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2009/09/25

八ッ場ダムを考える(2)

目下進んでいるのは、ダム本体工事ではなく、周辺の基盤整備や環境整備なのだ。その基盤整備にしても、JR移設の新駅造成工事は進んでいるが、線路はまだ移設してない。大がかりなバイパス整備は進んでいるが、これらは、ダム建設が中止になったからと言って壊すわけではない、役立つ施設だ。

ところで私個人は、原発で電力を賄わないならば、代替エネルギーとして日本中をダムだらけにすべきと考えている。故に田中前長野県知事の脱ダム宣言に、無条件に賛成はできなかった。八ッ場ダムに対しても、数年前その目的に電源開発を入れ、コンセプトを転換すべきだと関係者に提案したが相手にされなかった。

だから、記憶では平成19年の12月頃発電機能の付加が決まった時、これを前面に押し出すべきだと思ったものだ。

さて、前回のコーディネーター不在論から話がずれたが、とにかく八ッ場問題では部分観で皆が勝手な事を言っている。ある報道では、中止しても自治体に返還する金が1500億円さらに必要であると、あたかもさらに1500億円余分にかかるかのように報道していた。これまでの支出金の出所の区分が地方から国に代わるだけで、使われる税金の額は変わるわけではないのに、だ。

コーディネーターがいない事は、毎年発注されている調査の内容と成果を見ればわかる。ダムの事業は、①国のダム事業とともに②「水源地域対策特別措置法に基づく整備計画事業(水特事業)」や③「利根川・荒川水源地域対策基金事業(基金事業)」がある。

信じ難いことに、これらを統括する組織も人も居ないのだ。だから、これらの事業のうち、工事に関するハッキリ目に見える事業は物理的に重複しないが、国のダム事業と、水特事業、基金事業間にはほとんど交流が無く、お互いに何をやっているか分ってないから、調査計画の類は、同じような事が繰り返され、あるいは重複して発注されている。

その発注先は、旧建設省の天下り先だ。今は基本的に少なくなったが、これまで天下り先に官製談合や随意契約によって、税金の垂れ流しのように数々の発注がおこなわれ、それが予算を食い荒らしたのだ。このことは現物として残っているものの資産評価をしてみればすぐ判るだろう。

また、この10数年間の八ッ場に関する各種調査報告書を全て並べて、中身をチェックすれば、いかに重複して無駄な事が行われてきたか分るだろう。表紙を変えればほとんど区別がつかないものが少なくないはず。

その結果、計画自体に多くの無駄が発生し、結果として今後も無駄な工事に繋がる。例えば、地域振興施策や地域に貢献する施設として様々な施策や施設が計画されてきたが、自分の金ならばとてもこんなこと考えないだろうと言うモノが多い。

Yambaschool  例を挙げれば、学校ややんば館、あるいはいくつもの計画されている公園等は良い例だろう。12億円かけて造ったRC造の小学校がわずか7年で在校生徒がゼロになったのだ。事実上廃校だが、形式的には統合された。こんなこと簡単に予測できることだ。また同じく立派なやんば館も水没するのだ。自分の金だったらこんなことするだろうか。

(写真は、在校生ゼロになる時に、証拠にと私が撮ったもの)

Yambakan  やんば館は、現地に行けば分るが、立派な建物で常駐職員もいるが、中はガランとしていて、駐車場の一角では、農産物の直販をやっている。民間企業ならとっくに倒産だ。というか、繰り返すが、最初から水没する計画なのだ。何故そんな場所に計画するのか、場所がないなら、改修を見越して草津口駅構内でも良いではないか。どうしても今の場所ならプレハブでよいだろう。なんともったいないことか。

公園の類の数もスゴイ。ダムサイト含め八ッ場ダムの周囲には、ダム事業、水特事業、基金事業でそれぞれバラバラに公園やその類が計画され、計画されては計画・設計変更が繰り返されている。

ダムの周囲は公園だらけになるが、いったい誰が使うと言うのだろうか。バカの一つ覚えで、地域振興と環境整備の名目で、とりあえず公園を造れば、土建屋は喜び、住民も文句言わないと言うわけだ。

ひどいのは、今は計画から消えたようだが誰がどう考えたって客が来るはずのないテーマパークだったり、同じ公園でも駐車場と売店では事業区分や工事区分が異なっていたりするから、もう何が何だかわからなくなっている。

よく費用対効果と言われるが、このように一つの地域に公園が集中すると、費用対効果は、その算定式のパラメーターに競合する他の公園が入ってくるので、一つの公園の費用対効果があるとすれば他の公園のそれは低くなり、算定できないはずだ。

もっとも費用対効果なんて、もともと八ッ場には関係ないが・・・。

とにかく言えることは、誰も真面目に公共の福祉とか地域振興なんて考えて無くて、とりあえず公園らしきものを計画すれば批判をかわせると考えているようだ。今ここに書いている事は、専門的過ぎて恐らくマスコミ報道される事はないだろう。これを読んでいるアナタはかなりディープな情報に接しているのだよ。

ディープついでに言うと、3つの事業のうち基金事業が、国とは無関係の下流都県の金である。この基金事業は、もっぱら水没地域住民の生活再建が目的だ。具体的にどう使うかと言うと、下流都県が直に予算執行するのではなく、地元群馬県が住民との調整を図って、いわば代行するような形で進められる。

だから、下流都県からは予算執行にチェックが入る。その結果、基金事業で行う地域振興事業は全て黒字になるとされていると言う。だったら、基金はいらないではないか。全く吹き出してしまう論理構造だが、誰もその事に気が付かないし、考えようともしない。

実態がどうなろうと、自分に責任が来なければ良い。問題になる頃には退職してるから、書類上辻褄が合ってれば、その中身の検証は行われないから、どうでも良いのだろう。そもそもこれだけの大事業なのに全体のマスタープランを定めてないと言うところが、コーディネーター云々以前に異常だ。

ここ、特に強調したい。いいっすか皆さん!八ッ場ダムに公金が投入されている、ダム事業、水特事業、基金事業それぞれはバラバラで、八ッ場ダム事業全体を統括する

地域整備のマスタープランが無い!!!

つまり全体像を把握すること無く巨額の事業が展開されている、ほとんど悪い冗談なのだ。一応それらしいパンフはあるが、そのとおり整備しないからマスタープランではない。

これは、下流都県の責任というよりも国交省の構造的な欠陥と言えよう。そして、似たような調査設計が繰り返されているが、過去の発注金額とその成果を第三者委員会で評価してみるべきだろう。発注金額と成果にほとんど因果関係がない事が分るはずだ。

そうした会社に天下りがいるのかいないのかそれを調べたら面白い結果になるだろう。要するに、みんなで八ッ場ダムを食い物にしてきたのだ。

食い物にしてきた人々、組織、機構の中に本人の自覚の有無や、好むと好まざるとに関わらず、あるいは程度の差こそあれ、地元住民も組み込まれてしまうものだ。そうした場合、元々が過疎の山間集落であり地域の繋がりが強い場合がほとんどであるから、個人が必ずしも自由に意見を言えるものではない。

自分は反対だけど、自治会長がああいうなら、それで良いべ、と口をつぐんでしまう。村にとって良いのなら、オラとこは我慢すベイ、だ。だが、はたして八ッ場もそうであるかは、住民一人一人に聞いてみなければ分らない。

ただ言えることは、マスコミ報道だけに接していると分らないが、八ッ場の地元住民は、長野原町の八ッ場地域という一つの集落と思っているかもしれないが、実際はダム予定地をぐるりと囲む5つの集落即ち、川原畑、林、長野原、横壁、川原湯の各地区にわかれているのだ。

これら5地区はそれぞれ別々の住民組織であり、全体が強固にまとまっているようには見えない。それぞれ思惑も考え方も温度差があるのだ。老婆心ながら、これでは先の耐震偽装事件のときのヒューザーマンション住民を思い出す。

耐震偽装が明らかになったとき、マスコミに乗せられ、ただただ泣き叫んでいたマンション住民は、結局ほとんど救済されなかった。強引にヒューザーを破産に追い込んでみたら結局小嶋社長の言うとおりの資産があったが既に手遅れで、救済の種銭になったかもしれないその資金は、債権者に細かく分配され、1戸1戸には微々たる金額で、生活再建には結びつかなかった。

構造強度の比較基準が新耐震法であり、旧基準で見れば同程度の強度の建物があるにも関わらず、これまたヒステリックに取り壊してしまった。マスコミが危機を煽りまくっていたから、そういった判断も当時は一つの流れのようにも見えたが、少なくとも拙ブログは落ち着けとさんざん警告した事を覚えている。

中には、世を挙げての集団ヒステリーの中、冷静に対処したヒューザーマンション管理組合もあって、無駄な出費を抑えて、きっちり再開発等の手法で建て替えた例もあり。同じ被害者でも天と地ほど、その結果に違いがあるが、言えることは全て自分たちに返ってきたと言うことだ。

被害住民や輿論をさんざん煽ったマスコミは何の責任も取ってはいないのだ。当初マスコミは被害住民に同情するかの様に、ヒューザー悪者、被害者かわいそうと、もてはやし報道していたが、一たび世間がヒューザーマンション住民をバッシングしはじめると知らん顔、中には有名人が平然と安物買いの銭失いだと揶揄する事を報道する始末で、完全に被害者は悪者扱いされてしまった。

同じ事を、この八ッ場でも危惧するのである。大きなお世話と言われればそれまでだが、八ッ場ダム建設中止反対を、地元住民の総意であるかの様に今やたらとTVで主張し、話し合いをボイコットしている「地元住民」の意見が、本当に住民の総意なのか。

心の中で、そうじゃない!と思っている住民、ちゃんと保障してくれ条件を知りたいと思っている住民はいないのだろうか。繰り返すが、後になって輿論が住民バッシングに転じた時、マスコミは、一緒に石を投げることはあっても、決して助けてはくれないのだ。

田舎の純朴な人であろうと、都会のすれっからしであろうと、そんな事は意思表明には関係ない。後になって、純朴な田舎の人だからとて、あんときはナンも分かってなかったんだと言っても、意思表示した事は覆らない。

「マスコミに乗せられて中止に反対というのが部落の雰囲気だったけれど、本当は賛成だったんだ」と、昨日も述べたように国も下流都県も撤退した後で叫んでも、渓谷にこだまして自分に返ってくるだけだ。

国家事業を、国が強引に推し進めるならば反対にも理があるが、見返りの事業や保証は進めると言うのに、地元にメリットの無いはずのム工事を進めろと地元住民が要望する事には理が無い。もし要望するなら下流都県民だろう。それなら分るが、地元にとっては今ダム工事を止めれば、理ならぬ利が増幅して残るのだから、交渉次第でこんなオイシイ話は無いハズだ。

既に転出した人々の怒りを述べる人がいたが、これもおかしい。転出した時点で納得してのことだろう。もちろん止むにやまれずであり決して喜んでではないかもしれないし、内心は残りたかったかもしれないが、その時点での当人の判断は決着している。

その結果、八ッ場から去っていったのだから、その後は当事者ではない。そういう人々がダム建設中止に反対するならば、その理はいかなるものか。騙されたり錯誤によるものではない限り、自己の判断で当事者で無くなった事を、元に戻せと言及する事はできまい。

もしダム建設に協力したから転出したのだ、建設しないなら云々と言うならば、ダム建設も、中止も共に国家の施策だ。何故前者には協力するが後者には協力できないのか、自己の行為とその後の生活においては何ら違いはないのにだ。

と言えば、それは当事者でないものの勝手な理屈かも知れない。ならば、こうした転出した人々の元の地域は水没しないから、再び戻れるようになれば良いのだろうか。当然そうなると生活基盤や造成も元通りにせよとなり際限がなくなるだろう。ただし、本当にそう思うならば、主張すべきだろう、元に戻す事はかなりのレベルまで可能なはずだ。当然にその場合は得た補償は返さなければならない。

いづれにしても、細かく理由を言えば賛成も反対も筋は通るかもしれないが、大きく俯瞰すれば、ダムは地元の為ではなく下流都県民のためのモノであり地元にメリットがないから、地元はかつて建設に反対したはず。それ故、補償され国費の他に下流都県民の税金が地域再生の為に投入された。効果のほどはともかく、これは主観ではなく事実だから、覆す事は出来ない。

この覆す事が出来ない事実を前提に、感情論その他の細かな理由を述べても、建設を続行すべき理由とはなり得ない事は明らかだ。と申し上げたい。

私は、何も八ッ場地域の当事者住民を避難しているのではない、このまま話し合いをボイコットするならば、やがて非難されるであろうロジックを事前に予測・提示して、警告しているのである。ダム建設中止に地元の住民が本当に反対ならば、まったく大きなお世話だろう。誰かに気兼ねしたとか、マスコミに踊らされたとかではなしに、自分の判断で行動するならば、他人がとやかく言う余地はない。

だが、現状の報道がそういった地元住民の自己責任の元に行われている確証はないから、結論として一つだけ提案を申し上げたい。それは、国交省は個別訪問して、住民の意見を確認すべきだということ。

可能ならば、職員が概要を事前に知らせた後、前原大臣や副大臣がドブ板選挙よろしく、各家庭に足を運ぶのだ。水没5地区の各集落は狭い範囲にかたまっており、地区間の移動を車で行えば、各地区内の家々を訪ねるのにはそんなに時間は掛からない。

話込んでいては時間はいくらあっても足りないが、全家庭を訪問しても、1日か2日で廻れるだろう。既に先の現地視察と話し合いボイコットで1日費やしているが、この方がよほど早いし、住民の本音が聞け、理解が得られるはずだ。

それすらもボイコットする住民がいるとは、とても考えられないと思うが、いかがだろう。

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コメント

珍県民様、コメントありがとうございます。

詳細な資料、ありがとうございます。ナルホドです。
そうなると、私の持論である原発推進がますます必要かと思いますが、これについてはまた別稿にて書きましょう。

投稿: ベンダソン | 2009/09/28 13:18

水力発電には、標高的に落差が必要であり、水力発電用の送水管は、小規模の堰や小型ダムによって得た水を、大きな落差の稼げる場所まで、水平に近い小さな傾斜で移動させ、これを急激に落下させることでタービンを回し、効率良く発電しています。
ダムによる発電の場合、それほど大きな落差は得られず、主に貯水の水圧を利用してタービンを回すもので、自然の落差によるエネルギーは、既に途中で空費されているものが大きいものです。従って、送水管による発電よりも効率は悪いものになります。
当然、貯水量が大きくないと水圧も得られませんが、治水用のダムということになると、いつも水を蓄えておくわけには行きません。
もともと、治水用ダムと利水用ダムは矛盾するもので、両立はできません。
治水用ならいつも空にしておくべきですし、利水用ならいつも満水にしておくべきです。多目的ダムなどと言うのは、初めから詐欺のようなものです。

東京電力では、現在も吾妻川周辺で、発電施設や水路を増設しており、八ッ場ダムはできないことを見越しているようです。柏崎原発再開の見通しが暗いこともあるのでしょうが。

同じ吾妻川の鹿沢ダム(嬬恋村)について、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BF%E6%B2%A2%E3%83%80%E3%83%A0
群馬県内では吾妻川流域が比較的早期より開発されており、鹿沢発電所はその吾妻川の最上流部に位置している。吾妻川・大横川・大沢川より取水した水を一時的に貯水し、下流の鹿沢発電所に送るための調整池として取水口と発電所の中間部、田代地点に建設されたのが鹿沢ダムである。そこは吾妻川左岸(河道外)の段丘の上にある窪地で、かつて四阿山が噴火した際、ここまで溶岩流が達したといわれている。
鹿沢ダム建設工事は1925年(大正15年・昭和元年)より着手し、1926年(昭和2年)に完成した。

「河道外の窪地」に建設された、とありますね。それで、80年以上経っても、土砂の堆積の問題が起きていないのかもしれません。
河川にそのままダムを造ると、土砂の堆積のために、50年で半分埋まり、100年で使えなくなるそうです。
逆に、河口付近では砂が不足し、海岸が侵食されたり、生物の生存を脅かすそうです。
有名な黒部川下流でも、その問題が起きています。

八つ場ダムが完成した場合、鹿沢ダムの水量も減らすことになるのかも知れません。

投稿: 珍県民 | 2009/09/26 22:13

○ 珍県民様、コメントありがとうございます。

勉強不足で知りませんでした。貴重な情報ありがとうございます。

ただこの話少し変ですね、私の理解が足らないのでしょうが、上流で発電した水がダム予定地をう回すると言うのは本当のことなんでしょうか。何故わざわざ八ッ場ダムを迂回して送水管を設置したのか理解に苦しみますし、送水管の廃止で何故発電量が減るのかもよくわかりません。それが原因で保証金を払わなければならないとしたら、既存設備が無駄にはなりますが、発電設備を八ッ場ダムに集約すれば良いので(そのほうが発電効率は良いはず)、なにかそうしなければならない理由があるのでしょうか。いづれにしても、これが事実ならばいろいろな意味で問題でしょうね。
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○ 鉄馬様、コメントありがとうございます。

>図的に大手は報道しないのですかね

そうだと思います。大手マスコミの記者諸氏は無自覚かもしれませんが、天下りは談合と表裏一体なので、あまり関心はないようです。談合を追及すると自分達も談合(=記者クラブ)しにくくなるからです。

投稿: ベンダソン | 2009/09/26 14:56

こんにちは。

衆院選で地元の人たちは誰に投票したのか。

・群馬5区

小渕 優子 152,708 70.97% 自民 前 少子化担当相 重複
土屋 富久 53,048 24.65% 社民 新 党県代表 重複
生方 秀幸 9,406 4.37%

土屋氏はダム反対なので、地元でも4人中1人はダム反対と思います。

あと、このような記事がありました
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http://www.the-journal.jp/contents/takano/2009/09/176.html

【Commons】(9/26)
高野孟:八ッ場ダム関連に国交省176人天下り!

今日の「日刊ゲンダイ」の大見出し。これはかつて長妻昭=厚労省が07年に国交省から得た資料として公表して話題になった数字だが、今になって改めてこのように報じられ・・・

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この辺、意図的に大手は報道しないのですかね・・・。

世論の傾き具合によって、いざとなったら出すのでしょうね。

投稿: 鉄馬 | 2009/09/26 12:08

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik09/2009-09-25/2009092515_01_1.html
2009年9月25日(金)「しんぶん赤旗」

八ツ場ダムの総事業費 予算超過の公算大 完成なら東電に多額補償

 国土交通省が群馬県に計画する八ツ場(やんば)ダムの総事業費が同省が予定する予算4600億円を超過する公算が大きいことがわかりました。これは、ダム周辺に水力発電所を持つ東京電力への補償金に数百億円が見込まれるため。建設の継続はより多くの事業費負担を生み、国民の批判を受けるのは必至です。(矢野昌弘)
 同ダム予定地を流れる吾妻川の水系は水力発電の一大産地。東京電力の水力発電所が14あります。
 現在、同ダム予定地上流の三つの堰(せき)で取水した毎秒30トンの水は、発電のため川を通らずに送水管を通ります。大量の水がダム予定地をう回する格好です。
 この状態では、仮に八ツ場ダムが完成しても水が貯まらないダムになってしまいます。そのため国交省は東電から水利権を譲り受ける必要があります。
 そこで発生するのが、発電量が減ることへの補償金(減電補償)です。東電への減電補償がいくらになるのか、国交省は「個別企業の経営上の問題にかかわる」として明らかにしていません。
 日本共産党の伊藤祐司前群馬県議は、近隣の県営発電所の買電価格などを参考に試算。2004年10月の県議会で取り上げました。50%の取水制限を行った場合、直接関係する五つの発電所の影響額は、1年分だけで17億円、30年分で510億円と見積もりました。
 ところがダム事業費4600億円のうち減電補償などに充てる「特殊補償」枠の予算は217億円にすぎません。しかも、これは導水管の移設工事費なども含んだ金額。予算不足は明らかです。
 「八ツ場ダムをストップさせる市民連絡会」の嶋津暉之さんは「減電補償はダム完成直前に支払うものなので、それまで伏せておくことができる。それをよいことに国交省は東電と交渉中だとか、4600億円に織り込みずみなどと言ってごまかしているが、数百億円の規模になって事業費再増額の一要因になることは確実だ」といいます。
 八ツ場ダムの工事費をめぐっては、減電補償の他にも、地すべり対策工事費や関連工事の進捗率が低いことから、さらなる増額の恐れが指摘されています。
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このダムを作ると、水力発電は、むしろ減るようです。(減電量の試算結果 年間22,400万kWH)
八ッ場ダム予定地より下流にある吾妻川の発電量の合計最大出力 97,400kWH
八ッ場ダムの県営発電所の計画
発電力:最大11,400kW 年間発電量:4,099万kWH
八ッ場ダムによって吾妻川の全発電量は大幅に減少する。 http://yamba-net.org/modules/problem/index.php?content_id=22

水力発電のためにダムを作る必要はなく、現在、もっと小規模で効率の良い方法での水力発電システムの開発が進んでいます。

投稿: 珍県民 | 2009/09/26 10:53

らむちゃのパパ様、コメントありがとうございます。

>ダム湖ができないと、地元住民の生活再建ができないと全会一致で決議されたというてました。

って、フザケテますよね。「生活再建をしなければならない原因はダム湖」⇒「ダム湖を建設しなければ生活再建は不要」。話を単純化して理屈だけ言えばこうなるくらいですから。

ま、実際は何十年も地元の方たちは国に翻弄されてきたので、こう単純には断じきれませんが、こうもあからさまに「ダム湖ができないと、地元住民の生活再建ができない」と言うのは「利権が無くなるのは反対だ」としか聞こえないのも事実。

地元の方々は散々国に翻弄されてきたのですから、今また利権屋に翻弄されない事を祈るばかりです。

投稿: ベンダソン | 2009/09/26 10:45

今夜もニュースを聞いていたら、群馬県の市町村会議で、八ッ場ダムが建設されてダム湖ができないと、地元住民の生活再建ができないと全会一致で決議されたというてました。全く理解に苦しむ話で、ブログ主さんが、書かれたこの記事に一々同意しました。
マスコミ、自民党系町議、こぞって自分たちの利権死守と民主党政権転覆の材料にしたいんでしょうか。

投稿: らむちゃのパパ | 2009/09/26 03:22

Mido様、コメントありがとうございます。

公表されている八ッ場ダムの総事業費約4600億円は治水特会分のみで、道路特会からこれまで水没予定地の付け替え道路建設に支出された約170億円は含まれておりません。

無駄使いに関して言えば、天下り先に限らず、公―公間のおねだりにもあります。例えば長野原町から下流都県へのおねだりは、誰か特定の個人のポケットにお金が入るわけではありませんが、予算執行者である公とその恩恵を受ける公が違う組織なので、無責任体制が生まれ、無駄な工事が進められます。

これに関わってる人々は、私腹を肥やしている訳でも、天下りに便宜を図っている訳でもないので、後ろめたさを感じてませんが、無駄の被害を国民にかけてます。いい加減なマスコミはこう言ったところには目を向けません、というか罪人を吊るし挙げにくいこう言う事は分らないでしょう。とにかく自分の頭で考え問題点を見つけるまでの取材能力がありません。生徒がいなくなる学校を12億円もかけて造るのも、この例です。

ジャーナリストとしての見識があれば、この辺からももっと掘り下げられるはずですが、ゴシップ記事しか書けない日本のマスコミの知能低下は情けない限りです。

投稿: ベンダソン | 2009/09/25 22:07

はじめまして。
よろしくお願い致します。
大変視点の高いご意見、感服いたしました。
特別会計からの支出は公共事業と天下り法人への補助金がかなりな部分を占め、問題と思っていましたが、公共事業の方は建設業界と族議員への還流が主と捉えていました。 公共事業の方にもしっかり天下りによる稼ぎがあったのですね。 すると特別会計はすべて、そこかしこに官僚の懐に流れる仕掛けがあった。
この八ッ場ダムにこれまでつぎ込まれた三千億円の使途を手始めにし、特別会計の化けの皮をはがして欲しいと願っています。

投稿: mido | 2009/09/25 21:15

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