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2014/10/11

憲法9条へのノーベル賞運動を否定する根拠は?

以前からの拙ブログ読者の方々は、私が改憲論者であることをご存知だろう。だが、だからといって私は憲法9条へのノーベル賞運動を否定する気になれない。改憲は国防のための方法論であり目的ではないからだ。

 

日本の平和は日米安保条約あってのものだと思っているので私は憲法9条では日本の平和は維持できないと思っている。だけどもし、憲法9条で平和が維持できると世界が認めてくれるなら、それに越したことはない。

 

その場合は防衛予算を他の政策に回し、どんどん繁栄して世界の模範となればいいと思うし、もし尖閣が中国に武力支配されるような事態になれば軍備は必要として自動的に改憲し正式の軍隊を持てば良いと思う。

 

憲法9条のノーベル賞受賞を否定する人は、もし憲法9条がノーベル平和賞を受賞したら改憲できないとでも言うのだろうか、であるなら、いったいいかなる根拠からそう思うのだろうか。

 

本日、以上。

以下は付け足し。

 

ネット上でもFB上でも憲法9条のノーベル平和賞受賞運動が批判されているようだけど、その根拠が今一つ良く分からないのだ。例えば右寄りの間では結構有名らしいあるブログはこんな主張をしていた。

①曰く「憲法9条はアメリカによる押しつけにすぎない」

②曰く「在日米軍がいるから戦争放棄しても平和が維持できたんだ」

③曰く「こんな提案をするなんて日本人として恥ずかしい」

等々・・・。

で、“「憲法9条がアメリカの押しつけではなく、しかもその保持を日本国民だけでできた」というコンセンサスはないのではないか”と批判してるので目が点になった。

 

こういう論理って、いったいどんな思考回路から生まれるのだろうか、アタマの悪さ全開じゃん。だってこれが正しいなら、その理屈はそっくりそのまま言った本人に当てはまる自己矛盾だもん。つまり・・・、

 

憲法9条がアメリカの押し付けじゃ何故いけないの?いけないというコンセンサスがあるの?

日本は平和が維持できたけど、それが在日米軍のおかげだって言うコンセンサスも無いではないか、と返されたらどう答えるんだろうか。お粗末ではあるけれど日本は外交努力もしてきただろうに。

 

「こんな提案をするなんて日本人として恥ずかしい」という類に至っては、ただの自分の思いを吐き出しているだけだから論理性はゼロ、同じ感覚の人にしか通じない話だ、それで究極の外交である国防を論じる?もう、むちゃくちゃでんがな。

 

挙句は、憲法9条ノーべル賞運動を提案した主婦のプライバシーを色々暴いてけしからんと言ってるが、それと運動の是非とどう関係があるというのだろうか。運動の内容の是非だけを議論すれば良いのに件の主婦が仮にプロ市民だろうが右翼だろうが、あるいは犯罪者だろうが聖職者だろうが、いったい運動の是非と何の関係があるというのか、私には全く理解不能だ。

 

りんごが木から落ちるのは引力があるからだというのを、ニュートンが言おうが、誰が言おうが無関係ではないか。同じく日本が70年間平和を維持してきたというのは、右翼が言おうが左翼が言おうが、プロ市民が言おうが事実であり、それが憲法9条のおかげかどうかは、いくら議論したところで主観のぶつかり合いで答えは出っこないのだから、ノーベル賞の選考委員に委ねればいいではないか

 

で、もし瓢箪からコマで、憲法9条がノーベル賞を受賞しちゃったら、堂々と世界に誇り、我が国を侵略しないでねと言えばいいし、堂々とそういう訳だから集団的自衛権も発揮できませんといえば良いではないか。もし、それで日本の平和が維持できるならそれに越したことはあるまい。戦わずして勝つということだ。

 

莫大な防衛費を他の生産的な施策に回せば、日本はますます反映し、世界に範を示せるではないか。

 

かくいう私は実は、改憲論者であり、今日の日本の平和は在日米軍のおかげだと思っている。米軍がいなけりゃとっくに尖閣は中国によって武力支配されていたことだろう。実際竹島の例があるのだから。

 

だから憲法9条で平和が維持できるなんて有り得ないと思っている。

 

ただしそれは、日本国憲法が、日本国が勝手に制定したもので、世界標準ではないからだ。でも、ノーベル賞受賞となれば、ノーベル財団の評価とはいえ世界が認めざるを得ないだろう。だってノーベル賞を否定する国なんて聞いたことがないからだ。

 

だからといって、未来永劫憲法9条を守り続ける必要もあるまい。目的は我が国の平和維持であって、憲法9条維持も、改憲もそのための方法だからだ。だから憲法9条がノーベル賞を受賞したら、我が国は他国から侵略されない限り憲法9条を守るが、万一侵略された場合は直ちに自動的に憲法9条を破棄し交戦すると憲法改正すればいいと思う。

 

憲法9条維持が目的でならともかく、平和維持が目的ならば憲法9条で平和が維持できないことが明らかになれば軍備し交戦することを否定できまい。それでも護憲と言うなら、右の頬を打たれたら左の頬を出せと言うようなもので、国防と個人の価値観をゴッチャにしており話にならない。

 

というわけで、本日これにて。

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