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2014/07/12

そもそも解釈の変更って何?

解釈改憲による集団的自衛権行使って、いったいどんな解釈を変更して集団的自衛権を行使するんだろうか。そもそも集団的自衛権の行使って何なんだろうか。国の最高法規に書かれている言葉の意味を180度反対の意味にとらえる事がまかり通るならば、日本語は共通言語として意思伝達する機能を失ってしまう。

 

 

 最近ネット上で、誰かが憲法には集団的自衛権を禁止していないという言説を紹介していたが、仮にその言説を主張しているのが法律の専門家であるとしても木を見て森を見てないと思ったし、ホントに法律の専門家か?と思った。

 

いかに専門家が屁理屈をこねくり返したところで、憲法9条2項後半に明記されている「国の交戦権は、これを認めない。」と明記されているのだ。ここを変えない限り、集団的自衛権っていったい何なのだろうか。単なる言葉遊びじゃないの。

 

 別にかまわんのだよ、集団的自衛権を憲法では何も規制してなくても。で、何をやるの?

 

 国連軍に参加したり、米軍に協力してどっかでドンパチやるのかね、それって戦争じゃないと主張したとしても交戦でしょ。一体何のための集団的自衛権で何をやるのが集団的自衛権なの?

 

 憲法改正して交戦権を認めない限り、集団的自衛権なんて単なる言葉遊び、ベニスの商人でしかないではないか。

 

 念のため、憲法第2章9条を全文引用しておく。

 第2章 戦争の放棄

 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

 「戦争」や「武力による威嚇又は武力の行使」「戦力」の解釈を変えたりしても、「国の交戦権は、これを認めない」の解釈は変えようがないだろう。一つの文章であり、構成している単語の「国」も「交戦権」も「これを認めない」もどうやって解釈を変えるというのか。日本の法にあって珍しくシンプルかつ具体的単語で構成された文章なのだ。

 

にも関わらず自衛は例外としてきたし、報道によれば、安倍内閣は「新3要件」を満たせば、個別的、集団的自衛権と集団安全保障の3種類の武力行使を憲法上可能としたという。その新3要件には「他国に対する武力攻撃」を含んでおいるから、交戦権もへったくれもない、普通に戦争し交戦するジャン。

 

 一体憲法9条のどこをどう解釈したらこうなるの?9条の解釈変更というけれど具体的にどの文章どの単語をどう解釈するというのだろうか。これホントにヤバイ、憲法の否定でしょうに。

 

 武力行使を交戦では無いと定義するんだろうか、自衛ならOK?もしそんな解釈が成り立つなら自衛の定義は?あるいは正当防衛を主張するんだろうか、では正当防衛とは?

 

こんな屁理屈言い出したら、「第10章 最高法規」の規定はどうなる?第98条には この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。とある。

 

じゃあ、刑法は?殺人罪は?正当防衛は?その構成要件を言うなら、憲法は?一体どんな屁理屈をつけて法体系の整合性を保つのだろうか。

 

 憲法のどこをどう解釈するかは想像もつかないけど、こんなシンプルかつ具体的な記述の解釈を変えて交戦権を認めるとしたら、憲法自体が通常の日本語では解読不可能な文章となり憲法自体が無いに等しくなるではないか・・・。

 

 解釈改憲による集団的自衛権行使を論点として2つをセットで語られているが、肝心の憲法の何を解釈変更するのかがさっぱりわからない。

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