◆aska嫌疑不十分は論理学テスト?
aska嫌疑不十分騒動は、論理学の教材として実に最適だと思う。警察や、この事件を扱うマスコミの様々な見解は枝葉ばかりで幹を見ず実にアホらしくて、ちったあ論理学を勉強しろよと思う。なにしろ警察が発表している、「手続きの不備から検体をaskaの尿と特定できないから嫌疑不十分」ということ自体、自己矛盾でありメガトン級の破壊力を持っている。
だって、これわかりやすく言えば「犯人を特定できない証拠でaskaを逮捕拘留した」ってことでしょ、この一言でオワリだ。
だったら、askaの代わりに私でもアナタでも皆が逮捕され、嫌疑不十分で釈放されるってことなのだ。日本人全ては覚せい剤使用の嫌疑不十分というわけ。
以上で、警察の言い分は木っ端微塵に吹っ飛ぶが、以下に補足説明する。ちと長いので、めんどくさい人はここまでとしてくださいな。では、各論を交えて、ちと屁理屈を・・・
【自己言及のパラドックス】
論理学の初歩に自己言及のパラドックスというのがある。「この文は偽である」という文のように、自己を含めて言及しようとすると発生するパラドックスのことだ。書かれたことが偽なら真となって矛盾し、真なら偽となりこれも矛盾、これが繰り返される。
嘘つきのパラドックスとしてエウブリデスが言った「ある人は自分が嘘をついていると言う。さて、彼は本当のことを言っているか、それとも嘘をついているか?」は有名だ。
これをaska騒動に当てはめると、「警察は嘘をついていると警察が言っている」となる。一連の騒動を大きく俯瞰してみると、こういう構造になっている点が興味深い。
えっ、警察は嘘をついてると言ってるの?と訝しむアナタ、警察が言う「検体がaska本人のものと特定できない」を日本語に翻訳すると「嘘をつきました」となるのだが、まあ順次ご説明しましょう。
【主張の確認】
先ずはそれぞれの主張の内容を整理する。
①askaは何を言っているか=先ずaskaが主張する「検体は[お茶]若しくは[お茶をいれた尿]」が意味するところは、検査がインチキか検体がすり替えられたということだが、彼は検査は正しいと言ってるので、すり替えられたと主張していることになる。
②警察は何を言っているか=askaの主張に対して、警察は検体採取の手続き不備を理由に陽性反応した検体がaskaの尿と特定できないから嫌疑不十分としたが、askaが提起した捜査への疑惑に何も答えず、嫌疑不十分とか理屈は付けているけどaskaの要求通り釈放している。普通に考えれば、ごめんなさいとは言えないのでナシにしたということだろう。というか、先にネタばらしすると、後に述べるように犯人を特定できない証拠でaskaを逮捕拘留したと言ってるんだな、この破棄力はメガトン級で全てが吹っ飛んでしまう。
③両者の共通点=検体は偽物。検体の採取過程がどうあれ、警察とaska双方の主張の共通点は検体が証拠にならない、つまり偽物という点だ。
【推論の前提】
推論とは、何らかの論理規則に基づいて既知の事柄から未知の事柄を明らかにすること。ここでの個々の推論の前提は以下の通り。
①薬物検査は尿でもお茶でも成立すると考える。TV報道では検体がお茶かどうかを論点にしていたが、薬物を尿に溶かそうが、ビールやお茶に溶かそうが検出されるはずだから、液体と薬物が化学反応を起こさない限り薬物の有無には影響ないと考える。
②毛髪検査で過去の薬物摂取の状態が分かると考える。
③当初の自白の否定が通るのは、自白否定を裏付ける事実がある場合のみと考える。日本の司法では、どんなに自白を否定しても覆ることはなく、あるとすれば真犯人や自白を覆す真実が明らかになった場合のみだ。
【推論】
①aska主張の検証
検体は偽物というaskaの主張が嘘だとするならば、毛髪検査をすればその嘘は直ぐに分かるはず。警察がそれをしない、つまり真実を確認しないということはaskaが嘘をついてないと知っているからと考えられる。
次に検体は偽物というaskaの主張が真実ならば、陽性反応は他の検体つまりすり替えられたということになる。
②)警察主張の検証
警察が嘘つまり検体のすり替えをやったなら、先ずは証拠隠滅するだろう。警察は検体が少量だったため全て検査で消費し残っていないという。量が少ないなら拘留後採取すれば良いだろうに、採取可能時期を過ぎてからこうした発表をするのは、証拠隠滅の言い訳にしか聞こえない。
何より論理破綻しているのは、検体採取手続きの不備からaska本人の尿と断定できないとの警察の主張だ。手続きの不備は、後からaskaがなにを言おうと無関係に最初から起きていたのだから、逮捕の理由となった尿鑑定がaskaのものと断定できないものだったことになる。つまり逮捕する証拠もなく逮捕し、その原因となった手続きの不備を補うための再度の検体採取も行わなかったということだ。
わかりやすく言うと、警察は確たる証拠もなくaskaを逮捕拘留しちゃいましたと自ら言っているのだ。
つまり警察は嘘をついていると考えると辻褄が合う、というより自ら嘘をわかりにくい日本語で自白しているのだ。
③結論
以上の点で、警察は論理破綻しているが、さらにこのバカバカしい論理破綻を言わざるを得なかった経緯を推測すれば、
①askaは警察の証拠でっち上げを予測し、ニセの検体を提出した
②askaの予測通り、検体がすり替えられ、陽性反応が出て逮捕に至る。
③aska取り調べ受けるが、知らぬ存ぜぬを通し、再検査可能期間を過ぎたところで検体はお茶であったと主張。
④警察は慌てて、askaの検体がお茶の可能性を探ると、採取の過程で不備がありその可能性に気づく。
⑤毛髪検査をすれば、証明できるが、関係者の話から証拠捏造の可能性が高く、怖くてできない。
⑥苦渋の選択で、検体採取手続きの不備でお茶を濁そう、そうすれば警察の嘘はばれるが証拠捏造やaskaの覚せい剤使用は推測の余地を残し断定はされまい。
警察の発表が正しいとするならば、論理的に導き出される事実は、「警察は確たる証拠もなくaskaを逮捕拘留した」ことであり、上記①~⑥は辻褄が合いそうな推理であって、警察の証拠捏造もaskaの無実もありそうなことと思われるが、確たることとしては証明されてはいない。
ここで再度、嘘つきのパラドックスとしてエウブリデスが言った「ある人は自分が嘘をついていると言う。さて、彼は本当のことを言っているか、それとも嘘をついているか?」を皆様に提示して、了としたい。
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