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2012/04/13

状況証拠

今日は状況証拠について考えてみよう・・・。

状況証拠は、犯罪の証拠として取締の契機になるや否や!答えは、凶悪時間ならなるが、そうでなければほとんど野放し、おまわりさんの気分次第だろう。

首都圏連続不審死事件の裁判員裁判で、男性3人を殺害したとして殺人と詐欺などの罪に問われた木嶋佳苗被告(37)に対し、さいたま地裁(大熊一之裁判長)は13日、求刑通り死刑の判決を言い渡した。

判決は殺人3件を含む全10事件で有罪と認定し、「極めて重大かつ非道な犯罪を3度も繰り返した」と厳しく指弾した。弁護側は一部の詐欺事件を除き、無罪を主張していた。

この裁判は、直接的な証拠が無く、検察側の状況証拠の積み上げをどう評価するかが焦点だったが、結局、そうは偶然が重なるものではないとして、死刑判決となった。疑わしきは被告人の利益にという考え方の「疑わしき」をどこまで考えるかによるのだろうが、ま、多くの人々が妥当だと思ったことだろう。

それは直接の証拠がないとはいえ、状況証拠が偶然というにはあまりも不自然極まりないからと、多くの人は考えるであろうからではないか。

ところで、では偶然が天文学的確率でしか起こらない場合には意図的であると判断するのだろうか。例えば、談合を拒否しているA社が入札指名に入ると、とたんに落札価格が予定価格の30%台に落ち、これが5回ほど続いた後A社が外れると、とたんに95%以上に跳ね上がるとしたら、常識的に見て談合があったことは明らかだろう。

官庁の入札制度について知らない方には、なかなかピンとこないだろうから少し説明する。①官庁がある業務委託や工事発注をする時、当然予算をとっており、これを予定価格という(厳密にはイコールではないが大まかな流れを理解するため)。

②で、次に入札するために、入札に参加する業者を指名するが、業者間の話し合い(=談合)による入札価格の釣り上げを防止するため、普通はこの業者指名は秘密だ。

③業者は談合をするため、発注担当の役人から指名業者を聞き出し、「このヤマはウチがもう手をつけている」として、事前に入手した見積書等を仲間に見せて、今回はウチが取るので予定価格の95%で入札するから、オタクたちはそれ以上に入札してくれと話し合う。

④もし、その指名業者のなかに、談合に応じない業者が入ると、当然この談合は成立しないから、本来の競争入札になり、価格は大幅にダウンしてしまう。

さて、先ほどのA社の例に話を戻すと、問題は2つあって、ひとつは談合をしないA社が氏名に入ったことを、他社は全員知っていた事だ。こうした役人が情報を流すことは犯罪であり、よく地方の首長がこれで逮捕される。A社指名の場合の情報漏洩の証拠は明らかで、A社が指名の通知を受けると、その2時間後には他の指名業者から降りろと圧力があったのだ。

いちいち会話が録音されてなくとも、全く付き合いのない会社から電話があったことは通話記録から証明できるし、それが偶然というのなら、木嶋被告の事件も偶然の産物でなければオカシイ。

もう一つは、まさに談合が行われた事だ。これも直接の証拠はないが、A社が指名されるととたんにA社以外の十数社の入札価格が30%台に下がり、これが5回も続いて、6回目の案件ではなぜかA社が入札氏名から外されると、とたんにもとの95%以上に跳ね上がった事が偶然であるならば、木嶋被告の主張の方がはるかにリアリティがあるというものだろう。

さて、大まかに言ってこのA社指名入札の疑惑は以上の2点だが、これらを包括する大きな問題点は、こうしたことが官主導で行われたであろうことだ。よく言われる官製談合と言うヤツだ。ただし、世の中の実態としては国や県、大都市の入札においては、今や談合はほとんど無くなりつつある。しかし、地方都市では相変わらず横行しているところがあるのだ。

さて、このA社はその後どうなったかと言えば、その街の業界のみならず市職員や議員たちから目の敵にされ、完全に干されてしまった。それどころか、陰湿な嫌がらせを受け続けたので、業者登録を廃止し、つまり業者であることを辞め一市民として、彼らと対峙することとし、地元警察に談合を訴えたのだ。

ところが、警察は全く取り合おうとはしない。それどころか、お前はサヨクかみたいなニュアンスで妙な威圧をする。残念ながらこれが今の日本の実態である。木嶋被告のように殺人事件といった凶悪事件ではないと、違法行為も本気では取り締まられないし、それが徒党を組んでるとなおさらだ。

この日本の社会の隅々まで、不正ははびこっていて、その不正が特定の個人ではなく業界の利益だったり持ち回りだったりすると、いつかは自分もそのおこぼれにあづかろうというわけなんだろうか。

身近な例を挙げれば、記者クラブがそれだ。公器を標榜しながら、その実自分たちも記者クラブと言う、他社を締め出した談合組織のなかであぐらをかいている。社会の不正を正すならば、まず櫂より始めよと言いたいが、自分の得た利権を手放すことは難しいし、記者個人の利権ではないからなおさらだ。

こうしたこと、大なり小なり、私たちの身の回りには、いわゆる余録としてはびこっている。基本的にこうした余録を拒否しても、自分の次の人は享受するかもしれないから、個人個人のメンタリティの問題に見えかねないが、全ては制度疲労なのだ。

今の日本の閉塞感を嘆く声は多いが、閉塞感を打破したいならば、まずは身の周りから正常な社会を創っていかなければ、ただ泣き喚くクソガキと同じだ。

かつて、ニューヨークのジュリアーノ市長は、割れ窓を放置していたら、これくらいはいいのかとモラルが低下し犯罪を呼び起こすとして、徹底した風紀の取締を行い、劇的に犯罪を減らした。割れ窓理論自体の根拠を疑問視する向きもあるが、事実は事実だ。

今の日本は、国会を見ても、あの体たらくだ。もはや何を言ったところで、あるいは何を期待したところで無駄ではないかと思う。ならば、自分たちでやるしかあるまい。つまり地方からの改革だ。考えたら明治維新もそうだった。

橋下市長が言う大阪維新について、あれこれ言うのは、まあ勝手ではあるけれど、何もしないでゴチャゴチャ言う前に、だったらお前のところをなんとかしろよと言いたい。橋下氏が大阪で何をやろうが、他県人が目くじら立てる事はあるまい。

考えが違うなら違うで、ワシらはこういう地方政府が良いと自分たちの地域社会を変えていき、ユーザー即ち住民にどっちがよいか選ばせれば良いと思う。ちなみに、橋下市長の言動はほとんど毎日メディアに取り上げられるが、言っていることを聞いていると常に当たり前の事だと思う。

当たり前の事を当たり前に言ってるだけで、面白くもなんともないと言えなくもないが、当たり前の事をきちんと言う政治家が皆無なので、新鮮さは群を抜いている。話が橋下市長の事に及んだのでついでに言うと、彼が独裁云々と言う批判は、単語に反応した全くマヌケの主張だろう。それは独裁の定義を明らかにすれば自明の理なんだが、そういう思考すらしない人々なんだろうと思う。

とりあえず本日これにて。

本日これにて

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コメント

確かに「凶悪犯罪」ばかり目を向けたがりますね。
自分の不都合は隠したい政治屋と企業、突っ込んで聞かれたくない人たちにとって、わかりやすい犯罪は血祭りに挙げやすいのかもしれません。

こいつがいけないんだ!そうだそうだ!
というお祭り気分なのでしょう。
先導者(言い出しっぺ)がカタルシスを味わえるこの構造をどんどん遡りながら突き詰めると、この社会構造を作り上げた張本人が見えてきそうなのですが。

投稿: 高橋元子 | 2012/04/18 11:20

高橋元子様、コメントありがとうございます。

状況証拠による有罪判決は、確率をどう判断するかの問題だと思います。冤罪を絶対なくすならば、この場合無罪にすべきだと思いますが、社会秩序の維持を優先するならば、冤罪か否かは論点では無く、確率による判断を優先すべきです。

ではその場合、無実の木嶋被告はどうなのかですが、事故として考えるべきでしょう。そもそもこの事件は単独(被害者の数ではない)の殺人件容疑ではなく、同じような状況で複数回人が死んでいるのですから、今までの冤罪疑惑とは前提が違うのではないでしょうか。

被告が無罪だとするならば、途中で、警察に「私の周りでこんな自殺が続くのは変です」と相談すべきだったと思います。もちろんこれは後付けの理屈に見えるでしょう。ですが、今後このような事件が、誰かの身の回りで起きた場合、この判決が前例となって相談をするでしょう。

木嶋被告がもし冤罪ならば、気の毒ですが、こうした事が起こらないための尊い犠牲者となります。もちろん当人にしてみればフザケルナでしょうが・・・。

ただ、社会秩序を言うならば、同じように談合も取り締まるべきであるというのが、拙ブログの主張ですが、なぜか、凶悪事件以外については結構テキトーな取締だなあというのが実感です。

投稿: ベンダソン | 2012/04/17 14:21

すみません、状況証拠の話を書きませんでした。

私は天の邪鬼でして、世の中が黒と言えば白と言いたくなる性分です。
もし、きじまかなえ被告の法廷での発言が事実だとしたら、これは冤罪事件になりえます。
といって、私は弁護士でも裁判員でもないので、それこそお茶の間無責任評論家としての意見です。

証人となった人がいました。
その方の家の火災報知器が取り外されていたこと。この事実に最初に気づいたのは、誰だったか。
私はそれが気になります。

死人に口無しなので亡くなられた方から事情聴取するのは難しいですが、証人たちは生きている。もしかしたら全員、警察の誘導に乗ってその気になって、証言しているかもしれない。
被害者の近所の方が、その日はカーテンが閉められていたと仰っている証言もあります。
果たしてそれは、思い違いでないのか。

別に証人になられた方が嘘を言っているとは言いません。
けれど、証人の証人と言いますか、この人は嘘を言う人ではありません、私も同じものを見ましたと言い切れる人が周りにどれだけいるか。

火災報知器が外されていた証人さんは、後から気づいたと仰っていました。
とすると、被告以外の人物がやった可能性もあるわけです。
でも、ここ二日ばかりの文字ニュースで見る限り、ぜーんぶ彼女がやったみたいな書かれ方です。


そんなに彼女は何でもできる人だったの?と思ったところから、このコメントを書きました。
万が一この事件は冤罪でしたとなったら、お茶の間無責任評論家は一様に「やっぱりね、言わなかったけど、私もおかしいと思ってたのよ」とか言うのでしょうね。

投稿: 高橋元子 | 2012/04/16 14:05

当たり前のことでも「言える」人が珍しく見えるのは、この「言える」人がこの国に少なくなっているからだと思います。

規模が桁違いに小さく恐縮ですが、例えば私が友達と茶飲み話している時に、その人(たち)と違う意見を言うと「すごいね、勇気あるね」なんて変な評価が返って参ります。これは私、昔からしょっちゅう言われる言葉なのですが、自分の何がすごいのか、全然分からずにおりました。
もちろん嫌われる危険を敢えておかす、勇気の有無もあるでしょう。
でも、数日前、突然閃いたのです。「私には自分なりの考えってものがあるからかしら?それを誰が相手でも口にしてしまうから、余計?」と。

橋下氏のことは、よく存じ上げませんので、今ここで内容については何も申しません。
が、世間が彼らを持ち上げる(ように見える)のは、もしかしたら、内容でなく、「言う」行為への賛辞かと、印象くらいはお伝えしましょう。

彼みたいな「言う」人をメディアが讃えるとですね、世の中のそれこそ何も考えていない人たちが「言える人ってカッコイイ!私もどんどん言わなくちゃ」と愚にもつかないことをベラベラ喋り倒し、正義の味方のヒーローヒロイン気分になる。それで現在の、お茶の間無責任コピペ評論大好き人間だらけになったのでは?と考えます。

橋下氏が私の近所に住む、昔からの親しいお友だちでしたら「ちょっと徹ちゃん、あなたの言っていることは、どういう意味なの?私、ちっとも理解できないから、私にわかるように教えてくれない?誰にシナリオ書いて貰っているのかも。ここだけの秘密にしておいてあげるから。」と質したいところです。

投稿: 高橋元子 | 2012/04/16 12:11

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