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2009/05/22

世襲の何が悪い?

小泉二世が、自民党公認をもらえず無所属出馬とか。民主党が候補者の世襲議禁止を打ち出したもんだから、オトオットと言うわけで、自民党も右へ倣えとやったのだろうが、民主党の政策が全て正しいとは限らない。

けれど、もしこの「世襲禁止」が正しい事とすれば、民主党が掲げる事で、自民党が真似たということは、これこそが2大政党政治による民主党効果と言えよう。もし自民党政権がこれまでのように安泰であったならば、民主党が何をほざくか、とばかりに無視したはず。

実際、民主党がマニュフェストを掲げるまでは、自民党政治家の掲げる公約なんて、守らないことが当たり前だった。かつて子供のころのベンダソンの印象では、守りもしない公約を掲げて、それで当選してしまうなんて、オトナはバカ?と思ったもんだった。

それが、2大政党政治になってからは、少なくとも大っぴらな公約違反は少なくなったように思うが、コレ思い込みだろうか?ただし、地方政治では、相変わらず公約違反は当たり前のようだ。

自民党は完全に政党としての自信を失ったようで、民主党が掲げる政策は何でも国民受けするからと思ってか、すぐにパクるが、時にはそれも良し悪しだ。正しい政策ならば、たとえ民主でも自民でもよいから、じゃんじゃん実行すればよい。だが、民主党が掲げたからといって全て正しいとは限らない。

ちったあ、自分の頭で考えたら?とも思う。自分の頭で考えた施策ではなくホンネとは裏腹なもんだから、形式的には2世議員に公認を与えないとしながら親の選挙基盤を受け継いでの無所属出馬を認めている。当選の暁には自民党というのがミエミエ、頭隠して尻尾隠さずみたいにホンネが丸見えになっている。

そもそも、何故議員の世襲がいけないのだろうか。この問題、「世襲」という言葉に反応してはいまいか。正しくは2世或いは3世議員だ。全ての議員は選挙で選ばれているから、誰一人世襲なんてしてはいない。それなのに、あたかも親が代議士であったからその地位を引き継いだかの様に錯覚を起こしている。

ともかくも世襲だろうが2世だろうが、親の基盤を受け継ごうが継ぐまいが、選挙を経て当選し議員になっているのだから、いったい何が悪いと言うのだろうか。そりゃ、引き継ぐ基盤も何も無い中で選挙戦を戦った議員にしてみれば、2世議員は楽をしているなあ、不公平だなあという思いは分からんでもないが、それだけの事ではあるまいか。

ことさら、法や規則で禁止するべきことなんだろうか。こういうことを不公平というならば、世の中ほとんど全てにある。上場企業といえども社長の世襲はいくらでもあるが、社員の投票による社長就任なんて聞いたことも無いし、株主総会だって役員会決議を承認する程度であって、株主の投票で社長を決めるなんて事も余りないだろう。

選挙基盤を引き継ぐのが不公平と言う向きもあるが、その基盤だけで当選が保障されるものでもないし、親がとんでもなく悪い評判であったならそれも引き継いでしまうではないか。あの親にしてこの子ありというように、人物評価の指標の一つには間違いなく氏素性がある。それに学歴やら話し方、人間性など諸々加味されて人物評価がなされているはずだ。

今、政界には多くの2世議員が居るが、明らかにコイツはダメだと思われる議員は少ないと思う。例えば、安倍前々総理も福田前総理も、総理としては失格だったが議員としては失格とは言えまい。

本人の能力評価の1つに学歴が有ると思うが、これを見ても2世議員には東大始めいわゆる一流大学出身が多いように思う。鳩山由紀夫も邦夫も兄弟揃って東大だし、例のヨッパライ宰相も東大だ。その他、加藤 紘一、江田五月等々、有名どころは皆東大出身である。

別に東大だから良いと言っているわけではない。だが個人の能力を推定する上での一つの指標である事は間違いない。少なくとも聞いたこと無い怪しげな大学出身よりは良いだろう。だからこそ学歴詐称が問題になる。ゆえに、2世議員候補者が怪しげな3流大出だった場合不利になるだろう。

確かに、同じ能力の候補者が居て、片方は2世となれば、当然に2世候補者の方が有利であることは間違いないだろうが、それが全てではないはずだ。こういう個人の能力と関係ない部分の有利不利を問題にしだしたら、キリがないはずだ。

例えば、政治とは全く無縁のタレント議員が知名度で当選するのはどうだろう。人それぞれに考え方があろうが、普段そのタレントを政治家としては見ていないし能力も計り難い中で、有名人が当選してしまうのはいかがなものかと思う。

有名になったのは本人の努力であるから、それは本人の資産とも考えられるが、そんな事言うなら2世議員だって親子の連携による信用と知名度だ。或いは宗教団体の応援はどうだ。皆たいした違いはあるまい。

選挙の有利不利を言うなら例えば、民主党岡田克也氏は2世議員ではないが、実家はイオングループの創業家だ。ハンパな金持ちではあるまい。たたき上げの候補者から見れば、潤沢な選挙資金がうらやましく、それだけでもとんでもなく有利に見えるはず。

だが、どんなに岡田氏に資産が有っても、おバカな2代目だったなら果たして当選しただろうか。東大学法学部卒、ハーバードに官費留学した通産官僚という経歴がモノを言っての当選であることは間違いあるまい。家が金持ちだろうと、仮に2世だろうと、この経歴の前にはかすんでしまうだろう。

もし、それを世襲禁止として、立候補の道を閉ざしてしまうならば、国家にとって大きな損失にならないだろうか。これは岡田氏個人を評して言っているのではない。いわゆる超エリートの政界進出を阻害してしまうのはいかがなものかと言っているのである。

冒頭述べたように、世襲議員と呼ばれる人々は、別に議員の地位を世襲したわけではなく、ちゃんと他の候補者と同じように立候補し、選挙で選ばれたのである。有権者は、2代目3代目であることを承知で票を投じているのであって、そこに既に民意が反映されている。

そして中には、世襲だから投票しないと言う有権者もいるはず。だから世襲の良し悪しは有権者が決める問題であって、法や規則でどうこういう問題ではないように思う。それを十羽一からげに禁止するというのは、余りにも短絡的で乱暴な話だ。

拙ブログは民主党を支持するが、だからと言って民主党の政策が全て正しいとは思わない。聞けばそれなりの理由は有るのだろうが世襲禁止は、玉に傷というか、民主党の政策としては珍しくペケだと思う。そして勿論、それを形だけ真似た自民党はもっとペケであることは言うまでも無い。

本日これにて。

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コメント

●ペンタクロス様、コメントありがとうございます。
>「国家益」を唱えながら「火事場ドロボウ」と化していますね。

う~ん、確かに。困ったもんですねえ。いくら優秀でも頭の使い方が違ってますね。コントロールがいかに大事か。良いように牛耳られ、結果的に加担している自民党も同罪です。

●nobusukegou様、コメントありがとうございます。
>「結果が悪い!」

うむ、確かにそういう傾向は自民党を見る限り、ありそうですね。

投稿: ベンダソン | 2009/05/26 19:54

ペンダソンサンこんにちわ
小沢問題に関しては、補足、反論、合いの手も不要なほどの切れ味でした。
「世襲の何が悪い?」    「結果が悪い!」
これだけははっきりしています。

投稿: nobusukegou | 2009/05/24 18:41

ペンダソンさん、こんにちは。
日本の官僚組織は明治以来の「国家主義」を継承しています。例えば「景気」といえば「個人消費は停滞しているが企業収益が上がったので景気回復」など、視点が絶えず国家指標に向いています。自殺者が増えようが老人が切り捨てられようが失業者が増えようが、結局は「国家益が高まればそれで良し」ということを訓練されています。(この極端な例は「北朝鮮」です)
ここで「優秀な官僚」とは何かをもう一度、民主社会の観点から再考すべきでしょう。
それから補正予算を仕込んだ現官僚は極めて悪質で、「国家益」を唱えながら「火事場ドロボウ」と化していますね。

投稿: ペンタクロス | 2009/05/24 14:49

らむちゃのパパ様、コメントありがとうございます。

官僚の政界員出を抑えよとの御意見は、現状解決策の一つとしてごもっともな面があると思います。ただ、それは、官僚統治が官僚出身議員のなせる技である場合かと思いますし、もしそうだとしても、どちらかと言えば対処療法なような気もします。

とはいえ、では効果的な制度改革ができるかと言えば一筋縄ではいかないのも事実ですから、私自身言ってることに、説得力無い事を認めざるを得ません(汗)。

ただ、気になるのが、病気は治ったが患者が死んだとなっては意味が無いことです。官僚は間違いなく優秀で国の宝だと思います。問題は、いくら優秀な人材でもチェック機構が働かないで野放しになれば腐敗や暴走するのは当たり前。

よって、悪いのは官僚の素質ではなく、野放しにしてしまう社会構造なので、本質的にはここを論点にすべきかと思います。その意味で、官僚の手のうちを知っていて官僚をやっつけることが出来るのは官僚出身の議員ではないでしょうか。

官僚出身の議員が行政改革を目指すならこれほど強いものはありませんが、官僚政治を増長しようとしたらこれまた最も始末悪く諸刃の刃です。要は、官僚に恐れられる政治家を選ぶことが肝要であって、それが小沢氏だったのですが、それ故官僚は全力でつぶしにかかったのでしょう。

今のところ見事、官僚にはめられたと思いますが、見方を変えれば、こんな官僚の描いた絵図通りに踊らされるマスゴミと国民より、はるかに大局観があるのも事実。この能力を上手く活かすことが政治であり、国家にとって最も必要な改革かと思います。

その実現のためにも、洗脳報道に乗せられることなく、官僚に恐れられている小沢氏の流れを見殺しにしてはならないと思う次第です。

投稿: ベンダソン | 2009/05/23 20:45

自民党の政策は、官僚主導ということもあって、国民目線でなく、第一目的が天下り団体に予算をおろすことにあるので、金だけかかって効果ゼロということが多いですね。今回、下野が視野にはいって、いろいろ民主党の政策を物まねしましたが、似ていて非なりことばかりです。
国会議員の世襲制限は、民主党が政権を取るにあたって広く議員候補に門戸を広げるために決めた自主ルールでしょうが、自民党版になると、形ばかりの骨抜きルールになるようで、さもありなんと思いました。私は、国会議員は官僚と対峙して仕事をしないとならい職務だから、官僚がなるのを制限すべきだと思います。今のように大手で官僚が国会議員に天下り当選していたら、官僚の好きなように法律が定められ、彼らの都合の良いように政治が進み自浄効果は発生しえないと思うからです。

投稿: らむちゃのパパ | 2009/05/23 12:24

Ns様、コメントありがとうございます。
駄文を重ねた拙ブログの言いたいことを、的確にフォローいただいた論理構成に、いつもながら敬服します。

この件に限らず、日本に蔓延している「結果平等主義」は、私が生理的にもっとも受け付けないものです。この典型が喧嘩両成敗でしょうか。いづれにしても「機会平等主義」が拙ブログ創設以来一貫した主張です。

その意味で、かつて小泉首相の政策を支持してきましたが、機会平等も一歩間違えてしまうと、適用する社会風土によっては強弱が増幅されそれがスパイラルとなって格差社会を生んでしまうので、セーフティネットへの十分な配慮が必要だなあと思うこの頃ではあります。

しかし、これは機会平等主義そのものの欠陥ではなく運用上の問題なので、いまだ私は機会平等主義者です。ところで・・・、

>全ての候補者に対して同一選挙区での3回以上の連続当選を禁じてもよいかなと思います。

とのこと、私はそこまで深く考えませんでしたので、ナルホドと思いました。首長選でさえこのような条例はありますし、まして地元の利益誘導を排除し、国政の観点から考えるならば、むしろ世襲云々よりも、こちらの方が優先的に推し進めるべき制度かと思いました(回数の議論など細部はさておき)。やはり出口より入り口ですね。

とりいそぎ

投稿: ベンダソン | 2009/05/23 11:45

問題は、憲法でいえば
第22条第1項「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。」
第43条第1項「両議院は、全国民を代表する選挙された議院でこれを組織する。」
第44条但書「(国会議員及び選挙人の資格につき)但し、人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によって差別してはならない。」
といったところでしょうか。

世襲制限に対して批判的な意見の根底には、制限が職業選択の自由に対する侵害に当たるということがあります。
そして、こちらのブログでは、世襲制限が結果の平等を求めるもので、不当だとの見解を採ってらっしゃいます。

ここで、憲法が定める平等原則について考えますと、機会の平等と結果の平等という2つの平等に気付きます。
偉い先生は形式的平等と実質的平等なんて言ったりしますが、要するにスタートラインとゴールのどちらに平等を持ってくるかということです。
現代の日本においては、当然に経済的・精神的自由を尊重するわけですから、これらの自由と対立する結果の平等を求めることはできません。
したがって、我々が平等という時には、原則として「機会の平等」を指します。
しかし、機会の平等が実現されていない場合は、これを満たす限度で「結果の平等」もありえます。
例えば、低所得世帯の学生に対する奨学金や身体障がい者に対する受験上の措置などです。
確かにこれは持たざる人に対する財産・能力の補充ということになり、結果の平等を実現しているといえますが、あくまでも機会の平等を満たす限度であることは広く理解してもらえるでしょう。

さて、ここで問題点を整理します。
選挙に関することなので、国会議員とは誰の代表なのかをまず検討し、その後で世襲制限の妥当性について考えたいと思います。

まず、国会議員を「全国民を代表する」とする意味です。
ちょっと歴史的な説明で申し訳ないのですが、近代ヨーロッパの議会は都市代表・騎士身分代表のように特定の身分・集団から派遣されることがありました。
しかし、当然ながらその集団に拘束されて会議体としての機能が十分でなかったようです。
そこで、市民革命後には、議会に出席する代表に対してそういった拘束を受けない「自由委任」することが近代議会制の基本原理とされたのです。
すなわち、議員は、どのような選挙方法で選ばれようとも、全ての国民を代表する者であり、全国民のために行動することが要請され、同時に、選挙区民が求める支持がいかにあろうとも、自らの意見を表明し、表決を行う権利を有するとされたのです。
本来は、党議拘束との関係があり、私自身は憲法にも記載のない政党なる存在からの党議拘束は議員の権利を侵害すると考えるのですが、別論になるので、ここでは政党は国民の意思形成過程の一つとして容認しておきましょう。

国会議員がどの選挙区から選ばれようと、全国民のために行動することが要請される(義務ではないところが微妙ですが)ということを前提として、次に選挙のあり方を考えます。
選挙のあり方についての規律は憲法にありますが、それは選挙のあり方を法律事項とする(別途法律で定める)もので、不当でなければ何でもありといってよいでしょう。
実際には特定の党派等に有利な区割りを防ぐため、行政区と選挙区を一致させているようです。
また、現在の公職選挙法の条文上(さらっとしか読んでませんが)、立候補に必要な被選挙権に年齢以外の制限はなさそうです。

つまり、国会議員たる資格には法律の許す最大限の自由が認められ、また同時に、国会議員には自由な立場で全国民のために行動することが求められるというのがここまでのまとめということになるでしょうか。
また、憲法44条但書にあるような差別(不当なものに限る)は許されないことになります。
ただし、国会議員となる自由も、憲法第14条第1項が定める法の下の平等に基づく「機会の均等」、憲法第22条第1項が定める「公共の福祉」による制限は受けるものと考えられます。
ここで「国会議員になる自由」の性質なんですが、国会議員は思想や信条との関係性が深いので、精神的自由として憲法第29条による保護も受けるのかという問題があることに気付いたのですが、個人的には精神的自由としての保護の必要はないと考えています。
というのも、話は選挙における世襲制限であって、世襲・非世襲に関わらず自由な意見表明が公職選挙法で認められている以上、世襲制限の効果は、職業選択の自由に対する規制に過ぎないと考えるからです。
したがって、世襲制限が問題となるかどうかは、機会の均等を害するか、もしくは公共の福祉に反する場合ということになります。

そこで、やっと本題に辿り着いたのですが、世襲の何が問題とされているかです。
一般的に地盤(支援者・組織)・看板(知名度)・鞄(資金)の三バンが付いて来ると言われます。
では、これらは機会の均等や公共の福祉に反するでしょうか。

まず、機会の均等についてみれば、世襲であっても不当ではないでしょう。
つまり、国会議員に立候補するというスタートラインに立てるかどうかは、まさにベンダソンさんが仰るとおり所与の条件によるのであって、全ての国民を選挙に出馬できる条件を整える義務はないはずです。
仮に供託金1億円だというならば、それは実質的に不当な制限でしょうがね(笑)
そして、この観点からは、地盤・看板・鞄のそれぞれが他者の機会を奪うことはないでしょう。
したがって、機会の均等という制限は受けないことになります。

では、職業選択の自由が受ける公共の福祉による制限という観点ではどうでしょうか。
この点、職業選択の自由は経済的自由と考えられていて(精神的自由としての保護が不要だと考えていることは前述)、制限を受けることがあります。
判例では、昭和47年の最高裁判決で、社会公共の安全と秩序の維持を目的とする消極的規制と、福祉国家的理想の下における社会経済政策の実現を目的とする積極的規制とを分けて考えています。
そして、前者に対しては、立法府が裁量権を逸脱し、当該規制が著しく不合理であることが明白である場合に違憲とし、後者に対しては、立法目的に対してより制限的でない手段をとったかどうかで違憲判断がなされます。
学説では、この区別は相対的に過ぎないし、どちらかに分類できないものも多いので、厳格な基準で判断すべきとすべきとするものもありますが、総じて立法目的と手段の合理性があれば、一応その規制に合理性はあるといえるでしょう。

つまり、世襲制限によって何を防ぎたいからどのような規制をするか次第ということですね。
この点で言えば、前記三バンのうち、看板への規制は意見表明自体の制限につながりかねないですから、まあ無理でしょう。

地盤についても、支援する側の信条という点では規制は難しいでしょう。
しかし、国会議員が全国民の代表であるという点を強調するならば、地盤の制限を法律で定めることは可能だと思います。
田舎の町議会議員選挙のドロドロを見てしまった者としては、癒着を防ぐために同じ地域のかぶる選挙区からの立候補を1期に限り制限する政策はありかと思います。
ここはその人の考え方次第でしょう。

また、鞄についても、本来ならば規制する必要はないはずです。
ただし、これは議員の資産だった場合です。
現行の法制度では、政治団体の引継ぎによって、(もともと税金を取られていない)政治資金が、相続税も贈与税も負担されることなく被世襲議員から世襲候補者へ移転しています。
これを法律で認めることも、ここまでの議論でいけば合憲ということになりますが、全国民の代表だった人が集めた(稼いだのではなく)資金を、当選するまでなんでもないただの人が受け取ることには疑問を感じます。
もちろん、この鞄の移転を制限することも法律的には可能でしょう。

以上の通り、世襲制限は、地盤と鞄について可能である、というのが私の見解です。
その先は、それこそ政策論議ということになるでしょう。
ベンダソンさんの意見とは異なりますが、「全国民の代表」という観点を重視して個人的な意見を言うとすれば、世襲制限はあるべきではないかなと思います。
ただ、もう一歩進んで政策論議をして欲しいこと、国会議員のベースに政党があることを加えて考えれば、全ての候補者に対して同一選挙区での3回以上の連続当選を禁じてもよいかなと思います。
すなわち、全国民の代表たるために特定の選挙区だけに留まることを禁じることが必要で、そのとき政党がベースにあることを考えれば、選挙区を移る労力も減るだろうということです。
もっとも、政党ベースで考えると前任者の支援者と癒着することもあるでしょうが、候補者の当落が不安定なうえ支援者の利益が比較的短期にしか及ばないこと、及び変化のきっかけにはなることから、今よりちょっとはましになるかなと思います。

今回も長くて申し訳ありません。
長すぎましたら削除をお願いします。

投稿: ns | 2009/05/23 04:07

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