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2008/07/23

「終わりの始まり」~序章の4

治水だけを論じれば、不要なダムは多いだろうが、発電を考えれば、これほど日本に適したエネルギーは無いだろう。資源の無い国が、わざわざ燃料を輸入し発電するのは、環境問題を考えなくても本来はナンセンスなことなのだ。

拙ブログ・タイトルの棒に怒る日本人とは、サルを棒で叩くと、叩いた人にではなく棒に怒りをぶつけるという諺からきているが、コレは大局観を忘れ、直ぐに枝葉の議論をしがちな日本人を揶揄し警鐘を鳴らすために付けたものだ。

エネルギーやダムの問題は、その典型かも知れない。環境派を自認する人々は、地球環境の再生が最重要課題であり、その具体的最重要命題が地球温暖化対策であるとしながらも、狭い範囲の自然環境や生活環境の安全性などから脱却する事が出来ないようだ。

そのためか、温暖化対策を例にとれば、なかなか真摯な議論が出来ない状態である。物事全てにおいて、何が絶対などとは、なかなか言えるものではないから、どのような考えがあるのか、それぞれが真摯に意見を交換し、何が最も重要な行動なのかを議論すべきであるのに、どうしてもタブーを創り支配されているようだ。

もっと言うと、プライオリティ欠如とタブーへの傾倒、この2点が世界有数の教育水準と技術を持ちながら、日本人が世界のリーダーシップを取れない所以だろう。だから、この温暖化対策という大命題に対しては、クリーンエネルギーや自然エネルギーの活用という事に関しては皆賛成するものの、その具体化策となると、とたんに思考回路が狭まり、またタブーを持ち出しヒステリーを起こす人が少なくない。

CO2排出抑制の観点から考えれば、原子力は最もクリーンであると思われるが、このような事を言うと、原爆やメルトダウンの危険性を持ち出し、いきなり原子力エネルギーの全否定から始まり、ぶっ潰される事が多いのだ。

そして、原子力=悪で凝り固まって思考はそこで完全にストップしてしまい、では地球温暖化対策は?という本題はどこかへ吹っ飛んでしまう事が少なくない。地球温暖化対策が命題でるから、その解決手段として検討対象の一つである原子力エネルギーであるにも関わらず、原子力反対が命題化してしまうのだ。

CO2排出抑制の観点では最もクリーンな原子力だが、同時に最も危険なエネルギーであることも分かりきった事であるから、要はハイリスク・ハイリターンなエネルギーだ。このハイリスクがどうにもハイリスクのままで改善が不可能ならば、禁止するしかないだろう。

だが、改善の余地が有るならば、検討の余地もあろうと思うのだが、既にこう書いた時点で、ベンダソンはタブーに触れたサタンの手下として、呪いのオーラが押し寄せ、ブログは炎上してしまいかねない。

この国では、天皇制と原子力は議論する事自体がタブーであり、別に批判するわけでもないにも関わらず、話題にしただけで時には身の危険すら起こりうる。テンノーヘーカ万歳!原子力ハンターイ!と叫んでおれば、とりあえずは安全にリベラルな雰囲気をかもし出せるのだ。

ある意味、実に楽チンで分かり易い。話を環境問題に戻して言うと、原子力ハンターイ!と叫ぶ事は、戦争ハンターイ!と叫ぶのに似ていて、その事自体は正論である。しかも原子力は危険極まりなく、事故の際にはチェルノブイリの例にあるように、その被害に際限が無いので、反対を唱えるのは、まことに楽チンであり気持ちが良い。

だが、今人類が直面している問題はクリーンエネルギーへの転換が急務であるから、この命題に対しては、戦争をなくすにはどうしたらよいかと言う命題に戦争反対と叫ぶようなもので、原子力反対を唱える事は意味を成さない。

ただし、ハイリスクハイリターンである原子力は、あくまで緊急避難的なエネルギー転換だろう、最終的に目指すべきは、水力などの自然エネルギーである事は論を待たない。いきなり全てのエネルギーを自然エネルギーに転換する事など不可能であるから、それまでの繋ぎが原子力だろう。

では自然エネルギーは?というと、年間降雨量が多く、山間地形がほとんどを占める日本では、先に述べたように水力発電に適していると思われる。加えて、古来、川を治める者国を治めるとさえ言われたように、洪水や土砂災害が起きやすい点からもダムの有用性は高いが、これまた先に述べたように、ダム=ムダのイメージが定着してしまい、ほとんどタブー化してしまって、議論する事すらできない状態だ。

ダム反対を唱える人々は、土砂供給減による海岸侵食などのマイナス面を強調する。その事自体は正しいと思う。例えば、私はかつてウインドサーフィンの全日本選手権に出ていたころ(何を隠そう私は、表彰台に上がったのだ。←いつまで過去の栄光を?とは我が愚妻)御前崎によく行ったが、そのころ(89年頃)サムタイムワールドカップが開かれ、海岸は広大で岸と思しき砂丘から水際までは延々と砂浜が続き、ドライバーでも届かないくらいはるかかなただった。

ところが、久々に手にしたウインドサーフィン雑誌に載っていた今の御前崎には、砂浜が消えていて、ぶったまげた。かつて、まるで砂丘のような海岸を、ひーこら言いながらボードを担いでいったあの砂浜が無くなり、いきなり海面になっているなんて・・・リアル過ぎてホントにショックだった。

(つづく)

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