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2009/10/24

核は必要か(その3=終わり)

■戦争し掛けた国が、戦争放棄すれば仕掛けられないと思う根拠は?

しかも、戦争を放棄しましたと言ってる我が国は、かつて侵略戦争をおこなった。これを侵略ではないと言い張る人がいるが、どう定義付けしようと、日本が日韓併合し、中国や満州、南方に兵が上陸し戦争していたのは事実。

決して、朝鮮から日本には侵攻してはいないし、中国やシンガポールからの侵攻もない。愛国心から日本はこうあってほしい、こうあるべきだと思う事と、事実は必ずしも一致しない。事実に対する解釈はいかようにも付けられるが、起きた事実は曲げようもないのだ。

日本はアジアを侵略したのではない、鬼畜米英から解放したのだと思うのは勝手だが、そういった主観的判断は救われた方がすべき事だろう。ひとをぶん殴って、愛のムチだと言うようなもの、そんなムチは無知に過ぎない。

愛のムチだろうが無知だろうが、イジメだろうが、解釈はともかくも「殴った」事実は変えられない。同じように旧日本軍が、アジア諸国兵を進め、そこで戦火を交えた事実は、その解釈が侵略であろうと解放であろうと変えようがない。そして戦火の舞台となった国々は侵略されたと言っている。

過去にそういう戦争をしてきた日本が、敗戦で人が変わったかの様に、二度と戦争はいたしませんと憲法に謳った。それはそれで評価されるべきだろうが、そこで表明しているのは、日本はもう、あなた方に侵略しませんよと言う決意表明だろう。

実際、先の大戦に対する反省が込められている事は、これまでごくフツーに言われてきた。憲法9条に謳う戦争の放棄は、日本が戦争を放棄したことであって、諸外国のことではないから、日本に対して諸外国が戦争を仕掛けない補償な無い。と言うかそもそもそういったこととは何の関係もない。

■本当はだれもが求める核廃絶

話が拡散したので、戻す。ともかく核は、勝利を目指した兵器として事実上使えない事、兵器産業にとっても旨味があまりない事から、本当は誰にとってもどんな目的であっても、人類滅亡を目的としない限り不要なものではないだろうか。

ともかく兵器として開発され、事実広嶋・長崎で兵器として使われたから、兵器として見てしまうが、核は人類の自爆装置に過ぎない。だから、実は核廃絶は温暖化対策以上に、人類にとってプライオリティが高い問題なのだ。温暖化は徐々に進行し、徐々に解決せざるを得ないが、核による人類の滅亡は一瞬で始まり終わる可能性がある。

我々は自分の目の前に核爆弾が見えないから、さほど深刻に考えないが、常に起爆装置のついた爆弾の上で暮らしてるようなものだ。今のところ誰も起爆装置のスイッチを入れてこなかっただけで、今この瞬間もその起爆装置はスタンバイしたまま外されてはいない。

そして、何十年も前から大陸間弾道弾に核が搭載され世界中にそれが散らばっている。通常兵器のようにある程度消耗すれば、入れ替えたり、自己や暴発に対する信頼性のチェックも効くが、核弾頭は実験できても、核ミサイルの実験は出来ないから、本当のところ核ミサイルの賞味期限も安定性も確認できてないのではないか。

日々運行している、平和利用の原子力発電でさえ事故は起きるのである。点検だけで、使用したこともない核弾頭がいつまで安全を保てるのか、シミュレーション以外に確かめようがないのに、たまたま今まで事故がないからとか、使われなかったからとて、人類存亡の危機は、フルシチョフとケネディのブラフ合戦以来、変わりなく続いているのである。

恐らく、戦争大好き国家であろうとも、核廃絶は単なる理想のスローガンではなく、現実問題としても世界共通の願いだろう。CO2削減などと異なり、核武装の意味は「他国が持っているから」以外にはないから、核の廃絶によって損害を被る国もない。

なのに、何故角廃絶が実現しないかと言えば、先に述べたように、世界中がいっせーのせっと廃絶しないからだ。ではどうすればそれが可能だろうか。それは核が無くとも十分に強い国家、世界のリーダーたる国が率先してやる以外には、世界は動かないだろう。

■オバマ大統領ノーベル平和賞の意義

世界を動かせるのはアメリカだろう。だからオバマ大統領が、核廃絶を世界に呼び掛けた事の意義は大きい。ロシアの大統領でも、中国の国家首席でも良いが今一つ、説得力がない。唯一兵器として核を使用した国でもありる超大国アメリカの大統領が核廃絶を呼び掛ける以外に、この問題が前進する可能性は無いと思う。

だから、オバマ大統領はまだ核を廃絶してないからノーベル賞は早いのではないかなんて批判は、ノーベル賞をもらえなかった人間が悔し紛れに言うような、個人レベルに視点を置いた小さな、そして低次元の批判だと思う。

世界中が望んでいて、実現しえなかった事を、唯一実現できそうな国の大統領が呼びかけた事の意義を評価し、みんなで盛り上げようと考えれば、ノーベル賞はおろか、世界栄誉賞でもなんでもあげて、一気に世界の潮流に仕上げようとは思わないのか、そこが不思議でならない。

     核廃絶でも戦争は無くならない?

核が廃絶されたからと言って、戦争は無くならないから核廃絶は意味がないと言う人がいたが、真に不思議な思考回路と言えよう。そんなこと当たり前ではないか。核はおろか通常兵器を無くしても戦争は無くならない。

昔、ヤコぺッティの「裸の大陸」と言うドキュメンタリー映画があって、アフリカの原住民達がヤリと投石で戦争をしているシーンがあった。つい230年前の映像だ。同じころキューブリックの「2001年宇宙の旅」では、類人猿が骨で相手を撲殺することを発見するシーンから始まる。武器の有無と戦争の有無は全く無関係な事は明らかなのだ。

人間が係争の最終手段として暴力に訴える事を絶滅させる事は、実際に不可能に近いだろう。だが、その暴力に歯止めをかける事は出来る。実際に生物化学兵器は禁止されている。こう言うといや本当は持っているのだと言う人がいるが、それはまた別の詮索だ。

■否定のための否定

詮索はともかくも、国際法で禁止された武器は使われない。そこに意味がある。法で禁止しても守られないからとか、効果が薄いからと言ってなんにでも反対や批判をする人がいるが、論点には関係しないから反対の為の反対であり、ただ根拠もない自説に固執してるだけで、社会に害をなす行為と言わざるを得ない。

事物を否定するには、その否定する事物がもたらす害を述べなければ否定の理由にはならず、効果がない事は否定の理由にはならない。まして効果がない事が主観的判断ならば、その主張自体ただの雑音か文字の羅列でしかない。

■オバマ大統領を称えよう

さて、自分でも思うが疲れてきた。書く方が疲れるんだから、読む方はもっと疲れるだろう。もうこの辺で止めよう。延々と駄文を重ねてきたが要は・・・、

     核兵器は全ての国が持ってしまえば兵器としてどの国にも百害あって一理もない。温暖化以上に人類存亡の危機だ。

     だから核廃絶は本来独裁国家、侵略国家も含めて全人類の願いのはず。

     でも廃絶出来ないのは、一斉に廃絶の合意が取れないから。

     世界同時に核廃絶を呼びかけられるのは米国、その米国大統領が核廃絶を呼び掛けた。

     そしてオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞した。この機を逃したら核廃絶は困難だ。

     だからオバマ大統領を称えて世界をその気にさせよう。

と言うこと。せいぜい4行か5行で済むことを延々と書いてしまったが、「核」とか「原子力」とか「戦争」について意見を言おうものなら、条件反射の如く単語に反応する人々がいて、ほとんど話にも議論にもならなくなるからだ。

で、最後に付け加えたい。

日本は、唯一核攻撃を受けた国家だ。その結果負けた国だから、核兵器禁止を求める実力のほどは疑問だが、一方、被害の悲惨さを訴える分には説得力ある。他方、核を使った国が核禁止を訴えるのは、自分の能力に制限をかけるのだがら説得力がある。

だから核廃絶で世界をリードできるのは、核を使った国のオバマ大統領が核廃絶を訴え、それを核でやられた日本が支持する組み合わせがベストだろう。故に、日本はオバマ大統領の核廃絶を強力に支持することで、共に世界をリードできるチャンスなのだ。

冒頭にも述べたが、非核3原則は正しいが、そう言った情緒的理念では核廃絶は出来ない。またいくらODAで海外援助しても、日本の国連始め国際的地位は低いままだ。札ビラ切っても、国連安保理の常任理事国入りは果たせなかった。

オバマさんと一緒に鳩山さんが、核廃絶を訴え世界を動かしたら、常任理事国入りも夢ではないだろう。しかし、そんなことより世界から、核を使った国と使われた国が協力して核を廃絶する事の意義の大きさは、スゴイことだ。おまけにCO2削減までも日本が世界をリードすれば、日本の国際的地位は飛躍的に向上するだろう。

平和憲法だから戦争しませんとか、非核三原則なんて言ってるより、はるかに世界は信用してくれるはず。そして、日本はバス1台を宇宙に打ち上げるロケットを持ち、原子力技術は世界最先端を行く。その気になればいつでも長距離核ミサイルを持てる国だ。

世界が核廃絶しないなら、日本も核ミサイル持っちゃおうかなーとでも、ブラフかましたって良いではないか。というか、日本はいつでも核ミサイルを造る技術と材料を持っているのだ。誰もブラフとは思うまい。

だから日本の核武装は危険だなんて思うのは、根拠がありそうで無い情緒的な話だ。もし日本の核武装が原因でどこかの国が攻撃すると言うなら、すでに攻撃されているはず。日本は事実上いつでも核ミサイルを造れるから北朝鮮とは違うのだ。

ま、でもこの辺は本論の本質ではないから、やめとこう。とにかくオバマ大統領がノーベル平和賞を取った事を、もっと大きな視野で評価して、友好かつ有効に活用すべきだと思う。

永くなって申し訳ない。これが結論。

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コメント

戦争が有る限り核廃絶なんて有り得ないと思ってます
アメリカ大統領が核廃絶しょうと思ってるなんて
私には考えられない(地球一つ位滅ぼすぐらいには削減するかも知れないけど)たとえばアメリカ以外の国が核放棄
すれば話は別だけど(アメリカが軍事的に優位)それも現実的じゃない(理想論)これからも通常兵器に劣る国は
核開発すると見るのが普通なのじゃないでしょうか
それだけが唯一自国を守る武器なのだから核持てば大国でも戦争仕掛けないでしょうからねそれが今の現実だと
思うから日本だって例外じゃ有りませんよねアメリカに
守ってもらってるのだから核持ってるのと同じです
非核三原則なんて理想論者の言ってる事に過ぎません
(実際に守られていない) 日本の自衛隊なんて単独だと実際の戦争には役に立たないぐらいは他の国の軍事関係者
なら誰でも知ってる今アメリカ軍が日本から撤退すれば
日本は核保有する事は必要だとそれと自衛隊だと役に立たないから軍隊にすべき人類に欲がある限り絶対に
戦争は無くならないのは歴史が証明してます

   危険な考えの持主より

投稿: 旅人 | 2009/11/27 03:39

ペンタクロスさんへ

軍事の事となると思考停止して自分の願望ありきで話すのは核廃絶派の人ですけどね。
ここの筆者もそうです。
CO2削減のバカげたトリックにも気づけずに「オバマ、鳩山、素晴らしい」なんて言ってる人ですから、程度が知れてしまいますね。
ただの左翼にこんなこと言っても無駄ですかね。

投稿: 通りすがり | 2009/11/23 19:07

こんなことを書くと叱られると思いますが、私の考えは核廃絶は不可能と思います。 核廃絶が出来ないのなら、日本は核を保有すべきと思います。
自主独立のために、相応の軍備を持つ。
国内、国外の状況からとても実現は不可能ですが、基本的に自国は自国で守らなければならないという考えです。日本は核を持たないと言っても、現実的にはアメリカの核の傘で守られてきたのですから。
ただし、私は民主党を支持し、右翼は認めない主義です。

投稿: mido | 2009/10/31 22:19

○ブリブリ様、コメントありがとうございます。
>どう転ぶにせよ今後、達成されるまで核廃絶という目標に着実に進み続ける事、そこで生まれくる智恵を蓄積・生かしていく事が重要なのだと思いました。

ご理解いただき、ありがとうございます。蛇足ですが・・・・、

核廃絶は、人類共通の目標・価値観である点には皆異論ないはずですが、目標や価値観に対する視点のプライオリティは、人様々。人命よりも治療を優先する人も少なからずいて、そこが、簡単なことをややこしくしています。

最も厄介なのは、悪党よりも、こういったプライオリティの順番が狂った人々です。悪党ならば、悪党自身悪事を自覚してますが、こういった人々は全く無自覚に、人類を危機に追い込みたがるからです。

地球温暖化や核廃絶の問題においても、これが見受けられます。例えばオバマ大統領個人とかアメリカに対する好き嫌いや、ノーベル賞の評価、覇権主義への警戒など、それ自体の問題意識は人それぞれに正しいのですが、その個人の問題意識を人類のそれより最優先し、人類が滅亡しようとも自分が正しいと主張し核廃絶を妨害しかねないのです。

そして何より、病気を治す事(=個人の価値観)に拘りすぎて、患者を死なせてしまうことの愚に気がつかない。むしろ死に追いやり、それが回りまわって自分の死につながることを一向に考えないのです。

せっかくオバマ大統領が核廃絶を呼び掛けているのに、唯一の被爆国の日本人がそれに飛びつかないで、あーだこーだ、裏ばかり読みたがる。オバマ大統領が極悪人だろうがウラがあろうが、オバカ大統領だろうと、そんなことは、超大国アメリカの大統領が核廃絶を呼び掛けたことの意義には何の影響もないはずなんですが・・・、日本人は、これからも独自に非核3原則を叫び続けるのでしょうか、何とも不思議な国です。

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○ペンタクロス様、コメントありがとうございます。

おっしゃるとおりです。上記ブリブリ様への返信にも書きましたが、人類あっての国家主義であることに気が付かない人々には閉口します。たぶん、人類と国家主義はバッティングすると思っているのでしょう。

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○かなぶん様、コメントありがとうございます。
戦争する場合、国家元首から順番に決闘をし続けていって決着を付けるように国際法規で規定すれば、かなり戦争は減るでしょうね。そうなると国力よりも閣僚や国民の信念と根性の問題になるから、一億総玉砕なんて言ってても、アタマが次々居なくなったら、こんな戦争(といっても国民は命落とさないが)やってられないと、クーデターが起こり、国民の支持が無いと戦争できなくなるでしょう。これ、必ずしも荒唐無稽とは思わないのですが。

投稿: ベンダソン | 2009/10/26 11:46

こんばんは。

兵器と言えるのか不思議な武器ですね!

もし日本に核ミサイルがあったとして、タローちゃんが起爆装置を掌握してたらなんて想像すると・・・。笑

そら、恐ろしいことです!苦笑

いつも思うのですが、戦争にしても、核施設にしても責任者の一番大切な人、つまり自分の子供を戦争ならば最前線、原発なら半径イチキロ以内に居住してもらう。等の国際条約でも作ればかなり安全性が増すのでは?なんて思います。

戦争だって、かなり抑止効果がかかりそうなきがします。


いつも犠牲者は一般市民ばかり。
リスクなくして高給取ろうなんて愚の骨頂ですよ。

投稿: かなぶん | 2009/10/25 03:19

ペンダソンさん、こんばんは。
軍事のこととなると何故か国家主義の視点からしか思考できないところに基本的な貧困さを感じますね。

投稿: ペンタクロス | 2009/10/24 23:41

以前にコメントしたブリブリです。

おっしゃる通りだと思います。核兵器が存在し続ける事は人類全体にとって非常に危険な事です。核廃絶には人類自爆回避手段廃絶であり、とても重要な事です。素直にオバマ大統領の核廃絶に対してはエールを送りたいと思います。以下ブログを読んだ感想です。

今は核廃絶という事では合意は得られても自衛の為の核は必要という矛盾した状況なのではないかと思います。核廃絶は困難です。でもブログ主様が言われるように米国大統領、力のある国の大統領が、言い出すことは実現に向けての大きな力となるし核廃絶へだいぶ進んだのではないかと思います。ただ懸念するのは米国が軍事的有利を保つ為に核廃絶を利用する恐れがある事です。なぜこういった懸念を抱くのかというと米国が通常兵器を圧倒的持っている、しょっちゅう他国に出かけて戦争してる、軍事力による他国の主権への侵害・威嚇は核兵器開発の動機になり核廃絶が遠のくと思うからです。

でも、こういった状況が生まれたとしても核廃絶の為の一つの必要な過程なのだと思います。軍事力を使わずに自国の主権を守れる手段があればいいのですが、かなり難しいし、今は軍事力のある国でないと核廃絶は実行できないと思ったからです。また大国と小国の通常兵器の差が核武装の動機になるのであれば核廃絶は将来的には軍縮につながるかもしれません。通常兵器で被害が減る分、国家間の戦争が多発するという不安定な世界になるという危険もありますが。どう転ぶにせよ今後、達成されるまで核廃絶という目標に着実に進み続ける事、そこで生まれくる智恵を蓄積・生かしていく事が重要なのだと思いました。

投稿: ブリブリ | 2009/10/24 20:15

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