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2008/10/24

日本国による拉致事件

高知白バイ事故の最高裁上告が8月20日に棄却され、被告人が10月23日に高知刑務所に収監された。恥ずかしながら、この事自体、私は知らず今朝のテレ朝報道で知った。

念のため言うと、高知白バイ事件とは、06年3月3日に発生した高知県仁淀川町のスクールバスが22名の中学生を乗せた遠足の帰りに高知県警の白バイと衝突した交通事故のこと。

当初、スクールバス運転手の片岡晴彦氏の一方的過失によるものとして取り扱われていた。しかし、

        付くはずの無いスリップ痕

        写真によって長さの違うスリップ痕

        被告や目撃者が立ち会ってない現場検証

        「同僚だからといって信用できないわけではない」と採用された「矛盾だらけの白バイ隊員の証言」

        かと思えば「第3者だからといって信用できるわけでは無い」と却下された目撃証言(じゃあ、誰の証言なら信用できる?白バイ隊員を信用する根拠は?)

などと、この裁判は矛盾だらけ。

こういう判決を見ると、これ以上最悪の判断は無いと思うから、裁判員制度の必要性を感じる。少なくとも一般市民であれば、はたしてこんな判断をしただろうかと思うからだ。

これまで、幾多の冤罪疑惑事件はあったが、どこか情報が感情意的であったり不十分だったりして、冤罪であるとは断定しきれないものが多かったが、この事件に関しては司法判断の論理に余りにも矛盾が多過ぎ、且つ根拠が不明すぎて冤罪では無い事を説明するのは不可能だ。故に、どう考えても冤罪と思わざるを得ない。

いまでこそ『高知白バイ事故』としていろんなメデァにとりあげられ、その報道の中で警察捜査の矛盾や公平さを欠いた裁判が追求されているけれど、どうしたわけか、本日この時点で、ネットを幾ら検索しても、片岡さんが収監されたというマスコミ記事にヒットしなかった。

ヒットするのはせいぜい高裁への上告棄却までの過去記事ばかり、最高裁上告棄却によって刑が確定した事はほとんどヒットしないし、「収監されることになった」まではあっても「収監された」という記事はマイナーな報道以外ほとんど見当たらなかった。

何の利害関係も無い複数の第3者がバスは止っていたと証言しているのに、その証言を採用せず、現場に後から来た同僚白バイ隊員の証言を信用できると採用し、有罪が確定してしまうなんて、警察ににらまれたらオシマイということではないか。

それも、意図して対立したわけでもなく、相手からぶつかってきてイチャモン付けられ刑務所行きなんてことになってマスコミも無視となるならばタマラン。

この事件に関わった、警察、検察、裁判所の当事者の良心はいったいどうなっているのか、一人二人ならいざ知らず、大勢の人々が関わっていて、こんな矛盾だらけの裁判がまかり通るとは、ホントに背筋が凍りつく話だ。

利害関係の無い複数の証人が証言してもダメ、捏造疑惑がある証拠写真への疑問に対して警察は明確な反論もできなくて、それでも証拠として採用されるなら、いったいどうやったら無実になるというのか、誰が説明できるだろうか。誰もが犯人扱いされてもどうにもならないということだ。

官の組織を守るためならば、コレだけ大勢の司法関係者が冤罪捏造に加担し、無実の人を収監できてしまうその神経が怖い。怖いのはこういった直接的な怖さだけではなく、それが一人の警官ではなく、官の組織である故に、民族としての怖さに結びつくからだ。

法を守るべき人々・組織が、罪も無い人を罪人に仕立て上げ、ムショにぶち込む。そしてそれを一応は報道するけれど、さして大事件とも権力の横暴とも取り上げない。こういう民族の体質を見せ付けられてしまうと、かの国が主張する南京大虐殺というのも、日本人自身が、内心、数はともかく虐殺はやっていただろうなと思ってしまうのだ。

公には口に出さないまでも、日本人自身が日本人を最も信用できなくなってしまう、コレが怖いのだ。

さて、拙ブログの基本姿勢は、「何事も絶対とは言い切れない」だ、だから過去ログにもあるように、例えばニュートンが引力を発見し、モノは落っこちるから今のところ引力はあるのだろうと考えるが、引力が絶対とは断言しない。

なのに、何故この事件に関しては冤罪と断定するのか、それは正確には限りなく冤罪と思うということだけれど、これをフツーの日本語表記にすれば「冤罪だ」となる。つまり地球の引力を信じて疑わないように、この事件も冤罪である事を信じて疑わないのは、冤罪を疑わせる事実は有っても、冤罪ではない事を思わせる証拠つまり真実を示す証拠が見当たらないからだ。

そして先に述べたように、この手の冤罪疑惑事件では情報が不足していて、ひょっとしたら被告側の情報過多かなとの疑惑を否定しきれない面があるのに対して、この事件では、そんな深いレベルの話ではなく、1足す1は2だよね、といったような簡単明瞭なロジックが破綻しているからだ。

例えば、学童を乗せて道路出ようとしたバスが、1メートル以上のブレーキ痕を残すなんてことは、ありうるだろうか。車は動力性能に関わらず少なくとも一般道のブレーキ能力はさほど大きくは変わらない。

急ブレーキで車輪がロックするのはロックできる能力があるからで、故にこの事故の場合、バスだろうとフェラーリやポルシェ級だろうとブレーキ能力に差はない(ABS云々などと突っ込まない事、そういう次元の話ではない)。

ところがブレーキ痕が1メートル以上付く速度に停止かから達するには、クルマによって相当の差が付く。GTカーならともかく、たかだか道路を横切る程度の距離で、バスがそんな加速できるか?

アナタのクルマで停止からわずか10メートル程度で急ブレーキ踏んで1メートル以上のブレーキ痕が付くか試されたい。先ずスタートダッシュで激しくホイールスピンしタイヤ痕が付くはずだし、バスにそんな運動性能が無い事ぐらい誰にも想像付くだろう。

このバスは中学生22人を乗せ、後輪をスピンしながら発進し、道路を半分横断したところで1メートル以上タイヤをロックさせ急停止? すげーっ、漫画の世界だ。

加えて証人の数々。もう何をかいわんやだ。司法当局がコレだけ疑われているのだから、せめて、被告サイドが掲げた公開質問には答えられそうなもの。警察が答えないということは答えられないつまり、インチキだと思わざるを得ない。

■国家による自国民の拉致

この事件を総括すれば、国家による自国民の拉致といえよう。北朝鮮に日本人が拉致されたと、多くの人々が集い、大事件として騒いでいるが、自分の国が国民を拉致していることにはトンと無頓着なのはどうした事だろう。

これでは、北の拉致を騒いでいても、所詮ファッション、解決などしやしないだろう。

なんとも、腹立たしく、やるせない。

本日コレにて。クソッ!

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コメント

ペンタクロス様、コメントありがとうございます。

>モノワカリのよいマスコミ」も共犯です。

同感です。
いくらマスゴミといえども、これは異常だと思います。

とりいそぎ
よろしくお願いいたします。

投稿: ベンダソン | 2008/10/26 00:36

ペンダソンさん、お久しぶりです。
この「警察犯罪」の動機は、高知県警がどうもここを密かに白バイ高速運転訓練場にしていたことにあるようです。おそらくそれがばれたら大変とばかりに「違反者すり替え」を指示。それを他の権力組織が総力を挙げて支えたという図式です。
結果、高松高裁柴田氏をして「第三者だからといって証言が正しいとは限らないので、証言は不採用」といわしめた恐怖裁判にまで発展してしまいました。
仕組んだ関係者は、「国家権威を護るためなら多少の犠牲はやむを得ず」とかなんとか理屈をつけて己の良心を誤魔化していることでしょう。「モノワカリのよいマスコミ」も共犯です。

投稿: ペンタクロス | 2008/10/25 14:24

とし様、コメントありがとうございます。

ホント、この事件はやるせなく、またブログで騒ぐしか出来ない自分の無力が情けなくなります。

片岡さんが収監されるのを黙って見ているだけなのですから、結果として、自分も加担しているような、後味の悪さが付きまといます。

警察が、社会秩序の維持に役立っているのは事実ですが、それはあくまで、警察が気に入った範囲であって、正義感からではない。

皆、ハッキリと口には出さないけれど、任侠を気取った日本最大の暴力団と思っているのでは?まあ暴力団とは言わないまでも紙一重、悪事を見ても気が向かなければ取り締まらないし、お気に入りならお目こぼし、逆にふとした弾みで気に入られないと、簡単にしょっ引いてしまう。そんな印象を持ってしまうのではないでしょうか。

知り合いの警察関係者は立派な方が多く、個人個人は皆、正義感から警察に身をおいているのでしょうが、身近な警察官から聞く話では、警察の正義感を最も疑うのも警察官。

アメリカから押し付けられ、表面的には民主主義国家を装っていますが、中身は時代とともに後退し、北朝鮮以下かもしれません。北は金オヤブンが独裁者然として正直ですが、この国では、権力者のおめがねにかなった範囲では民主主義や公平性があるので、分かりにくい分、悪質かもしれません。

投稿: ベンダソン | 2008/10/25 01:04

この事件は、朝日系列のテレビ局で何度も冤罪の可能性について取り上げられていましたし、テレビ朝日自体も、その冤罪について取り上げていました。
なのに、他のテレビ局はともかく、テレビ朝日でさえも、片岡さんの収監を報道にできないということは、おそらく、テレビ朝日自体は、やり方はともかく、真相報道はやれる方だと思うので報道したかったのでしょうが、何らかの圧力がかかってできなかった。そして、他のテレビ局は報道そのものをする気がなかった。と思います。
あと、何といっても今回のことでやるせないのは、ありきたりな意見だとは思いますが、片岡さんの一件によって、多くの子供たちが大人の、特に官に携わっている大人の人格をまったく信用できなくなってしまったことです。
すべてじゃなくてもいいですが、人生における最低限における規範とならなければならない大人が、最も恥ずべきこと(筋を通せないこと)を、己れの身を守るために、子供たちの前でもさらけ出した。
これは片岡さんのことうんぬんという話以前の問題です。民主主義国家に生きる人間としてどうかしている。
私は「失われた10年」「就職氷河期」のどちらにもかぶる世代なので、これからの世代には、自分たちのような思いはしてほしくないと思っています。
人は先人を敬うべきあって、先輩を敬うのではない。
形はどうあれ、「生きた」人間の生き様にを尊重し、「生きている人間」の欠点を反面教師にすべきです。
生きてる限り同じ土俵に立っているということを若者には理解してほしいです。
何か世話になったときに、目上に人には感謝をして、目下の人には感謝をしなくてもいいなんてことは絶対にありませんから。
「先輩に向かって」とか「上司に向かって」とか言う言葉は、本気で受け止めなくて良いと私は思います。
それができたら、今の若者の方が、よっぽど立派な『大人』です。

またきます。

投稿: とし | 2008/10/24 21:36

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