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2009/11/08

司法当局は合法的アサシン団か

冤罪(えんざい)とは、「無実であるのに犯罪者として扱われてしまうこと」を指す言葉である。つまり「濡れ衣(ぬれぎぬ)」。捜査や裁判の過程に問題が指摘されている刑事事件を表現するため広範に用いられる用語である。裁判において有罪とされその判決が確定した場合や、再審で証拠不十分(「疑わしきは被告の利益に」)により無罪となった場合のほか、無実の者が逮捕され被疑者として扱われたり、起訴され刑事裁判を受けたりした場合も、冤罪事件と呼ばれる。

以上は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』からの引用だ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%A4%E7%BD%AA

さらに原因についての記述から一部抜粋引用しよう。

<引用開始>

日本の刑事訴訟法旧法に見られたような、裁判における“自白は証拠の王”と見做す考え方が、真実の裏づけを後回しにした自白獲得のための取調べを招き、虚偽自白を誘引することによって冤罪が発生する。

特に科学的捜査方法が確立される以前には捜査能力の限界から、先入観や思い込みを持った捜査による冤罪が発生する可能性が高かったが、科学的捜査方法が導入されたあとも冤罪がなくなったわけではなく、遺留品や物的証拠からそれにつながる犯人を導き出すのではなく、予め容疑者は設定されており証拠は後から捏造してでも合致させる・容疑者に有利な証拠は無視するといった違法な手法が採られる事が多々ある。

日本には現在でも代用刑事施設(旧代用監獄)と呼ばれる近代国家としては極めて特異で問題が大きいとされる取調べ体制が公的に存在しており、司法当局の求める自白を容易に引き出される危険が大きいことが強く指摘されており、冤罪の温床となっている。

<引用終わり>

だそうだ。そして戦後、こうした捜査機関による捜査に一定の歯止めをかけることで冤罪を予防しようと日本国憲法および刑事訴訟法における補強法則の採用がされている。

自白法則とは拷問や脅迫などによって引き出された任意性のない自白は証拠とすることができないという原則(日本国憲法第382項、刑事訴訟法第3191項)である。また、補強法則は自白を証拠として偏重すると苛烈な取り調べによって虚偽の自白が引き出され、冤罪が発生するおそれがあるため、自白のみによって、被告人を有罪とすることは出来ないという原則(日本国憲法第38条第3項、刑事訴訟法第319条第2項)である、という。

ハア、ホンマかいな、と誰しも思うだろう。日本の法律って、どーして額面通りになってないのだろうか。同じ日本人によって同じ日本語で書かれた法律や規則が、そのまま額面通りの解釈ということはほとんどないように思う。

その分かりやすい例が自衛隊だと思うが、今日のところはそれが論点ではないので置いといて、日本国憲法第38条には、

①何人も,自己に不利益な供述を強要されない。

②強制,拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は,これを証拠とすることができない。 

③何人も,自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には,有罪とされ,又は刑罰を科せられない。 

と明記されている。しかも他の法律のように難解な記述はなく、非常に平易で分かり易い日本語だ。この第2項に加え、刑事訴訟法319条第1項は、任意性のない自白を排除すべきものとしており、これを自白法則というのだそうだ。

この話、いったい誰が信じるのだろうか。司法当局が真面目にこういった法や規則を守っているならば、捜査の可視化に何故反対するのか、白々しいことこの上ない。

法の精神としては、不当に人権を侵害していた戦前の警察権力に対して、GHQから民主的且つ科学的に捜査せよとの圧力があって起草されたのだろうが、全く日本の司法当局は理解してないというか「フリ」だけしてきたのではあるまいか。

なぜ、そう思うかといえば、世に冤罪のネタは尽きないが、戦後まもなくのそれと、昨今のそれとでは、最近の方がより酷くなっているように感じられるからだ。

例えば、帝銀事件など戦後混乱期の冤罪疑惑では、被疑者の側にも、犯人と思われても仕方ないような疑惑が多々あって、いくら冤罪の可能性があると説明されても、真犯人と思わざるを得ない妥当な理由もある。

ところが近年、冤罪疑惑がもたれる事件の内容を見ると、どう考えたって、この裁判官のアタマはどーなってんだと思わざるを得ないことが少なくない。言い方を変えると、昭和の冤罪疑惑では冤罪を主張する側に疑惑があったが、昨今の冤罪疑惑では有罪を主張する検察・裁判所に疑惑があるということ。

主張の怪しさが、「被告>司法」から「被告<司法」へと、完全に時代に逆行しているように思えるのだ。かりやすい例は、先の「高知白バイ事件」だろう。

バスの同乗者全員がバスは急ブレーキをかけてないと証言し、外から見ていた校長や第三者も同じく証言しているにも関わらず、これらすべての証言を証拠採用せず、はるか彼方から走ってきていた白バイ隊員の証言を採用したのだ。

証言が採用された白バイ隊員に、同じ状況で再現実験させれば、その信用性は明明白白だろうに、そういった証言や証拠の信ぴょう性を検証する事は一切なく、さらには判断根拠を示さずに「第三者の証言が正しいとは限らない」と言い切って、目撃証言を証拠採用しない。

こんな裁判に公平性があるはずもない。もう無茶苦茶だ。そもそも、フェラーリじゃあるまいにバスがレストランから道路に出てセンターライン手前で止まるのに1メートルのスリップ痕が付くなんてあり得るのか、そして何故前輪のスリップ痕なのかだ。まるでこのバスはフェラーリ並みの高性能でボロタイヤを履いた車ということになる。

バスのスリップ痕は警察のねつ造といわれているのだから、公開の実証実験すればすぐ分かるはず。なぜそんな簡単なことをやらないのか。疑われたら疑いを晴らせば済むだけのこと、簡単に本当のことが分かるのに、それを証明しないということは、警察が証拠をねつ造してますと白状してるようなものだ。

またそれに乗っかる検察と裁判所も、悪いけど並みの知能を持ってるとは考え難い。あるいは国民は並みの知能を持ってないと思ってるということだろう。バッカバカしくて涙がでそうだ。

以上は、高知白バイ事件だが、他にも御殿場事件など、近年の冤罪儀脇には、どう考えても司法当局は、アタマが逝っちゃってるんじゃないかと思わせる裁判が目に付くのだ。冤罪疑惑がいくらマスコミによる扇動的報道だろうと考え、感情的な表現をすべてそぎ落とし、事実だけを抽出すると、冤罪以外に説明が付かないのだ。

しかも、被疑者側の主張や、裁判への疑惑は、調べれば簡単に分かることなのに、調べようともしないで、根拠無く断じてしまう。例えば高知白バイ事件では「第三者の証言が正しいとは限らない」と言い切って、逆に事故の瞬間に現場にいなかった身内の証言を採用するなど、客観的根拠が全く不明で、単なる裁判長の思惑だけだ。

また最近の地検による民主党の小沢幹事長や鳩山首相に対する捜査も、異様だ。厳密に言えば献金疑惑なのかも知れないが、そういうロジックで人を疑い捜査するならば、何故もっとはるかに大きな疑惑をもたれるべき自民党議員を調べないのか。

小沢氏、鳩山氏に本当に許すべからざる疑惑があるならば、たとえ彼らが政権与党であろうとも徹底的に糾弾すべきだが、どう見たって重箱の隅を必死でほじくり返そうとしているようにしか見えない。

だから、この作出てくる結論も見え見えで、小沢氏の秘書を起訴したものの、いつの間にか当初の企業献金疑惑とは関係ない別件で無理やり罪状を作り上げるに違いない。そう考えるのは、耐震偽装事件での藤田社長が電子公正証書不実記載とやらで有罪になり、その他の関係者も皆耐震偽装とは関係ない罪状で裁判に掛けられたが、その後のホリエモンや、もう名前を忘れた同類の裁判を見ても、皆同じパターンだからだ。

検察は振り上げた拳を下ろすためには、被疑者への印象操作をマスコミへのリークで行い、被疑者はスゲー悪人なんだ、こんなにうまい汁を吸ってるんだと印象付ければ、もうOK。あとは国民は裁判の中身なんて味噌もクソも一緒で区別できないからどうでも良いと思ってるようにしか見えない。

こんな感じで、特にこの5・6年の検察や裁判所の動きには目に余るものがあり、一部だろうが暴走し始めているように思う。そう思っていたら、先の拙ブログ記事に書いた、亀山元最高裁裁判長の発言には絶句した。

12年間も、無罪を証明する証拠を放置しておいて、そんなことは知らんとばかりのあの開き直りには、いったいこの人には良心というものがないのか、へたすりゃ被疑者は死んでたかもしれないのにと思う。

職業とはいえ、淡々と人に罪を着せるため起訴し、淡々とそれを事務処理して有罪にして一件落着だ。以前はそこまで日本に司法当局はひどいとは思ってなかった。少なくとも稀にではあるが再審請求が通り無罪が獲得されると、少しづつ、この国の司法制度は近代的になってきているのだろうと漠然と思ってた。

もともと裁判とかに関心がなかったからかも知れないが、それが、耐震偽装事件で一変した。明らかに魔女狩り裁判で、寄ってたかってむしろ被害者を罪に陥れ、責任を追及されるべき国交省の高官は、むしろのほほんとしていた事実に愕然とし、いったいこの国の司法とは何なのだと思い始めた。

そう気がついて、この国の司法を俯瞰すると、彼ら司法当局者たちの行動がだれの意思なのかは図り知れないが、やってることは日本最大の合法的犯罪組織ではないかとさえ思いはじめた。なにしろ、検察は何をやっても、誰からも咎められない。

直接、殺人に手を下せば、さすがに検察といえどもマズイだろうが、死刑判決で合法的にいくらでも人を殺せる。しかもそのプロセスに瑕疵がバレても当事者は平然と、だからなんだと開き直ってはばからない。

よく、フリーメーソンがなんだとかんだと、面白おかしな話があるが、この国を外国資本が牛耳ろうと思えば、検察を支配すればいとも簡単だ。フリーメーソンなる荒唐無稽な話があるとは思えないが、もしあるとすれば、検察の動きはフリーメーソンであると仮定すれば、つじつまが合ってくる。

何とも恐ろしい、何ともお粗末な国だと思う。何より、明らかにおかしな司法の動きを、見ようともしない国民がお粗末だ。マスコミが投げたスキャンダルというエサにすぐ飛びつき、後は思考停止、明らかに不自然な捜査を見ようとしない。明日の我が身ということに気が付かないのだろうか。

元最高裁裁判長が、冤罪の証拠が12年間放置されていたことに、何の問題もないと言い放ち、地検特捜部は民主党のトップをターゲットに、しつこく追い回しイメージダウンをはかる。いづれもその行動原理に何の説明もない。

まさに、日本の検察機構と裁判所は、間違いを犯しても、人を死刑という名で暗殺しても、一切咎められない聖域なのだ。聖域はそう簡単には切り崩せないが、ある程度暴走を防ぐことはできる。何より法治国家法を司る組織であるから、一応は明らかな違法行為はできないからだ。だから冤罪で人を抹殺することはできても、自らドスを持って人を殺すことはできない。

取り調べの可視化は、検察暴走に強烈な歯止めをかけられる。インチキの防止にはプロセスの透明化が一番であることは論を待たないだろう。可視化は捜査に支障があるという当局の主張は、具体的根拠がどこにもない。そんな理屈が通るならば、スピード違反取り締まりは、レーダーに気づいた車の急ブレーキを誘発して危険だという主張と同じだ。

正当な行為ならば、誰に見られても、何を調べられても問題ないはず。捜査の可視化に反対するということは、今まで被疑者を騙し証拠ねつ造してました、これからも続けます、と言ってるようなもの。

となれば、取り調べの可視化を制度化しようとする民主党は、検察の天敵となる。そう考えれば、重箱の隅をこれでもかとほじくり返す検察当局の行動にも納得がいく。小沢氏にしても鳩山氏にしても、今ほど偉くなかったら電車に乗る事もあっただろう。

そうした場合はチカン冤罪で社会的に抹殺する手もあっただろうが、常に秘書や運転手がついて廻る現状ではそれも出来ない。明らかに他とのバランスを欠いた民主党頂上を狙い撃ちし、言いがかりのような操作がしつこく続くさまは、そういったアセリがもろに出ている。

日本の検察組織。裁判所がアサシン団ならば、必死で可視化を阻止し、現に改革を断行している民主党は、可視化云々以前に彼らにとっては危険極まりないはずだ。

だから、可視化だけにとどまらず、検察と民主党の水面下の攻防は続くだろう。我々は「違法」とか「起訴」といった単語に反応することなく、あるいはマスコミが放つスキャンダルというエサにもすぐには飛びつかず、冷静に成り行きを見守っていきたいものだ。

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コメント

「濡れ衣」というのは慣用句で本来の意味が通じない。
もっと解かりやすいたとえ話なら「魔女狩り」「異端審問」「人民法廷」「東京裁判」などがあります。
それともう一つ、上記の例には存在しなかった別の犠牲者が居ます。それは「事件の被害者」
彼等は、法の番人の変わりに冤罪の加害者と看做され、罪も無いのに塀の外の世界で疎まれ、不遇の余生を強いられるのです。それ以前に、法の裁きは被害者を不幸から救ってくれない

投稿: IB | 2009/11/29 23:53

なんだか、本文より私のコメントに対するコメントが羅列されてますが、みなさん、車対バイクの事故で、どれほど車が理不尽に不利になるかをご存じないようで、驚きました。実際にバイクと事故を起こさないと、わからない人ばかりですね。1度痛い目に遭ってくださいとしか言いようがありません。
道路を塞ぐ形で10秒後にぶつけられた、20秒後にぶつけられた、1分後にぶつけられた、2分後にぶつけられたとか、停車時間は、ほとんど関係がないのです。今まで事故がなかったのは、直進バイクが運良く止まってくれたことに感謝しましょう。因みに私は、バイク以上に4輪を乗り回しています。

投稿: らむちゃのパパ | 2009/11/09 08:01

こんばんは!

人は、自分の物差しだけで判断するものです。

私、トレーラ、観光バスまで仕事上のります。


大型車が右折するときに右手からくる車線を塞いでしまうのは致し方ないように思います。
乗ってみれば皆さん分かります。
交通量の多い道路では残念ながら不可能です。

逆に、大型車が事故で道を塞いで動けないでいる所にぶつかって、俺は悪くない!と言っているのと同じ原理です。

公道では、いつ何時でも安全に停車できる速度で走る義務が大前提にあります!
酔って寝ている人間も同様、轢いた車が悪いのです。
更に、大型車(前輪一軸後輪ニ軸)は荷台がハンドルを切りはじめた位置から一メートルほどはみ出します。
ケツ振りなんて言います。

だから右折時には、対向車、横断歩道周辺の歩行者、最後に左のお尻でオートバイや、無理に入って来る車を警戒しながら曲がりはじめます。
ミラーで見ているとニメートルぐらい尻を振っているように見えるのです。

初めてのったら、怖くてハンドルを切るのが恐くて、曲がるタイミングを失ってしまうほどです!笑

さて、話がダイブ脱線しましたが。

早い話。超警察国家になる事を皆が理解していない事が一番恐い事です。


私の周りの人達も、いくら説明しても理解してくれない人が大半です。


思考停止・・・。

何よりも恐ろしい事!

ベンダソン様、書きまくって下さい。笑

投稿: かなぶん | 2009/11/09 03:49

前方の交差点で右折を開始した車両があった場合、当然自分が交差点に差し掛かる前に曲がりきってくれるものと思って、減速しないのが常です>>>>>

事故を起こす多くの人が、このような見込みで運転をするので、裁判所などで「漫然と運転していた」と言われてしまいます。

私も16歳からバイクに乗り始めバイク便のバイトや草レースやツーリングと地球何周分も乗りました。
仕事は保険関係でしたので事故は幾つも見てきました。


自家用車で右折をした後、突然、自転車と人が横断歩道を渡ってきたために交差点内に直進車両を妨害する形で停車していたとろを遥か向こうからきたバイクに側面をぶつけられて>>>>>>>

人は殆どの場合、突然渡ってきません。
運転者が直進対向車に注意が向いており、歩行者が渡ろうとしているのに気付いていないだけです。

もっと厳格に言えば予想して直進車両が見えていたら、やりすごしてから右折すべきです。
右折を中止した時、交差店内で直進車の進路を塞いでしまうか否かは、右折を開始する前に、その交差点の大きさから予測可能です。

はるか向こうからきたバイクに側面をぶつけられたとは右折車側の感覚的な発言だと思います。
(直進バイクが猛スピード走行も有り得ますが、それも見ていれば解かる)
直進バイクが余裕で避けられるスペースが、右折車の後方に有ったとかが無い限り右折車が責任大と思われます。
(ただ10:0にはナカナカなりませんヨ。余程の不注意が有ったのでは?)
{と色々書きましたが詳細を知らないので全くの想像です
違っていたらスイマセン}


二輪も四輪も両方乗っていたので、その特性は解かるのですが、片方だけ乗っている人には、他方の特性が解からずに
止まってくれるだろうとか、通り過ぎてくれるだろうとの
見込みが出てしまい、見込み外れになったときに不幸にして衝突してしまうようです。


高知の白バイ事故
あれも酷い
テレビやネットの特集を見て友人にも回しました。


警察の異常な事故後の対応や動員体制を見て普通の処理でなく「なにか」をしているようでした。

警察組織よりも本部長の自己保身のようにも見えました。


(事故の現場の見取り図などから考えると、
あのような場所で大型車が道路を塞ぐ形で右折待ちをしてはいけません。
信号が有るので、交差する大きな道路の通行が止まってから
右折を開始する為に直進すべきだったと思います。
事故時の過失は、急ブレーキや急ハンドル等の直前の回避義務は当然とされており、
そのような状態に陥った事に過失があるので、それを避ける為に、
今回の事故では、白バイは重大な過失となる
大幅な速度超過と大型車の発見が遅れた?前方不注意を認定されぬように”活動”したと思われます。


事故を回避できたか否かや、当事者間の責任の有無や大小を、一方的に最初から結果ありきの捜査や裁判が許されてよい筈が無いのは、言うまでもありません。)


業界との癒着も低レベルで沢山あります。
OO警察署の交通捜査の△主任とOOバス××営業所の渉外担当とか事故担当とか

ヤメ検弁護士の依頼者に対する告訴を、所轄警察署が何故か捜査しないので、本部の監察官に苦情を言っても変わらず、
別の警察関係者に相談していたら、耳打ちで、
そこの地方議会幹事長から
その事件には触るなと言われていると、言われた。
・・・とか

私が聞いた話しは、捏造ではなく立件しない話しですが
高知のように捏造されたものは冤罪ではなく、犯罪被害者
ですよね。。

どこかの国の話しではなく日本のお話しです。
腐りきっています。

以前、警察刷新会議というものがありました。
中坊公平さんと言う色々な事で活躍された弁護士さんがおりました。
件の刷新会議で、外部監察制度の創設を提言しました。

何年後だったでしょうか、住専の処理に携わっていた頃の
ナンだか良く解からない行為が犯罪的だと言うことで問題にされて、これまた良く解からない過程で、
結局、弁護士を辞める。
復帰しない というような形で終わったようですが、真相は
???????????です。

マスコミは後追い報道をしません。
悪者にしたままです。

長くなり失礼しました。

投稿: ひこぼし | 2009/11/09 03:23

ブログ主さんも、バイク乗りでしたか。私のピンぼけコメントにいつも丁寧におつきあい下さいまして、ありがとうございます。
バスの側に立つ人の考えでは、バスは停車していたのであり、白バイの前方不注意とスピードの出し過ぎだけが悪く見えるのでしょうね。私は、バイパス状の二車線の道路で、直進車が高速で走ってくることが予見できるカーブの少し見通しの悪い信号のない交差点で直進車両を道路封鎖するような形で停車していたバスの過失に思いを巡らせずにはおれません。片方から来ないから良いだろうと一方向から来る車両をせき止めて出る行為は時々みかけますが、実に事故が起きてないから問題にならないだけで、それが停車して1分経過後に側面に激突されても、文句は言えないのですよ。
それと、あまり知られていませんが、例えば、車がバイクに幅寄せしたりして、直接にはどこもバイクにあたっていなくても、バイクが恐怖を感じて転倒した場合でも、車はバイクに当たったと同じ行為をしたとして、処罰並びに損害賠償の請求を受けるのですよ。

投稿: らむちゃのパパ | 2009/11/09 02:00

ごめんなさい。

本の宣伝、重複しています。(ぼけてます)

投稿: 鉄馬 | 2009/11/09 01:30

こんばんわ。

検察、裁判官はどうしちゃったのでしょうか。

裁判官の話は、いくつかの本を読んでみたら、

・大学を出てそのまま裁判官になり、社会と隔絶されるので、世間一般でゆう社会常識、人情がわからないまま培養される。(海外では弁護士活動を経てから裁判官に任命される仕組みもある)

・日本の裁判官はものすごく人数が少ない。アメリカ、イギリス、フランスの五分の一以下なのに、一定のペースでノルマをこなさないと無能であると評価されてしまう。じっくり吟味することはできず、もちろん文句も許されず、ただひたすらこなすしかない。

などの問題が書いてありました。

ではどうすれば解決するかというと、特効薬は無いようです。

「漢字のお勉強」

>司法当局は、アタマが逝っちゃってるんじゃないか

「いく」というのこう書くのでしたか。いくというのは逝くという事なんですね。

勉強になりました。(笑)

-----

高知白バイ事件を取上げていただきありがとうございます。

ちょうど今月、11月16日、本が発売されます。

よろしければ買ってください。お願いいたします。

アマゾンでは送料無料です。

あの時、バスは止まっていた 高知「白バイ衝突死」の闇 山下 洋平 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797353899/

投稿: 鉄馬 | 2009/11/08 23:22

らむちゃのパパ様、コメントありがとうございます。

いつも鋭いご意見に敬服しておりますが、高知白バイ事件に関しては、事実を勘違いされているようです。確かにいづれの報道、ブログも肝心要の事故状況をあまり紹介せず、スリップ痕写真の真偽ばかりをあつかってますが・・・。

できたら、こちらをご覧いただき、どういう状態での事故だったのかご確認ください。貴兄が想像されるような右折ではないことがお分かりいただけると共に、バイクや車の運動法則が分かる方ならば、すぐさま不可解な証拠に気が付かれると思います。

http://www.tv-asahi.co.jp/d-sengen/story.html?07

ちなみに、私もバイク乗りです。

投稿: ベンダソン | 2009/11/08 21:04

検察と裁判所の誤った捜査や判断の悪影響は、高知白バイ事件よりも植草事件の方がより端的だと思います。
よく高知白バイ事件はえん罪事件としてとりあげられますが、同じバイクを運転する身としては、白バイの主張することもあながち虚偽とは言えないと感じます。
直進バイクが巡航速度で走っている場合、前方の交差点で右折を開始した車両があった場合、当然自分が交差点に差し掛かる前に曲がりきってくれるものと思って、減速しないのが常です。それは直進車が優先されるということもあると思います。
ところが、往々にして、右折車両は、右折した側の横断歩道を突然渡ってきた自転車や歩行者によって、対向直進車を妨害する形で交差点に立ち往生してしまうことがままあります。こうした場合、直進車は、思わぬ急停止を余儀なくされ、バイクなどは避けたらよいのか、停止しないとならないのか、判断が最後までつかず転倒しやすいのです。これはバイクに乗っている者にしかわからないことです。バスのような大型車両は、信号の変わり目かよほど右折する方向の横断歩道の状況を確認してから、直進車両の進行を絶対に妨げない形で右折を開始してもらいたいところです。
因みに私の知人も、自家用車で右折をした後、突然、自転車と人が横断歩道を渡ってきたために交差点内に直進車両を妨害する形で停車していたとろを遥か向こうからきたバイクに側面をぶつけられて、10対0で悪いにされていました。

投稿: らむちゃのパパ | 2009/11/08 09:45

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