そもそも解釈の変更って何?
解釈改憲による集団的自衛権行使って、いったいどんな解釈を変更して集団的自衛権を行使するんだろうか。そもそも集団的自衛権の行使って何なんだろうか。国の最高法規に書かれている言葉の意味を180度反対の意味にとらえる事がまかり通るならば、日本語は共通言語として意思伝達する機能を失ってしまう。
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解釈改憲による集団的自衛権行使って、いったいどんな解釈を変更して集団的自衛権を行使するんだろうか。そもそも集団的自衛権の行使って何なんだろうか。国の最高法規に書かれている言葉の意味を180度反対の意味にとらえる事がまかり通るならば、日本語は共通言語として意思伝達する機能を失ってしまう。
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昨日6日は、広島原爆の日だった。平和記念式典には潘基文(バン・キムン)国連事務総長や原爆を投下した米国の代表らも初めて参列した。65回目にして、最も注目すべき式典だったのではないかと思う。
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■戦争し掛けた国が、戦争放棄すれば仕掛けられないと思う根拠は?
しかも、戦争を放棄しましたと言ってる我が国は、かつて侵略戦争をおこなった。これを侵略ではないと言い張る人がいるが、どう定義付けしようと、日本が日韓併合し、中国や満州、南方に兵が上陸し戦争していたのは事実。
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さて、つづき・・・・、この拉致や尖閣問題がはっきりしてなかった10年前ならばまだしも、もしいまだに日本が非武装中立で平和を維持できると思ってる人がいたならば、言っちゃ悪いが少しオツムが足りない人と言わざるを得ない。
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核は必要か、なんて言うと、何言ってんだと言われそうだが、戦争がある事を前提としての問いかけである。前提条件の無い状態での精神論とか、べき論ではない。ベンダソンは国防の観点から核は必要か否かを問うているのだが、皆さまは、この問いにどう答えるのだろうか。
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