実名報道が言論の自由?
http://www.asahi.com/national/update/1007/OSK200910060135.html
<引用開始>
光母子殺害実名本、弁護団「約束違う」著者「本人OK」
山口県光市で99年に起きた母子殺害事件で死刑判決を受けた被告の元少年(28)=当時18歳、上告中=の実名を掲載した本が出版されることをめぐり、元少年の弁護団が6日夕、広島市内で報道陣の取材に応じ、出版差し止めの仮処分を広島地裁に求めた経緯を説明した。申請は元少年の意思であるとし、元少年が実名掲載を了解したとする著者側の主張を否定した。
本の著者は一橋大学職員の増田美智子氏(28)。出版する「インシデンツ」(東京都日野市)などによると、フリーライターの立場で元少年と関係者を取材して事件の深層を追ったとし、本は7日にも店頭に並ぶ。
弁護団によると、元少年と増田氏が初めて接見したのは昨年8月。その後接見を重ねるうちに、増田氏から本を出版したいとの意向を伝えられた。元少年は「原稿を事前に確認させてくれるのか」と質問したところ、増田氏が了解したため、今年3月まで接見に応じ、他の取材対象者の名前なども教えたという。
しかし、元少年が増田氏から原稿を見せられることはなく、9月になって本の出版予定が一部で報道された。弁護団が元少年と接見して確認したところ、「出版は約束に反しており、中止を求めたい」と話したという。
弁護団長の本田兆司弁護士は「元少年は、自分の言葉を正確に伝えてもらうという趣旨で著者側に情報を提供し、原稿も確認させてもらうと約束した」と増田氏らを批判。「元少年の人格が侵害され、虚像が植え付けられていく。生死にかかわるような苦痛だ」として、今後、慰謝料などを求め、提訴することも検討していく考えを示した。
出版社側は東京都内で3人が記者会見した。著者の増田美智子氏は手元にある取材ノートを見ながら「『(実名について)ぼくは書いてもらってかまいません』と書いてある。これは09年3月27日の記述だ」と経過を説明。今年の8月に最後に元少年に会うまで、それを否定することはなかったという。また、「本人が原稿を見せろとは言ってないか」との質問にも、「本人から打診もない。それを頼まれて断ったこともない。きょう、弁護士に聞いて驚いた」と答えた。
同席した堀敏明弁護士は「著者が示したように確実に本人が承諾している。それを弁護士側が納得できない点があるのか。今回の申請は理解に苦しむ」と述べた。6日夕まで広島地裁からの連絡はないという。
4千部を7日に出すインシデンツの寺沢有代表は「(元少年側の弁護士は)取材を拒否しておき、一方で最後に『自分たちに本を読ませろ、でなければ仮処分を申請する』というのはどうなのか」と主張。また、「こんな大きな話になるとは思わなかった」とも述べ、一部の週刊誌に実名が出たことや今でも閲覧できることなどを指摘した。
<引用終わり>
この話、事件の凶悪さ凄惨さとは何の関係もない。出版差し止めの対象となっている書物の表現したい事とも、関係ないと思う(著者は違うと言うだろうが)。論点は、①少年時の事件で家裁の審判を受けたり起訴されたりした人の氏名は少年法61条により報道が禁止されており、新聞、テレビなどは元少年を匿名で報じているのに、実名報道が許されるのか。②被告の意思表示は確かか、だ。
この著者がいかなる信念に基づいて、この本を書いたのかは知る由もないが、知れば論点に対してバイアスがかかるように思うので、知る必要もないと思う。
著者側は、本人の了解を得たと言っているが、本人の了解を得れば法を犯しても良いのだろうかという気もするが、法の趣旨からすればこの場合はアリだろう。だが、そもそも本人の了解を得たって言うが、契約書を交わしているのだろうか。法的に有効な本人の意思表示の文書があるならばそれを先ず示すべきだろう。ないとすれば?だ。
で、仮に本人の意思で有ったとしても、法で禁止されたことが許されるとすれば、法とはなんだろうとなる。
例えば、少女がヌード映像を撮っておいて、成人後に出版してもよいか、なんて屁理屈も出て来よう。この場合違法の対象は少女の画像なのでアウトは明らかだろう。では、少年犯罪の実名報道は?となると、やはり第三者が実名報道する事はいつの時点でも違法なんじゃないの。
法の趣旨は本人の人権保護にあるのだから、成人後に本人の意思で実名を晒すならアリだろうが、間違いない本人の意思とは、自分が著者になる場合だろう。第三者が実名晒すならば、少なくとも弁護士立会いの下法的に有効な同意した契約が必要なはずだ。
そうでなければ、犯罪者はオリに入った弱い立場なので、いくらでも言いくるめられ、錯誤による約束や同意をし易い。やはり被告人弁護士立会いの下でキチンとした契約書を作成するべきだろう。
でも、そういったことよりも、そもそも、いったい何のために実名報道が必要なのかが、よく分からない。例えば被告人の名前が山田太郎だとして。それで出版したとして、後日構成ミスで山田一太郎でしたとなった時、読み終わった読者にそれを伝えたとして、いったい何が変わるのだろうか。
山田太郎が山田一太郎の間違いね、あっそう、だろう。山田太郎が少年Aでも同じだろうが、少年Aではなんとなくリアリティがないと言う向きには、山田太郎で全編書いておき、最後に山田太郎は仮名ですと断りを書いてみても、読んだ後では、山田一太郎に訂正するのと何ら変わりないはず。
それとも、名前によって犯人像が変わるとでもいうのだろうか。山田太郎では優しい犯人像だが、獄門太郎では極悪犯になると言うなら、逆の場合はどう説明するのか。
また、現実の被告人と読者の関係性においても、実名報道であるか否かが影響するのは被告人が身近な場合であって、地理的にも人間関係においても縁もゆかりもない読者ならば、被告人の名は単なる被告人を現す記号に過ぎない。
実名が影響するのは元々被告人が同じ地域とか、何らかの知りあいの場合だろう。だが、その場合、当然に地域住民は被告人が誰さんの息子と知っているはずだから、実名報道はもともと不要だろう。仮に隣近所に居て知らないとすれば、地域とのつながりが希薄な人だから、そういう人は一般の読者と同じで、実名であろうとなかろうと被告人が何処に住んでいたかいたと言う事だけが問題で、それがたまたまご近所というわけだ。
例えば、同じ町に山田さんが住んでる事ことを知らない人は、山田さんの息子が容疑者と知っても驚かないし、息子の名が一太郎と知ってもだから何?の世界だろう、驚くのは同じ町内に容疑者が住んでいたと知った場合だ。
このように被告人の名前を聞いてびっくりする、あるいは影響を受ける人はもともと被告人を何らかの形で知っている人なのだ。だから言論の自由が事実の伝達だとすれば、実名報道をしなければならないとする著者の主張は、論理矛盾していると思う。
それでもなお、実名報道に人々が関心を持つとすれば、「実名報道」という事実にだろう。実名が山田太郎でも一太郎でも構わない。元々知らされたところで事実認識には何の影響もないから、「実名」であるとすることで、読者のピーピング欲を満たすからだ。しかしそんなの報道でも言論でもないただの好奇心や覗き趣味、あるいは売らんがための話題創りだ。
著者の増田美智子氏は写真で見る限り、なかなかのルックスだし、誠実かつ聡明そうに見えるので味方したくなるが、報道される内容から知る限りにおいて、その行動と論理には首を傾げてしまった。それを言論の自由と主張されてもなあ、違うんじゃないか?
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コメント
笹様、コメントありがとうございます。
そのとおりです。「売れるために書きました」の方が分かりやすいですね。
投稿: ベンダソン | 2009/11/08 07:36
被害者=殺された人だとすると、遺体は人ではなく物体ですから人権を持ち合わせていない、つまるところプライバシーはないのかしらん?
それとも被害者には家族も含まれる?
法に詳しくないからわかりませんが…
少なくとも本題の主旨である実名報道が言論の自由?という点では著者が実名報道を言論の自由を主張する必要性が感じられません。
ビジネスの基本は「顧客の悩みを解消すること」ですから「売れるために書きました」としたほうが小気味よいですね。
投稿: 笹 | 2009/11/07 09:54
被害者のプライバシーが全国にさらされていることはどう思われますか?
被害者のプライバシーは流しっぱなし、犯罪者のプライバシーを守るというのは、バランス感覚からいって偏向的だと思いますが。
犯罪に加担ですか。
投稿: ペンタゴン | 2009/10/11 20:04
taka_19682002様、コメントありがとうございます。
売名行為かどうかは、断定できる材料を持ち合わせておりませんが、本人が嫌だと言ってるのに実名を晒すのはいかがなものかと思いますね。
そしてこの本は発売されたと、あるブログに書いてありました。これが本当ならば、益々著者と出版社には疑問を感じますね。
信念の為には、違法行為もやむなしというほどならば、今後どういう行動をとっていくのか、それが見ものです。
投稿: ベンダソン | 2009/10/11 19:05
こんにちは。
実名報道が「少年法」自体に物申す目的なら分かりますが,
「言論の自由」というのは筋違いと思います。
元少年側にも「プライバシー権」はあるでしょうから,
「言論の自由」が絶対的な権利という事にはならないと思います。
早い話,ライターと出版社側の売名行為が目的では。
仰せの通りライターのルックスは中々なので,
付いていく人もいるのでは?・・・と。
(私もうっかり付いていく所だった・・・)
投稿: taka_19682002 | 2009/10/10 12:44
○mido様、コメントありがとうございます。
事の是非には、本人の承諾ありやなしは、関係有りませんが、個別案件としては関係あるでしょうね。
○ NiKO様、コメントありがとうございます。
>少年がそのうち死刑になって「死人に口なし」になるだろうという意図が見えてきますね。
ご本人は否定するでしょうが、そういう見方も成り立ちますね。気の毒ですが・・・・。
投稿: ベンダソン | 2009/10/10 02:13
初めまして。トラックバックさせていただきましたので、ご連絡を兼ねて。
日本には少年法という法律がある以上、それを犯してまで報道すべき事があるのであれば、罰を受けてでも報道するという崇高な思想でもあればいいのでしょうけれども、著者のわずかに引っかかる過去の仕事(がトラブルだけしか出てこないのが何とも言えませんが)やこの本の書評を見るだに、あまり崇高な思想に基づいてやっているというわけでも、そこまでして伝えなければならないような内容でもなさそうです。(興味がないので買いませんが・・・)
今回の場合は全く、実名を使ったセンセーショナルさを売りにして、少年がそのうち死刑になって「死人に口なし」になるだろうという意図が見えてきますね。
投稿: NiKO | 2009/10/08 18:45
いつもながらのすっきりした分析。
著者の会見に疑問を感じましたが、頭が悪いせいで矛盾点の明確化ができませんでした。 お説を伺って、納得です。 正論と思います。
少年法に照らす。 それに違反しているのならストップをかける。 本人の承諾ありやなしは、関係ない。
言論の自由も関係なしですね。
直ちに司法機関は裁定と必要なら出版差し止めを下すべきと思いますが、裁判になったとしたら法に沿った正しい判決をして頂きたいと思います。
投稿: mido | 2009/10/08 16:43
らむちゃのパパ様、コメントありがとうございます。
この件は、たまたま本の内容が光市母子殺害事件だったので注目を集めましたが、要はおっしゃるとおり、言論の自由とプライバシーや人権の問題ですね。
投稿: ベンダソン | 2009/10/08 12:46
言論の自由とプライバシーの保護とを天秤にかければ、当然プライバシーの保護が勝つわけで、最近、自分の権利しか頭にない人が多いですね。
光の事件は凄惨で、私は詳しい事情は知りたくない事件の一つです。
投稿: らむちゃのパパ | 2009/10/07 15:17