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2011/07/06

「反対!」

「反対!」って、何に? まあ聞いてくださいな、今の日本を席巻する「反対」文化の一例です。例えば・・・、

ただやみくもに原発反対するのはどうかと思うが、さりとて、太陽光発電を非現実的だと批判する人にも閉口する。

太陽光発電否定論者に共通しているのは、根拠が希薄な点だ。特に効率が悪いとして、太陽光発電ではエネルギー消費をまかなえないという人は一体どんな客観的根拠をもって言っているのだろうか。

少なくとも私が試算する限りでは、一般家庭の全エネルギー消費は屋根に乗る70100㎡程度の太陽光パネルでまかなえるし、日本の全エネルギー消費は、国土の1割に太陽光パネルを敷けばまかなえる。

問題は畜電だが、それとてちゃんと現実的な解決策が有るが、それはまだナイショ。うっかり公表すると、すぐに知ったかでパクられてしまうからだ。

私の学位論文は、太陽光発電と災害に強い街づくりの研究だったが、震災前には私の話に見向きもしなかった人達が、ブームとばかりに、私の話の聞きかじり、あちこちに話をもっていってしまうのには閉口する。

故に、上記計算根拠も今は明かせない。とにかく、あまりにもいい加減な知識で、再生可能エネルギーの未来を語り過ぎ。そして知ったかで無責任な批判が多すぎると思う。そしてこれは原発反対論者にも言える。

以前、現状のエネルギー政策においては原発のCO2削減効果を評価する旨書いたら、原発の水蒸気は温室効果ガスだと噛みついてきた方がいたが、火力発電では水蒸気を発生しないとでも言うのだろうか。概して、こうした方々の論理には一貫性と客観的が無く、早い話が単純で独りよがりだ。

拙ブログでは、原発を肯定してきたが、それはあくまで自然エネルギーでまかなえるようになるまでの過渡的な措置としてだ。その考えは今もって変わらないが、もはや自然エネルギー、特に太陽光の利用においては充分に現実性が見出されるようになったので、今やエネルギー政策としては原発は不要だと思う。

けれど即、原発を停止するというのは、明日からどうやって電気をまかなうかを考えれば、いくらなんでも非現実的だ。現実的には、最近よく言われるように定期点検を期に順次停止していくのが妥当な気がする。

但し、原発には誰も表立って口にはしない全く別の側面が有って、それは国防だ。残念ながら日本では、堂々と議論を戦わす習慣が無い。議論と称して実際には勝ち負けにこだわり、論理よりも根回しや感情で事が決まる。特に、「天皇」「原発」「憲法9条」は議論すること自体がタブーとなっており、この単語が出てきた途端に発狂してしまい話も何も出来なくなってしまう。

国防と憲法9条は表裏一体だから、その観点で原発を語ろうものならば、人々は一斉に発狂しかねない。だから、誰も表立っては語れないのだろうが、重要な問題だと思っているのであえて書かせていただく。

原発が実際に東海村に建設されたのは1960年代初めの頃だったと思うが、当初はおそらくエネルギー政策もさることながら、いつでも原爆開発に技術転用できる事が動機ではなかったのだろうかと推測する。

推測と言うのは、非核三原則の下こうした事は絶対に表立って議論はされないから、あくまで推測なのだ。とまれ、そうした周辺事情を推測してもあまり意味は無いので、結論を言おう。現在の日本のロケットと原発技術を持ってすれば、即座に原爆を積んだ大陸間弾道弾の開発は容易だろう。

持ってはいないが、いつでも核兵器を自力開発し生産出来る事は、誰の目にも明らか。日本の核の抑止力はハンパではないハズだ。これが結論。だからもしも原発を完全に廃止してしまうならば、この抑止力が消えてしまう。

さりとて原発は危険な事は明らか。ではどうする?ならば原発を廃止して核開発を行う?そんな事言った途端に、外国からの反発以前に、国内が発狂してしまうだろう。だからあくまで、白々しくも平和利用を掲げつつ原子力船等の開発を続けるしかないのではないか。

勿論こうした考えは、武力による国防と言う観点が前提だ。国防に武力は必要ないとの前提に立てば、私のこの主張は意味をなさない。どの様な前提でモノを考えるかは人それぞれだ、何が絶対なんて事は言えない、だから私の話が絶対正しいなんて事も思わない。ただ知り得る情報と状況からこう判断したまで。

非核三原則を掲げるこの国にあって、原爆開発が必要だなんて言う事自体マトモじゃないし、そこを追及されたら返す言葉も無くなる。おっしゃると―りです、ごめんなさいと先に言っておこう。・・・だが、それでも地球は動くのだ。

なにしろ、2年前にオバマ大統領は核廃絶を訴えたが、世界中が絶賛した超大国のこの提案に対して、唯一の被爆国日本では、あれこれオバマ大統領やアメリカの心の内を推測し、本音はどーたらこーたらと言った話に矮小化されてしまい結局は盛り上がらなかったのだ。

日本人は本当に核を否定しているのか、甚だ疑問なのだ。ただやみくもに何でも「反対」と言ってるだけなんじゃないか。核「反対」、核廃絶「反対」、全く意味は正反対だが、とりあえず条件反射的に「反対」なんじゃなかろか。

なんて言ったら言い過ぎだろうか。

では、本日これにて、

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コメント

こちらこそ勝手に勘違い、すみませんでした。
ただ、熱効率の悪さも、バカにはならないと思います。
電気事業連絡会のHP(http://www.fepc.or.jp/library/data/tokei/index.html)で統計をみてみると、日本の原子力発電は2010年度で271,269,517MWhだそうです。けっこうすごい数字だと思います。この2倍くらい自然界に放出しているとしたら、、、
暑くなってきたので毛布減らそうとしたけど、ストーブは焚きっぱなしだった、みたいなことになりますまいか。
と、素人は心配になってしまいます。
原発の排熱は捨てるしかないけれど、こちらはガスで発電しつつお湯を利用するので効率的、というようなことをだれか言っていたような気がします。気がするだけで、根拠示せないです。ごめんなさい。
ごめんなさいのついでに、、、
私のパート先は、近年、常用する能力のある自家発電を非常用くらいにしか使っていませんでした。建物を建てたときに想定しなかったくらいの重油の値上がりで、電力会社から購入するほうが安上がりになってしまったそうで。こういうことならば「過剰な設備投資をするつもりはなかったけれど眠っている自家発電」というのが存在していそうに思います。
その自家発、100万円の罰金&非国民のレッテルよりはマシとのことで、最近は平日の日中動かしているそうです。
一律何%削減!とかだと、去年までもうこれ以上できないというくらい節電してきた人が苦しんで、無駄遣いをしていた人が有利な気がします。まずはIHクッキングヒーターを勧めていた営業の人が、ガスコンロに戻してくださいとお願いして回るのがスジだと思うのですが。
一律削減に反対!したいです。
すみません。

投稿: たま | 2011/08/13 05:14

たま様、コメントありがとうございます。

私の論点は「放射能のとけた温水」の真偽です。説明不足ですねスミマセン。

誤解を恐れずに言えば、3分の2を海に捨てようが捨てまいが、それは単なる技術上のムダに過ぎませんが、それが放射となれば、天地がひっくり返る大問題だからです。

ちなみに3分の2だか何だかの熱を捨てるというのは原発だからですかね、蒸気タービンの問題じゃないのでしょうか。

投稿: ベンダソン | 2011/08/11 11:43

今更ですみません。
あきどんさんがなかなか根拠を示してくださらないので、、、ひとつ、根拠になりそうなのを見つけました。
>2/3を放射能のとけた温水にして海に捨てて日々海を温めている
のところです。
いつだったか「効率35%達成」というような新聞記事を見かけた気がしていたのですが、新聞記事は見つけられませんでした。そのかわり、北陸電力のHP(http://www.rikuden.co.jp/outline1/)を見ましたら、たとえば、
志賀原子力発電所2号機は、原子炉の定格熱出力392万6千kWに対して定格電気出力は135万8千kWだそうです。およそ三分の二の熱は電気にならずにどこかに行っているようです。平成18年に運転を開始したのでそれほど旧式でもないと思います。
素人考えでは、主に冷却水を温めて海に行っているような気がしますので、根拠になりそうだなぁと思ったのですがどうでしょう?
放射能云々はわかりませんでしたけど。

投稿: たま | 2011/08/11 06:08

うーん、

タブン、自分の結論が決まっていて質問していたのかもしれません。常日頃、ベンダソンさんが指摘している結論ありきの不毛の議論なのかもです。

発電は環境に何らかの影響を与える→何かしらの変化がおこる→改善しなければならない(この段階にはもしかしたら偽善的興味しかないかもしれません)

ワタシの脳内は常に色んなひらめきが飛び交い、その瞬間瞬間に思い描くビジョンが変わるので論理的思考が苦手です。せっかく考えた組み立ても5分後には上手く表現できなかったりします。


今回の質問でも実は何が疑問だったのかも微妙です。ただきっかけが無ければ質問もしないし、今回のベンダソンさんの返信で色々な意味で納得できました。

大感謝です。

上述の結論ありき・・でいうと、社会全体で上辺だけで省エネと言いながら発電もとの切り替えに一生懸命になっているのが、きっとくだらないと感じたんだと思います。

違うかな!?

ご指摘の通り論点の整理をする訓練を心がけたいと思います。

いつも下らない質問にお付き合いいただきありがとうございます。

投稿: 小さな太陽 | 2011/07/30 05:00

小さな太陽様、コメントありがとうございます。

>ベンダソンさんの主張は地球の基本的な活動の動力は太陽エネルギーであり、その総量が変化しないのであれば影響もない、という事でしょうか?

⇒その通りです。

>極論で申し訳ないですが、例えば地表(海上も含む)全てをパネルで覆い、空中都市なり、地中都市なり、可能であれば宇宙ステーションなりに電力を供給しようとした場合、環境変化は確実に出ると思うのですがどうなんでしょう?

⇒その通りです。

>ベンダソンさんの論理だと影響がないというのはエネルギー総量が変わらないということですよね?エネルギーの放出の仕方やバランスは変わる可能性はあるのでは無いのでしょうか?

⇒その通りです。

>どの程度自然エネルギーを利用するかにも拠るのでしょうが、どの辺りまでが負荷のかからない影響なしと言えるんでしょうかね?

⇒おっしゃる影響の定義(≒程度)が不明なので分かりませんが、厳密な意味ならば、影響は必ずあります。およそ地球上、或いは宇宙全体まで含めて、全て影響が有ります。しかし論点はそこですか?もしそうなら、正にその通り、考えるまでもないでしょう。

>自分の体感では都市部のアスファルト化は環境への影響は大きい気がしますが、これも気にしなくてよいのでしょうか?

⇒気にするか否かは、その人の感覚によるでしょうが、宇宙森羅万象全てが相関していますから、影響が有るのは当たり前です。確かに野原よりは熱くなりますが、しかし、これで何が問題なのでしょうか?ヒートアイランド?もしそうならばそういう議論をすれば良いと思いますが・・・。

先ずは何を論点とし何を問題視されているのか確立される事をお勧めします。例えば影響を変化と定義するならば、先に述べましたように宇宙森羅万象全ては相関しているので考えるまでもないでしょう。

投稿: ベンダソン | 2011/07/28 10:35

ベンダソン様、詳しい回答ありがとうございます。
また返信遅れましたことお詫び申し上げます。

さて、何度か返信を読ませていただいたのですが、正直、わかったような、わからないような・・・スミマセン。

ベンダソンさんの主張は地球の基本的な活動の動力は太陽エネルギーであり、その総量が変化しないのであれば影響もない、という事でしょうか?

っとすると疑問が湧きます。


極論で申し訳ないですが、例えば地表(海上も含む)全てをパネルで覆い、空中都市なり、地中都市なり、可能であれば宇宙ステーションなりに電力を供給しようとした場合、環境変化は確実に出ると思うのですがどうなんでしょう?
これは極論ですが、例えば地表の20%をパネルで覆うだけでも結構な変化が出るような気もします。
ベンダソンさんの論理だと影響がないというのはエネルギー総量が変わらないということですよね?エネルギーの放出の仕方やバランスは変わる可能性はあるのでは無いのでしょうか?

どの程度自然エネルギーを利用するかにも拠るのでしょうが、どの辺りまでが負荷のかからない影響なしと言えるんでしょうかね?

自分の体感では都市部のアスファルト化は環境への影響は大きい気がしますが、これも気にしなくてよいのでしょうか?

長々と屁理屈でスミマセン。

どうしてもわかったような、わからないような・・という感じなもので・・・

投稿: 小さな太陽 | 2011/07/28 05:20

小さな太陽様
コメントありがとうございます。
結論を言えば、太陽光などの再生可能な自然エネルギーはいくら使っても地球環境には影響ありません。よって、再生可能エネルギーで必要エネルギーがまかなえるならば、省エネは全く不要です。私は、今その研究をししているところです。

論理的に考えてみましょう。部分が全体の他の部分と関連が無く独立していれば、部分の影響が全体に及びますが、影響(=外因による変化)が部分同士のやり取りでその総量が一定ならば、全体には何の影響もない事は明らかです。

例えば、ウイスキーの水割りは、最初は濃くても氷が解ければ薄くなりますが、アルコール量は変わりありませんよね。

さて、ご質問ですが、太陽光発電による「地球環境への影響」と「太陽光を吸収することで本来地中に届くはずだったエネルギーは減るのか?」の2点は、全体と部分を同列に論じています。

太陽光パネルで日陰になる地面は、当然に太陽光パネルの有無によってその日射量は変化しますが、その日射量自体は既に地表に達したエネルギーなので、総量には影響ありません。従って総量である「地球環境」へは影響は有りません。

以下は蛇足ですが・・・、
太陽光発電以外にも太陽熱は勿論、風力も水力も波力も元は太陽エネルギーであり、そのエネルギー総量は変わりありませんので、それを人類が利用しようとしまいと、リアルタイムで行う限り、地球環境には影響が有りません。

但し現状は、化石燃料や原子力エネルギーが、このリアルタイムで届く太陽エネルギーに加算されていて影響が有る状態が標準状態なので、この加算エネルギーが無くなれば、見た目は正常に戻す分、影響が有ります。

石油や石炭も、元は太陽エネルギーであり、それらが何万年もかけて地球内部に貯めこまれたものです(ただし石油無機説もある)。それをいっぺんにほじくり出して燃やしてしまうのですから影響は甚大ですし、原子力に至っては太陽とは無縁の枠外のエネルギーが加算されるのですから100%余分な影響です。これらを無くせば、CO2云々を議論しなくとも地球本来の環境に戻る事は明らかです。但し、それが人類にとって理想かどうか或いは何が正常かは、また別の議論となります。

投稿: ベンダソン | 2011/07/20 09:58

お久し振りです。小さな太陽です。

本文とは直接関係がないのですが、長年疑問に思っていることがあります。
自分は全くの専門外でサッパリなのですが、ベンダソンさんなら何かしらの答えをお持ちかと思い質問させてください。

太陽光発電による地球環境への影響です。

端的に言えば、「太陽光パネルで太陽光を吸収することで本来地中に届くはずだったエネルギーは減るのか?」っと言う物です。
そしてもしそうなら、その結果は何をもたらすのか?例えば温暖化が無くなるとか、雨が降らなくなるとか、そういった自然現象に影響を及ぼす事ってあるんでしょうか?

幾ら考えても何にも浮かばないので何にもないのかも知れませんが・・。
ず~っと昔からの疑問です。

何か知見をお持ちでしたら、教えて頂けますでしょうか?

自分はどんな発電方式であれ、少なからず環境に負荷をかけるんじゃないかと感じているので、電力供給を増やす、安定させる事も重要ですが、低エネルギー社会を目指していく事が長い目で見た人類や地球の繁栄に繋がると思っています。
長々とスミマセンでした。

投稿: 小さな太陽 | 2011/07/20 04:36

○高橋元子様、コメントありがとうございます。
>日本が大切、日本がすばらしい、日本が日本がとおっしゃる方々にとっての日本は、「自分」に読み替えると筋が通ります。

⇒その通りです。
*********************************************************************
○あきどん様、コメントありがとうございます。
ところで・・・、
・ 「即、原発を停止するというのは、明日からどうやって電気をまかなうかを考えれば、いくらなんでも非現実的」という箇所が、前提条件がおかしいとのこと。では具体的にどうすれば発電供給できるのか、客観的根拠と出典を明示して示してください。以下に示す様に現実に企業の自家発電にしても過剰投資のハズが無く、LNG発電設備も足りないのではないでしょうか。企業は余剰設備を維持するはずが無く、現に東電は原発稼働で余った久里浜火力を解体しています。
・ LNGは炭化水素なのに、これを燃焼してもCO2を排出しないとのこと。その根拠の出典を明示してください。
・ 原発は2/3を放射能のとけた温水にして海に捨てて日々海を温めているとのこと。その出典を明示してください。
・ 6000万KWの自家発電(企業保有)があるとのこと。これが何故一般への電力供給になるのか根拠が分かりません。企業は自家消費に必要以上の余剰電力を生産しているとでも言うのでしょうか。私は企業が直接管理しないESCO事業の自家発電実績を調べましたが、春・冬は売電するも夏・冬は買電していました。これは必要以上の設備投資は過剰投資になりますから収益事業なら当然のことではないでしょうか。
・ 「原発ないと電力足りない=推進派に都合のいい前提条件にすぎないので、議論の前に前提条件の正誤を必ずチェックしてください。」とのこと、客観的チェックをされたのであれば、お示しください。
*********************************************************************

投稿: ベンダソン | 2011/07/16 22:38

「即、原発を停止するというのは、明日からどうやって電気をまかなうかを考えれば、いくらなんでも非現実的」という箇所ですが、前提条件がおかしいと感じました。
代替エネルギーとしてLNG使用するガスコンバインド式火力発電所あります。二酸化炭素も出さずエネルギー効率も最大60%近くです。(原発は2/3を放射能のとけた温水にして海に捨てて日々海を温めています)
原発建設が一基5000億円としたら0ひとつ少ない
金額で短期間にたちます。
しかし電力会社は資産に一定係数をかけ電力料金を国民から徴収してよいことになっているのでやっぱり高い原発がおいしいんでしょう。
核廃棄物は全部青森に行きますが満杯です。新たに誘致しゴミ捨て場つくらないともうダメです。高レベルのものはガラス固化し5層の処理をして地層に埋める計画でしたが3年以上前から技術がなく完全にストップしています。
しっかし電力会社の料金レベルは世界トップクラスでこんなことがおきても電力会社は1200億円を上限とした賠償責任しかなく、それを超えた分は国が・・・といっていますがわれわれの税金が上がるだけです。
過去エネルギー消費量は水力+火力の合計を上回ったことがないデータがあります。加えて日本には6000万KWの自家発電(企業保有)があり、電力会社の地域独占を破棄し電力自由化すれば電気代も下がりかつ原発も不要です。
長くなりましたが、九電のやらせに象徴される情報操作は原発業界では普通です。原発ないと電力足りない=推進派に都合のいい前提条件にすぎないので、議論の前に前提条件の正誤を必ずチェックしてください。

投稿: あきどん | 2011/07/16 20:37

どうもこんにちは。
反対反対とりあえず反対、誰が悪いこれが気に食わぬ、って最近はニホンジンの特徴かと思うくらい蔓延していますね。
反対なら反対で自分はどう考えどう行動し、どういう実績を上げたかまで言うべきだと思うのです。でも代案は出さない、根拠は示さない(示せない)、行動はついていかない、実績は全くない、と全然説得力も何も無い人ばかりです。
一つ気に食わないことがあるからと、全人格否定してはばからない、ひどいと矛先は家族や子供にまで向けられます。
これは人間のすることだろうかと疑問に思います。それが人間ならば、私は人間でなくて異星人にでもなっちゃおうかしらと思うくらい。
お茶の間のカウチポテト族の評論じゃあるまいし、自称政治家だの他称センセイだのいっぱしの名士をきどった連中がやるからみっともないし見苦しい。そういう人に限って自分は「日本人だ」と堂々と言いやがる。やめてくれ一緒にするな!と論理的に反論すると、「あんた日本人じゃないだろ」とか「頭おかしいんじゃねwww」ですよ。
神社のご神木が枯れても気づかない奴に言われたかねえや、とぶつくさつぶやいております。

そうそう、5月23日でしたかお返事を頂戴していたのに気づきませんで失礼しました。あいにく私は博士ではございません。ただ単に口うるさいだけの、不思議ちゃんでございます。

先月出した結論。日本が大切、日本がすばらしい、日本が日本がとおっしゃる方々にとっての日本は、「自分」に読み替えると筋が通ります。これはいわゆる保守さんだけでなく、革新さんにも言えることです。

あらまあ炎天下歩いてきたら、頭までヒートアップしてしまいました。失礼いたしました。

投稿: 高橋元子 | 2011/07/15 17:00

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