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2009/03/10

先が読める茶番劇

よく幼稚園児とかで、先が分かりきったストーリーに、園児が喜んでいるのを見る。正に子供だましというやつだ。だからオトナには勿論受けない。こんなんで受けるのか、まあカワイイてなもんだろう。

■遅れた国

これ、オトナがやったらどうだろう。ま、フツーそんな光景は見られないが、時折、後進国とおぼしき国では見る事が出来る。我々には子供だましにしか見えない芝居が大受けだったり、素人芸丸出しのマジックが奇跡扱いされたりするのを見ると、なんとまあ遅れた国なんだろうと思うものだ。

■民度

さて、今回の小沢代表秘書逮捕騒動を見ると、正にこういう子供だましのような民度の低さを見せ付けられるようで脱力してしまう。毎度毎度の決まりきったやり方で、それに相変わらず人々は乗せられてしまうのだ。これを茶番劇という。そして他国から見れば民度の低さを嘲笑されるだろう。

■お決まりパターン

では何が茶番か、それは決まりきったパターンで、先が読める事だ。前エントリーに書いたように、①「関係者逮捕→検察の無謬神話=確たる証拠があるに違いない」⇒②「風評報道→次々証拠が発覚?→容疑者は極悪人?」⇒③「人格報道」→「え、そんな人だったんだ、やっぱりね」⇒④「スキャンダル報道」→「トンでもねえヤツだ」というお決まりパターンだ。

ココには正義とか真実追求の姿勢なんて微塵もない、あるのは愚劣で卑しい心根だけだ。

これ、順を追ってチョイ説明しよう。

     関係者逮捕⇒「検察の無謬神話=確たる証拠があるに違いない」

■誤ってない事にしてしまう

この国では、逮捕されたらオワリだ。人間の判断に「絶対に間違えない」はありえないが、この国では政府の無謬性は絶対条件となっているから、「司直の判断に誤りは無い」のだ。「私はウソをつかない」と言えば嘘つきだが、警察や検察が言えばそうではない。だから誤った場合は、誤ってない事にしてしまうしかない。そう思わせる事が多々ある。

■警察は謝罪しない

例えば耐震偽装事件で逮捕された多くの関係者がそうだ。これは説明すると長くなるので省くが、もっと分かり易い例を挙げれば、松本サリン事件だろうか。逮捕された河野さんは、結局被害者であった事が分かったが、いまだに警察は謝罪してない。やってる事(=河野さん逮捕)にマチガイは無かったというわけだ。

■逮捕される人間は悪人に違いない

で、人々はどう反応するかといえば、こういうのは特殊例という判断。実は私もそう思う。あくまで特殊なミスだと思うし、実際、日本の警察は、あるレベルまでは世界一信頼できると思う。だから逮捕される人間は悪人に違いないと思ってしまうのだ。

■検察を怒らせては何をされるか分からん

ところが、一方では戦前の特高のイメージも根強く、公正なのは権力と何の関係も無い事件の場合であって、権力と関係すると不公正であったり、睨まれたりすると職権乱用されてアブナイと大多数の人が思っているのではないか。

さて、心の中で思っている事は、一寸したところで本音が出てしまうものだ。今回の事件で、自民党や検察OBの面々が、「国策捜査などと検察を敵に回すのはどうかと思う」あるいは「ケンカしてどうする」と言っている事がそうだ。つまり裏を返せば、検察を怒らせては何をされるか分からんぞバカじゃないの、という訳だ。

■検察は絶対正しい?

誰一人、これこれこういう理由で国策逮捕ではないとは言わない。ただただ当然のごとく検察を詰るとは何事か、検察は絶対正しいのだとの前提で、モノを言うのである。異常だ。

正義とはそういうものではないだろう。ドロボーが野放しなら被害者は警察に文句言ってケンカになる、これは当然だ。警察を怒らせたからドロボーは放免なんてバカな話は有るまい。まして身に覚えの無い逮捕であるというならば文句言わない方が怪しい。

■根拠無き反論

ナントカ大臣が、国策捜査はあり得ないと言っていたが、アタマの程度を疑う。疑惑に対する答えが、「疑惑は無い」、では全然答えになってない。根拠無き反論は「バカって言うほうがバーか」式子供のケンカだ。少なくとも19人が同じ事をやっていて1人だけしょっ引く不公正さが国策捜査だと理由が指摘されているのだから、その理由に対してキチンとした客観的事実を述べて反論しなければ、「私の言う事は正しい、何故なら私は神だから」と言ってるようなもんだ。アホか。

■人々の心に植え付けてしまう

ちと、話が横道に逸れた。要するに国のやる事、検察のやる事にマチガイは無かろうとの無謬神話が人々の根底に有る一方、パクられたらオシマイという恐怖も同居しているのだ。だから「確たる証拠も無しに逮捕はするまい」或いは「パクられたら何でもかんでも有罪だろう」と言った思いが心の奥にあるものだから、「コイツはヤッタナ」とか「犯罪者に違いない」と言う思いを人々の心に植え付けてしまうのだ。

小沢代表の場合は公設第一秘書タイホの「タイホ」だけで、9割がたは犯人に違いあるまいと印象付けられたはず。

②風評報道→次々証拠が発覚?→容疑者は極悪人?

■客観的事実は一切示されない

次に来るお約束が風評報道だ。根拠なんて何も無いから客観的事実は一切示されないの特徴だ。ただひたすら「、こんな証拠があった、関係者がこんな事を言っている」から始まり、具体的数字は出来るだけ大げさに報じる。

例えば、「企業献金の請求書が有る」と報道するなら、その請求書写真を見せれば、一目瞭然なんだが決して、そういう明確な報道はしない。自分の足で調べた事実なら示せるはずなんだが。耐震偽装事件の時も「偽装を指示したメモがある、録音がある」と言うならそれを見せるが再生すれば一目瞭然だが、ついぞ出てこなかった。

■言葉の言い回し

てゆーか、言葉の言い回しであたかも請求書があるとスゲー悪事に聞こえるが、そもそも企業に献金をお願いする事って悪い事? 悪いのはそれを個人で受けた場合じゃないのかね。確かそういう論点だったと思うのだが、違うのだろうか。落ち着いて考えると原因と結果が1対1で繋がってない。

■ベースを変えて比較

で、稀に具体的事実があると、グラフの下をカットしたり、個別と総量をごちゃ混ぜにしたりといった具合にベースを変えて比較したりする。例えば小沢代表の献金額は総量で表し、他の議員のそれは1年とか1回の額で比較する。「三つの政治団体に献金を分散させる仕組みを作り上げた。これまでの献金総額は約3億円にのぼる。」とは3月6日3時9分配信 読売新聞の記事だが、期間が一切書いてないから3億円だけがアタマにこびりつく。

■ありのままに報道する事はそんなに難しい?

つまり3つの団体で10年間とすれば、1団体年間1000万円だ。10数年間と報道するところもあったから、もし15年なら年間670万円だ。長々とした記事を書いているのだから、ちゃんと書いたところでたいした事ない、表にしたところで3列(団体)×10行(年)の表だ。ありのままに報道する事はそんなに難しいことなんだろうか。

■相対論

献金が、あたかも常識はずれであり疑惑であるかのように書かれているが、では自民党諸氏の政治資金はどうなっているのか。医師会や経団連の献金は?小沢代表だけを取り出して、あたかも、ほらこんなに酷いですよと言われても、相対論なんだから他を示してくれなければ判断できないではないか。

■世論調査が誘導

とまあ、こんな感じで次々と、新しい「証拠」が「発覚」し、やっぱりねえと思わせる。だが、その証拠はほとんど最後まで人の目に触れることなく、証拠があるという事だけが報道される。

その結果、小沢代表は辞めるべきとの世論調査が誘導されるのだ。

■一旦誘導されたらオワリ

小沢党首秘書逮捕事件では、犯行を裏付ける証拠が次々と出てきている印象を、大多数の国民は感じていると思うが、それは印象だけであり、誰も具体的証拠を映像として目にしてはいない。逆に自民党議員の政治資金収支報告書には西松建設の住所が書いてあり、明らかに違法献金を裏付ける証拠が映像として流れている。

だが、一旦誘導されたらオワリ、人々は深くは考えない。ハッキリ証拠がある方は話題にならず、誰も証拠を見てない小沢代表側を問題視する。人々のその根拠はいったいなんなのだろう。

③「人格報道」→「え、そんな人だったんだ、やっぱりね」

■間接的証言

そして、毎度お決まりのパターンは、間接的証人の顔を隠した証言だ。ウソかホントか確認する術は視聴者にはない。数々の事件報道で登場する関係者証言のうち、一体どれくらい法定で証言されたのだろうか。TVで報道される関係者は、常に音声も名前も仮だから、風評だけが印象付けられる。

■極悪人と決定

ではどういう風評か?あたかも事件の核心のごとき報道もそうだが、これで容疑者が極悪人と決定付けされると、次に来るのが、極悪人を裏付ける人格報道だ。「いつも人を怒鳴りつけていた」「まるで天皇だった」「誰も逆らえなかった」「ベンツを乗り回し」「贅沢な」等々、もうお決まりだ。

■極悪人イメージの加速

ちょっと考えると、こういった報道は事件と何の関係もない事が分かりそうなもんだが、既に極悪人のイメージが定着してしまうと、極悪人イメージをさらに加速してしまう。私のベンツなんてポンコツ軽自動車より安いが、何かの容疑を掛けられたら、「ベンダソン容疑者は高級外車を乗り回し・・・」となるのだろう。

小沢党首秘書逮捕事件では、まだそれほど出てきてはいないのが救いだが、「田中角栄、金丸信の手口を熟知している」「政界の強面」「錬金術」等々、これから流されてくるだろう。

④「スキャンダル報道」→「トンでもねえヤツだ」

■愛国無罪

散々風評報道され、極悪人イメージが完全に定着すると、仕上げはスキャンダルだ。こうなるともう、寄ってタカってのバッシングだ。相手は極悪人だから何を言ってもかまわない。愛国無罪だ。何でもスキャンダルにされてしまう。そしてお約束の愛人報道だ。うらやましいと思わないではないが、だから何だといつも思う。それと事件がどう関係するのかとね。もっとも、あの顔では幸か不幸か、スキャンダルには縁がなさそうだが・・・・(失礼!)。

■成功する茶番

さて、以上が毎度行われる茶番の構図だが、なにより情けないのは、茶番が茶番通りに行われ、成功してしまう事だ。思考停止した人、考えるのがメンドクサイ人には、いくら目の前に起こっている事実を示し、或いは説明しても、それが複雑であれば、見えていても見ないし、考えもしないからだ。

■複雑に見せれば考えない

たとえ単純な問題でも、複雑に仕立て上げてしまえば、人々は考えようとはしなくなる。だが、小沢氏の献金問題は、決して複雑な問題ではない。①表向きは政治資金規正法違反容疑、本音は②見返りがあったか否かだろう。

     表向きは政治資金規正法違反容疑なら、西松建設のダミー政治団体から献金を受けた19人(22人?)全員が同罪だ。全員やってる事に何ら変わりがないどころか、自民党は利権に最も近い政府与党だ。第一、明らかに西松建設からの献金を知っていた証拠がある。検察が言う「証拠が無い」はおかしな言い訳だ。言うなら、「見つかるまで探します」だろう。

     見返りがあったか否かについては、見返りによって罪が構成されるだろう。収賄、斡旋利得等々。だがココで明らかにおかしい点に気がつくべきだろう。それは小沢代表は政府与党ではないから、いかなる権限があるのかだ。

■ありもしない権限

もともと、ありもしない権限があったかのように報道されて、何となく小沢代表が、口利きをしたかのように思われているようだが、もしそうなら、小沢代表から口利きされた相手が西松建設に何らかの利益供与をした事になる。

■先ず発注担当者

とすれば、その構図の中には小沢氏は与党ではないから権力が介在しない。つまり個人的なアドバイスなり頼みの類だ。そんな事が罪になるのだろうか。そんな事があるとするなら、先ず発注担当者をしょっ引かなければおかしい。

■権限の証明は?

つまり、西松建設が公共工事を受注するに際して、私が口利きしようと、小沢代表が口利きしようと、他人への強制力では同じで、もっぱら話を聞いた相手側の判断なのだ。その役人が西松建設を指名に入れ、そして入札で仕事を取ったから口利きと言う論理だが、いったいどれほど関与できる権限が、小沢氏にあったと証明できるのだろうか。

■官房副長官のトンデモ発言

あの、何を言ってるかお分かりいただけるだろうか。これ、当の小沢氏の行為ではなく、仮に小沢氏の話を受けた人がいたとして、その人の解釈なり判断次第だと言う事なのだ。この理屈で言えば、官房副長官の「捜査は自民党に及ばない」との発言は、真偽はともかく記者諸氏はじめ聞いた側ががそう受け取った以上トンデモ発言となる。

■何もしないでくれ

とはいえ、多額の献金をするのだから、何らかの見返りを期待しての事とは誰しも考えるだろう。ではその見返りとは、以上を考えれば、小沢代表に何かをしてくれではなく、何もしないでくれという頼みではないだろうか。

もっとストレートに言えば、不正をやるかも知れないが、小沢さんあんまり追及しないでくださいな、という意思表示だ。もしこういう事実があったならば、誉められた事ではないが、取り締まられる話でもない。

そんな事したら、地方自治体では未だに談合が横行しているから、国会議員はおろか、県会議員も市会議員も日本全国議員は全員逮捕だ。

■害毒を撒き散らす新聞報道

ところで、今回はかなり、今までとは違って報道各社様々な反応なのが少し救いだ。記者クラブという談合組織でぬくぬくの新聞はどうしようもないが、TVのワイドショーでは各局のメンタリティーの差が、かなり浮き彫りになっていて面白い。そして今回の件では、改めて新聞報道が報道として機能しないばかりか、害毒を撒き散らす困った団体である事が確認できた。

■感想を書いているだけの新聞

10チャンネルではコメンテーターが国民は冷静になれと言っていたが、こういう反応は今まで余り目にしなかった。少なくとも、自分の足で稼いだ証拠映像を見せているから、何もブツを示さないで、ただ感想を書いているだけの新聞よりは数段上だ。

■クズ情報に乗ってしまう人々

誰かが逮捕されれば、よってたかってバッシングというのが今までのパターンだが今回は少し、違っているようだが、その一方では、相変わらず思考停止というか、ウソかホントか分からないクズ情報が垂れ流しされ、それに簡単に乗ってしまう人々にはガッカリする。

■未開の土人

これでは、未開の土人と変わらないではないか。あるいは幼稚園児並みということなんだろうか。ゼロは幾つ集めてもゼロ。中身が空のティッシュはタダの空き箱、100個貰っても1000個もらってもゴミでしかない。ゴミの山を見て喜ぶのはオツムが弱い人だろう。

■自民党への巨額献金が何故問題にならない?

ダミー団体からの献金がいかんというなら、19人全員がいかんのであって、金額の過多ではない。小沢代表の献金が突出してるというなら、経団連その他の企業からの自民党への献金額は?或いは議員諸氏は個人献金だけ?パーティも個人?自民党への巨額献金が何故問題にならない?

なんと言う白々さだろうか。この白々しさ。誰も文句も言わないところは、正に未開の土人社会だ。ちなみに、経団連からの自民党への献金は30億円だ。規模が大きいとはいえ1団体から30億円だ。その他大企業から別口で何千万円もの献金が行く。これを自民党議員で山分けするわけだ。佐藤のぶあき氏を例に取れば、約5000万円が自民党から流れていく。

http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/kanpo/shikin/20080912g00202/pdf/20080912g002020124.pdf

■佐藤のぶあき議員の場合

佐藤のぶあき氏は、耐震偽装事件当時の国交省事務次官。立候補に先立ちパーティを開いて資金集めをしたが、参加者はゼネコンとかの業界関係者だった。当選後の政治資金収支報告書において、水門談合へ関与した財団法人理事長を始め、寄付者の大半を「会社員」と記載し、虚偽記載が問題となると、修正を表明した。

■モノを考えよう

ご近所のオッサン達に言いたい。も少し、ほんのチョイでいいからモノを考えようよ、とね。世論調査では、小沢氏が説明責任を果たしてないとの意見が大多数のようだが、記者の質問に全て答えている。実際のところ渦中の人物が「入院」もしないで堂々と受け答えた事が今まであっただろうか。

■マトモに答えないほうが良い

かたや同じ献金を受けた自民党諸氏は、逃げ回ってばかりで、誰一人記者会見をしていない。記者会見をして質問には全て回答した小沢代表が説明責任を果たしてないと非難され、逃げ回っている自民党諸氏は不問?じゃマトモに答えないほうが良い。

■パブロフの犬

国民は、まるでパブロフの犬のごとく「分からない、納得できない」と条件反射で言っているとしか思えない。質問に全て答えているのに、それでも分からないと言うなら、それは回答者ではなく、質問者が悪いと言う事ではないか。

ふう、まだ言いたい事あるが、今日は(も?)かなり取り留めなくなってしまったので、とりあえず、本日ココまで。

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PS:ところで、私は小沢代表が清廉潔白だとは思ってない。叩けば何らかのホコリが出てくるに違いないと思っている。では支持しないのかというと、よけい支持する。そして民主党もだ。この辺の理由を次回お話しようと思う。

それにしても、この事件では、自民党の愚劣さがあちこちに露見していて、益々どうしようもない政党なんだなと思う。なのに、何故麻生内閣の支持率が上がるのだろうか?

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コメント

SHOUINN様、コメントありがとうございます。

小沢氏に対する評価は、人夫々色々あると思いますが、ココはおっしゃるように、先ず小沢氏を勝たせなければ、日本に明日は無いですね。

勝たせた後で、首にはできますが、勝たせなければ日本がダメになる。ダメになってからでは麻生も小沢もありませんので。

とりいそぎ

投稿: ベンダソン | 2009/04/19 13:37

そのとおり、よく言ってくれた。このまま捨て置くわけにはいかん。子や孫に安心して暮らせる普通の国を残すために、ここは小沢を勝たさねばならぬ。腐れ自民と官僚の悪事を許してはならない。日本人よ眼を覚ませ、世論操作に乗る野次馬はやめよう。

投稿: SHOUINN | 2009/04/19 07:16

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