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2013/11/17

小泉発言の検証と超大国の可能性

小泉元首相の脱原発発言に対して、あれこれ裏を読んでみたり、できっこないと批判する向きがあるが、ハッキリ言っていくら裏を読んだところで個人の妄想に過ぎないし、仮にそれが事実であったとしても小泉氏の発言内容には無関係ではないか。りんごが落ちるのは引力があるからだというのを、誰かに操られて言っても、勘違いで言っても、ちゃんと理解して言っても、その事実にはなんの影響もないのだから。

できっこないという人も、その根拠がよくわからない。だって今現在、原発は稼働してないし、経済成長もしているのだから、この事実を見ないのだろうか、あるいはあれこれ解釈をつけて否定するのだろうか。誰もが否定し得ない客観的事実が根拠ならば良いが、事実に対する解釈をいくら積み上げたところでそれは個人の感想に過ぎないから根拠にはなりえない、なのにそこまでする理由は何?

小泉発言を否定するならば、小泉さんの主張の論点をハッキリさせ、その根拠を検証し否定すれば良い。裏を読んだり、違う論点を持ち出して否定してもなんの説得力もない。

さて、私は小泉発言を支持するので、私なりに小泉発言を検証してみたいと思う。

■小泉主張1:「原発即時廃止すべし」

■その根拠 :核廃棄物の最終処分場が決められない。

【主張1の検証】=既に述べたように日本の原発は停止しているが、停電にもならないし経済成長もしている、何か問題があっただろうか。もし何か不都合な事実があればご指摘ねがいたい。ただし主観的な解釈は時間の無駄、あくまで客観的事実を求む。

【根拠の検証】=何年かかっても核廃棄物の最終処分場が決められなかったのは事実。小泉元首相もできなかったしその他歴代の政権も皆できなかった。全ての過去において出来なかったことが未来に出来ると言うならば、過去とは違った状況が必要だ。だが政権交代してもできなかったので、現憲法の体制下でそのようなことは考え難い、ゆえに小泉発言は否定できない。

小泉主張2=「再生可能エネルギーに転換すべし」

その根拠 =数年以内に燃料電池車が実用化されることなどを例に、過去の例を見ても方針さえ明示すれば日本の技術ならば技術的課題を解決してきたことから、夢は実現できるとしている。

【主張2の検証】=実は、本論で言いたいのはこれ、上記はイントロだ。原子力にしても石油や天然ガスにしても枯渇性エネルギーだから、いずれはなくなるので最終的に人類が開発しなければならないのは無限エネルギーとなる、故に再生可能エネルギー以外には有り得ない。これは原発事故があろうとなかろうと変わりない普遍的事実だ。

さてここで「今」という時間軸を論点に加えると、天然ガスなどが浮上してくるが、別にそれでも良いだろう、いっぺんに再生可能エネルギーに転換するには周辺技術やインフラ整備が追いつかないからだ。故に当面は併用すれば良いと思う、というか既にそうしている、PV(=太陽光発電)の電力固定価格買取制度がそれだ。

どのような新技術も、最初は高コストだが、普及とともにコストダウンが図られる。白黒フィルム<カラーフィルムの価格関係は、カラーフィルムの普及とともに逆転した。性能においても、蒸気機関車が普及し始めた頃、馬と競争したら馬が勝った。しかし馬は馬のままだが蒸気機関車は技術が進歩し、あっという間に馬を追い越し、その蒸気機関も内燃機関に追い越された。

既製技術と新技術の比較において、進歩の度合や可能性を無視し、ある一時期に時間を固定して比較することは、旧技術の保護に過ぎず、いづれは新技術に追い越される。原始力に代わる代替エネルギーとして新技術である再生可能エネルギーを否定し、石油や天然ガスにこだわるのは、今の時点でのこだわりであって、機関車より馬が早いと言うに似る。石油や天然ガスはいづれ枯渇するし、メジャー資本に価格が支配され、それゆえ戦争の原因にもなるが、これは別の論点なのでここでは言及はすまい。

話を、PV余剰電力の固定買取制度に戻すと、当初の2009年の48/kwhから年々下がり今年は36/kwhまで下がった。買取価格の設定はおおよそ10年程度での設備投資額回収を想定しているので言い換えれば、わずか4年で25パーセントもコストが下がったと言える。そして、これはまだまだ下がるのだ、一方で天然ガスは?石油は?下がるどころではない、それどころか中東情勢や投機マネーによって高騰してる。

マクロ的に俯瞰する能力があれば、もうお分かり頂けるはずと思う。この先PVのコストがどこまで下がるかはわからないが、少なくとも固定買取制度を始めた途端にわずか4年で25%もコストダウンしたのだ、トレンドを見ればとんでもないスピードでコストダウンしているではないか。

さてここで、PV否定派が必ず言う事に反論しておこう、それは蓄電あるいは畜エネルギーについてだ、曰く発電しても天候に左右され蓄電にコストがかさむと言う事だ。だがこれもPV同様に日進月歩でコストダウンが図られている。具体的には、一般家庭1日分の容量で40万円を切っている。そして当面はこのバッテリーを過渡的な非常用に使えば、ほとんど無限に近い耐久性を確保できるし、日産リーフのバッテリーを蓄電設備として共用すれば、一般家庭3日分の使用エネルギーを確保できるのだ。

加えて言うと、トヨタが最近TVコマーシャルでやっている水素自動車がある。これもPV発電を水素に変えての蓄エネルギー装置なのだ。実は一般家庭の総使用エネルギー量の3倍の蓄エネルギー量を日産リーフで確保できるといったが、自動車は通常一日でその走行可能距離を全て走ることなんてめったにないことに加え、自動車が使うエネルギー量は家庭内で使うエネルギー総量の比ではないから、電気自動車のバッテリーを家庭内での使用エネルギーの蓄積に使うことは、自動車の走行に影響を及ぼすことはほとんど無いことがわかるだろう。

それが水素自動車ともなれば、地球上どこにでもある水を直流電流であるPV発電によって分解することでPV発電のエネルギーを別の形で蓄積できるのだから、バッテリーに頼らなくとも一気にPV発電効率の粗密を平準化できてしまうではないか。

今、こうした可能性に目を背け、天然ガスなどにこだわってPVを否定しても良いが、そうしたPV阻止の行動ははあくまで日本国内にしか影響を及ぼさないから、他国がこの技術開発に乗り出したならば、その国が無限エネルギーの生産技術を独占することになるだろう。せっかく資源のない日本が、無限エネルギーの開発技術を独占できるチャンスを逃すことに一生懸命になる動きをする人々は一体何が目的なのか、私には全く理解できない。

さらに言おう、日本が使用する全エネルギーを電力に換算した場合、実験データではなく、世界最大のソ-ラータウンである太田市城西の杜の発電実績で割り戻すと、日本の国土面積の10%のPV面積でまかなえるのだ。

そして、これは日本の国土の未利用地の15%で賄えることになる。これは新たにPV専用の設備を未利用地に設けた場合の面積だから、最大限のPV面積であり、道路や建物の屋根や壁などにPVを設置すれば歩行者が雨に濡れない道路となったり、建物の断熱効果も上がり未利用地の必要量も減少する。

これらの数値や客観的根拠は何度か、私自身のブログやフェイスブックでも公表したが、それらがことごとくパクられたので、今回は具体的には示さないが、私の博士論文の一環としてキチンと計算した結果であることを申し添えておく。

以上が小泉発言への検証だ。ここからは少し私の意見を述べたい。PVの可能性については今述べたとおりだが、これは小泉発言の検証の視点にたち、最小限の優位性を述べたが、PVの可能性として、可動部分が無いことを指摘しておきたい。

再生可能エネルギーには、PV以外にも風力、水力、波力、地熱等々様々あるが、いずれも可動部分でエネルギーを変換し取り出しているが、PVにはそれが無い。これは素子の接点の劣化以外には物理的に外力を加えて破壊しない限り寿命が半永久的であることを意味する。

それと、発電したエネルギーを水素などに転換したりバッテリーに蓄積すれば電力網が不要なので、後進国や過疎地域では現在のコストでも既存電力網よりローコストで電力供給ができるから、実際にこうした地域では実用化されている。

こうしたことは何を意味するかといえば、少々PVのコストが高かろうと、設備投資の回収を終えたら、後はPVが破壊されるまで半永久的にタダの電力供給が受けられるということなのだ。PVの寿命が20年などとまことしやかに言われているが、それは単に木造住宅の耐用年数に合わせたに過ぎない。

薄膜シリコンならば1000年持つとシャープの社長は豪語している。PVの発電コストが私の記憶では48/kwhで原発が6/kwhなどと白書に書かれていたと思うが、一体どこから出てきた数値なんだろうか。ある条件の下だけで取り出せば原発のコストは低いだろうが、実際に事故が起きてしまった今では、その事故の対応や保証、更には踏み倒す被害保証を考えてば天文学的コストであることはいちいち計算しなくとも分かりそうなもの。

方やPVは壊れるまで発電するし、修理して使うことも可能だから、設備投資の回収期間が10年だろうと20年だろうと固定買取制度が無くともその期間は既存電力と同じコストであるから一々、PV48円原発6円などという数値に惑わされことなく、トータルでPVがローコストであることはわかるハズ。しかもランニングコストはゼロの無限エネルギーなのだ。

エネルギーの確保を求めて戦争なんかかやる必要はなくなるから、困るのは原子力にしろ、石油、石炭、天然ガスなどの枯渇性エネルギーを売って儲けようとしている国や人々だろう。そうした国や人々は必死でPVなどの再生可能エネルギー技術の発展を妨害するだろう、そこにまんまと乗せられるのは愚かだと思う。

資源のある国ならば、それもある程度分からんではないが、資源の無い日本では、そんな事しても誰も得しないから再生可能エネルギー技術の発展に異を唱えるのは、愚かを通り越した超マヌケかメジャーの手先だろう。

小泉発言の裏をあれこれ推測して、足を引っ張る暇があったら、逆に小泉さんを担ぎ上げ、裏があろうとなかろうと日本という国家と国民が豊かになる大きな国民のウェーブとすべきだ。事実、小泉さん自身がそうしろと言ってるではないか。

資源の無い日本には、資源のある国のようなエネルギーのしがらみは基本的に少ないから、資源が無いことが、再生可能エネルギー技術開発においては優位な環境なのだ。それなのにかつてPV生産世界一だった日本は政策においてその座を後発国に譲ってしまった。でも技術ではまだまだ優位にあるから、政策の方針転換でいくらでも挽回できる。小泉さんが言ってるはそういうことではないのだろうか。

前世紀までは石油などのエネルギー資源を持った国が富を得ていたが、未来においては、無限の再生可能エネルギーを利活用できる技術が富をもたらすことは言うまでもないだろう。仮に原発の事故が完全に防止できたところで、ある限られた時間軸と条件設定でコストが安いなどと喜んでいたならば、将来完全に世界から取り残されてしまうだろう。

マクロ的に見れば、PVの生産コストなんて大した意味はなく、設備の寿命を延ばしライフサイクルコストを下げることの方が重要なのだ。ところが現状ではどういう訳か初期投資のことしか議論の遡上に乗らないのはどうしたことなんだろうかといつも不思議に思う。どこかで誰かにコントロールされているのか、日本人にはそうした視点が欠落しているのかわからないが、そんな議論には意味がないことに気がつくべきだと思う。

資源の無い技術立国日本が、新しいエネルギー技術の開発によって世界に無限エネルギーをもたらし、超大国となるチャンスがあるのに、様々な雑音に惑わされてそこから目を背け、あまつさえ妨害をすることは具の骨頂だと思う。

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コメント

小泉発言をシンプルにまとめられていて、大変分かりやすいと思います。が、この一見シンプルでロジカルであるように見えるところが、危ないとことだと思います。
再生可能エネルギーの可能性については、異論はありません。これは技術の話ですから、そういう方向で開発が進めば、人類は将来きっと達成するでしょう。但し今すぐではない。
最終処分場の話も、もっともです。筆者は、過去もできなかったんだから、「できっこない」と言っていますが、これは小泉発言に反対する人たちが即時脱原発など「できっこない」というのと同じです。技術的には、最終処分場はできるのです。20万年後までリスクが云々という意見もありますが、リスクというのは、相対的な問題です。他のリスクに対して大きいかどうかであって、ありとあらゆるリスクのない世界など存在しません。ではなぜできないか?それは技術の問題ではなく、政治問題化しているからです。「政治的にできない」のです。
同様に、即時脱原発が「できっこない」というのも、「政治的にできない」ということです。
「政治的にできない」という人に「技術的にできる」という議論を吹っかけても、かみ合いません。最終処分場もそれと同じことです。
政治的にできない理由の一つはたとえば、電力会社の経営の問題です。これから原発を新規に建設するというなら、電力のトータルコストの議論も有効でしょう。しかし、初期投資の大きい原発をすでに建ててしまっていて、稼動させないのは莫大な資産が負債に変わるわけですから、企業としてはとんでもないことです。建設中止ならまだサンクコストで考えればいいですが、稼動できる状態で、法的にも稼動を停止することが不可能な状態で、停止させるのは、当然その負債を誰が負うのか、企業が倒産または大幅なリストラをすることになれば、その責任は誰が負うのか等の問題が出ます。だから連合は反原発候補を支持しません・・等々。完全に「政治的問題です」。
逆に言えば、「政治的な部分」が最も難題であるにも関わらず、その解決策を示さず、技術の話やデータの話で語ろうとする政治家を私は信用しません。技術やデータの話をしているようで実は、感情に訴えているだけだからです。
純粋に技術と経済だけで話がつくのであれば、最終処分場も作れるし、原発もそこそこ安全です。技術が進めばさらに安全にできるでしょう。
しかし、そこに「感情」そして「政治」が入り込むので論理的には決着しません。日本で原発を新たに作ることは無理でしょう。
だから、とっくに多くの技術者、企業はすでに再生エネルギーの方向に目が向いています。つまり放っておいても、脱原発は進むのです。
あとは、いかに「賢く、うまく」ソフトランディングさせるかです。
「即脱原発論」はそれを無視した思考停止した考えです。
活動家・アジテータがいうのはかまいませんが、それを「政治家」がいうのは、失格だと思います。
ちなみに私も、自称脱原発論者です。「即停止派」から見ると、推進論者になってしまいますが。

投稿: 都市部無党派層 | 2014/01/30 15:47

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