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2008/10/17

橋本さん、「急がば回れ」のPIなんだけど

2008101600000449fnnsocithumb000 大阪と京都を結ぶ国道の建設予定地になっている大阪・門真市にある保育園の畑で16日朝、大阪府の職員らによる行政代執行がおこなわれた。例によって、芋畑の収穫まであと2週間何故待ってくれないのかと、涙ながらに訴える保育園側職員と父母(?)と橋本知事の淡々とした会見が対照的にクローズアップされ、アオリの構図は整っているが・・・。

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn/20081016/20081016-00000449-fnn-soci.html

<引用開始>

大阪府、国道建設予定地の保育園のイモ畑撤去 橋下知事「4月10日からお話ししている」

大阪・門真市にある保育園の畑で16日朝、大阪府の職員ら100人が、畑を掘り起こす行政代執行を行った。これについて、橋下知事は「4月10日からお話をしていた」と述べた。
この土地は、大阪と京都を結ぶ国道の建設予定地になっている。
保育園では、20年前から園児がサツマイモなどの農作物を栽培しているが、土地の明け渡しをめぐり、大阪高等裁判所で裁判が続いている。
保育園児が楽しみにしていたイモ掘りは、2週間後だったが、大阪府は16日朝、行政代執行に乗り出し、園児たちの農作物を次々と掘り起こしていった。
保育園の保護者は「子どもたちの夢を奪わないでください。おたくら、子どもいないんですか?」などと抗議した。
なぜ2週間待つことができなかったのかについて、大阪府の橋下知事は「2週間遅れると、だいたい6~7億の通行料の損が出てきます。じゃあ、そのイモ掘りのために、損害の部分がどうなるんだというところを考えると、やっぱり4月の10日からお話をさせてもらっていたということになれば、逆に、僕から言わさせてもらうと、なぜ2週間早く、イモ掘りをしていただけなかったのかと」と話した。
園児たちの農作物は、およそ2時間ですべて掘り起こされた。
大阪府では、2010年の完成を目指し、道路の建設工事を進める方針。

<引用終り>

さて、この問題、

園側の主張は「あと2週間、園児が楽しみにしている芋の収穫まで伸ばせないのか」

対して、

府の主張は「2週間で6~7億の通行料の損が出る」

というもの。

ドコに価値を置くかで、評価はガラリと変わる。

反権力、園児がかわいそうといった、情緒的な判断に立てば、代執行けしからんとなるし、代執行の必要性を冷静に考えれば、そんなに芋ほりが大事ならば2週間早めればよいではないかと、至極当然の処分となるだろう。

両者或いは両者の支持者が公に議論したならば、6億円の損害を誰が負担するのかで決着付きそうな気もするが、そうなると、現に損害が出てもいない予測にすぎない損害を議論しても事実の証明は困難だから、これまた堂々巡りだろう。

そう、どこまで行っても、この手の問題は、論議の対象となっている事象は同じでも、論議する視点と価値観が全く異なるから、絶対にかみ合わないのだ。

この構図は、代執行のような強大な権力の執行といった場面だけではなく、我々の回りで日常的に怒っている。例えば、開発やマンション建設の紛争がそれだ。開発者側の論理は「適法」であり、住民側は「地域にふさわしいか」であり、論理やルールに対する情念との対立となる。

だから、地域住民の要望は階数を減らせといった形で決着する事が多いが、そんなことで住民たちが主張している住環境保全には、たいして寄与しないことは誰もが分かっているだろう。だから、ほとんどやられたからやり返さないと気が収まらないといった嫌がらせに終わる。

こういった不毛の対立を出来るだけ回避しようと、東京都は昭和53年7月に、「東京都中高層建築物の建築に係る紛争の予防と調整に関する条例」を制定した。要は、事前に計画内容を住民に周知させ、話し合いによって調整しようよというもの。行政は当事者の申出に応じ、あっせん又は調停を行い、建築紛争の迅速かつ適正な解決を図るのだ。

これは、言い出せば不満もあろうが良く出来た条例で、その後全国に広がっていて、読者諸兄の地域にも類似した条例があるだろう。このように身近な住民間の紛争に関しては、積極的な自治体ではまちづくり条例などを制定しているが、その一方では、全く無関心な自治体もある。

特に、「公共」対「住民」の事業つまり公共団体自身の事になると、案外これがいい加減というか適当なのだ。「民」対「民」に対しては、紛争予防のために条例を定めているが、「民」対「公共」となると法として明文化されてない。(憲法16.17条はあるが、ここで言うのはもっと具体的手続きの話なので念のため)

で、道路建設などでは、延々と反対地主とそれを造る公共団体との紛争が続いている。いい加減に気付けよと言いたい。というか、真面目にやったら?だ。では、制度として全く改善されてないかというと、そうでもなくて、それがパブリック・インボルブメントといわれるものだ。

パブリック・インボルブメント(以下、PIという)とは、政策形成の段階で人々の意見を吸い上げようとするために、人々に意思表明の場を提供する試みの事をいう。よく言われる住民協働はその例だ。

元々は、アメリカの交通政策や都市計画に取り入れられた手法で、1950年に改正された連邦道路法の中で、連邦高速道路が市や町を通過する際に公聴会を開催するよう義務づけたのが始まりだ。その後、1991年に陸上交通効率化法が成立してから、現在の形で盛んに行われるようになり、このころから日本でも叫ばれ始めた(ように記憶しているが・・・?)。

だから行政体の中では、PIとか説明責任なんてのは、既に当たり前のこととして認知されており、実際にも、例えばインターチェンジの設置要綱など、明文化されている。だから一定水準以上の行政職員ならば、これ、当たり前の事として認識しているけれど、そうでもない職員も少なからず居たり、何より議員センセ達がまったく勉強不足なようだ。

で、そういう無知な行政関係者やPIの必要性を知っていてもメンドクサイからととぼけてしまう行政職員達は、従来通り、計画を強引に押し進めてしまうのだ。強引というのは正確ではないな、いい加減といった方が正しいだろう。いい加減な計画をいい加減に進めた結果が強引になるのだ。

この大阪府の例も、計画段階で充分な説明と意見聴取を怠った結果だと思う。恐らく関係者は、いやちゃんと手続きを踏んだと言うだろう。だが、その手続きについて、いったい、一般市民がどれだけ知っているというのか、ほとんど周知させないためのペテンとも思える手続きなのだ。

例えば、都市計画法では都市計画決定手続きの中で、2週間の公告縦覧期間を設けて、意見書提出を制度として定めているが、日本人の一体何パーセントがこの事を知っているだろうか。これは都市計画法に限らず大店立地法でも同じだ。(環境アセスメント関係が少し進んでいるが・・・)

そもそも公告縦覧といっても、役所や出張所に計画書が2週間ポンと置かれ、それを見て意見があれば文書で出せというわけだ。公告縦覧については、広報などにチョコッと書いてあって、よほどエキセントリック人でなければ気が付くまい。

これには住民の側にも問題あって、「保育園が開園しました」とか「保険料徴収が変わりました」といった実生活に直結した広報には関心を示しても「○○都市計画についての縦覧」などという事にはトンと興味を示さないからだ。

一般に、事が現実になって、もう後戻りできなくなってから大騒ぎするというのが現状だろう。だからといって、後で騒ぐ住民が悪いといっても、現に住民にしてみれば寝耳に水であり、それが特殊な例ならともかく、日本全国いたるところで起こっている以上は、きちんと説明責任を果たしたとは言えまい。

昔、子供のころ、手袋を反対に発音しろと言われ、「ろくぶて」と言うと、じゃあ6回打つねとぶたれる遊びがあったが、行政のやり方はこれに似ている。手続きとして、公告縦覧しても、その周知をほとんど市民にわからないようにやっているのだから。

この前提にあるのは、市民はアホだから既成事実を積み上げていけば、騙せるだろうと言うことだ。だからいい加減な計画をいい加減な手続きでドンドン進め、既成事実化してしまうのだ。ところが、事業が始まり土地の収用が開始されると、地主達は財産権の侵害だと騒ぎ始め、そうは問屋が卸さない。

こういう事を延々とやっているのが、日本の都市行政だ。この犯人はいい加減な計画を立て、いい加減に推し進めてきた人物なのだが、何故か責任を問われる事がなく、常に目先に居る人々がいつも批判のターゲットになってしまう。

この大阪の代執行でも、現場で代執行を行う職員に、園側の人々は抵抗し抗議していたが、彼ら職員には代執行する義務はあっても取りやめる権限はないから、違反車両を追いかけるパトカーにスピード違反をするなというようなものだ。

つまり、原因を作った人間は土俵の外に居て、何の責任もない人々がターゲットになっている。この構図に問題があるのである。

件の道路は橋本知事就任以前に計画決定されているから、知事としては、これを実現化する義務がある。もしこの保育園の主張が正しいなら、このような計画を立案した人々に責任があるはずだ。

そして何よりも、その責任を追及してもしなくても反対する地主は反対し、既成事実だけが積みあがった今となっては、手順の正当性を主張する行政と、内容を問題視する住民の主張は全くかみ合わないのだ。

で、こういう繰り返しの反省から日本でもPIが導入されたはずなのに、未だに住民を騙まし討ちするような既成事実を積み上げていくやり方が横行するのは、ひとえに犯人には絶対に責任追及の手が及ばないからだと思う。

この大阪の道路を例にとれば、計画段階できちんとしたPIを怠った当時の部局職員達とそれを許した監督責任者がそもそもの元凶なのだ。恐らく彼らは、2~3年で部署を代わり、連綿と受け継がれていく中で、右から来たものを左に流して行ったのだろう。

人々の生命財産に大きく関わる計画でありながら、日本人は形にならないものには関心を示さない傾向があるようで、これがソフトに弱い日本人の弱点として言われるのだろう。だがそれが自分の首を絞めているのだから、ここいらで日本国民も計画の重要性について本気で考えてもよいのではあるまいか。

ここで、時代錯誤というかスゲー地域の実例を挙げておこう。場所は埼玉県蓮田市、筆者の良く知る人物が住む街だが、ここにスマートインターチェンジが出来るという事で、国土交通省に採択された。

ところが、当の地域住民はほとんど知らされておらず、反対運動が起こり、市は説明会を開催した。国土交通省の要綱では、地元住民に対して説明責任が果たされている事を採択の要件としているので、国がルールを破ったか、市が国に嘘をついたことになる。

そこで、疑問に思った住民が、今まで住民に説明をしていない事を国土交通省は知っているのかと聞くと市は伝えてないと言う。つまり国に嘘の情報を与え採択させたのだ。そして今後の説明は住民代表と行いたいとも。それでは住民説明にならないではないか。

このやり取りの録音を聞いたとき、思わず絶句してしまった。も、一つ絶句したのは、住民達は全員に説明しろと要望しているにもかかわらず、住民代表への説明を自治会役員達が受け入れてしまう事。それならばと地域に住む専門家が代表の一員になろうと手を挙げると排除してしまったと言うから、第三者の耳で判断すれば、市とつるんでいる印象は否めない。

堂々と、国を騙した事を言い、地域の有力者(?)が専門家を排除する事といい、怪しい事この上ないが、この地域ではそれが通ってきたのだろう。

自治行政を、あまり法で縛り上げるのは自立を妨げかねないが、こういう民度の低い自治体があるから、個別の要綱などではなく、法としてPIを義務付ける必要性を実感する。

日本の都市計画法は、かつて計画高権という言葉があったくらいで、憲法に保障された私有財産権すら及ばない(ように受け取る人も居る)強大な権限を有する法律にも関わらず、その決定プロセスは実にいい加減で、PIの規定が無い。

条文化が困難かといえば決してそんな事はなく、アメリカ、イギリス、フランス、いづれも法を定めている。要はやる気と民度の問題だろう。だがそういう高度な議論はともかく、現に、全国各地で紛争が起き、事業がストップしているのだから、法の規定があろうと無かろうと、首長たるもの、行政に関わる者はすべからく慣習のごとく身に付けて欲しいものだ。

本日、これにて。

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