう。

なんて事を考えると、そこでまた矛盾が生じる。もしバイオエタノールに回してペイするなら、バイオエタノールの原料にした方が高いということだ。だとすれば、トウモロコシはすべてエタノール原料にした方が生産者は儲かるから、先のグラフで見るとトウモロコシ生産量の5分の1がエタノールに回された(2006年)というのも良く分からない。100パーセントとは言わないが、もっと多くてしかるべきだろう。

もし食管政策から制限を受けているからとすれば、コレもおかしい。だったらわざわざエタノールにすれば高く売れるのに、安く日本始め外国に輸出する必要は無いはずだ。そんな訳で、どーも、このエタノールに回したからトウモロコシ等穀類の価格が高騰したという説明は今ひとつピンと来ないものだった。

むしろ、穀類の生産を落とさず価格調整をするための詭弁であり、その詭弁が成り立つよう、バイオエタノール生産に穀類を回しても損が無いように原油価格を吊り上げているようにも見える。

現代人が石器維持代の生活はおろか、産業革命前のエネルギー消費生活には戻れないから、そのエネルギー源を石油以外のものに置き換えない限り、石油は、現状において地球上の大半を占めるエネルギーで、競合するものが少ないから市場原理が働きにくい。

仮にガソリンが1リットル200円になろうとも、買わないわけにはいかないし、電気自動車に代えたところで、発電に石油を使う限りは、電気代も高騰するので同じ事だ。原油価格を値上げすれば、ガソリンや電気などのエネルギーに限らず、全ての物価が上がる。

安定的に安く電気を供給するには2008年時点では原子力が最も効率的で、短期間で実現できるものだったが、これをやられると石油メジャー資本が困るのでアメリカ始め世界の政府に圧力をかけていた。

そして、これを援護したのが原発に反対する市民活動だったのは皮肉な事だったが、この時点ではその事に気付く人は少なかった。

2008年に原油価格が高騰したのは、何もメジャーの画策だけが原因ではない。サブプライムローン問題に端を発し、行き場を失った投機マネーがそこにどっと流れ込んだからだ。ボーダーレス化した世界経済の中では、投機マネーを握る資本家と、物価高騰にあえぐ庶民の区別が付きにくくなっていた。

投機は必ずしもお金持ちだけのマネーゲームではなく、庶民も信託始めそのマネーゲームに参加しており、投資家と庶民の対立が茫洋としてしまい抽象論で語られがちだった。このため、国民は怒りの矛先を具体的にどこに向けて良いか分からず、また自分達も、うすうす、そこに加担している事を感じていたためか、日本では国家経済が破綻する危機に瀕しても特に抗議行動などが起こる事は無かった。

一方、この頃北朝鮮は、核の脅威を武器に六カ国協議にまんまと要求を通してしまい、これを横目で見ていた第3世界は、核開発の有用性を思い知った。核が無いにも関わらず、核保有疑惑で主権を侵害され処刑されてしまったフセイン王朝に対して、核実験を行った金王朝はまことに勝手な理屈を唱え、ドロボーに追い銭のごとく要求を通してしまったからだ。

北朝鮮は、核開発を凍結したが、既に実験で得たノウハウは蓄積された。核開発を凍結しても、そのノウハウと技術者は生きているから、第3世界はコレを欲しがった。

その結果2010年以降、北朝鮮の核開発技術は第3世界各国に輸出された。これは、単に核兵器開発ではなく、一向に収まらない原油高に後押しされた原子力発電の必要性もあった。各国は、最初はCO2削減を大義名文に掲げ原発開発を推進したのだった。

石油メジャーは、これを何より嫌い、脅威と感じたため、地球温暖化対策の不要論を展開し、京都議定書を無力化してしまった。原発反対運動は世界的な趨勢となり、石油エネルギーに取って代わるのものは無くなった。

地球の気候変動は、潮の満ち引きに似ていて、その変化は一気には現れない。潮が満ちるとき、波が押し寄せては引いてを繰り返し、直ぐには満ちているのか引いているのかは判然としないが、やがて平均的に水位が上がるように変化が明らかになる。だから気が付いたときには磯に取り残され、岸に戻る事が出来なくなってしまうのだ。

地球温暖化現象もこれと同じで、毎年確実に気温が上がるかといえばそうでもなく、前年度より冷夏だったりして、短期的には気温が上がったり下がったりしていたため実感しにくかったが、確実に温暖化は進んでいた。

(つづく)

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