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2010/03/07

マークⅡ?

つい最近まであったトヨタの車種にマークⅡがあった事は皆さん覚えておられるだろう。マークⅡとは「その2」だから車名としては実に変だ。その2じゃ分からん。最初はコロナと言う車のマークⅡだったのが、いつの間にかコロナが取れたのかもしれないがコロナはそのまま存続していたから、そう考えると益々ヘンな車名だったのだ。

では、今日のお題はマークⅡの話かというと、全然関係なくて、単に「その2」と言う意味に過ぎない。じゃ何の「その2」なんだというと、前エントリーの「その2」つまり「甘い国の支配者」の続編と言う意味である。

何とも無駄なイントロだと自分でも思うが、フィルターでもある。元々は今日の文章は先の記事と一体の文章で、先の記事は今日の為のイントロに過ぎない。では何故2つに分けたかと言うと、一つは例によって筆が滑り長くなってしまったから。

もう一つは、批判の対象を個人とせず類型化した時の人の反応を実証してみようと思ったから。具体的に言うと、前記事は、権力や権威に従順な人々を揶揄しているが、その揶揄した対象は特定の個人でも職種でもない実に抽象的な対象であるにもかかわらず、身に覚えのある人は怒り出すだろうと言う事だ。

面と向かうわけでもなく、権威あるマスコミでもない個人ブログからアメリカ人はバカだと言われて、はて一体どれくらいのアメリカ人が怒るだろうか。同じく日本人はバカだと言ったとしたらどうだろうか。

前記事では「よく職業に貴賎は無いと言うが、(中略)社会的に低く見られがちな職業の中では、ほとんどまともな理屈は通らないし、おかしな人間が多い。」と書いた。だがこれも抽象的だし、その直後の文でちゃんと「ただし、全てがそうと言うわけではなく、」とフォローしている。第一、社会的に低く見られがちな職業とは何ぞやである。拙ブログは敢えてここを書いてないし、そもそもそんな職業があるのだろうか、だ。

だが自分で、そう思っている人には、おそらく実に不愉快な表現だろう。同じく権力や権威に従順な人には、イヌと言わんばかりの記事には、自分が批判されたと腹を立てるだろう。故にフィルターなのである。

そして前記事にはこうも書いた「自分の内面に喜怒哀楽の基準が無い」とね。これがテーマなのだ。ブログ開設初期からの読者は御存じかと思うが、根性曲がりのベンダソンはときどき、こう言うトラップをしかけて、権威や権力に弱い従順な人々を怒らせる事で、彼らのお粗末ぶりを自演させるのだ。

あたかも自分個人が批判されたと思い実に簡単に怒るが、元々批判の内容の正邪ではなく、自分への批判と思っているから、その実何に怒っているかは、本人にも説明がつかない。だから前記事に予測したように「バカ・アホ」を連呼する類の怒りの表し方となる。

こうした類の人々の怒りは、個人の内面から来ていると本人は思っているのだろうが、怒りの原因となっている「批判」が本人を特定していないから、日本人はバカだと言われて怒るように、類型化された怒りなのである。

この類型化された、つまり個人特有の内面から来る怒りの判断ではないところが問題であり、そうした人々が少なくないのが日本の病巣なのである。その事を先ず実証した上で、本日の結論を申し上げようと思った。その目論見は前記事のコメント欄で明らかだと思う。

さて、ここから本題というか、続きだ・・・、

日本人が何らかの自分の判断をする場合に、あの人がこう言ってる、とかこの人が言ってると言った事が結構基準になっていて、先ず自分が客観的事実から判断するという事はほとんどないのではあるまいか、と思うことがママある。

それが多数意見となると、これはもう権威そのもの絶対無二の侵すべからざる事実と化してしまう。それはそれで民主主義ではあるのだけれど、問題は多数意見の実態なのだ。本当に多数意見ならば良いが、多数意見に支配された多数意見とでも言うか、いわば自己言及の矛盾要素を抱えていると思う。

ABがいると、Aはみんなが言ってるぞとBを同調させ、同じようにCを同調させる。でもこのプロセスにおいては中身の議論は全くなく、「みんなが」が理由だから、判断根拠が無い。こうして大勢が一つの意見にまとまっても実は根拠が無い世論なのだ。考えたら背筋が寒くなる。

昨今の日本のマスコミ報道がこれだ。事実の裏付けなどほとんど関係なく、或る方向に向かって世論をでっち上げると、それを信じた人々は、ああそれがみんなの意見なんだと同調してしまい、結果としてでっち上げ世論の底辺を後付けで形成してしまう。そんな感じだ。

物を考えない人に考えろといくら言ってみても、暖簾に手押しでむなしいだけなんだが、とは言えこんなんでマトモな社会が形成されるんだろうか。まるでイワシの大群ではないか。あたかも集団として意思を持って一斉に向きを変えているように見えるが、実態はだれひとり判断していない。

そんなんじゃ、トロール船にごっそりやられてしまう。ならば、人から何と言われようと、たとえ一人になっても、トロール網に向かっている集団から抜け出した方が生きる確率は高くなる。二人(匹)抜け出せば二人助かる。3人なら3人助かるのだ。

拙ブログはマスコミのミスリードを非難し続けてきたが、最も非難すべきは、それに乗せられる人々だ。マスコミ各社も確たる信念があってミスリードしている訳ではなく、目先の自社の利益の為に動いているだけで、本質は戦前の大本営発表を垂れ流したと同じ体質のままだ。

マスコミ各社が最も恐れるのはユーザー読者のはずなんだが、国民は相変わらずバカで判断力が無いと思っているのだろうか、仕入れネタ元ばかりを優先し、御用マスコミ化してしまっている。今回一連の小沢バッシング報道では、この構図がもろ前面に出てきてしまった。検察もマスコミも完全に国民をなめきっていると思う。

おそらく彼らは、好き好んで国を危うくしようとは思ってないだろうが、国を良くしようとしているとも思えない。先に述べたように自分達の目先の利益で動いているだけで、そこに国民を世論と称して利用しているのだ。

天下国家を考えてもいない連中に乗せられイワシの大群のごとくあっち向き、こっち向きしていてれば、各国の餌食になる事は火を見るより明らかだし事実そうなっている。例えば、長銀の破たんや昨今のリーマンショックが良い例だ。オイシイ所を外国にサッと持って行かれたり、一人(一国)だけリーマンの食い散らかした後始末を未だやらされている。バッカじゃねーの、だ。

今のところ日本と言うイワシの大群全部をごっそり一網打尽にする動きは無いように見えるが、部分部分では、先のリーマンショックよろしくごっそり網に掛けられている。1匹(人)でも2匹(人)でも早くこのイワシの大群から抜け出さないと、いつ自分がその網にかかるか分からないのだ。

だから愚息には、とにかく外国へ行けと言ってある。国の借金が個人金融資産を食いつぶすのにもうそれほど時間が残されてないからだ。国債残高がGDPを超えてもIMF管理下に置かれないのは、それがほぼ国内償還だからだとは聞かされるが、個人金融資産を食いつぶしたら、後は何もないことは、いかな理屈でも否定できまい。それでも国家が成り立つならば、誰も働かなくて良いと言う事になる。

では、国外脱出できない人はどうするか。

文句言うしかないだろう。黙って従順にマスコミに踊らされて破たんを待ってから騒いだって、どーにもなりゃしない。その時には文句言う相手がいないからだ。だったら、今から自分の目と耳で事実をよく見て確かめ、それでおかしい事にはおかしいと文句言うべきだろう。

小沢氏がヒーローか否かはまだ断定できないが、少なくとも、これまでの政治家のようにポストを欲しがったり自分の名誉にこだわったりではないのは明らかだ。彼のプライオリティは2大政党政治、民主主義の確立にある事は間違いなさそうである。

あのお顔はどう見ても悪党顔で好きになれないが、政治家のスケールは間違いなくデカイ。ひょっとした金権まみれなところがあるかも知れないが、それは憶測の域を出ない。だったら、今後の彼の行動を厳重に国民は監視ししながら、あのスケールに掛けてみようじゃないか、と思う。

どんな理屈、美辞麗句を並べても、今の日本の政治家には天下国家を第一に考えている政治家が他にいるようには見えない。せいぜい清廉潔白をウリにする程度であり、こと政治活動の原点となると、ポストが目的の人ばかりだ。

かつて小泉元首相にはものすごく期待したし、今も彼の言っていた米百俵の精神は正しいし、政策も間違っていなかったと思っているが、あの放り出し方はないだろうと思う。当時は放り出したとは思わなかったが、人気が衰えないのに後継者がいなく、改革が継続できなかった。結局は自分の名誉が天下国家より上だったのではないかとガッカリだ。

国外脱出ができないイワシの大群居残り組としては、このまま座して死を待つのはかなわんから、せめてイワシの大群に意思を持ち、導いてくれるリーダーを選んでみたいもの、その結果ずっこけても元々だ、意思もなく動いて一網打尽にされるよりは、自分の意思が多少なりとも働いた結果ならば、まだ納得できる。

小沢一郎バンザイ!ではファッショだが、小沢さん、アンタに任せる。その代わりきっちり監視させてもらうくらいの気持ちを自分の意志として持てないものだろうか。勿論、日本のリーダーは小沢一郎ありきではないから、彼以上に天下国家を考える人がいるならば別人でも構わない。

だが、今まで、総理大臣のポストを欲しがらない政治家と言うのは聞いた事が無い。そして、そういう噂が第三者から流された政治家は稀にいたように思うが、マスコミから、政権を取った場合、総理大臣にならないとはケシカランと叩かれた政治家は、間違いなく小沢一郎以外にはいない。

国民は、こう言うマスコミ報道の行間を読むべきだと思う。表の記事はインチキだらけのマスコミだが、論理で読める行間には真実が万歳なのだ。甘い国の支配者となった政治家、官僚、マスコミ達は、その甘い構造や既得権益を決して話そうとはしない。

つまり、天下国家よりも自分達の権益が優先する。そういう勢力の言う事を聞いて、「破壊者」に対して一緒に石をぶつけても、支配者たる彼らの利益にこそなれ、支配される国民には何の利益もない。権威や権力に従順な人たちには、そういう事を、少しは考えたらと言いたい。

本日これにて、

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コメント

○しま様、コメントありがとうございます。
>、ペンダソンさんが一定の評価をされている小泉元首相ですが、何か、ブッシュに会いに行くのに、まるで「鴨が葱背負って」どころか、「鴨が葱どころか鍋釜まで背負って」行ったとしか見なかった、というのが、小生の感想なのです。

⇒一定の評価と言うのが今に至っては、非常に微妙で、過去の話と思ってください。特にこの点では全く同感で、「ぐろ~り、ぐろ~り、はれる~や~」なんてやられると、情けなくて引いてしまいましたね。

投稿: ベンダソン | 2010/03/12 12:06

こんばんは、ペンダソンさん。

債務国家アメリカの債権を大量に保有しているのが、実は日本なんですよね(現在は中国の方が保有量は多いそうです)…。

日下公人氏の書籍に書いてあったと思いますが、第一次大戦で、アメリカが、イギリスやフランスの債権国で、ドイツの債権国ではなかったと…。
つまり、アメリカとしては、金貸してないドイツが戦争に負けようが一向に困らないけれど、金貸してるイギリスやフランスに負けてもらってはたいへんに困るという状況だったというわけです。

翻って、現在の日本ですが、無償、有償を問わず、世界中に金をばらまいている状態というのは、仮に戦争でもあって、この国が滅べば、アメリカならずとも世界中が大喜びするはなしなんだというのが、日下氏の主張だったような気がいたしますが、小生としても、そっちの方がよっぽど問題だと思っています。

そういう意味で、ペンダソンさんが一定の評価をされている小泉元首相ですが、何か、ブッシュに会いに行くのに、まるで「鴨が葱背負って」どころか、「鴨が葱どころか鍋釜まで背負って」行ったとしか見なかった、というのが、小生の感想なのです。
ま、小泉氏に限らず、日本の政治家、外交官、まともな外交をできるのは一人としていないのでしょうが…。

>事実として、非論理性や空気の存在は否定できませんが、それは個人同士で責任が取れる範囲の話であり、公式のルールとしては認めがたい、認めるべきではないから改革しなければならないと言うのが拙ブログのスタンスです。

>そして、実際に日本人はこの半世紀の間にかなり民族性が変わったと思います。ただし、悪い方に。大和民族の美徳が失われ、西欧合理主義と島国根性の悪いところが合体した救い難い民族性になったと思うので、浪花節に戻るにしても合理主義を深化させるにしても、どちらでも良いから筋と品格がほしいものです。

大筋で合意いたします。
日本の官庁(警察・検察は特に)が帝国陸軍、そして、マスコミがあいも変わらず〝大本営発表〟では困りますよね。

たいへん失礼いたしました。

投稿: しま | 2010/03/10 23:57

ぷにょ様、コメントありがとうございます。
確かにその通りでしたね、御丁寧な解説ありがとうございます。

ただ、本文には「国債残高がGDPを超えてもIMF管理下に置かれないのは、それがほぼ国内償還だからだとは聞かされるが、」と、国債残高がGDPを超えている事を前提としておりました。その上で、95%国内償還の特殊性を再確認し質問したつもりでしたが、私の説明が足りなかったようです。

私が言いたかったのは、国と地方の借金の限界点がどこにあるのかです。GDPをとっくに突破し今や2倍の借金で、それらがほとんど国内償還で、毎年の予算も半分が借金ですから、借りる当てつまり国民の貯金を食いつぶしたら、一体どこから借金をするのかです。海外は元々ムリ、銀行の原資ももとは国民や企業の預金ですからこれもムリ、中央銀行からの借り入れもムリ、そう判断しましたが、素人の浅はかさかもしれません。

残るは有り得ないハズの御法度の中央銀行からの借り入れ、つまりお札の印刷ですが、それで
成り立つかと言えば、ひょっとしたらハイパーインフレとなって事実上借金はチャラと言うのが残された道かとも思っており、ずいぶん前に書きました。

実際のところ、これも以前書きましたが、記憶では実体経済が今やマネー経済の2.7%しかない事と、日本は既に2005年以降所得収支が貿易収支を上回り世界一ですから、理屈の上では国全体がマネーゲームで食うと言うのもアリかとも思いますが、閉鎖された組織ならともかく有り得ないでしょう。故に、そんな事(=個人金融資産を食いつぶしても国家が破たんしない)がこの日本で成り立つならば、働かなくてもよいとの判断です。

この件、これにて了としましょう。

投稿: ベンダソン | 2010/03/08 21:40

>どこの国?教えてください。

アメリカです。その他発展途上国などでも銀行が普及してない国ではほとんどが個人金融資産を上まわっています。そもそも個人金融資産は国力を示す指標ではありません。国力の氷山の一角です。国民平均月給20万で2万貯金と50万で2万貯金のどちらに国力があるかわかりますよね。(レートが同じ場合)

>誰も働かなくてよいし、税金も要らない事になると思うのですが。

働くことでその通貨の価値を高めます(円高)。原油が出ればそれも通貨の価値を高めます。通貨圏内で資源もなく、働く人がいなければ、その通貨の価値が下落していけば、100万円でパンも買えなくなりす(円安)。
税金がない国はあります。国が原油など国際通貨を手に入れられる利権を独占している場合は税金がないばかりかお金をさまざまな形で国民にばらまいています。記憶があやふやですが中国も宋や明の時代無税だった時期があったそうです。残念ながら日本政府にはそのような利権を持ち合わせていないので今のところ国民が労働によって得られた価値を吸収せざるを得ない状況です。たとえ原油が噴き出しても累進という再分配の役割も果しているので無税はより難しいでしょうね。共産主義は国民の労働・資源すべてが国の所有物でしたのでこれも無税と言ってもいいんでしょうかねえ。

投稿: ぷにょ | 2010/03/08 18:41

皆様、真摯なご意見ありがとうございます。仕事の合間にチョイさぼり、以下、まとめてコメントさせていただきますが、よろしくお願いいたします。
*********************************************************************
○珍県民様、コメントありがとうございます。
それは知りませんでした。ちなみにジャガーマークⅡは最もかっこ良いジャガーではないかと思ってます。
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○小さな太陽様、コメントありがとうございます。
小泉さんの政権放り投げ云々は、辞め方のプロセスではなく、結果論です。現に人気があり、再登場を多くの国民が望んでいたのですから、再度首相になるか、後継者をしっかり育てるかして、改革を成就させてほしかったとの思いを綴りました。
*********************************************************************
○ペンタクロス様、コメントありがとうございます。
なるほど、そうかもしれません。
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○ぷにょ様、コメントありがとうございます。
>誰でもなにかしら洗脳を受けていて当然ですのでお互い指摘しあって解けるようにしましょう。
⇒全く御指摘の通りかと思います。では、早速ですが・・・↓

>(個人金融資産を)食いつぶして生き残ってる国は数多ありますが・・・
⇒との事ですが、それはどの国でしょうかご教授いただければ幸いです。ちなみに、私はだれの教えを聞いたわけではなく、いかな素人でも有り得ないと思って書いたものです。国債の国内償還が95%で、国債発行残高が個人金融資産を上回っても破たんしないなら、誰も働かなくてよいし、税金も要らない事になると思うのですが。
*********************************************************************
○素朴な疑問様、コメントありがとうございます。
上記の通り、同感です。
*********************************************************************

投稿: ベンダソン | 2010/03/08 17:16

ぷにょさんへ、素朴な疑問です。

>食いつぶして生き残ってる国は数多ありますがそれはどう解釈するんでしょうね?

どこの国?教えてください。

投稿: 素朴な疑問 | 2010/03/08 16:48

ポイントのみで

>個人金融資産を食いつぶしたら、後は何もないことは、いかなる理屈でも否定できまい。
……食いつぶして生き残ってる国は数多ありますがそれはどう解釈するんでしょうね?あなた自身がマスコミや与謝野氏に踊らされている気がします。誰でもなにかしら洗脳を受けていて当然ですのでお互い指摘しあって解けるようにしましょう。

>最も非難すべきは、それに乗せられる人々だ。
……同上。多かれ少なかれ誰でも影響を受けています。

>多数意見に支配された多数意見
……清廉潔白が多数派になったのは民主党自身にも大きな要素があると思うのですが・・・。少なくとも自民党の本音は一部を除いてあなたと同じ意見でしょうね。

>彼のプライオリティは2大政党政治、民主主義の確立にある
>彼以上に天下国家を考える人がいるならば別人でも構わない。
……これが一番引っかかりますね。次はこれを深く踏み込んでもらいたい。私個人の意見として二十世紀の政治家の中で天下国家を深く考え、国の能力を最大限に引き出した政治家はヒトラーかスターリンと考えています。もちろん時代背景が違うので方法は今と異なっています。二大政党も民主主義も単なる方法です。小沢氏のこの手段で国民の暮らしはどう変わるのか、見えている人はいないのではないでしょうか。期待しております。

投稿: ぷにょ | 2010/03/08 15:32

はじめまして。

わたしくし、2ちゃんねる総研、という2ちゃんねるまとめブログを運営しております、soken2chと申します。

当サイトのRSSリーダー(人気ブログ)に貴ブログを登録させていただきました。もし問題があるようでしたらご連絡ください。すぐに削除させていただきます。また、もしよろしければこちらのブログもリンクいただければ幸いです。

このコメントはお読み終わったら削除ください。

お手数ではございますが、ご確認、よろしくお願いいたします。
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URL
http://blog.livedoor.jp/soken2ch/

開設日
2009年10月下旬

サイト名
2ちゃんねる総研

Googleページランク

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投稿: soken2ch | 2010/03/08 15:03

ペンダソンさん、おはようございます。
日本の根本的な失敗は「大人教育」でしょうね。
「大人になれよ」といって従順を強要するのは、おそらく日本ぐらいではないでしょか。

投稿: ペンタクロス | 2010/03/08 09:15

随分前にコメントした者です。

本記事は流し読みしたので誤解あるかもしれませんが、(っと言うか流し読み程度でコメントするなって事かもです)

小泉さんの政権放り投げ?の所が少し引っかかりました。
実は僕はあの小泉郵政選挙が30手前にして、選挙初参戦でした。その時は民主党に入れたのですが、理由は単純で、小泉さんが選挙前から郵政民営化前に辞めると言っていたからです。
当時の記憶は曖昧ですが、今期(当時)限りで引退することを宣言していたこと。その期限が民営化前だった事に彼の無責任を感じたからです。

政治政策には詳しくないので、その点については僕個人の偏った意見がありますが、今はその行動に満足しています。

僕が思うに、彼は放り出したのではなく、本気では無かったのだと思います。(郵政民営化についてです、ベンダソンさんの意図と違ったらごめんなさい)

投稿: 小さな太陽 | 2010/03/08 04:29

マークⅡと言えば、もちろん、あのジャガーの名車ジャガー・マークⅡ(1955~)からトヨタが盗んだもので、日本では先に商標登録されてしまったので、ジャガー側が対抗できませんでした。

最近でも、竹中平蔵と組んでミサワホームを乗っ取ったり、もともと利益本位で、商道徳も何もない会社ですから、リコール問題を起こすのも無理もありません。

不正が蔓延しているのは、今に限ったことではありません。

投稿: 珍県民 | 2010/03/07 22:48

○SS様、早速のコメントありがとうございます。
>じゃあ自分が主体的にやれというと腰砕けになるヘタレ多数。

⇒その通りです。もっとヤバいのは、改革者の足をみんなで引っ張る事です。
例えば、やってみれば分かりますが、会社でも、地域でも、不正を糾弾すると間違いなくはじき出されます。損得だけで考えれば見て見ぬフリが一番です。

今の日本は、地域社会から職場まで、不正が蔓延し、悪党国家になっています。ズルイ事、悪い事を見逃さない事は、大多数を敵に回しますが、数の論理ではなく正邪の論理で考えれば正しい行為は正しいのですから世の中全部を敵に回しても主張したいものです。

なんて考えると重くなるので、根性無しのベンダソンは、せめてヘンな事はヘンだと主張する事にしてます。
*********************************************************************
○ しま様、コメントありがとうございます。
事実の認識として、全くおっしゃる通りかと思います。それが日本の現象としての現実で古来も今も変わらぬ事実だと思います。

問題はそれを良かれと思うか否かですね。何らかの行動を起こす時、この現状を踏まえて事の成就を目的に方法論のレベルで考えれば、この「空気」を肯定せざるを得ませんが、それが正しい結果とならなかった事の例に、山本氏が冒頭に日本軍の例を出していたと思います。

事実として、非論理性や空気の存在は否定できませんが、それは個人同士で責任が取れる範囲の話であり、公式のルールとしては認めがたい、認めるべきではないから改革しなければならないと言うのが拙ブログのスタンスです。

そして、実際に日本人はこの半世紀の間にかなり民族性が変わったと思います。ただし、悪い方に。大和民族の美徳が失われ、西欧合理主義と島国根性の悪いところが合体した救い難い民族性になったと思うので、浪花節に戻るにしても合理主義を深化させるにしても、どちらでも良いから筋と品格がほしいものです。
*********************************************************************

投稿: ベンダソン | 2010/03/07 21:28

前のエントリーの、

>とにかく、「力」に弱く、信じられないほど従順なのである。
>物事の判断基準に「自分」がほとんど無い

小生にはすごく肯けるはなしなんですけどね…。
欧米と違って、日本という国が非論理の国だということは、小室直樹氏、井沢元彦氏あたりが常々主張していることなんです。
ちょっと長くなりますが、小室直樹氏の著書から引用させていただきます。

(以下引用)
 さて、日本には科学的精神がないということは、今までずっと述べてきたとおりだが、そのために日本人は、先にも触れたとおり討論・議論というものができない。近代社会においては、科学が知識の規範なのだから、人々の意見も科学を基にして構成されなくてはいけない。したがって、欧米デモクラシーの考え方においては、「これは私の意見です」と言った場合、当然、「科学とは仮説である」という立場を踏まえており、「私の意見は一つの仮説にすぎません」という意味を持っている。そしてまた、当然、「あなたの意見も仮説にすぎません」ということになる。
 では、どちらの意見が正しいのかということは、どちらの論理の筋が通っているか、どちらが実証的妥当性を持っているか、によって決まってくることになる。
 だから、欧米において討論の始まりは、まず、相手の言っていることが矛盾しているかどうかを見つけることに集中するわけで、矛盾が見つかれば、それでもう負けとなる。もし、矛盾がないとわかれば、次は、どちらがより現実的妥当性を持っているかを、いろいろな例を挙げながら議論することになる。結局、討論とは、それに尽きるのであり、論理的一貫性、現実的妥当性だけが問題で、それ以外にはない。だからこそ誰とでも討論できる。仮説としての意見は、検証されるか、否定されるか、あるいは部分的に正しいところもあるが間違っている部分もあるか、そのいずれかでしかないのである。
 ところが日本では、意見が実体化されてしまい、その人の人格と不可分になってしまう。したがって、その意見が否定されたとなれば、その人の人格まで否定されることになるのだから、ひとたび討論が始まれば、絶対に負けるわけにはいかない。だから、そういうのはお互いにしんどいから、討論は最初からやめてしまおうという土壌が根づいたわけである。
 そのため、日本においては真の討論というものを見ることができない。一見、討論のように見えたとしても、それは実は単なる言い合いであり、怒鳴る声が大きいか小さいか、腕力があるかないかで勝ち負けが決まるのである。
 真の討論とは、あの人の意見はここまではこう正しいが、ここからはいけない、だから、自分はこう積み重ねる。また別な人物が、その積み重ねた意見はここまでは正しいが、ここからは間違っている。だから自分はさらにこう積み重ねる、というふうに展開されるものなのだ。しかもこうした討論のあり方こそ、近代デモクラシー社会を支える柱の一本なのである。
「超常識の方法―頭のゴミが取れる数学発想の使い方」小室直樹著(1981、9、30、祥伝社NON BOOK刊)より

討論・議論というものができない非論理の国、日本なればこそ、「長いものに巻かれろ」的発想が強いのではないかと、小生はそのように考えますがいかがでしょうか?

それから、

>昨今の日本のマスコミ報道がこれだ。事実の裏付けなどほとんど関係なく、或る方向に向かって世論をでっち上げると、それを信じた人々は、ああそれがみんなの意見なんだと同調してしまい、

ここらあたりは、故山本七平氏が、『「空気」の研究』(文春文庫)という著書の中で「空気」という表現を使っているものだと思いますyo。
http://kousyoublog.jp/?eid=1396

長々と、失礼いたしました。

投稿: しま | 2010/03/07 20:50

こんばんは!タイトルを見るとトヨタ問題と勘違いします(笑)。一億総評論家という言葉がありました。よく表しているかと思います。批評するのは皆大好きでツッコミばかりしますがじゃあ自分が主体的にやれというと腰砕けになるヘタレ多数。たまにぐいぐい引っ張って物事を進める人が出ますがそれにもツッコミです。失敗すればもう大変。昨日までは賛成していた人も批判をはじめてつぶします。いなくなるとまたそれに対する批判続出。でも代案なし。お互いにツッコミ合い揉み合っているうちに船は沈没。いや笑いごとじゃないすよホント。。

投稿: SS | 2010/03/07 20:12

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