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2012/07/10

取り留めない話~まず自分にできることから

前々からお誘いいただいていながら、仕事の都合で不義理を続けてしまった減税日本の東京事務所開設パーティに行ってきた。ところが時間通りに行ったら、もう満杯で入ることができず廊下にいたら、目の前を小沢一郎氏が通った。凄いオーラだ。

オーラと言えば、ちょうど一か月ほど前、橋下大阪市長と面談したが、何もオーラは感じなかった。面接だったからだろうか、60倍の区長公募にダメもとで応募したら、論文が通り、面接でダメかと思ったらこれも通り、最終面接を橋下氏から受けた次第。

結果は最後の最後で不合格となった。愚妻は私が橋下市長に「アナタの原発再稼働のロジックは間違っている」と指摘なんかしたからだと言うが、そんなことあるまい。最終合格者はスゴイ方々ばかりだから、単に私の能力不足だろう。

話しは減税日本パーティに戻すが、とにかくとんでもない熱気と人でタマゲタ。司会はいつも通り、代議士よりオーラが漂う政策秘書のFさんだった。お久しぶりですと、後で挨拶したら、ホント久しぶり、全然顔を見せないから減税日本を見限ったのかと思ったよ、といきなり先制パンチが来た。

別に見限ったわけでは無く、仕事と研究活動の都合に加え、ダメ元のつもりで応募した大阪区長公募の選考が、伸び伸びになり、最終選考まで残ってしまったので、身動きが取れなかったのだ。皆さん、維新塾のような大阪維新の活動と勘違いするが、区長公募は行政職員の採用試験なので政治活動ではなく、大阪維新とは関係ない。

いづれにしても、私は後の世代に対する責務として、もうどうにもならないこの国の統治システムを変えなければならないと思っている。このことは20年ほど前から思い始め、当時勤めていた会社の中でも地方分権を言い続けてきたが、ほとんど誰からも相手にされなかった。

例えば機関委任事務は廃止すべきだと言っても、反応は機関委任事務?何それ、だった。日本は強力な中央集権国家で、社会主義国家だと言っても、皆きょとんとしていた。その後地方分権一括法が施行された2000年を機に、身近なところから自分にできることで地域をかえていくため、地域に密着した街づくりコンサルをやろうと独立した。

同時にある大都市の政策顧問を引き受けたこともあり、コンプライアンス厳守を徹底し、談合を拒否したら、地元行政と業界のスクラムで徹底的なバッシングを受けるなど、地域に密着し過ぎて、見なくて良い事が見えてしまった。TVの取材を受けたのはちょうどその頃だった。

後で、聞いた話だが、複数の国家資格を持った人間はこの辺にはいない、なんでアンタみたいな正規のコンサルがこんな田舎に来るのか脅威を抱いた、と言われた。言われてみれば確かに、地元業者はモグリとは言わないが、業界資格だけの下位の資格でしかない。

そうした彼らの資格を出している協会から私は、セミナー講師を頼まれ業界人の教育に当たっているのは何とも皮肉な話ではあるが、アンタみたいな人は、何もこんな田舎の平和を乱さなくたって、東京で十分やっていけるだろうとも言われた。

やがて地元の嫌がらせはエスカレートするばかり、見たこともなければ縁もゆかりもない人からも憎しみや、全くいわれなき非難を受けるに至っては、何のための地域密着か分からなくなってきた。

ハタと気が付いたのは、「食うこと」しか頭にない人々には「意義」と言う価値観は全く理解できない建て前でしかないという事だった。「地域の為」と言うコトバが、食っていくための単なる建て前でしかない人々に、いくらそんな事を言ってみても、建て前しか言わないヤツとしか見られないので、地元の事務所をたんだ。

そして、自分の経験と知識を少しでも、世のお役に立てればと思い至り、それらを体系的に整理し新たな学問分野として知見を広げるため、大学での研究を始めた。同時に、自分にできる範囲で、この国の統治システムを変えよう、それには、地方から独自の政策を実現するしかないと思い至った。

その思いは、期待を裏切り末期的様相の現政権を見るにつけ、益々強くなったので、一人でやるより、同じ志を持った人々と共闘するしかあるまいと考えた。やり方はいろいろあると思う。立候補するのも、候補者を立てるのも、あるいは単に寄付をするのも、デモに参加するのもアリだ。もっというと、選挙に行くだけでも良い。要は自分にできることをやり力を結集すればよいと思う。

その自分にできることとは、右でも左でも良い。自分がこう思うということをはっきり堂々と外に意思表明することだ。重要なことは「堂々と」ということ、陰でコソコソでは何の意味もない。

陰でコソコソは、自分でも理がない事が分かっている証拠だ。たとえば、談合を例にとろう、今や大都市ではほとんどなくなったが、地方都市では相変わらず横行している。そして当事者たちは、価格破壊により品質低下を防ぐために談合は必要だと言うが、ならば堂々とその事を主張し法を変えればよい。

そういう人たちが、表舞台で「この街の未来を・・・」なんて言ってるのを見ると白々しくて、全く信用ならない。彼らは本音と建て前が当たり前で生きていて、かれらの中には常に二重の価値観が同居しているのだ。

こうした白々しい輩が横行し、街を牛耳っているのが現状だが、その原因は、人々の無関心にある。「日本のこの閉塞感を変えなければ」「財政を改善しなければ」とみんなが思い、口にも出すけれど、内輪話で終わってしまい、外には出さない。

実際、こうした地域政治あるいは国政を任せる人の選挙は、市民の意思表明のチャンスにも関わらず選挙に行かない。結果、地縁・血縁が幅を利かし、政策よりも知人関係で議員や首長を選んでしまう。だから井戸端会議であれこれ世を憂いても何の意味もない、まずは意思表明の第一歩は選挙なのだ。

さらに、その気があれば、デモに参加するのも良い。原発再稼働反対と思うなら、官邸前に行けばよい、誰が主催してるかどうかなんて関係ない、自分の意思を表明し、結集することが大事だと思う。くどいようだが選挙も実は同じ考えの結集なのだ。

結集とは何も組織を形成したり、組織に拘る必要はない。同じ考えを持った者が大同小異で構わないから同じ意思を外に表明することだ。政治にしても、イデオロギーの対立が無くなった現代では、党にこだわる必要はないと思う。党にこだわるのは商売でやってますと言うようなもんだ。

政策が一致すれば、何でもOKではないだろうか。今だ一応はイデオロギーを明確に出している共産党以外は、皆一緒ではないか。その共産党だって最近は、共産主義革命を目指しているとは思えないから、いよいよもって、政策が大事ではないかと思う。

その意味では、当面、増税第一か反増税かで分けて考えた方が良いと思う。う~む、なんか取り留めなくなってきたな。とりあえず、今日のところはベンダソンの日記と言うことで、これにて。
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