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2014/07/06

集団的自衛権と解釈改憲は別の話なんだが

相変わらず集団的自衛権と解釈改憲がセットで議論されているが、正気の沙汰ではない!

両者は全然別の論点であり、それぞれ個別に議論すべきことだ。みんな落ち着いて考えれば分かるはずなのに、マスゴミに煽られ両者をセットで考えてしまい、①国防の危機→②集団的自衛権必要→③憲法改正出来ないから解釈改憲必要と思い込んでいるようだ。

 

 

あるテーマ(この場合はたまたま集団的自衛権)について、国民が賛成しているか否かの検証をしないで、テーマ実現のための議論をすっとばして解釈改憲してしまうのは、一部の考えで国家運営の意基本方針を替えてしまうのだから、独裁を目指したクーデターだ。

 

集団的自衛権行使は必要であるとは私も思っているが、私や私と同じ意見の人が思っているだけかもしれないので、検証する必要がある。なんてったって、カレーやラーメンの好き嫌いの話ではない、国家戦略の話なんだから、自分が正しいと思うからやっちまえと言うのは、思い上がりも甚だしい。

 

少なくとも最低限過半数の賛成は必要だろう。そうじゃないと少数意見で国家が運営されることになってしまう。で、国民の過半数が賛成することを実行するとなれば、憲法96条の規定では国民投票の過半数の賛成で憲法改正できるから、憲法改正しないのは論理矛盾となる。

 

過半数の確認の仕方にしても、母数を有権者にしてしまうと投票しない人の意思が反対にカウントされてしまうので、投票者を母数にすれば良いだろう。この前提に、憲法改正の発議は衆参議員の3分の2以上の賛成が必要となるが、発議の前に国民投票して過半数の国民の意思を確認し、解散総選挙すればいいではないか。

 

何、そんなの法的に無理だって?バカ言っちゃいけない、改憲手続を定めた憲法96条を無視して、98条には最高法規と定義されている憲法を、解釈で変えようとしていて何言ってんだ?と思う。それこそ必要な法改正すればいいではないか。重箱のど真ん中を見ないで隅ばかり見るなと言いたい。

 

100歩譲って、どうしても解釈改憲が必要と言うなら、個別の事案である集団的自衛権ではなく、改憲手続における「過半数」の解釈が先だろう。そちらを先に解釈改憲して、個別事案の集団的自衛権が行使できるよう憲法改正するのが筋だろう。

 

それをやらずに、個別事案を解釈改憲で乗り切ると言うのは国民のコンセンサスを得られる自信が無いという事じゃないか、それじゃあ、いくら正しい事だと言っても、子供だましのやり方だし卑劣すぎる。だからこんな議論に乗ってしまっては、独裁目指す政治家の思うつぼだ。

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