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2009/08/02

四方山話

今日の話は、取り留めない四方山話だ。なので時間つぶしにお読みくださいな。でだ、私は自分で言うのもなんだが、昔はスゲー頭イイと思ってた(何を言うかと思えば。てことは今はバカ?・・・思い当たる節はあるな=自爆)。高校はいわゆる進学校で、当時の同級生の何人かは結構高名な学者だったり、書店に行くと今や売れっ子の作家で平積みされているのもいる。へーとも思う。

で、自分はというと、妙に自信だけは有ったもんだから、某国立大学の法学部(とは入学時には言わないが)に入ってはやめ、私立の工学部にも足を突っ込んだり。でもそこも教授をさんざんバカにしてやめたりと、まあ根気がないと言うか飽きっぽい(今思うと単に根性が悪いだけかも)。

で、結局長続きしないのだけれど、中にはそのころの付き合いで物好きなのがいて、妙に私に関心を持ってくれる友人がいたりして、時々接触がある。それが学者だったり官僚だったりするが、いづれも今や結構な地位だ。へたれブロガーの小生とは住む世界が違う。

ところが、極たまに彼らと話をすると、世間のイメージとは違って、結構真面目なんで驚く。先輩の中には大臣をやったのもいるし。何を好き好んで政治家になるんだろうかと思うが、いづれも長続きしない点だけは私と似ている。

面白いもので、友人として個人的に会うときは、ほんとクソガキの時のまんまなんだが、たまたま自治体のオエライさんを紹介しようとすると、とたんに秘書とのメールのやり取りになってメンドクサイことこの上ない。日程調整から始まって、お時間は?人数は?となる。ま、別にかまわんが、一回のメールで済むだろうとも思うが、偉くなるってことはこういうことか。

ところが私自身はただのクソオヤジだ。でも何故か、今述べたかつての交友関係とかのご縁で、結構高名な政治家と鍋をつついたりする機会が時にはある

と言うと、皆さん料亭かと思われるかも知れないが、フツーの居酒屋だ。現職大臣ならばそんなこと不可能だろうが、たとえ総理候補に名が上がっても、大臣を辞めていればSPも付かないし、居酒屋で飲んでいても、別に誰も気にも止めない。(ホントは気にしてるのかも知れないが)

ついでに言うと、大臣にはSPが付くが事務次官にはSPも何にも付かない。実際に国を動かしているのは次官であることはだれもが知っていることなんだけれども、そういう仕組みは知っていても次官の顔なんてフツーは知らないからという事なんだろうか。

場末の居酒屋で次官と飲んでいるなんて事があっても、勿論誰も気付かない。ある意味平和な国だと思う。

で、思うのだけれど、例えば、大臣をやるとすると(知事でも良い)、官僚や側近職員はどう反応するかと言えば、品定めというか、上司の大臣や知事が人事権や指揮命令権を持っていても、きちんとした理屈が無ければ命令には結局従わないと言うこと。

で、今や官僚として結構な地位にいる友人もやはり同じ事を言っていた。双方同じ事を言っているのだから本当なんだろう。色々な話を総合すると、国レベルはなんだかんだ言っても優秀なんだと思う。それは官僚も、国会議員もだ。

ところがそれが、地方となるととたんに痴呆になるようだ。県議会のレベルは残念ながら国会と比べると相当に低い。何をもって低いかと言われれば、ハッキリ言って人間として程度が低い。もっと言うと知能が低い。知能が低いからスゲー論理矛盾を平気で言ったりする。

で、もっと酷いのが市町村議会だ。コレは友人知人の話を聞かなくたって、自分の目と耳で確かめられる。地方議会を傍聴すると、

とにかくヒドイ。具体的には人口10万人以下の自治体職員と議員は、レベルもモラルも低い。コレ、実際に各地の職員や議員と接触して得た実感だ。阿久根市長の怒りや主張は、もっともだと思う。

地方都市の議員ともなるとハッキリいって痴呆議員と言った方が実態に合ってるとさえ思う。かろうじて日本語を話してはいるが、ほとんど論理的思考ができず、まともな議論なんてとても望み得ないし、悪党が多いのにもたまげる。

阿久根市長が、利権派議員と職員をこき下ろしていたが、あれは阿久根市だけに限ったことではないだろう。何故地方議員のレベルが低いか。端的に言って市民のレベルが低いからだと思う。勿論人口が5万10万といる中で、全てがそうとは限らないが、良識派は最大多数に飲み込まれてしまうものだ。

良識派、知性派市民の割合は、都会でも田舎でも、大都市でも小都市でも、おそらくそれほど大きな違いはないのだろうが、母数が小さければ、絶対値も小さくなり集団を形成できないから、愚劣な市民集合に吸収され埋没してしまうのかもしれない。

と言うわけで、議員も役人も国と地方では天と地ほどの品格の差があるのだ。でだ、よく族議員などと言われる国会議員は、なんとなく土建屋の手先の利権やというイメージだが、必ずしもそうではない。利権屋という面も否定できないが、それよりも国政のエキスパートとしての能力の高さを評価すべきかもしれない。

その見識と能力は、ころころ変わる大臣の比ではない。だから官僚たちは、大臣よりも族議員の方を気にするのだそうだ。大臣はいくらでも丸めこめるが族議員は知識も見識も高く、そう簡単には騙せないからだとは、官僚から大臣になった知人の言。

一方の官僚はどうだろうか。確かに政治家ほどの人間的魅力を備えた官僚は少ないのも事実だが、その能力は間違いなく高い。官僚がバカだなんて言えるのは相当なレベルの人だろう、あるいは単に口が悪いか無知な人だ。

但し超エリートだから、とんでもなく頭が良いかと言えば、実はそうでもない。そうでもないと言うのは、何か客観的指標があって言ってるのではなく、まったくの主観なんだが、想像を絶するほどの頭脳を感じさせる官僚には会ったことがないからだ。間違いなく優秀だけれども想像を絶するほどではないということ。でもコレ当り前か、そんなだったらノーベル賞だろう。

経験的に言えることは、官僚は真面目で無駄を嫌うということ。居酒屋で飲んでいる時のようにバカ話が前提のシチュエーションではそれなりにバカ話に付き合うが、そうではない場合は、極端に無駄話を嫌ってるように思う。ま、これは官僚に限らず世の常識というものだろうが、それが少しばかり厳格と言うわけだ。

だが優秀な人間が、国を背負ってるという意識があれば、それもいた仕方あるまい。官僚主導の政治と言うが、これまた仕方あるまい。政府の組閣がころころ変わって不安定なんだから、もし本当に政治家に、国家のかじ取りを全て委ねたなら、この国はとっくに破綻していただろう。

別に官僚をヨイショする気はないが、もし本気で官僚政治を打破して、議員主導の政治に持っていくならば、まずは政権安定が大前提だろう。ころころ変わる内閣には恐ろしくてこの国を託すわけにはいかない。

という訳で、話が内閣に移ってきたところで、とりあえず本日ここまで。続きは内閣の在り方について明日か明後日としよう。ではまた・・・・。

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コメント

ペンタクロス様、コメントありがとうございます。

すべて、おっしゃる通りだと思います。
取り急ぎ

投稿: ベンダソン | 2009/08/04 14:42

ペンダソンさん、おはようございます。
「無駄を嫌う官僚」が無駄遣いと指摘される税金の使い方を随分としてますね。そうするとこれは「無駄ではない何らかの意図をもった+α金」ということですか?喜ぶのは無駄遣い受益先です。いずれにしても政権交代すれば明白になるでしょう。案外民主党の見積以上に出てくるかも知れませんね。

投稿: ペンタクロス | 2009/08/04 08:15

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