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2012/10/27

じじいパワーは本物?

橋下市長との最終面接で、いろいろインタビューを受け、意見交換したのは6月初めだった。ちょうど昼に差し掛かっていたこともあってか30分の予定が50分になったので、その情報量はハンパ無いが、前にも書いた通り、何のオーラも感じなかった。

 

これは、たぶん橋下さんが私より年下だからだろう。オーラとは相手が発するだけではなく、こちらの感じ方にだいぶ支配されるようだ。実際、その後、さる政界の超大物とお会いしたけれど、やはりあまりオーラを感じなかった。要するに私はかなり鈍感だということなんだろう。

ま、それはさておき、その橋下さんだが、毎日のようにTVにリアルタイムで姿を晒し、原稿無しでしゃべりまくり、しかもまず論理破綻しない。これって、スゴイ!桁外れの頭脳の持ち主と言っても過言ではないだろう。

直にあって話をすると、それほどスゴイ人と言う感じはなかったけれど、それはそれほど厄介な話をしなかった事と、私へのインタビューがメインで、橋下氏自身の話がメインではなかったからだろう。

私たちはTVに登場する有名人を見るとき、無意識下に画面の中の人は完ぺきな人と思い込んでいまいか。ごく生身の人間として見た時、フツーの話をしてること自体スゴイと思う。それが、新聞社を相手に喧嘩を売って屈服させたり、突然知事と言う職を投げ打って立ち上がったりするとなると、これはもう、自分のレベルで軽々しく批判してよいものかと思う。

昨日、石原都知事が知事を辞任し、新党をたちあげると言い出した時、そう思った。橋下市長のようにノーカットで延々言いたい放題言う事を聞いてはおらず、まだ、断片的にしか多くのニュースでは流されてないので、石原氏の考え自体詳細が分からないので、そう軽々に批判や賛成は来ない。

石原氏のこれまでの言動を見る限り、彼の主張にはかなり引いてしまうところがあるけれど、行動原理にはアッパレと思うところが多々ある。そして、思うのは、橋下氏同様、私なんぞがどんなに頑張っても追いつけない頭脳を持ってるという事。

だから、知事と言う職を途中で投げ出してケシカランとか、80歳とか、そんなわかりきった事象を持ち出して、何やかや言うレベルの話ではないだろうと思う。それこそ、そんな事を持ち出して、石原氏の行動を批判するのは、語り手の知能レベルがその程度という事だ。

別に石原氏や橋下氏を礼賛するつもりは全くないが、意味もなく否定するつもりもないので、まじりっけなしの本人の発言をよく聞いて、見ていきたいと思う。

敢えて今の断片的な情報で言えば、石原氏がこの国難を大同小異で乗り切ろうと言いながら、最初から小沢とは組まないと言い切ってしまうところに論理矛盾を感じてしまう。だからこそ、石原氏のノーカットの演説を聞いてみたいものだ。

も一つついでに言うと、80歳というのは決してマイナス要因ではないように思う。たそがれニッポンと揶揄される面々への批判もそうだが、ジジイになってもなお立ち上がろうと言うのは、娑婆っ気も抜けているだろうから却って信用できる。

不安材料としては、ガンコジジイだったり、突然ぶっ倒れるんじゃないかと言う不安だが、個人差があるのでやはり一概には言えないだろう。それに、政治、特に外交なんてのは頭脳戦だから、体力より知力だ。アホな若造より頭の良い経験豊富なジジイの方が絶対頼りになる・・・かもしれない?

本日これにて

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コメント

たなか様、コメント有難うございます。

なるほど、そういう推理・解釈ですか。
確かにアリですね。筋が通っていると思います。

ただ、こう言ってはなんですが、その程度の事が分からない石原氏なんでしょうか。どのみち推測の域を出ませんが、我々の知力で推し量るのも、それなりに慎重になりたいと思います。

投稿: ベンダソン | 2012/10/28 22:10

久しぶりにコメント投稿しました。

石原知事は、私は単に東京都、という組織に身を置き続けることに恐怖しただけ、と思ってます。

例の尖閣の問題、彼は意識的か無意識的か知りませんが(無意識的と祈りたいですが)、結果として国際法の判例(領土紛争は50年一方的に実効支配をしていれば支配国に帰属することとする)で中国が棚上げにするといってから40年たち、あと10年騙し騙しでもいいから実効支配していれば、晴れて再び日本のものと理不尽な相手にも大手を振って言えたものを、あんな宣言をしたことで、棚上げ状態を解除することが出来てしまった。棚上げを提案したのは中国の偉大なかつての政治家であり、その政治家の決定を自ら反故にすることは中国としてはその面子にかけても絶対に出来ないわけですから、あと10年に迫ったいま、あの手この手で自らの手を汚さずに棚上げ解除をしたかったはずです。そして彼がその宣言を誇らしげにしたとき、きっと中国上層部は祝杯をあげたんじゃないか。彼がアメリカで宣言したのも、結局知日派のフリした親中派に念のため相談をしにいったのが、逆にやられちゃったんではないか、って気がしてなりません。

彼も今になってそれに気づいたのでは、と。で、独裁的とはいえ都知事としての意思決定でしたから、そんな組織からは国民にそれがばれる前に逃げちゃいたい、っていうだけなんじゃないですか。その程度かと思いますよ、残念ですが。純粋な愛国者たちからお金も集めちゃいましたしね。

投稿: たなか | 2012/10/28 21:15

小沢とは組まない≒小沢は嫌い、と言っていること事態が〝我欲〟じゃないのか?!というツッコミはとりあえず置いといて…。

>権利と義務のバランスを失した「権利偏重」の規定が「日本人に我欲を培い、利己的にした」

憲法は、国民に道徳を説くものではありません。
(近代)憲法の本質は、国家(権力)を制限して国民の人権を保障することにあるのであって、つまり、国民から国家への命令ということであり、そんなことは法学の基本中の基本です。

だから、権力側の公務員にこそ、義務を負わせているのであって、国民は範疇外です。
国民に義務を課すことは、法律というかたちで、いくらでもできる(ただし、憲法に違反しない範囲で)のです。

日本国憲法 第99条
天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

戦争放棄を定めた9条(憲法の本質からすれば枝葉末節の条文!)のごときを変えるな!と主張する護憲派と称する輩と、憲法に国民の義務を書き込もうとする石原のような改憲派と称する輩は、ちっとも憲法を理解していないという点においては、実は〝同じ穴の狢〟なんです。

権力の側にいた者(これからもなろうというのであれば、尚更です!)であるのなら、せめて、憲法と法律の違いくらいはきちんと理解してくれないと困ります。

投稿: しま | 2012/10/28 02:36

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