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2009/06/08

無くそうとしないから無くならない冤罪

もう、この国では国家の機能が正常には働かなくなってきてしまったように思う。国民は納税その他の義務を果たし、その代わり公共の福祉に反しない限り国家に身の安全その他基本的人権を守ってもらう。これ当たり前だろう。

法に違反してないのに、とっ捕まり牢屋に入れられてしまうなら、そんなの法治国家ではない。日本は民主主義の法治国家のはず。ならばそんなこと起きようはずがないが、冤罪若しくは冤罪疑惑は一向に後を絶たないどころか、益々ひどくなってきているように思う。

では警察・検察官は、冤罪で無実の人を陥れて平気な悪党ばかりなのだろうか。だが実際に接する彼らは、善人ばかりに見える。ちょうど兵士一人ひとりは優しい善人でも軍隊として行動すると残酷な殺戮を行うように、組織に組み込まれると色に染まるのかもしれない。

これ、ひとえに自民党長期独裁の弊害の最たるものと言えよう。これと言った特定の個人が権力を行使続けてないから一見独裁政治には見えないが、長期政権は確実に制度疲労、国家組織の腐敗を生み出し、民主主義からどんどん遠ざかっている。

帝銀事件など、かつての冤罪疑惑事件には、容疑者の側にもそう思われても仕方無い要因が有った。だが御殿場事件や高知白バイ事件、植草教授逮捕など近年の冤罪疑惑は、どう考えてもでっち上げにしか見えないものが少なくない。

感覚的には、戦後民主主義が占領軍によりもたらされ、昭和までは、民主主義を守ろうとしていたが、平成になり一人当たりGDPが世界一になったあたりから、国は妙な自信から不遜になったようで、民主主義の後退が始まったように思う。

先ずは足利事件を例に、無くならない或いは無くそうとしない冤罪について考えてみよう。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2009060590140330.html

<引用開始>

「可視化」足利事件受け焦点に 法相「全面導入難しい」 取り調べに支障

200965 1403

 栃木県足利市で一九九〇年、女児が殺害された「足利事件」で、無期懲役の刑執行が停止された菅家利和さん(62)の釈放を受け、森英介法相は五日の閣議後の会見で、捜査手法の見直しに触れ、取り調べの全面的な録音・録画(可視化)の導入について、現段階での検討は難しいとの見解を示した。民主党は全面可視化を求めており、裁判員裁判の開始を前に可視化の問題が大きな争点になりそうだ。

 森法相は、可視化の導入に「全面的に義務付ければ被疑者に供述をためらわせて取り調べ機能を損ない、真相解明に支障をきたす。現段階では全面的に容認する方向での検討は難しい」と述べた。足利事件では、DNA鑑定の問題に加え、捜査段階で菅家さんに自白を強要した疑いも浮上している。

 足利事件と同じ精度の低いDNA鑑定が有罪の決め手となった事件として、九二年に福岡県で女児二人が殺害された「飯塚事件」がある。実行犯とされた久間三千年死刑囚は無実を主張していたが昨年、死刑を執行された。弁護団は名誉回復の意味合いが強い死後再審の申し立ての準備を始めている。

 森法相は、飯塚事件を再検討するかどうかについては「個別事件のことは控える」とした。

(東京新聞)

<引用終わり>

■疑われているのは「被疑者」ではなく「取り調べ」

アンダーラインを引いた部分、要は可視化が取り調べに不都合というわけだ。何故可視化が求められているかと言えば、言うまでもなく自白偏重とそれがもたらす冤罪が後を絶たない、つまり自白の信用性が問題となっているからだ。疑われているのは「被疑者」ではなく「取り調べ」なのである。

■嘘つきは真実を嫌がり、被害者は真実を望む

もっと簡単に言えば、自白は嘘か本当かというわけだ。本当に自白したか否か論点なんだから、そのプロセスを正確に記録すれば済む話だ。当然に嘘つきは正確な記録を嫌がり、嘘をでっち上げられた被害者(=被疑者)は望む。そして取り締まる側が真実記録を嫌がっている。これでは、「被疑者」、「警察・検察」どっちが嘘つきもしくは嘘をつこうとしているかは明らか、なんとまあ正直だこと。

■主語を入れ替えれば分かり易い

ちなみに御用新聞と目される産経ではこうなっていた。取り調べの効果を十分にあげるためには全面的な録音録画は支障になる。いろいろなご意見があって、総合的な検討は必要だが、現時点では(可視化を)容認する方向の検討はしにくい

赤字の部分を、「詐欺」とか「脅し」、「インチキ」その他諸々の人を陥れる悪事に置き換えると、日本語として分かり易い。いい加減な御用新聞のことだから、「取り調べの効果を十分にあげるためには・・・」という大臣発言の信憑性は当てにならないが、本音が前面に出ていて面白い。

■私は嘘つきですと言うロジック

いづれにしても、一国の法務大臣が、こういう私は嘘つきですと言ってる様なロジックで、可視化を否定してしまうところが、なんとも国民をバカにした話だと思う。国民は皆アホと思っているのが自民党の精神風土なんだろうが、おそらく自分達がアホだから他人(国民)もアホだと勘違いしたのかもしれない。自分を基準にモノを考えるのは、良くある過ちではある。

記録と公表がごっちゃ?

それにしても、可視化反対の理由が「全面的に義務付ければ被疑者に供述をためらわせて・・・」と言うのは、スゴイ。と、ここまで書いていったん1645分頃アップしたが被疑者と被害者を読み間違えていたことに気付いた。以下は書き直しだ。被害者でもおかしな理屈が、マサカの被疑者では正気の沙汰の発言とは思えない。(30分後に以下を書き直してアップ)

もし本気で言ってるならば、この大臣、記録と公表をごっちゃにして「可視化」を「すべてユーチューブで流す」と勘違いしてるんじゃないか。

■噴飯モノの理屈

いづれにしても、いったいぜんたい、何故可視化で被疑者が供述をためらうのか、誰が説明できるんだろうか。そも、被疑者の為というなら被疑者が望めばOKではないか。人をウソの自供で冤罪に仕立て上げておいて、アナタの為だから・・・とは、たまらん。

■真実を記録する限りは違いが無い

だいたい可視化は取り調べ方法や内容とは無関係な単なる事実の記録に過ぎない。自供や証言を本人以外が文章にするのと、そのまま映像で記録するのとでは、前者に嘘の可能性があるが後者にはその可能性が無いことが違うが、真実を記録する限りは両者に違いが無い。

■被疑者に不利な嘘をつけなくなるから可視化は困る?

それなのに、可視化によって被疑者が供述をためらうとすれば、文字の記録と可視化の記録に何らかの違いがあって、それが被疑者に不利と言うことになる。そしてその違いは、虚偽の記録が可能か否かだから、答えは明らか。警察・検察が嘘をつけなくなるから可視化は困ると言うこと以外に無い。

■単なる守秘義務違反、でもリークは警察検察のお家芸

もしも可視化によって「被疑者に不都合な供述(証言)」がマスコミなど第三者に分かってしまうとすれば、それは、可視化の問題ではなく単なる守秘義務違反だし、証言ならいづれ裁判で明らかになる。だがリークは警察検察のお家芸だ。そうなのだ、どの角度から見ても警察・検察は嘘つきだから、真実が記録されると困ると白状しているに過ぎない。

■これからも冤罪をでっち上げます

繰り返しになるが、疑われているのは「容疑者」ではなく、「警察・検察の行動」なのだ。さらに、その疑われている行動を公開せよとも言われてない。ただ正確に記録を残せと要望されているに過ぎない。にもかかわらず、その疑われている当事者が、疑いを晴らすどころか、正確な記録を嫌がるということは、これからも冤罪をでっち上げますと言ってるようなもんだ。

■誰が正義の番人?

だから、明らかに冤罪と分かっても、警察・検察は謝罪しないのだろうか。そう思われても仕方ない様に思う。最終的には警察・検察の人間性の問題だと思うが、だとすれば、この国ではいったい誰が正義の番人なのだろうか。どうにもやりきれない思いがぬぐえない。

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コメント

世捨て人様、ブログ立ち上げ、おめでとうございます。

早速読ませていただきましたが、私と同じ題材を取り上げても、私にはは無い視点が迫力に満ちた考察になっていると感心しました。また、拙ブログまでご紹介いただき、光栄です。

継続は力です、その力を信じ、同じ冤罪被害者を生まない社会づくりにお役立てください。以前ならば、こんなアドバイスはしませんでした。警察・検察に楯ついて狙われたら、その先どんな仕打ちが待っているか危険極まりないと思うからです。

ですが民主党政権となり、取り調べの可視化が実現すれば、ねつ造は相当にやりにくくなるでしょう。そういった危険性はかなり減ると思ったので、ブログによるアナタの主張展開をお勧めした次第。

とはいえ、警察・検察の危険性には変わりないので、多くの支援者が付くまでは、身元が割れないようご注意ください。

御自身の冤罪を具体的に言えば、当局に身元がわれるし、言わなければ、分ってもらえない。そういうジレンマがありますが、先ずは多くの人から注目される事が身の安全となりますので、この辺が決断する時期の分かれ目でしょう。

投稿: ベンダソン | 2009/10/11 18:54

ベンダソン様

ご理解、ご助言、ありがとうございました。
ベンダソン様のご助言で、拙いブログを早速ですが始めてみました。
こちらに投稿させていただいた文章を転記しただけの未完成のブログで、今後どこまで出来るか分かりませんが、とりあえずやってみようという気持ちにさせていただいたこと感謝いたします。

ご迷惑でなければたまに覗いていただけると嬉しく思います。


「だから冤罪は無くならない ・・・不埒な日本の刑事機構・・・」
http://en-zai.blogspot.com/

投稿: 世捨て人 | 2009/10/11 16:06

世捨て人様、コメントありがとうございます。

冤罪によって、大変な思いをされたようですね、心中察して余りあります。

>逮捕→拘留の後、起訴ということになれば、裁判が始まってもいないその時点で有罪確定間違いなしということになります。

確かにその通りでしょうね。そして世間もそのように見るでしょう。中世の魔女裁判を思い出します。魔女の嫌疑をかけられると、麻袋に詰められ鎖で縛って井戸の投げ込む、そんな状態で脱出できたら魔女に違いないと言う訳です。

日本の刑事裁判の根っこは、これとたいして変わりないように思います。狙われたら最後ですから、お気の毒としか言いようがありません。そして、有罪となって服役したとなると、第三者には冤罪の結果とは分りませんから、今ここに貴兄が書かれたことも、実は誰にも冤罪であったとは分りません。

ですから、その悔しさを広く世間に訴えていってください。以前には、いくら悔しくても一個人には到底なしえなかった事ですが、今はネットがあります。是非ともご自身のブログを立ち上げ、その悔しさを広く世間に訴えていかれる事をおすすめします。

投稿: ベンダソン | 2009/10/11 12:04

過去に無実の罪で冤罪を着せられ、服役した経験を持つ者です。
したがって、冤罪が無くならない理由は身にしみるほどよく分かっています。
すでにご存じのことも多々あるかと思いますが、私が思うこと、この場に書かせていただきました。


私が思うに一番問題なのは日本の刑事機構の不埒さです。

一般市民は警察官や検察官は正義の味方なのだと疑いもしないと思いますが、それは大きな間違いで、彼らのお仕事は犯罪を成立させることなんです。
彼らにとって捜査とは、事実を解明することではありません。

もしも、なにかの理由でひとたび嫌疑をかけられると、日頃見慣れた交番勤務等の穏和なおまわりさんとは全く違う顔の警察官に接することとなります。

起訴できる事件だと判断すれば、彼らは牙をむきます。
こちらが無実だと主張すれば、彼らは「それを証明しなさい」と言う。
それを真に受けて、すがる想いで無実である根拠を彼らに話してしまうと、彼らはその根拠に対して法廷でどう対応するかの対策に全力を注ぎます。
過去に露見した事実が証明しているように、時には証拠のねつ造や隠匿までするのです。
つまり、助けてくれると思っていた正義の味方であるはずの彼らに、それとは逆に自分を有罪にするための材料を与えてしまってるだけのこととなります。


また、彼らは起訴前に弁護士が介入することや、被害者に対する示談交渉を極度に嫌がります。
それは彼らにとってせっかくの事件をつぶされてしまうからです。
被害者宅に示談交渉に行ったら、「警察から示談はしないようにと言われている」と、すでに手を回されているような例はいくらでもあります。
示談という解決方法が、被害者にも加害者にも最良の解決策であるにもかかわらず、正義の味方の警察官にそう言われたら、大抵の被害者はそれに従ってしまうのは間違いありません。


日本の刑事裁判で無罪判決が下されるのは1パーセントにも満たないのが現実です。
これはものすごく異常なことではないでしょうか?
したがって、逮捕→拘留の後、起訴ということになれば、裁判が始まってもいないその時点で有罪確定間違いなしということになります。
味方になってくれるのは弁護士のみ、(その弁護士にもよりますが)
もし身に覚えのないことで逮捕されるようなことがあった場合、裕福な被疑者(起訴前の身分)であれば、逮捕された時点で自分の嫌疑を晴らすために私選で弁護士を雇うこともできますが、そうでない人は起訴された後に国選弁護人の面会を待つことしかできません。
それでは後の祭り、残された救いは少しでも量刑が軽くなるのを祈るだけです。
警察・検察を合わせて数十人から数百人の取調官に対して、しょぼくれた国選弁護人たった一人の援護では勝負になるわけがありません。


ほとんどの刑事裁判では、法廷検事と呼ばれる訴訟専門の検察官が同じ法廷を終始担当しています。
したがって裁判官と検察官は、顔見知りの馴れ合いもいいところ、
どこの地方でも裁判所と検察庁はお隣どうし、場所によっては同一庁舎内または同一敷地内に裁判所と検察が同居しており、いわゆる仲良しのご近所さんなのです。
裁判官は検察官が言うとおりに判決を出しておけば間違いないだろう・・・と考えているはず、
公務員特有の「間違いで責任を取らされるようなことは避けたい」そんなお役所体質で検事のいいなりになって有罪判決を下すのでしょう。


「疑わしきは罰せず」、あるいは、「疑わしきは被告人の利益に」・・・そういう大原則があるにもかかわらず、情況証拠だけで有罪判決が量産されているのが現実です。
彼ら司法関係者は、「疑わしいけど直接証拠が無いので罰しません」・・・もし、そういうことになってしまうと、おそらく治安が低下するとでも思っているのでしょう。


最近の度重なる冤罪の露見に、彼らは責任を取れるとでも思っているのでしょうか?
国家の賠償だけで済ませるのではなく、不当な捜査を行った取調官には、例外なく特別公務員職権濫用罪(刑法194条)を適用し、刑事処分にするべきです。
証拠の隠匿だのねつ造だの、どう考えても犯罪であるとしか言いようがありません。
親方である日の丸が責任取ってくれちゃうから、公務員が無責任な仕事に終始するのは当たり前、冤罪がなくなるわけがありません。


今後もまだまだ冤罪は発覚していくと思います。
彼らはいずれ、発覚しそうな冤罪の事実をもみ消すようなことまでやりかねない気がしています。


まだまだ言いたいことは多々あるのですが、長文になってしまい大変失礼いたしました。

投稿: 世捨て人 | 2009/10/10 22:45

前回なんて書いたっけ?様、コメントありがとうございます。

私も、アナタと全く同じ経験を学生のころしました。
当時、勤労学生だった私は夜、ガードマンをやりながら学校に通っていました。

ある日、バイクに乗り交差点で一時停止してしばらく走ると、バイクに乗ったおまわりさんが追いかけてきて、その先の交番まで付いて来いとのこと。

なんだろうと思い交番に行くと、いきなり一時停止しなかっただろうと切符を切るのです。納得できないは私は、抗弁すると、後から来たパトカーの警官も参加してサインを強要するので、それではよってたかって脅迫ではないかと言うと、当の警官を残してサッと引き、オイ、もういいじゃないかとその警官をたしなめました。

あ、これで放免かと思ったら、もう書類書いたから取り消せないと言うではありませんか。その警官はだいたい現場にもいなかったのです。いたら一時停止は勿論、親子連れを避けるためしばらく停車していた様子も見ているはずですが、現場の状況すらその警官は言えません。

納得できない私は延々3時間粘りましたが、勤務時間が迫って来、このまま粘るなら勤務にも行けないぞ、サインをすれば罰金で済むんだからさっさとサインしたほうが得だろうと言われ、ついにサインをしてしまいました。

正義の味方と信じていた警官が、わずかばかりの点数稼ぎのため違反をデッチ上げ、勤務に就かなければ代役がいないため、会社にも警備先にも多大な迷惑が掛かるという人の弱みに付け込んでサインを強要するなんて想像も出来ませんでした。

あのときの悔しさは今もって忘れることが出来ません。お気持ち、よく分かります。

投稿: ベンダソン | 2009/06/14 22:29

聞いた話です。

私の友人、当時某銀行員で車で顧客訪問してる途上、
ふらふら運転のバイクが前方におり、
どうみても爺さんが気を失っているようだったが
時間はタイトであり、大きく避けて追い抜いた。

追い抜いてからルームミラーを見ると、
後ろを走っていた車とそのバイクがぶつかったのが見えた。
車から降りると、バイクの爺さんは意識がなく、
ドライバーの女性はフルフル震えていたと言う。

すべてを目撃していた彼であったが、
複数の顧客との面談の約束をこなさなければならないため、
証言することを約束し、名詞をおいて立ち去った。

夕刻、銀行に警察官が尋ねてきた。
用件は、事故の検分書にサインしろ、だけであった。
内容は、前方不注意の女性がバイクを跳ねたことになっていた。
この内容は間違っており、これではサインはできないと突っぱねたが、
執拗にサインを要求する警察官。
上司の支店長が割って入り、仕事に差支えがあるから、サインをしてしまえ、との指示。
しぶしぶサインをして、警察官は帰っていった。

良心の呵責がある彼は、担当の警察官に電話すると
彼女は、死亡事故を起したとして、その晩、逮捕されたそうだ。

書面優先で処理するから、冤罪がなくならないのでは?


今度は私の話だが、
学生時代、一時停止違反で反則金を払ったことがあった。
警察官は、一時停止違反を目視したわけでなく
私のバイクのエンジン音だけで判断した模様。
その頃は冬であり、チョーク(アイドリングの回転数を引き上げる装置)をひっぱていた状態で走っていた。
一時停止はしっかりしていた。
サインはしないと、はっきり言ったが、
警察官は、「違反切符は書損扱いはできないんだ」とサインを強要してきた。
学生時代の私は強要に負けて、違反をしていないのに、サインをしてしまった。

今、思い出しても、ものすごく悔しい。
冤罪を受けた人の悔しさは如何ばかりかと思う。

投稿: 前回なんて書いたっけ? | 2009/06/14 21:21

皆様、コメントありがとうございます。

>灰野鉄馬様
「車の運転は、気が抜けません。正義も執行も気が抜けません。」、この表現、いいですね。その通りです。気が抜けません。うかうかすると、すぐに悪党どもがはびこる。目を光らせましょう。

>かなぶん様
文面からすると、被害者なのに警察官から殴られ、告訴も妨害されたと言う事のようですね。事実ならばとんでもないこと。でも、いかにもリアリティがあり、騒げばただじゃすまないとの思いが募り怖い。お気の毒さまでした。

>taka_19682002様、
子供にもバカにされそうな屁理屈を言うのが、この国のレベルかも。話は少しずれますが、自衛隊は軍隊ではないと言うのはその典型。誰が考えてもありえない屁理屈も、堂々と主張すると通ってしまうようです。

投稿: ベンダソン | 2009/06/12 09:07

こんばんは。
全可視化で困るのは
「不正な事をしている側だろう」というのは,
子供でも容易に想像がつく事です。
信頼関係がどうたらこうたらというのは,
全く以て意味が不明です。

>■私は嘘つきですと言うロジック
全くその通りだと思います。


投稿: taka_19682002 | 2009/06/11 01:18

ベンダソン様こんばんは!

統制社会に向かっているようにしか見えませんね・・・・。

もっと恐ろしいのは、ほとんどの大衆が気が付いていない事が一番怖いです。

今までは、マスゴミや有識者が権力の暴徒に立ち向かっていたらしいですが、これからは一人一人の国民が危機を認識して声をあげないととんでもないことになりそうです。

やはり競争原理の働かない業種は自ら自滅することを、見事に実証してくれました。苦笑

彼らは、自分達の仕事の何がオカシイと非難されているのかさえ理解できていないように見受けられます。

ベンダソン様だけにしか通じない話で申し訳ありませんが、一昨年私が交通トラブルで殴られた時の刑事の対応は酷いものでした。
病院に行くか?なんて問いかけもせず。
納得いかず、逆に病院に行きます。と言って署を出ようとした私を廊下でドツクは、とんでもない対応をされた事を思い出します。

被害者であるはずの私に、刑事は恫喝して告訴をさせない方向に仕向け、調書作成はお決まりの「この鉛筆で書いた痕をボールペンでなぞれ」で終わりです。笑
  

但し、この強面の刑事が来るまで(交番の制服組には)相手は殴った事を認めませんでしたが、「オメー手だしたんか~!?」の迫力で相手は「ハイ・・・」と認めたことも確かです。笑

まー、ワザト殴らせた訳ですが。笑

酷い対応でございました。
脳みそ筋肉刑事さんは、果たして調書とってあるのでしょうか?
丸めて「ポィ」とかされてそうですね。笑

ええ、警察って相手見て対応変えるらしいですよ~。

私が、スーツを着て紳士に振舞えばこの対応はしなかった事でしょう!
まさかあのコ汚い作業員がこんな所にコメントするとは夢にも思っていないことでしょう!!笑

投稿: かなぶん | 2009/06/11 00:17

こんにちは。

・被疑者に不利な嘘をつけなくなるから可視化は困る?

取り調べ可視化をマニフェストに入れてるのは民主党。自民はこの件に関しては対案も無くただ反対。人権を唱えるが、相当数の幹部が検察に入り込んでいる公明党は、どんな姿勢をとるのか。今のところ民主に入れるしかないと思っています。

・誰が正義の番人?

車の運転は、気が抜けません。正義も執行も気が抜けません。一旦は「こんなシステムでよかろう」と思ってはじめても、時間の経過によりグジャグジャになります。「正義の執行は、警察、検察(裁判所)におまかせ」というのはもう無理だと思います。市民がアクションを起こし、監視し、随時道を正していく時代でしょう。これからは、正義の番人は市民です(本当は昔からそうだったはずだが)。

投稿: 灰野鉄馬 | 2009/06/10 12:59

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