2006/12/19

国家改造10ヵ年計画/教育基本法改正について言いたい事(3)

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■教育基本法改正の真の問題点

実際のところ、愛国教育を懸念する向きが多いが、表現がどうあれ国家が愛国教育して問題があるとは思えない、しないほうがどうかしているだろう。どうも愛国=軍国あるいは全体主義と勘違いして、過剰反応しているような気がする。

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2006/12/18

国家改造10ヵ年計画/教育基本法改正について言いたい事(2)

1210254お約束通り週末に書いた6項目について、ご説明しよう。ただしこの順には構成されていない。6つの項目は結論であり、これからお話するのはその論拠だからだ。また思いつくまま書いているので、言いたい結論が増えるかもしれないが、ご容赦あれ!

今日の概要は、国民の国家観を変えるのは容易ではないが、日本は国民の自発行動でも無いのに簡単に変わった。ニッポンジンは教育により改造し易い民族ではないか、故に教育が大事。ところが教育基本法改正で懸念されることは旧法でも起こりうること、故に重要なのは、ムードで反対ではなく、自分の頭で問題点を理解すること。

注)尚、本論で使う「改正」「強行採決」等の語句には、「正しい」「強行して」の意味はありません、「法が変わった」「十分な審議せず野党欠席で採決した」の意味です。気になる方は適当な語句に置き換えてお読みください。

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2006/12/16

国家改造10ヵ年計画/教育基本法改正について言いたい事(イントロダクション)

一言で言えば改正の中身よりもプロセスが問題、改正の中身は何でも良かった。

その証拠に、何が悪いか論理的或いは法理論的に客観的事実を持って説明できる人を見たことが無い。反対だから反対、この域を出ていない。だが結果的にそれでよい。反対しなくなること、関心が失われること、それが問題なのだ。

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2005/11/14

再び北川和美について

彼女が、何をしようと本人の自由だと思うが、少なくとも自己の行動とその結果が他人に悪影響を及ぼしたときは責任を取るべきと思うし、そのルールが法律ではあるまいか。

繰り返すが、彼女は自己の意思で亡命したのである。そしてその国は、少なくとも最も我国に敵対する国家の一つであり、拉致問題解決に、彼女の行動は悪影響を与えている。

何故、これが罪にならないのか、法の不備で国家反逆の罪が問えないとしても、渡航手続きはデタラメなのだから、何故逮捕監禁されないのか、全く不可解だ。挙句にタレント活動の話とは一体全体どうなっているのだろう。

私やアナタが、海外旅行でこんなことをしたら、はたしてタダで済みますかね?

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2005/11/04

亡命者帰国事件-論理が繋がってないぞ

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朝鮮通信によると、北朝鮮の朝鮮中央通信は3日、同国に亡命目的で不法入国した日本人女性、北川和美さんを同日、日本に送還したと報じた。北朝鮮の調査によると、北川さんは00年春ごろから日本の公安当局者らにスパイ活動を強要され、当局からの重なる迫害を避けるために北朝鮮に行くことになったという。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051103-00000078-mai-soci(毎日新聞)

まあ、何と言いましょうか、一言で言えばナチュラル・ボーン・アフォですな。あまりのバカさ加減につい興味をそそられ、記者会見放送を見てしまい、予定通りバカじゃねーかと思ってしまう自分が、またバカじゃないかとも思う。しかし根は深い。

日本は憲法22条2項で「国籍離脱の自由」を謳ってるから、亡命するのは彼女の勝手。そして2年間ホテルに住もうが、「日本に帰りたい」と言おうが、それを聞いて、「バカかこいつ」と思おうが、まあそれぞれ勝手だろう。

分からないのは、日本入国に際して、①彼女は何人か、②どのような法的手続き・位置づけで入国したのか。③何故罪に問われないのだろうかだ、ここから論理が繋がっていない。何より国家観が不明になってしまうのです。

     彼女は何人か

自らの意思で亡命を図り、一方北朝鮮は2年あまりホテルで生活させていたのだから、亡命を受け入れたとみなすべきだろう。だからこれはもう立派な北朝鮮人。自ら選択し受け入れられたのだから日本の戸籍法上は日本人ではないはず。

     入国の法手続き

北朝鮮がどう言おうと、事実上亡命を受け入れたのだから北朝鮮のパスポートで入国すべき。北朝鮮がパスポートを発行しないならそれは北朝鮮の勝手。そういう国交の無い国若しくは日本国籍を離脱した人間が日本に入国できる法的根拠は何なのだろうか?

    

どうにも法的根拠があいまいな気がするし、手続きはきちんと為されているのか疑問だ。もしこういうことが法的に問題ないなら、日本人は世界中どの国にでも不法出国でき、相手国が許せば再入国でき罰せられない。日本人は最初の渡航先以外一切許可不要となる。で、国家の不利益になる言動をしても罪に問われない?そんなバカなことはあるまい。そんな手続き論もさることながら、そもそもこれは国家に対する反逆なのだ。

何となく、世間騒がせな点でイラク人質事件とダブるが、少なくとも彼らは日本国を否定していないし、利敵行為はしていない。しかしこの亡命騒ぎは、国家を否定し、その上北朝鮮に利する行為と言動で日本の国益を損なっている。よりによって同胞を拉致した国家に擦り寄ったバカ女なのだ。

こういう時こそ、もっとストレートに怒るべきではないか。これは思想信条の自由を飛び越えた事件、言わば具体的な国家反逆行為だ、これが何の罪にも問われないとしたら、日本と言う国家のアイデンティティは無いに等しいだろう。

気付けよ日本人、 繰り返すが、イラク人質事件とは行為の位置づけが全く違うし、ついでに言えば、よど号犯家族の帰国とも違うぞ。

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2005/10/11

サルには分からない憲法改正

またもや東シナ海が騒がしくなってきました。ついに中国はガス田生産に入り、このため、問題の海域には中国の軍艦がすでに遊弋(ゆうよく)しており、日本と不測の衝突が発生する可能性も指摘されています、そうなれば深刻な外交問題を招き、すでに両国内で高まっているナショナリズムの感情を煽ることにもなりかねないでしょう。

それにしても、ここで不思議なのは、全く日本国民が一向に、この問題に関心を示さないことです。マスコミも取り上げてはいるが、国家の一大事と言うほどではない。イスラエルでは毎日が戦争状態、領土が侵されようものなら総攻撃するし、そんなこと世界中の常識、どこの国だって領土・領海が侵犯されたなら、即戦争になります。

国境付近にトンネルを掘り、隣国の石油を掘ったらイスラエルやアラブに限らず戦争は必至です。なのに東シナ海では、堂々と日本側の資源が盗掘されようとしている。国家国民の最優先事項は普通、領土問題ですから。ために古今東西戦争が起こって来たのです。ところが、この国ではアメリカのイラク攻撃や自衛隊のイラク派遣ではデモが起きるのに、自国が侵犯されようというのに、全く無関心だ。一体どうなっているのだろう?

イラク戦争反対デモでは、人々は兎に角戦争に反対だと言っていましたが、自国が侵略されることには無関心らしい。私は日本人を愛する故に、サルと呼び、怒らせて警鐘を鳴らそうとしてきましたが、どうやら日本人は全てサルらしい。目の前で、自分を叩く棒が準備され、オリが用意されていても、叩かれるまで気が付かないし、叩かれても、叩いた人間より、叩かれた棒に怒りをぶつけるから、実際に侵略されても、それを許してしまう国家システム、即ち憲法には考えが行き着かないのでしょう。

結局、この期に及んでも、或いは日本が目に見える形で侵略されても、ただただ、バカの一つ覚えで「戦争反対」「平和憲法を守ろう」と言いつづけるのでしょうか。「戦争反対、平和憲法を守ろう」は間違いではありませんが、コレは目標であって方法ではない。相手がいることなのだから、どうやったら戦争が無く、平和を保てるか、その方法を考えなければ、タダのヒステリーです。

憲法9条は武力と平和がトレードオフであるかの前提のようですが、もしそうなら警察官が何故銃を持っているか、これを考えれば直ぐ間違いに気付くはずです。加えて9条2項で交戦権を自ら放棄しておいて、自衛隊武力を備えても、意味不明といわざるを得ない。だって、警官が発砲していけないと規定されていたら、犯罪者は屁とも思わないでしょう、それと同じです。問題は武力(の行使)即ち戦争がいけないのではなく、し方の問題なんです。

だから、以前にも書いたように、本当に平和憲法とするなら、戦争や軍隊を放棄するのではなく、侵略即ち領土拡大を放棄すべきなのです。勿論コレで平和が絶対とはいえないが、少なくとも相手があることなのだから、絶対戦いませんと言うより、絶対攻めないが、やられたらやり返すぞと言う方が平和である事は間違いありません。現に、国民が自国で他国に拉致されたり、竹島問題やかつての金大中事件など、全く日本は舐められっぱなしではありませんか。

だから、今日本がなすべき優先順位は、第一に憲法改正しかない。国がなくなってからでは、体制も経済も無いのです。ユダヤ人は長いこと国を持たず、やっと大戦後のドサクサで建国したけれど、今日に至るまで常に血を流しつづけてきました。日本は有史以来島国故に、外敵から守られ、ほとんど戦うことなく国家を維持してきたので、島国根性ばかりが発達し、仲間内の足の引っ張り合いばかりで、国家の維持に全く無頓着なんでしょうが、ユダヤの民から見れば、羨ましいかぎりではあるものの、こいつら先が無いなと思ってしまうのです。

追記:念の為本稿の主旨を整理しておきます

          本稿では戦争をすべきとは言っていません。戦争反対平和賛成、但しそのためには憲法改正が最優先事項と言っています。

          改正では、「戦争放棄ではなく侵略放棄とし、自衛のための武力行使はするが侵略すなわち領土拡大をしない」が私の主張。

          本稿では春曉ガス田問題を例に挙げて憲法問題を論じてますが、春曉ガス田で強行姿勢をとれという意味ではなく、協働開発がベストなのは言うまでもありません。

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2005/08/15

侵略放棄じゃダメ?

どうもココログでは文字の大きさがコントロール不能のようで、勝手に文字サイズが変更され読めなくなってjaps_bayonet_chinese_nanking_1938_6しまったので、12日の記事を再掲します。

かつて日本は大東亜共栄圏の名の下、東南アジア諸国を侵略した。侵略か否かがよく議論されるが、よその国に侵攻したんだから、侵略もクソも無い。強姦しておいて愛の証だと言うようなもの、こちらがなんと言おうと、相手がそう認めなければ通る理屈ではない。

単純で分かりきったことを、細かく注釈をつけてややこしくし、都合の良い理屈を付けて得意がるのは日本人の悪い癖だろう。所詮強弁にしか過ぎないから、仲間内では通っても、外には通じない理屈だ。

例えば、憲法9条。第1項で戦争と武力行使を放棄し、第2項で交戦権を放棄していて、自衛隊はないだろう。誰がどう見ても軍隊なんだが、交戦権が無い。それで自衛?って、何から自衛するの?何のための武器?だって交戦しないんでしょ。テッポウや大砲持ってても、敵にぶっ放しちゃダメなんだから。 takesimapic_4_thumb

こういうと、他国からの領土侵犯に対する自衛権行使のためと言う人がいるが、じゃ竹島は?   ナン で自衛隊は出動しないの? と、こう言うと今度は、交戦権がないから自衛隊は出動できないと言う。なら領土侵犯されても何にも出来ない自衛隊ということではないか。

要するに簡単な話を、無理やりこじつけ、その場しのぎで繕って乗り切ろうとするから、あっちコッチでホコロビが出てくる。スッキリと憲法改正するべきなのだ。ただ、そうなると、再び軍国主義になる危険があるからと反対するのも分かるし、近隣諸国にしてみれば、なおさらだろう。

そこで思うのだが、交戦権・戦争放棄をやめて、領土拡大・他国支配をしないと憲法に明文化してはどうか。自衛隊は完全な軍隊とし、国民が拉致されたなら救出のために派兵もするし、核弾頭ミサイルだってぶっ放しちゃう。でも、戦争が終われば日本に戻り、占領地も返すのだ。必要以上の軍備拡大は意味を成さないから軍国主義の恐れも無いと思うがいかだろう。

ただ、そこで問題なのが目的不明の反対のための反論が必ず起こることだ。先に述べたように、単純で分かりきったことを、ややこしくし、潰されることは想像に難くない。領土の定義は何かとか、いつの時点の領土かとか、本質に関係ないことで紛糾するだろう。

結局、この国の問題点は法制度もさることながら、目的を見失った反対のための反対といった批判文化の横行なのだと思う。これの怖いところは、「反対」には目的が無いこと。だから誰かが勢いを得たとき、誰も「反対」できずに一気に独裁化が進むことだ。

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2005/06/01

■その3:靖国は日本人の心?

靖国を他の宗教施設と一緒にするとはなにごとか、と怒る人々がいる。そりゃ、自分が信じるものが一番だろう、否定はしない。どうぞご自由にだ。何を信じようとその人の勝手だからだ、だから信じないのも勝手なのだ。

大事なことは、他人の考えを尊重し、決して自分の考えを押し付けないこと。非常に滑稽な事に、こういうオレが靖国を信じるからお前も信じて当たり前と考える人間に限って、他人への思いやりが大切と言う。

そして、靖国参拝を拒否する者に、この「他人への思いやりの心」が無いと非難するのだ。これでは完全な思考停止状態であり、論理的な話など出来ない。靖国派は「前も信じろ」と言うが、反靖国派は「あなたが信じるように、私も他を信じる」と言っているだけで、他人の心の領域には干渉していないのだ。

ここが重要だ。今一度整理しよう。

     靖国派=他人干渉・支配派。その理由は①戦没者全てを靖国に祀れ、②靖国は一宗教法人、③思想信条・信教の自由、つまり①の主張に対し②③前提条件から、靖国派は他人に自己の考えを強制しているから。

     反靖国派=他人不干渉・自由派。その理由は靖国を否定しないが、強制はされたくないから。

つまり反靖国派は靖国派を許容するが、靖国派は他を許容しない。だから、靖国は靖国として、これとは別に無宗派の追悼施設を設けようと言っても、靖国派は全くこれを認めないのだ。

彼らは、靖国は日本人の心だと信じて、全ての発想をここからスタートさせているから、他人に干渉したり強制しているとの認識が無い。天皇に関しても同じだ、天皇陛下=神なのだ。だから靖国や天皇のことを少しでも非難しようものなら、完全にプッツンし、アラブのジハードよろしく、命さえ危なくなる。

今世界各地で起こっている宗教戦争を見るまでも無く、身近なところにその同じ原理が働いている点に気をつけなければならない。かくも宗教とは恐ろしいものなのだ。だからこそ他人の考えを尊重するルールが必要であり、故には憲法に思想信条・集会結社・信教の自由、平等が謳われ保証されているのだ。

別稿に日本人は自分に都合の悪い約束やルールを守らない民族だと書いたが、正に靖国問題を議論する時にそれが現れている。

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2005/05/29

■その2:南京大虐殺

【傾向と対策2】

前記事でTBが同意見ばかりと書いたら、見事に反対意見(?でも無いが)のTBがついた。ご覧いただければ分かるが、実に詳細な調査と研究に脱帽する。しかし残念ながらサンフラン条約11条否定や憲法の信教自由との矛盾に対する答えに到る材料ではあるけれど、答えにはなっていない。

これはTBの意見が悪いのではなく、市井の民が行う研究・啓蒙としては、本当に頭が下がる思いだが、肝心の政府が歴史認識や安国問題に対して何もしないで、選挙の道具にしかしないから、これが限界なのだ。

さて、今日の話題は前回述べた中国や韓国とは所詮歴史認識が平行線ということ。その最たるものが南京大虐殺だろう。

http://www.geocities.com/TheTropics/Paradise/8783/15a.html#04

などのホームページで、南京大虐殺の虚構を証明しているが、膨大な資料収拾と分析及び研究には本当に頭が下がる。客観的に見て「虐殺肯定派」は客観的証拠が不十分で、「虐殺否定派」の方が客観的証拠が豊富で辻褄が合っているように思う。

では虐殺がなかったかと言えば、それでも30万人はオーバーにしても虐殺はあったのではないかと思ってしまうのだ。その理由は本ブログの最初に述べたように日本人の民族性にある。「日本人の正義感」と数の上では少数派だが「凶暴な日本人(=演歌派)が支配する」点がそれだ。

日本人は決して残忍ではないことは、日々の犯罪を見れば分かる。日本人の犯罪には外国のそれと比べて残忍なものはほとんど無く、近年博多で起きた一家惨殺事件などのような凶悪で残忍な事件は中国などの外国人が起こしている。だから直感的にも南京大虐殺はむしろ中国がやったのではないかとも思う。

しかし、大多数の日本人には正義感が無い。正義感が無いから常に「長いものには巻かれろ」で損得が優先し、このため時に不正に立ち向かう人がいても助けるどころか冷ややかで、「出る杭は打たれる」のだ。そして本音と建前のダブルスタンダードで違法行為が堂々とまかり通る。談合はその最たるものだろう。あるいは堕胎を合法化していて、その捨て方が悪いと処罰する国は、日本くらいなものだ。

自らを公器と呼びながら、マスコミはこういったことに非常に冷淡だ、溺れる犬に石を投げるように橋梁談合での逮捕者を非難はするが、決して本質には迫らないから、役人たちは平然と知らぬ存ぜずを押し通す。

或いは身近な日常生活を例に取ってみよう。正義の番人であるはずの警察が物陰に隠れての交通取締りとか、足をついたかつかないかとか、全く姑息で情けなくなる。ついでに言えば、運転免許取得検定を思い出していただきたい。左右確認で大げさに顔を左右に振っていなかっただろうか、視点がぶれて何も確認できないが、本当に安全確認するという本質はどうでも良くて、取り締まる側の都合だけなのだ。

度重なる冤罪にしてもそうだ。長野サリン事件での河野さんは、警察から未だ謝罪を受けていない。こんな理不尽な話があるだろうか。組織のメンツなんだろうが、これは権力の横暴、正義の番人としてそこに関わった人々の正義感を聞いてみたいものだ。

こういった話、一見南京大虐殺と無関係に見えるが、実は戦後民主化されたはずの同じ民族の話なのだ。そして虐殺否定派は余り触れたがらないが731部隊という身の毛がよだつ部隊が存在していた。上官の命令とはいえ、人を救うための医学知識を人体実験に使う神経は理解を超えるものだが、一人二人ではない、部隊全員がこの目的で行動していたのだ。彼らは志願したわけではあるまい、そこが日本民族の恐ろしいところなのだ。

だから、残虐な上官の命令で30万人はオーバーとしても100人単位1000人単位の、写真に撮ったら虐殺と見える殺戮はあったとしても不思議ではない。何より日本軍自身が、兵に食料も弾薬も持たせず自軍を、死地に追いやっていたではないか、直接手を下さずともこんなに惨い事は無く、南京大虐殺どころではない。

古今東西の先史の中で、武器弾薬も不足し、餓死する事が分かっていて、その上生きて虜囚の辱めを受けるなという、戦うことよりも死ぬことを目的としたような作戦があっただろうか。結果として兵站輸送が出来なかっただけと言うのなら、救いがたい低脳だろう、制海権も制空権も無いことが理解できてない作戦だからだ。

敵と戦って死ぬならまだしも、餓死の方が多いというのでは、何の為の戦争なのか、犬死を命令された戦士の無念さは計り知れないだろう。これこそ史上最大のホロコースト、それも自軍による自軍の大量殺戮だ、自虐的に考えたくなる日本人の戦争体験者の気持ちは良く分かる。

ただ、戦争自体が狂気にあってはこういった虐殺事件はつき物だ、だからと言って正当化できるはずも無いが、同じくその国民性から考えて直接手を下しての大虐殺など出来ようも無いのも事実。だから、生き証人がいるうちに日中合同で徹底的な調査を行い、非があったなら非を認め、客観的事実を確定すべきなのだ。

何度でも日本政府はこの調査を中国に申し入れるべきだ、その結果中国が調査に協力しなければ、それは自ら非を認めたこととして国際世論に訴えるべきだろう。生き証人は次々と亡くなっているし物証も失われていく。もう余り時間が無いのに、あたかも時が解決するかのように日本政府が問題先送りしつづける姿勢こそが、日本国民を不名誉ならしめるものとして、国民は怒るべきなのだ。

怒りの矛先は、中国よりむしろ自国政府にある。何より中国の歴史認識は一つで教科書も一つだ、これに対し、日本は様々な教科書があると自慢するが、バカではないか。般出版物の話をしているのではないのだ、国民が独自に様々な研究をし、学説を唱えるのは大いに結構なことだが、国家としての歴史観の話なのだから統一すべきであり、したがってその材料として、歴史の事実を伝える歴史教科が複数あること自体おかしいではないか。

しかも、日本政府は極東軍事裁判で突然出てきた南京大虐殺を認めたままだ。国際社会で公式に認めたまま、公式な訂正をしないまま、年々検定問題が起こり、年々その内容が少しづつ変化しているから、近隣諸国にしてみれば、そのうち日本は侵略戦争を大東亜共栄圏構築のアジア救済戦争と言い出しかねないと思うだろう。

ここにも、簡単な事をことさらややこしくして、複雑な式で無理やり地動説を証明するような印象を受けてしまうのだ。

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2005/05/26

■再び靖国問題について・・・その1「極東軍事裁判」

拙ブログ、情けないほどTBが無い中で、靖国問題にだけは、TBが付いたので、再び靖国問題について書こう・・・・と思ったら書くことが無い。

http://yahhoo.cocolog-tcom.com/goodwill/cat3221753/index.html

で述べたのは、①サンフランシスコ平和条約との矛盾、②憲法(信教の自由)との矛盾だが、これで全て。だからこれ以上言うことが無い。

しかしたったこれだけの単純な疑問に、靖国派の人々は絶対にストレートに答えないで、先ずはヒステリーを起こすのが常だ。必ず論点をずらした攻撃をしてくるので、リアルタイムで非論理性とヒステリーを解析し証明しようと目論んだのだが、これといった書き込みも攻撃も無く、私のもくろみは失敗してしまったようだ。

当たり前だが、TBは基本的に小生と意見を同じくする人々だった。ところで私は頑なに靖国を否定しているのではない。上記矛盾点が解決されれば自説に固執することなく受け入れるともりだ。しかしそれにはサンフランシスコ平和条約11条への公式な国際世論の修正と憲法改正が必要だ。

唯一頂いたコメントは、サンフランシスコ平和条約11条を否定できるかの論調だったので期待したが、どうもそうではなさそうだ。それに右翼系の反論にしては紳士的だった。ま、これは余談だ。本題に入ろう、誰も牙を剥いてこないので、よく右翼系が挙げる論を例にその議論の傾向と対策を示してみようと思う。ま、暇つぶしにお付き合いくださいな。

     戦犯問題は極東軍事裁判自体が無効で、国際法学上も定説である。

こういう理屈、非常に多い。そこだけ見ればそのとおりだと思う。だが、論点はサンフランシスコ平和条約11条を日本が「受け入れた」つまり「罪を認めた」事なのであって、罪の真偽ではないから、関係ない。「あー、そう。それで?」でオシマイなのだ。罪を認めておいて、後になって身内同士で無罪だと騒いでも、裁判のやり直しをしない限り失笑を買うだけなんだが、一向にこういう筋違いの反論が後を絶たない。

だがついでだから、極東軍事裁判について少し話そう。パール判事の言葉を借りずとも勝った方(=より多く殺した方)が負けた方(=より多く殺された方)を裁くことの矛盾は小学生でも分かる。だったら何故日本は受け入れたのか。間違っていることが分かっていて、戦勝国の言うことだからと従ったのならば、日本人は国を挙げて強い者の言うことには白を黒といって従う卑屈な民族ではないか。

そして、後になって国力が付いてきたら、他人のことばを借りたり、色々な解釈を付けてはあれは無効だと言う。なんともハヤ、何故真正面からサンフランシスコ平和条約を否定し、それを国際社会のルールで明文化しないのだ。日本人は卑屈な上に卑劣だと言われても仕方が無い。

自衛隊が軍隊か否かも同じだ、世界有数武力なんだから能力としては明らかに軍隊。なのに、軍隊として機能しない。それを場当たり的な法解釈を続け海外派遣までやってのけた。いやはやだ。しかしこの自衛隊問題は戦犯問題と異なり、完全に国内法規の問題であり、他国に指示を受けるものではない。だったら憲法改正すればよいのに、それも出来ない。非常に曖昧なのだ。

日本が曖昧なのは日本の勝手といえばそのとおりだが、その曖昧な日本人が他国との関り方や歴史認識を言うならば、勝手では済むまいし、誰も信用しない。必要以上に自虐的になるのは卑屈というものだが、かといってキチンと総括をして決着をつけないでおいて、後になってあれこれ言うのは卑劣と言うべきだ。

歴史認識を自虐史観と反発する向きの論理は、例えて言うなら地動説が分かっていながら天動説に固執するのに似ている。太陽が中心と言う事実を認めた上で、地球の意義を言えば良いのに複雑怪奇な数式で、なんとしても地球が中心であると証明したところで信じる者の間だけの特殊解の一つに過ぎず、普遍性は無いからだ。

お分かりいただけるだろうか、私は自虐的史観を認めろと言っているのではない、戦犯問題も歴史認識も何らかの認識を他人に求めるならば、自分や自分の身内だけが信じても何の意味も無い。相手を納得させるか文句を言わないと約束させなければ、ただの独り言や癇癪に過ぎないのだ。

こういうと、中国や韓国とは所詮歴史認識が平行線だとしたり顔で言われる事が多いが、それが分かっているなら、なぜその前提で戦略を立てないのだろうか。何時までも平行線のままで行こうというのだろうか、だとしたらバカだ。日本が加害者であることが国際世論の前提なんだから・・・。これについては次項で述べよう。

                                                                                ・・・つづく

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