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2009/10/14

広嶋・長崎オリンピック招致活動の憂鬱

何かを提案したり、物事を進めようとするとき、よく聞く横やりがが「挨拶がない!」「聞いてねーよ」だ。こういうものいいの横やりが入ると、事の是非ではなく、上から目線でヘソを曲げてるから、理屈が通らず非常に厄介だ。

えてして古い体質と言えよう。こういう人に、ヘソを曲げられると物事が進まなくなるから、あらかじめ「ごあいさつ」に赴き、いちいちご機嫌をとらなければならない。いわゆる根回しというやつだ。提案する事の内容説明云々よりも「アンタはエライ」が目的だから、海外でのロビー活動とは違う。

概してイナカっぺという印象だ、実際、公共団体と仕事すると、地方ほどこの傾向が強く、非常に無駄な努力を強いられる。とにかく、この「きいーてねえよ」が多い。兎にも角にも、事の是非よりも、先ずこのご機嫌取りが優先されるから、反対する理屈もこじ付けが多くなり、理屈に合わないものが多い。

その典型が「きいーてねえよ」なのだ。こう言う人は、提案の内容よりも、自分の地位や権力にプライオリティがあるように見えてしまうが、実際そうなんじゃなかろか。この広島・長崎へのオリンピック招致表明に対する、周辺の反応にも、ちょっぴりそういった印象を受けてしまう。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hiroshima/news/20091013-OYT8T01075.htm

<引用開始>

広島市、五輪招致検討を説明 県などに 知事「非常に唐突」

広島市と長崎市が2020年の五輪開催を目指して招致検討委員会の設置を決めたことについて、広島市の三宅吉彦副市長は13日、県庁や広島商工会議所、県体育協会などを回り、設置の経緯などを説明した。一方、藤田知事は国や県、日本オリンピック委員会(JOC)などに市が委員会設置を事前に報告していなかったことについて、「非常に唐突。最初のボタンを掛け違えて、最後まで掛からなくなることをおそれる」と述べた。

 県庁では、有岡宏、城納一昭両副知事が対応。三宅副市長は、設置の目的や意義などを説明したが、支援要請などはなかった。事前に報告がなかったことについては、同副市長は「ぎりぎりまで検討しなければならなかった」と釈明。有岡副知事は「どう対応するか、具体的に言う段階にない」と答えたという。

 一方、藤田知事は取材に対して、「招致は悪いことではない」と述べたうえで、今後の見通しについては、「県や市などの総力を挙げた活動と周辺市町の広範な協力が必要。簡単ではない」と指摘。広島市が、核兵器廃絶目標と五輪開催を関連付けていることについては、「『被爆地で』という政治的問題と関係なく、『アジア大会を立派に開催した広島で』と言えばストレートなのだが」と語った。

 広島商工会議所の大田哲哉会頭は三宅副市長との面談の後、取材に対して、「五輪の1都市開催の前提と、財政的な問題で、納得できる説明をしてもらった上で、商議所として意思統一する」と述べた。

20091014  読売新聞)

<引用終わり>

上記記事は、比較的短いものを選んだが、他の報道では、もっと知事や地元商工会議所の反発を書いている記事もあった。これ、要するに、オレんとこに挨拶がねーじゃねーかということでは?と思う。

例えば、この知事さん「招致は悪いことではない」って言ってるらしいが、そもそも「悪いことではない」って言い方が、もう上から目線。おれは聞いてねーぞと言ってるようなもんだ。

で、<今後の見通しについては、「県や市などの総力を挙げた活動と周辺市町の広範な協力が必要。簡単ではない」と指摘。>したそうだが、これ、わかりやすく言うと「親分のオレに挨拶がねーんだ。他の組長だって首を縦に振るめーよ」ということだろう。

少なくとも、前に進めるために一緒に努力しますというスタンスではない。県下の都市でオリンピックが開催されれば、県全体に対する波及効果は半端ではない事は、ど素人でも分ること。それなのに、この物言いは、市長の手柄になるのが気に食わんと、県土の発展よりも自分のプライドを優先してるように見えてしまうのだ。

仮に市長の手柄になったとしても、知事が全面的に応援してオリンピックを招致したとなれば、十分知事の手柄にもなるだろうに。

おまけに、<広島市が、核兵器廃絶目標と五輪開催を関連付けていることについては、「『被爆地で』という政治的問題と関係なく、『アジア大会を立派に開催した広島で』と言えばストレートなのだが」と語った。>って、なんじゃそりゃ?そんな理屈でオリンピックが招へいできるなら、何故今までやらないのか。全く理解に苦しむ発言だ。

オバマ大統領がノーベル平和賞を取ったからこそと思うぞ。違うかね。

地元にとってオリンピック招致が正しいかどうかはわからないのだから、もし広島県知事として、オリンピック招致に反対なら、その理由を述べて反対すれば良いではないか。あるいは、県土発展のために必要と思うならば、事前に説明があろうとなかろうと、知事として、これこれこういう協力をしますと言えば良いではないか。

この知事のもの言いは、まさに「オレは聞ーてねーよ」だ。

商工会議所会頭の言い分「五輪の1都市開催の前提と、財政的な問題で、納得できる説明をしてもらった上で、商議所として意思統一する」というのも、随分と上から目線に感じる。とても地元経済団体とは思えない発言だ。

一般市民の生活レベルではオリンピック招致には様々な評価があろうが、事経済に関しては、首都東京のように元々高い経済的ポテンシャルがあり、既にインフラ整備が行き届いた大都市ならいざしらず、広島のような地方の都市でのオリンピック開催となれば、その経済波及効果は計り知れないからだ。

五輪の1都市開催の前提」なんて、地元が言い出したら、広嶋・長崎が最大のライバルになってしまい、たちまち日本国内で内部分裂を引き起こすではないか。1都市開催の前提なんて、そんな事はIOCが考えることだろう。

こんな事をごちゃごちゃ言うならば、さっさと広島県も広島市もオリンピック招致から離脱して長崎県を応援すればよいと思う。

ではその長崎県はと言うと、

金子原二郎知事は「構想としてはいいが、実現するとなると問題は多い」と述べ、長崎市内に競技施設がないことなどに触れ「県として精神面での協力は一生懸命やるが、国体もあり、財政面での支援は厳しい。国がバックアップするなどの可能性を探っては」と語った。

西日本新聞から抜粋>

という。

広島県知事よりは少し前向きな印象だ。だが内容はやはり否定的。記事の書き方にもよるのだろうが、こういう観点での消極性は広島県知事にしても長崎県知事にしても、県の予算配分と執行を預かる身としては当然の考え方ではある。

だから、知事としては、こういう言い方しかできない面はあり、一概に批判する事は出来ないが、「国がバックアップするなどの可能性を探っては」と市に投げかけるのではなく、「県として国のバックアップを求める」と言うべきではないか。

何故、こんな事を言うかと言えば、地方分権あるいは地方主権と言いながら、都道府県レベルが全然、地方政府としての気概を持ってないからだ。積極的に地方政府を運営し地域経営をしようと言う姿勢が見受けられず、単なる基礎自治体に対する上級機関であるかの様な意識が目立つからである。

上下関係でものを考え、地方政府の主体者たる責任感が感じられない。自分の地方政府の中にある基礎自治体に対して、やりたきゃ精神的には応援するよはないだろう。基礎自治体がやりたがってる事(オリンピック)が、県全体にとって良いか悪いかの判断があって、良いなら後押し、悪いなら勝手にせよというべきだ。

両知事の言い方は、「良いけど勝手にせよ」だ。だったら県はいらない。国の協力を求めるのに、もし基礎自治体が自分で交渉しろと言うなら、国と基礎自治体だけで良い。そういう意味では市町村合併は良いかもしれない。どんどん基礎自治体が大きくなっていけば県はいらなくなる。

都道府県とはそんなもんだ。単に市町村の上に胡坐をかいてえばってるだけなら、いらん。一市町村では出来得ない広域の見地からの事業を行うのが都道府県の役目だろうと思う。だが、少なくとも、この広嶋・長崎へのオリンピック招致に関しては、上から目線のエバリに見える。

これは記事の書き方や見方のせいなんだろうか。ちと、考えてしまった。

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コメント

長崎育ち様、コメントありがとうございます。

なるほど、考えてみたら、そうかもしれません。
私は、幼少の頃長崎県にいたものですから、思い入れが強いのかもしれません。

数々の競技施設を長崎市単独で維持するのは確かに非効率です。それゆえ広島、長崎と言う両地方政府の首都で分け合えば、地域活性化と同時に、後の維持も負担が2分されるかと思った次第。

いづれにせよ、地元の方々の判断が最優先されるでしょう。

投稿: ベンダソン | 2009/10/16 21:29

正直長崎でオリンピックは無理です。
百万単位を扱える施設も、交通機関も、宿泊施設もありません。
それこそ無駄な公共事業のオンパレードになっちゃいそうでどうせ無駄遣いと叩かれるでしょうし、実際無駄でしょう。長野オリンピックの後の負の遺産みたいなのは背負いたくありません。
私は理念とか何とか言う前に金子知事の言うとおりと思います。

投稿: 長崎育ち | 2009/10/16 19:13

らむちゃのパパ様、コメントありがとうございます。

「俺は聞いてないよぉ~」と言う人々は、聞いてない「内容」よりも「聞いてない」事を問題視し、それを論拠とします。

だから彼らの主張には論拠が無い事が多いようです。「聞いてない」「勝手だ」「今更」といった言葉を論拠にしますが、これらの言葉は発言者の感情をなんとなく表していますが物事を評価する指標にはなり得ません。

責任ある人々のアーギュメントがこれでは、先が思いやられます。

投稿: ベンダソン | 2009/10/14 16:37

その俺は聞いてないよぉ~という言葉、昨日の前原国土交通大臣の「まずは羽田をハブ空港化する」という発言に敏感に反応した千葉県知事、千葉市長、成田市長が同時にあげた雄叫びですね。
私は国土交通大臣としては、今の錯綜して不合理きわまりない航空行政について当たり前の見識を述べただけだと思いますが。

投稿: らむちゃのパパ | 2009/10/14 15:51

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