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2010/09/12

検察は愛国無罪?

Osk201009100080

厚生労働省の偽証明書発行事件で、村木厚子元局長に無罪判決が出た。ことごとく検察の調書と違う証言のオンパレードだったので、当然の結果に安堵した。万が一にも、こんな事で有罪になるようでは、この国は完全に暗黒時代に突入かと危惧していたからだ。

先ずは事件の概要から。ま、どの新聞でも良いのでとりあえず読売を引用しよう。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100911-00000113-yom-soci

<引用開始>

村木元局長「心臓が1回大きく鼓動」無罪信じて

読売新聞 911()37分配信

 「これ以上、私の時間を奪わないでほしい」。

 郵便不正をめぐる厚生労働省の偽証明書発行事件で10日、無罪判決を受けた村木厚子元局長(54)は、夫と子供、支援者らが見守る法廷で、「潔白」へと導く裁判長の言葉をじっとかみしめた。

 逮捕から1年3か月。閉廷後、村木元局長は長かった捜査、公判を振り返り、「こういう結果が出るのを信じてやってきた」と安堵(あんど)の表情を見せる一方で、検察に控訴断念を求めた。

 「被告人は無罪」。大阪地裁201号法廷。横田信之裁判長が主文を告げた瞬間、グレーのジャケットにスカート姿の村木元局長は立ったまま軽く一礼し、ホッとした表情で少し目を潤ませた。

 村木元局長は閉廷後、大阪司法記者クラブで開かれた記者会見に弘中惇一郎弁護士らとともに出席。村木元局長は「色々な人に支えられて今日を迎えられた。本当に感謝している」と笑顔で切り出した。無罪が言い渡された瞬間については「言葉に表せない。心臓が1回大きく鼓動を打った」と、喜びの大きさを表した。

 検察との闘いを支え続けた家族や支援者らには、「『信じてる』って言ってくれたことが、救いだった。絶望や孤独を味わわずに来られた」と感謝の言葉を寄せ、「もう一度、もといた場所に戻りたい」と復職に意欲をみせた。

 関係者の調書が証拠採用されないなど、異例の展開だった公判。その約8か月を振り返っては、「真実を明らかにするプロセスが大変なことを実感した」と述べる一方で、「事実はわかったが、なぜ(検察の)ストーリーが出来たのか、その理由まではわからなかった」との不満も漏らした。検察に対しては、「何が無罪の原因だったのか自分で検証してほしい」と注文した。

 娘2人と傍聴席から見守った夫で厚労省総括審議官の太郎さん(56)は、周囲の人と握手を交わし、「無実を疑ったことはなかったが、判決がどうなるかは不安だった。『よく頑張ったね』と言ってやりたい」と妻をねぎらったが、「職場復帰できなければ意味がない。検察は、メンツにこだわった控訴はしないでほしい」と話した。

最終更新:911()37

<引用終わり>

この裁判、赤字で強調したように、関係者の調書が証拠採用されないなど、異例の展開だった。そして「事実はわかったが、なぜ(検察の)ストーリーが出来たのか、その理由まではわからなかった」のだ。

一体何が目的で、検察はこの様なストーリーを描いたのか。なによりも、そんな検察のストーリーのために超エリート官僚の人生を滅茶苦茶にして、それで済まされるのか。もしこれが、さして世間の注目を浴びない市井の民が容疑者だったならば、はたして無罪になっただろうか。

この事件は、検察のストーリー通りに調書が創られ証人がサインをさせられたが、公判でことごとく証人達が調書と反対の事を証言したから、この村木元局長は救われた。救われたといっても、元々ウソの調書に証人達がサインしてなければ起訴もされなかっただろうから、救われたというのは、当人にしてみれば納得いかない部分ではあろうと思う。

だが、よく考えてほしい。証人達は一度は検察の圧力に屈して調書にサインしたのである。それを公判で覆すのは相当に勇気がいるはずだ。もし最初から検察が怖くないならば、ウソの供述調書にサインなどするはずが無いからだ。

おそらくは、この事件の被告である村木氏が元「局長」ゆえのなせるワザではないか。つまり超の上に超が付くエリートの職場の事件故、関係者も相当にエリート揃いで、知的水準が高かった。だから少なくとも「恥」を知っているし、落ち着いて考えれば、容疑の不当性や自分の調書の持つ罪にも考えが及んだのだろうと思う。

だから、これはいくらなんでも、このまま黙っていたならばトンデモ無い事になると、証人達はキチンと証言してくれた。そもそもの犯人である偽造証明書を造った部下自身が、局長の関与を否定したが、これが程度の低い犯罪者ならば、少しでも自分の罪を軽くしようと関与があったと虚偽証言をしたかもしれない。偽造は許し難いが、一応の良心は持っていると言うことだ。

このように、この事件は、事件自体が大衆レベルにはない高度な環境の中で起こっており、関係者も一様に高度な人種であったからこそ、何とか真実が明るみに出たが、これが大衆レベルの環境で起きた事件であったならと考えるとゾッとするのである。

(念の為言うと、ここで言う「高度」とか「大衆」と言う単語に反応しないでいただきたい、いちいちこの単語の表す意味を事細かに説明していたのでは話が長くなるので、比喩的に表現したまで、この単語は論点では無いので、適宜各位が文脈から定義されたい。)

その辺の町内会のオッサン連中は、平気で嘘をつくし、人を陥れても何の良心の呵責も無い人が現実にはいる。勿論地域にもよるだろうが、こう言う地域があるのは事実。いづれご紹介するが、以前紹介した蓮田スマートICに反対運動を展開する地元では、現実に信じられない破廉恥・無節操な住民が、お上の手先となって暗躍しているからだ。

根性が曲がっているとか、悪人か善人かは、必ずしも教養とリンクしてはいない。犯罪者はエリートにも落ちこぼれにもいるからだ。だが決定的に違うのは、いわゆるエリート層は、少なくとも「恥」を認識できる。

だから数々の大疑獄事件でも、そこを突くとエリートたちは一気に落ちてきた事はよく知られた事実だ。生まれつきの悪党でも、それなりの教養があれば、動かぬ証拠を突きつけられると簡単に落ちる。だが無教養で知性のカケラもない犯罪者は、平気で最後までシラを切る。

さて、もしこの村木氏の事件が、我々の日常生活で起きていたらどうだっただろうか。そもそも我々は村木元局長ほどの重要人物ではないから、このようなシチュエーションは有り無いだろうけれど、耐震偽装事件や高知白バイ事件のように、事件に巻き込まれた相手が【重要】な場合は起こりえるからだ。

もし、この事件が厚生労働省の本省ではなく、例えば地方の郵便局で起きていたならば、はたしてどうなっていただろうか。数々の証人の調書が、ことごとく否定され得ただろうか。検察の圧力に屈して調書にサインしてしまった人々が、公判でそれを覆す勇気を持てるだろうか。

以前であれば、私はこんな事は書かなかった。だが、現実に蓮田スマートICの地元住民の中に、何をどうすればここまで良心を無くせるのだろうかというような人々の行動を見ると、そう思わざるを得なくなってくる。無知無教養な人の中にはそういう人々が現実には居るのだ。

こうした良心の呵責と無縁な人々は、無知無教養のなせるワザであると書きながら、ここで自分自身大いなる矛盾に気が付く。ちょっと待てよ、そもそもこの事件、冤罪を仕組んだのは検察ではないか、とね。これが2つ目の疑問だ。

そうなのだ、「恥」を知っているはずの、教養あるエリートなのに、何故検察は、こうも無茶苦茶なでっち上げストーリーを創り、それに沿った調書を作り、あまつさえ無実の人の人生を台無しにして平気でいられるのか。そう考えると、本日、この文章でここまで延々と、エリートには羞恥心があるからなんて書いてきたことも、全部矛盾してしまう。自爆だ。

敢えて、ここで、こう折り合いをつけよう、一般的には教養があれば、良心の呵責があってそれほど破廉恥な事をしないが、置かれた環境によっては、いかに教養があっても、集団として時には良心を失ってしまい、歯止めがきかなくなるのではないか、とね。

この心理、掲題したように「愛国無罪」なんじゃなかろか。愛国無罪とは、「国を愛することから行われる蛮行に罪はない」を意味する中国語の言葉だ。主として中国における反政府運動の際に用いられてきた言葉だが、20054月に中華人民共和国で起きた反日デモで大々的に掲げられて日本で注目された(ウィキペディアより)。

要するに、自分達が正義と思ってやってる事は、何をやっても許されると言う、何とも勝手な理屈だ。こう言う事がまかり通れば、戦争も全て正義の為、人を殺してもぶん殴っても何でも有りとなってしまう免罪符だ。

この度の事件では、調書の信用性に疑問符が付き裁判所がこれを証拠採用しなかったから、幸い無罪となった。だがそもそも、調書は証人の発言を書きとめたもの、つまり証人の発言そのもののはずである。もし人間の能力に、テレパシーかなんかで、記憶を正確に再現し皆でそれを共有できる能力が備わっていれば、調書なんて必要ない。証人の証言だけで良いはずだ。

こんな屁理屈考えなくたって、証人の証言は本人が証言する事が一番正しいに決まってる。だから証言なんだろう。しかもそれが密室では無く法廷と言う大勢の人が見守る中での証言となればなおさらだ。

日本の裁判・司法制度は、真実とか正義なんて事よりも、いかに裁判事務を効率良くこなすかにプライオリティがあって、平民どもの人権なんて端から眼中にないのだと思う。その典型が調書の重視だ。特に自白調書の重視は、本人が違うと言っても、本人が書いてもいない調書が本人の意思となるトンデモとんちんかんだ。

普通の社会ではロジックとして成り立たないのに、専門家がよってたかって無理やり正当性を持たせている、実に不可解だ。どうしても本人の証言よりも調書を重視すると言うなら、その正当性を証明するためにも、取り調べの可視化をすべきだろう。

可視化を嫌がると言う事は、インチキ取り調べが出来なくなるからと言う以外に、一体どんな理由があると言うのか、当局はちゃんと説明できないだろう。実際にも、可視化反対の理由は取り調べに不都合があるからというのだから、もう何をかいわんやだ。開いた口が塞がらない。

村木元局長の身に起こった事は、我々にも起こりうるし、無名の民ならば、誰も注目しないし助けてもくれない。身を守るのは自分しかないだろう。そうした時、最大の武器は「真実」だ。真実が記録されていれば、身を守る事が出来る可能性が出てくるが、取り調べのプロセスが不明な密室の取り調べでは、甚だ心もとない。

検察無謬が事実ならば、取り調べ可視化反対にも理は有るかも知れない。だが、現実にインチキな調書や杜撰極まりない調査で起訴しているのだから、検察無謬は幻想である事が証明されてしまっている。本件で、一例をあげれば石井議員のアリバイを調べもしなかった点など、噴飯もののおマヌケ捜査でしかない。

問題はここまで杜撰で恣意的捜査をやった検察当事者が何故、罰せられないのかだ。うっかりとかそういうレベルを超えて、恣意的に人を罪に陥れている事は明らかなのだから、これは犯罪だろう。

こうした意図的恣意的な冤罪捏造を許していては、この国の暗黒化、検察の青年将校化には歯止めがきくはずが無い。へっちゃらで、再び次の獲物を探すだろう。不都合な事を騒ぎまくる拙ブログ辺りが狙われてもおかしくない。

何しろ、公権力や組織から個人がターゲットにされた場合、何故かこの国の国民は信じられないほど冷淡になるからだ。多数対一人の争いになった時、諸外国では個人がヒーロー扱いされ易いが、日本ではまずない。

よく日本人は判官びいきと言われる。これについてはじっくりと説明が必要だが、今日のところ、それは義経のように、自分とは違う由緒正しい血筋と悲劇性を備えていた場合であって、自分と同じ市民に対して、判官びいきする事は先ずないとだけ言っておこう。

簡単に言えば、日本にはウイリアム・テルは出てこないのだ。一人悪代官に逆らうテルを、英雄視しスイスの民は立ちあがったが、日本では、悪代官がやらなくとも民がテルを潰してしまう。国民全部とは言わないが、悲しいかな日本人にはこう言う体質が根深く宿っていると思う。

こう書かれてしまうと、読んでいるアナタは、気分が悪くなり、ベンダソンに反感を持つことだろう。仮に真実であっても、お前に言われたくないとも思うだろう。ならば、敢えて私はアナタをバカにし、ケンカを売ろう。阿呆、怒る相手が違うだろう!とね。まさに棒に怒る日本人だ。

怒るべき相手は、ウイリアム・テルを見殺しにするなと言うベンダソンではなく、ウイリアム・テルを抹殺しようとする公権力(悪代官)なのである。

人を冤罪に陥れて平気でいる検察権力はウイリアム・テルを抹殺する悪代官と、根っこはさして変わらない。民が怒らなければ、歯止めがきかなくなるのだ。公権力に抹殺されそうな人がいたら、他人ごとで「火の無いところに煙は立たぬ」なんて思わず、明日の我が身として注意を払うべきなのだ。それを言いたい。

そして、この村木元局長は、無罪で、しかも国家権力によって冤罪を仕掛けられた事は明らかなんだから、国家が責任を持って地位を保全・回復すべきだ。局長として、他にもライバルはいるだろうが、これだけの辛酸を舐めた人はいないから、次官候補の最有力にすべきだろうとさえ思う。

「検察への責任追及」「村木氏の地位回復」は、世論の役目、そして「可視化」は何としても実現すべき事だと思うが、いかがだろうか?

本日これにて、

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コメント

ペンダソン様、
この記事の主旨「取調べ可視化」に心から賛成です。が、もう1つ重要な視点があるようです。それは、村木さんが無罪なら「真犯人は誰か」ということで、以下のブログに下記の記載がありました:

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/a188eebd32900d15fe2ee3d02dbe93f6

「それにしても不思議な事件ですね。
半年前の毎日放送で、事件は郵政民営化命の小泉純一郎首相の秘書官飯島勳が無実の村木局長の上司であった塩田元部長と『石井議員が関与した』ように口裏合わせをして村木厚子局長を逮捕したと報じたのですが、何故か即刻削除されています。
検察は、民主党の『石井一犯人説』の前提で村木局長の部下の上村係長の供述調書を頼りに村木厚子元局長を起訴したのですが、肝心のこの上村係長の動機は不明であるのですよ。
普通、人は自分に何かの利益が無いとこんな不正はわざわざ行いません。」

このブログ主さんは、ペンダソンさんとどこか似ているような気がします(~_~)。

投稿: Saito | 2010/10/05 13:50

しま様コメントありがとうございます。

>こんなことばかり書いていると、小生もやがてタイホされたりして!!


ほんと、冗談で済まなくなりそうですね。

投稿: ベンダソン | 2010/09/15 21:29

ペンダソンさま 

御参考までに、イタリア(刑事司法が最も近代化されているとされる) と、モンゴル(旧共産国で比較的遅れた国とされる)の刑事司法の実情を御紹介いたします。

http://www.nichibenren.or.jp/ja/publication/booklet/data/kashika_report2.pdf

http://www.nichibenren.or.jp/ja/publication/booklet/data/kashika_report3.pdf

>「日本に憲法はあるのか?」(ローマのある弁護士)
>「23日間の取調べ? それは拷問だ!」(ローマ市警察の捜査部長)

イタリア人からは、日本が北朝鮮とたいして変わらない国だと思われてるのかもしれません。

>おっしゃるように「言った、言わないの水掛け論から解放されて無駄な労力を使わなくて済む」のですから、敢えてそれをやらないのは

この国の今までの刑事裁判では、たとえ水掛け論になったとしても、警察・検察無謬説でもって捜査側の主張をことごとく採用しますから、つまりは、密室の取調べを裁判所が追認しているのと同じです。それだったら可視化はしたくない。そうなるのは当然かもしれません。
でもね、警察・検察無謬説が仮に正しいのであれば、そもそも裁判所なんて、いらないんじゃないですかね???

こんなことばかり書いていると、小生もやがてタイホされたりして!!

度々失礼いたしました。

投稿: しま | 2010/09/14 01:46

しま様、コメントありがとうございます。

>とにかく、台湾、韓国、香港、モンゴルといった国でさえ実施されている可視化が、なぜ日本だけで!できないのか、明確に説明していただきたいものです。

えっ、そうなんですか、知らなかった。てことは、ひょっとして、日本は北朝鮮並かもしれません。たまりませんね。

おっしゃるように「言った、言わないの水掛け論から解放されて無駄な労力を使わなくて済む」のですから、敢えてそれをやらないのはインチキ志向は明らか。要は恥の感じ方の問題でしょう。

こんな事書いたら、そのうちタイホされるのかなあ。

投稿: ベンダソン | 2010/09/14 00:10

ペンダソンさん、こんばんは、

>可視化を嫌がると言う事は、インチキ取り調べが出来なくなるからと言う以外に、一体どんな理由があると言うのか、当局はちゃんと説明できないだろう。

まったくそのとおりですねー。
警察・検察の主張はことごとく破綻しています。
だってそうでしょう。
すでに海外の多くで可視化が行なわれているのに、供述が得られなくなっただとか、治安が悪くなっただなんて、とんと聞こえてきません。
むしろ、言った、言わないの水掛け論から解放されて無駄な労力を使わなくて済む、というメリットばかりが聞こえてくるのは、いったいどうしたわけなのでしょうか???

また、おとり捜査みたいな武器が日本にだけない、などと屁理屈を言うようですけど、それならば、ダイヨウカンゴクだとか、一回の逮捕でほぼ自動的に23日間もの長期に亘って拘束できる、などなど、とんでもない時代遅れのことばかりが、何故日本だけで!罷り通っているのか、きちんと説明してもらいたいものです。

すでに、氷見事件という、服役後に別に真犯人が出てきて、冤罪が揺るぎない事件において、被疑者が、やっているはずのない犯罪をやった、という供述調書を採られているのに、それでさえも取り調べに問題がなかった、と言い張る警察側の主張を信じる人間がもしもいたとしたら、本物のバカでしょう。

とにかく、台湾、韓国、香港、モンゴルといった国でさえ実施されている可視化が、なぜ日本だけで!できないのか、明確に説明していただきたいものです。

それにしても、ひと頃よく聞かれた、日本の捜査機関は優秀がために治安もよい、というのは嘘八百で、つまりは神話の世界でしかなかったことを痛感しています。
自白に頼る捜査しかできない、と主張しているのであれば、自分たちは無能でございます、と告白しているに等しいからです。

たいへん失礼いたしました。

投稿: しま | 2010/09/13 23:42

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